第4話ささいな変化
ということで。
無かったことにするわ。
いやね。
あまりに驚きすぎてて、後ずさったなんてこととか。
目を見開いて息を飲んでたとか。
そんなこと、ないのよ……?
えぇ。
そんなことありませんとも。
なんといっても私は名門貴族、ファスティ家の令嬢。
そんなみっともないこと、するわけないじゃない。
……ちょっと。
ルシオ、ゼシオ。
何も言ってないのに、疑いの眼差しを向けないでちょうだいっ!
「「………………フッ……」」
息ピッタリに鼻で笑わないでくれる?
しかもお得意の無表情を崩してまで、そんな人を馬鹿にしたような変顔。
作らなくても良いのよ……?
例え、私以外の人間が見たら気づかないような、ほんの些細な変化でもね。
私が気づいたら、意味がないのよ…………?
ニッコリと笑って二人を見つめると、二人は瞬時に表情を消した。
「はい。今日はちょっと変わったお茶にしてみましたよ!」
どこかふわふわとした空気を発して、茶菓子をテーブルに置き。
四人分の紅茶をテーブルに並べたミリー。
彼女はそれを終えた後。
私の座っているソファーに座った。
そしてニコニコと笑みを浮かべて私を見つめてくる。
「お嬢様、この紅茶。リンゴを入れたんですよ!」
『ほら!』と言ってガラス製のティポットを見せてきた。
とても嬉しそうで、楽しそう。
しょうがないわね。
無口な二人を引っ掴まえて、頭から紅茶をかけてあげようと思ったけど、辞めてあげるわ。
楽しそうなミリーと、ミリーの淹れてくれた紅茶に免じて、ね……。
「お嬢様……?」
怪訝そうなミリーの声がして、ハッとした。
「……良い匂いね」
「ですよね! 私もリンゴを入れたことはなかったんですけど、教えてもらったんです!」
「そう……」
誰に、と。
聞いた方が良いのかしら……?
でも、リンゴを入れるなんて、男性が考えることではないはずよね……?
きっと。
きっと、近所のおばあ様方に聞いたのよね?
も、もしくは、おば様方よ……ね…………?
間違っても、変な――――。
不審な人間と会話なんてしてないわよね?
し、信じても良いのよね?
ね……?
そう、でしょ?
ルシオ、ゼシオ…………?
無言で正面のソファーに座した二人を見つめ、問うた。
この時。
私の顔が引きつってたとか、そんなこと。
分かりきってることですわね……。
「「………………」」
基本無口な双子はそろって、そっと目をそらしました。
あぁ。
アウトだったのね……。
で。
ミリーにこれを教えた人間はどうしたのかしら?
そう意味を込めて小首をかしげる。
「「………………」」
ルシオとゼシオは何事もなかったかのように無表情。
けれど。
一瞬だけ唇の端を、若干持ち上げた。
見落としてしまいそうなほどささいな変化。
でも私には、この笑みは彼らにとって楽しく。
そして、酷く残虐なことをしたことを表していることを、知っている。
「……まぁ。良いわ。ちゃんと処分したのなら、ね」
「? 何を処分したのですか?」
場違いと感じるほど、明るいミリーの言葉。
彼女の雰囲気と表情から、紅茶にリンゴを入れると教えた者の末路を知らないと私は悟り、ため息をついた。
「お嬢様? 紅茶が冷めてしまいますよ?」
といって。
紅茶を進めるミリー。
そして目の前に置かれているというのに口をつけようとすらしない、無口な双子。
もう。
分かったわよ!
飲めばいいんでしょっ!
もうっ……!!
半ばやけくそになって紅茶を飲んだ。
少し冷めていたけれど、リンゴの香りと薄く味が広がる。
……どうやら普通の紅茶にリンゴを入れただけのようね。
「どうですか。お嬢様」
心配そうなミリーが紅茶の感想を求めてきた。
感想的に言えば、リンゴの香りと味がうっすらする、紅茶。
おいしくないわけじゃない。
だから。
「おいしいわよ? でも、変な人との会話はいただけないわ」
「え? 変な人?」
「えぇ」
「? 親切な方でしたよ?」
きょとんとして、言葉を返してきたミリー。
彼女の言葉を私はすぐに疑い、ルシオとゼシオに目を向けた。
私の視線を受けた二人はまたも、スッと目をそらす。
これが意味するモノはミリーの言葉に対する、無言の否定。
「…………何処か、変わったところはあった?」
「え? う~ん……。ぁ、そう言えばちょっと息が上がってた……?」
こてんと小首をかしげたミリー。
嗚呼。
……それ【変質者】決定。
というより、確定ね…………。
さて。
どうしましょう。
こころなしか、頭痛が……。
というか。
一人になりたい……みっちり考え込みたい…………。
そうだわ。
ミリー達を部屋から出しましょう。
私はそう決めて、口を開いた。
――――ドカンッ!
「おぅ、姫さん! 落ち込んでるんだって?」
あぁ。
片手にワンホールケーキと紅茶をもって、我が家の顔の怖い料理長が来たわ……。
しかもまた、扉を蹴破って…………。
私の部屋の扉は何度彼――……いえ、彼女だったわ――に破壊されれば良いのかしら?
