第7話 混乱


 さて。

 私は今。

 非常にかつ、激しく。

 ……混乱しております…………。


 ………………だ、だって!

 目が覚めたと同時に殺されるのばかり見ていたんですよ?!

 なのに……。

 なのに、どうしてテノールに叩かれるの?!

 て言うか!

 どうして叩かれただけで済むの?!

 隠し持っていた暗器でブスリって!

 ドスリって!!

 しかも、首スパーンって!!

 私、殺されるのよ?!

 えぇ。

 もぉ瞬殺でしたとも!

 鍛えた意味ないってくらいにね!!

 しかも、『今か?』なんて、問うことなく!

 訳が分からないわ!!


「……リスティナ・ファスティ。貴様は今、死ぬか…………?」


 苛立ったような、テノールの声。

 私はそれにハッとして、彼を見上げた。

 テノールは、綺麗に感情を隠した無表情。

 それは初めて会ったときの、ボロボロだったころに良く見た顔。

 酷く、警戒されているみたいね……。

「ありがとう、テノール。でもね、まだ私……死ねないわ」

 だって。

 あなたは私が拾った、優しいテノールなんだもの。

 今まで見ていた夢とは違う。

 いいえ。

 あれはあの声が言ったように、夢ではなく――


 『【私】が経験した現実』

 

 それを、夢とうつつのはざまで確信していた。

 だから、早く目を覚まして私が会った皆に会いたかったの。

 でも……起きるのが怖かった。

 テノールに叩かれなかったら、私はこれが現実だとは思えなかったでしょう。

 ……まぁ。

 詳しく言えば、叩かれた拍子に見えたドレッサーの鏡に映った彼が、泣きそうな顔をしていたからですけど。

「そうですか」

 と。

 ホッとして、安堵の笑みを浮かべるテノール。

 まったく。

 優しすぎるんだから……。 


「姫さん……?」

「もう、大丈夫よ。ごめんなさい料理長、ミリー。心配かけてごめんなさい」

 そう声をかけると、料理長は『大丈夫ならいいんだ』と笑って。

 ミリーは泣いて抱き着いて来たから、それを受け止めた。

 しきりに『リース』と呼んですり寄ってきます。

 ……さて。

 いつの間に、『お嬢様』がむかしの呼び名の『リース』になったのかしら?

 いえ。

 それは良いのです。

 ですが。

 ですが、ですよ?

 …………言葉使いが、いつもに増して酷く幼くなっている気がするのですか……気のせいですよね…………?

 だって、涙に潤んだ茶色の瞳がしたから見上げて来て――――。


『こわかったんだから』とか。


『もう、心配かけちゃ。ヤ』とか。


 拗ねたように言ってくるのです……。


 何、この子……。

 天使…………?

 天使なの?

 あぁ、違った。

 王女様だったわ…………。

 まぁ。

 ミリーは置いておくとして――。 

「……ルシオ、ゼシオ。背中に隠し持ってるモノを出しなさい」

「「………………」」

 無言で同じ方向に目をそらす双子。

 そろいもそろって両手は後ろにやっている。

「ルシオ。ゼシオ……」

 若干呆れが声に混ざったけれど、気にしないわ。

「「………………」」

 無言の双子。

 醸し出している雰囲気を読めば――。

『ヤベ、バレてる?』

『いや。大丈夫だ。こいつはちょろいからな』

『だよな』

 と。

 まぁそんな感じ。

 失礼ね! 

「私、ちょろくないわよ。早く観念して出しなさい。今ならまだ怒ってないから」

 そうため息交じりに言うと、双子は互いに顔を見合わせた。

「…………」

「………………」

 無言で何か会話して、頷きあった。

 ちなみに言葉にするとしたら。

『だってよ。どうする?』

『めんどくせーから、もういんじゃね?』

 てな感じかしら?

 ちなみに、ゼシオ。

「ゼシオ。何が『めんどくせー』、なの……?」

 にっこりと笑みを浮かべて問う。

 すると無表情で狼狽え、目をそらしたゼシオ。

 まったく。

 器用ですこと!

「「…………」」

 なんて思っていたら、双子が素直に隠し持っていたものを前に出した。

「あら? それ……」

 花、だった。

 綺麗な白で統一された花束。

 でも……すごく臭い。

 花としては致命的なほど、花らしからぬ匂い。

 【香り】なんて可愛らしいモノなんかじゃないのよ…………。

 でも、一応。

 礼を言っておこうかしらね……。

「……ありがとう。ルシオ、ゼシオ」

 そう言ったら双子は無表情で、なんとも言えない雰囲気を醸し出してきた。

『え……』

『マジ……』って。

 …………何が言いたいんだ、この双子どもは!

 と。

 失礼……。

「…………ルシオ、ゼシオ……」

 低音を吐いたテノール。

 それに、私に抱き着いたままびくっとして、固まるミリー。

 やれやれと呆れ顔の料理長。

 目をせわしなく動かす双子。

 ちなみにその双子、花束投げ捨てて、あっという間に窓から逃げ出しました。 

「チッ……あの野郎…………」

 またも低音。

 ついでに舌打ち。

 ちょっとテノール、やめなさい。

 ミリーが怯えて震えだしたでしょう……。

 え?

 彼がどんな顔をしているか、ですって?

 …………そんなもの、確認するまでもなく。

 怖い顔に決まっているでしょう……?

 ていうか。

 確認なんてする勇気は私にはありません!

