第2話 困惑

 それを理解すると同時に、ふぅっと意識が遠のくのを感じた。


 嘘よ。を理解すると同時に、ふぅっと意識が遠のくのを感じた。


 『嘘よ。鹿が事実のはずがない』

 

 それだけ。

 だって、父様と母様はとても仲がよろしくて、自慢だったのよ。

 私もいつか。

 いつの日か……『父様と母様の様な、家族となれる殿方と』と、思う程には…………。

 ですが。

 最近父様の様子がおかしかったことも事実。

 それに、父様は一人っ子。

 親しい親戚もいません。

 そして、何より。

 ここまで父様に似るなど、考えられません。

 私は『私の誤解』だと。

 『間違いだ』と、笑ってほしくて、霞がかる意識を必死に繋ぎ止め。

 ふらつきそうになる足に力を入れた。

「その子は……父様が孕ませた、子。ですか…………?」

 自分の過ちを肯定される事への恐怖に、情けなく声が震えた。

 ……と、言うより。

 もっとまともな問いを投げればよかったような気がします。

 だってほら。

 案の定、父様が気まずそうに咳払いをしたわ……。

「…………『孕ませた』と言うと、その通りなのだが……そうだな。そう、なるな……。だが、私が望んだことだ」

 ハッキリと言い切った父様。

 気まずそうな表情は消えている。

「浮気、ですか……?」

「…………リスティナ……。お前も分かっているだろう……?」

 やや眉を下げた父様。

 そうですね。

 母様は、子を望めませんものね……。

 親族にうるさく言われ居たのも知っています。

 でも。

「母様も納得の上ですか……?」

 そう問うと、父様は重々しく頷き、母様を気遣うような目を向ける。

 その様に、私は腹が立った。

「気遣うのなら、気にかけるのなら……寄り添ってあげればよろしいではありませんか…………」

 父様に向けた言葉。

 これに父様は困惑気に、目を彷徨わせた。

「いつもいつも母様が傍に来て下さるのが、当たり前では無いのですよ? 母様だって父様に傍に居て欲しい時だってあります」 

 つい、責めるような様な口調になってしまったのは、この際ですから無視です。

 今は母様を優先しなくては……。

 そう考え、母様の傍に膝をついて肩に手を置いた。

「母様……」

「ぁ、ぁ……りす、てぃ…………」

 ゆっくりと私の方を向いた母様の菫色の瞳。

 それに私が写ったと同時に、それは大きく揺れた。

「リスティ……!」

 震える声で小さく名を呼ばれ、抱きしめられた。

 私を抱きしめた白くて綺麗な手は、小刻みに震えている。

「母様。私と一緒にお部屋に帰りましょう? これからの事を……考えなくてはなりませんもの」

 震える背に手を伸ばして、優しくさすりながら声を掛け、立ち上がるように促し。

 私の声に答え。

 立ち上がろうとしてくれた母様を支えながら、私も立ち上がる。

「ルシオ。居るのでしょう?」

 書斎の入り口に向かって声をかける。

 そうしたら案の定、扉が開きました。

「はい」

 返事をして出てきたのは、短い黒髪で無駄に目鼻の整った、切れ長で琥珀色の瞳を持つ男・ルシオ。

「母様をお部屋に」

「はい。かしこまりました。失礼いたします」

 ルシオはニコリともせずに、お母様をひょいと軽々と横抱きに抱えて扉の向こうに消えた。 

「ミリー。カンナを母様のお部屋に呼んで来てちょうだい。私も母様のお部屋に向かうから」

「はい。お嬢様!」

 微笑んで返事をしたミリー。

 彼女は軽く礼をとって、扉の向こうに消えました。 

 私はこれを確認して、父様の方を軽く振り返る。

「――――妻子ある身で了解を得ずに、いえ。了解を得ようとも外で子を作るなど、最低の裏切り行為で、軽蔑に値しますわ」

 そう、自分のことを棚上げ、冷たい声で父様に言葉を投げかけて。

 私はその横に居る少年を一瞥して、書斎を後にした。

そうよ。


鹿が事実のはずがない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る