奴隷がいなくなった後

 そのままいても仕方がないのでさっさと帰る事にした。

 なんかあちこち混乱状態に陥っていたので、その隙を縫って逃げ帰る事に成功した。

 家に帰ってパソコンで船長が口にした雪斗の本名を調べてみた。

 そしたら普通にヒットした、隠れた有名人みたいな扱いであるらしい。

 生きた賢者の石、あらゆる財を生み出す人知を超えた存在、化物、怪物。

 それと本当にあの船長とは友人であるらしい、というか親友レベルっぽい。

 よくよく調べてみると三日前にあの奴隷屋さんを襲撃したのは船長だったっぽい、雪斗を助けようとしていたのかもしれない。

 化物だの怪物だのやたらとディスられているのは、多分私と一緒だろう。

 人間は自分が持っていないものを持っている人間に対して攻撃的になる、多分それ。

 それにしてもこれからどうしようか?

 主従の契約は断ち切られ、彼は記憶を取り戻した。

 ならば彼が私に従う理由なんてない。

 要するに、私は自分を守ってくれる奴隷を失ったのだ。

 彼のことは心配ではあるけれど、それでもあの時の様子と調べた限りだとそんなに悪い扱いはされないだろうし……ならば『他人』である私が何をしてもきっとただの迷惑だ。

 ……なら、仕方がない。

 今の私にできるのは、せいぜい彼の平穏無事を祈ることくらいなんだろうから。


 五日ほど引きこもって、食糧が尽きたので買い物に行く事にした。

 ぶっちゃけ怖いけど……いつかは出なければならないのだから。

 それに新しい護衛も必要だ、今度は奴隷はやめよう、雪斗みたいに昔の知り合いが取り返しに来るかもしれないから。

 と、今後の計画をねりねりしながら歩いていたのがよくなかったのだと思う。

 背後からぶん殴られて、私はあっさり意識を手放した。

 

 気が付いたら見知らぬ狭い部屋の中でむさいおっさんに囲まれていた。

 手は縛られていた、足は……痛い!!?

 よくみたら両脚に2本ずつぶっとい釘が突き刺さっていた、ひっでぇなにこれ!!?

「ぐ……いた…………なんだお前らそんなに金が欲しいのか? 誰が赤の他人の貴様らなんぞにやるかボケ」

 咄嗟に悪態をついていた、おっさん達は不気味に笑った。

「やあ、起きたのかお嬢さん」

「金はいらないよ、ただ人質になってほしいんだ」

「人質? はあ? なにをおかしなことを……誰に対する人質だ? 馬鹿かお前ら人違いだ。私を人質に取られて困るような奴はいない」

 多分人違いだった、酷くない人違いで脚に釘打たれたんだけど?

 だけどおっさん達は焦りもせずにただ笑う。

「いいやお嬢さんは十分人質になる」

「あの生きた賢者の石に対しての、な」

 生きた賢者の石、ってことは雪斗のこと?

 いやいや、なにを言っているんだろうか?

「はあ? いやほんとに馬鹿だな私よりも馬鹿。それこそありえない話だよ。あいつは私の奴隷、だった。だった・・・だけだよ人質になんざなるわけねーだろうがむしろ恨まれてるに決まってんだろ常識的に」

 そこまで恨まれるようなことはしていないつもりだが、それでも数ヶ月間奴隷として扱って自由を奪ったのだ。

 少なくとも人質として利用される価値すらない。

 どうしてそんな常識を理解できないんだろうか、馬鹿なんだろうな。

 だけどおっさん達はただ笑う、人を小馬鹿にしたような顔でこちらを見下ろす。

「確かにそれが常識的かもなあ……だけどお嬢さん、知っているんだぞ俺たちは。契約を打ち切られても、あの賢者の石がお嬢さんを守ろうとしていたのをな」

「あれは単に記憶が戻ったばっかで混乱してただけだよ。でなきゃあんなことはしなかっただろうよ。とにかく無駄だ、意味がない。つーわけでさっさと縄解いて解放しろ、お前らにとっても時間の無駄だ」

 至極真っ当な正論を吐いてみたけど、おっさん達は笑うだけ。

 そのうちに愉快そうにしていたおっさんのうちの一人が、唐突に自分のズボンの社会の窓を開けた。

「お嬢さん、せっかくだからおれのむす」

 エロ同人みたいなセリフが途中で途切れて、おっさんは爆発四散した。

 えっと、なにごと?

 他にいたおっさんたちも全員爆発四散した、なにこれこわい。

 名前を呼ばれた、数日ぶりに聞いた声に思わず顔を上げる。

「…………ゆきと?」

 いつの間にかそこにいたのは私の奴隷だった人だった、なんでこんなところにいるんだろうか?

 雪斗はなにも言わずにふらりと私に歩み寄って、私の脚を見て絶句した。

 いやあまあ結構えげつないとは思う、超痛いし。

「…………っ!!」

 表情を歪めてしゃがみこむ、小さく何かを呟いて多分治癒系の魔法かなんかを発動させた後、手早く私の脚に突き刺さった釘を抜いた。

 痛みはなかった、傷も消えていた、本当に釘が刺さっていたのかわからないくらいなんともなくなった。

「ありがと……。でもなんでここに」

 疑問を呈そうとしたらその前に抱きしめられた。

 何故かごめんと謝られた、そんな謝罪をされる必要なんてこっちには一つもないのに。

 彼はそのまましばらく動かなかった、なにを言っても無駄な気がしたので私はなにも言わずにいることにした。

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