 彼の正体を知ってしまった私はなおさらです。

 そうね。

 でも、テノールが怖いなんて思わないわ。

 いえ。

 それは違うわね。

 今の、テノールは怖いわ。

 えぇ。

 とっても怖いの……。

 だって、すごく怒っているんだもの……。

 ピリピリしてるのよ。

 雰囲気とかが、ね…………。

 まぁ良いわ。

 とりあえず、今後の事を話したいの。

 だから、ミリーにはちょっと席を外してもらうかしら?

「ねぇ。ミリー」

 そっと震えてるミリーの頭を撫でつつ声をかけた。

「なぁに、リース……?」

 私に押し付けていた顔を離して、上目使いで見上げてきた。

 うん。 

 これが、王女様……ね…………。

 ……護衛する人は、大変そうね……。

「ねぇ、何? リース」

「ぇ……あぁ、良ければお風呂の用意をしてきて欲しいの。ほら、私。いっぱい汗かいちゃってるでしょう?」

「あ。そう言えば、そうだよね! 分かった、行ってくるね?」

 素直に離れたミリー。

 でも、どこか心配そうに私を見て居る。

「大丈夫よ。待っているわ」

「ん。わかった……」

 名残惜しげに振り返りつつ、ミリーは部屋を出て行った。

 さて。

 これからは時間との勝負ね。



「テノール、料理長。『誰の目につかず、王に会いたい』の。出来るかしら……?」

 

 極力声を控えて言った言葉。

 これに、二人は一瞬驚愕の表情をしたのち、表情を引き締めた。


「それは、何故……?」

 問うテノール。

 そしてそれに頷く料理長。

 私は、知ってしまったことを言うべきか、言わざるべきかで一瞬悩んだ。

 だから――――


「『誰の目にもつかず、誰にも知られず、ミリーを王に会わせたい』出来るわよね……? 貴方たちなら…………」

 

 言わないことにした。

 

 だって、彼らが何も言わないんだもの。


 だから私も言わないわ。


 あなたたちが何処かの国中で、凶悪犯として指名手配されていて、作った劇薬を売ったり使ったりして商売をやっていたり。

 大勢の手下を従えて殺しと略奪が喜びの、無慈悲な賊の頭目だったりとか。

 はたまた何処かの大国で暗躍していた組織のトップであり、二人で一人の(凄腕の)暗殺者をやっていた。


 とかね……。


 まぁ、私は。

 あなたたちが教えてくれるまで。


 知らない顔をしておくわ。

 

 例え……。

 

 屋敷に仕えている人間すべてが、この三人の部下だったとしても、ね…………?


「「…………」」

 思い沈黙。

二人の表情は変わらず固い。

 どうやら、私を見極めようとしているようね……。

 まぁ。

 いくら見ても、私は私。

 変わりはないのに……。 


 ――――ぱたぱた。


 扉の無くなった入り口から聞こえた、遠く、小さな音。

 私はそれがミリーのモノだと分かった。

 ……まぁ。

 あの子ぐらいなのよね……。

 こんな足音たてるのって…………。 

 第一。

 父様も母様も走ったりなんてしないし、屋敷の使用人たちにおいては、足音なんてたてないもの。

 …………変ね。

 私。


『一大事以外、走るなんてみっともない事してはいけません。優雅に歩きなさい』


 と。

 教えてはずなのですが……。

 ま、まぁ、今は忘れます。

 聞かなかったことにしますわ……。

 それより。

 テノールと料理長よ。

「返事は早い方が良いわ。……詳しくはまた後で話すわ」

 私がそう言って、口を閉ざしたと同時に、ミリーの足音が近くに来た。

 だから話をかえましょうね。

「ねぇ料理長。私ね、明日。あなたの作った【びっくりディナー】が食べたいわ」

 私は静まり返っていた室内を和ませるように、いつものように笑顔で笑った。

 これにテノールと料理長が、なぜか安堵の表情を浮かべたわ。

 なぜかしら……?

「あぁ。もちろんだ。腕によりをかけて作ってやる」

 ニコリと笑った料理長。

 ……やっぱり、その辺のボンボンがみたら失神すると思うわ…………。

 まぁ、私は見慣れてしまったのだけれど……。

「お嬢様。まったく貴女は、なんでまた、起きて早々にあんな、兎をまるごと煮ただけのゲテモノ料理を……」

 呆れ顔なテノール。

 でも、その顔はすごく優しい。

「あぁん? んだゴラ! あれのどこがゲテモノだってんだ? あぁ?」

 眉を吊り上げた、がらの悪い料理長。

 ……何度も言うけど、顔が怖いわ…………。

 そして怒ってる雰囲気がだだ漏れ……。

 って。

 こらこら!

 廊下から小さな悲鳴が聞こえたわよ?!

 そして一つだった足音が増えたわ!!

「チッ……雑魚が…………」

 と、料理長。

 苦笑するテノール。

 このことから、料理長の手下と判断したわ。

 きっと調理場でこき使われてる何号かの人ね……。

「たっだいま~! りーいす~ぅ!」

 とか考えてたら、ミリーが戻ってきた。

 そして笑顔でベッドにダイブしてきたわ……。

 ……楽しそうね……ミリー…………。

 私は、近いうちに自分の首が飛びそうで怖いわ……。  



 

 ………………………………。


 ………………なんてね。

 

 嘘よ、ウソ……冗談。


 …………まぁ。

 このままだと私。

 九分九厘、首が飛ぶのだけれど……。

 

 綺麗な青い空を舞うの。


 ……それだけは遠慮したいわ…………。

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