フッと若干遠い目をしてしまった私。
視界の端に移る双子は無言。
でも。
でもね……。
酷く馬鹿にしたような雰囲気を醸し出しているの……。
そうね。
言葉するとしたら。
『馬鹿め』
『破壊されると分かっていながら扉を閉めるからだ』
って、とこかしら?
そして『ざまぁ』って。
……腹立つわね。
まったく。
誰のおかげで生きていられると思っているのかしら?
「はぁ…………」
なんてつらつら考えていたら、ため息が出た。
「お嬢様? お疲れですか?」
「……えぇ。そうね、色々あって疲れたわ…………」
「まぁ……――」
「そうか! んじゃアタシの作った劇物ケーキでも食って元気だしなっ!!」
豪快に笑ってミリーの言葉を遮った顔の怖い料理長。
腰には常に、何本もの包丁がぶら下がっていて、怖いの……。
何かのはずみで怪我をしそうで…………。
「……【劇物】…………?」
料理長の言葉から、不穏なワードを拾ったミリー。
これに満面の笑みを浮かべる料理長。
「あぁ、間違えた。【劇的】だ!」
「【劇的】……?」
ミリーはなおもわからないと言った様子で、こてんと小首をかしげた。
え?
私には意味が分かるのかって?
そんなもの、分かるわけないでしょう?
だって、彼女は変なんですもの。
女性なのに、女性じゃない体つきと、顔の右半分に酷いやけどの跡。
体中の傷、肩にあったであろうものを隠したかのような丸い焼印。
そこらのボンボンが見たら失神するんじゃないかしら……?
て、程に壮絶なのよ、彼女。
まぁ。
初対面の時、幼い私に出刃包丁を手に襲ってきたときは、彼女の姿から、彼女が感じたであろう痛みを考えて泣いてしまったくらいですもの。
『きっと壮絶な痛みだったのだろう』って。
『辛かっただろう』と。
だから彼女に問われたとき、幼かった私は『痛い?』と、問うたほどだったわ。
まぁ、彼女はそんな場違いなことを問うた私の喉元に、出刃包丁をそえ、鼻で笑ったのだけれど……。
ついでに、私は彼女の名前すら知らないわ。
教えてくれないの。
ルシオも、ゼシオもね。
ミリーだってそう。
皆、私がつけた名前ですもの。
私は彼らの性格は知っているけれど、生まれた場所や、年齢、名前。
すべてを知らない。
でも、それで良いと思うの。
きっといつか……。
そう、いつの日か…………教えてくれるはずだもの……。
誰かの秘密を暴くのは嫌いよ。
誰だって、知られたくないことの一つや二つ。
抱え込んでいる者でしょう……?
なんて、綺麗ごとで私は自分を誤魔化すことにしているの…………。
だけどね。
私は、私を慕ってくれている皆を、疑わない。
だって、そう決めているから。
「お嬢様。冷めた怪しい紅茶を見てばかりいないで、料理長の【劇的ケーキ】。召し上がらないのですか……?」
突然聞こえた優しいテノール。
それに私はハッとして、いつの間にか視界に広がる茶色い液体を見つめいたことに気づいて、ゆっくり顔を上げた。
「あら、テノール。あなたも居たの? ごめんなさい、気がつかなかったわ」
微笑んで本当の事を言うと、黒い燕尾服を来た男は、目を細めて笑う。
彼はテノール。
どこからか流れてきたようで、ひどい状態だったから、拾って。
元気になったら名を問うたけれど、頑なに何も言わなかった。
でも、声が綺麗なテノールだったから、私が勝手にそう名をつけて呼び続けている。
そのおかげが、今では確実に反応してくれるようになったのよ。
「左様でございますか」
テノールはそう言って、私の手から紅茶をするりと奪ってそれを口に含んだ。
「あ。テノール、それ私の……」
「……冷たくなっているではありませんか」
眉間にギュッと皺をよせて、なぜか非難された……。
なんで?
って。
ちょっとテノール!
それを窓に持って行ってどうする気なの?!
――…………バシャッ
あぁ。
捨てられちゃったわ……。
せっかく飲みやすくなっていたのに…………。
「まったく。この屋敷は虫が多すぎる」
と。
何やら呆れた様子でテノールが言った。
また、いつものかしら?
なんて思いながら彼が私から取り上げたのカップに、紅茶を淹れてくれるのかと待ってみた。
でも彼は私のカップをテーブルに置き。
アツアツのポットを抱えて再び先ほど私の紅茶を捨てた窓に向かっていく。
そして、タパタパと流した。
「テノール……。紅茶がもったいないわ」
「申し訳ございませんお嬢様。少々ムラし過ぎておりました。淹れ直してまいります」
彼はそう言って、ポットを手に扉がなくなった出入り口から出て行った。
「さて。アタシも仕事だねぇ。おら、双子。仕事だ!」
「「…………」」
料理長の言葉にルシオとゼシオは、【無】の感情で頷き、テノール同様に部屋を出て行った。
「まだこの辺りに【勇者】は居たのね……」
「【勇者】?」
「あぁ、何でもないわ。ミリー」
「???」
ハテナマークを飛ばすミリーに私は曖昧に笑って、料理長が扉の破壊という代償と共に持ってきてくれた【劇的ケーキ】を口に運んだ。
うん。
今日のは柑橘系ね。
とてもおいしいわ。
料理長にもちゃんとそう伝えないと……。
だって彼女、拗ねちゃうんだもの。
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