奴隷と襲われる
それでも何事もなく三日が経過した。
テレビであのニュースを見た直後はすごく動揺したけど、よく考えれば今の私にも雪斗にもあまり関係のない話だった。
主従契約とかその辺を解約する時には手間になるのかもしれないけど、そんな予定もしばらくないし。
というわけで特になにも変わらなかった、雪斗も気にしている様子はなかった。
だから私も気にせず普通に過ごしていた。
「お買い物行くから付き合って」
「わかったよ」
当面の食材を手に入れるべく、いつも通りスーパーに向かう。
最近になって襲撃者も少なくなってきた、強いのが守っているから何をしても無駄だと諦めてくれたのかもしれない。
これは良い傾向だ、このまま世間が私を忘れてくれることを切に願う。
鋭い声で名前を呼ばれた、後ろに引っ張られて、その直後に轟音。
「…………っ!!? な、なに?」
「怪我はない? すまない、直前まで気付かなかった」
「無事、おっけー、問題ない。なんか派手なのが来たね……」
「うん。……下がっていて、すぐに終わらせるから」
攻撃は上空からだった。
上を見上げると、そこにあったのは海賊船らしき巨大な船。
……おおう、見間違いじゃなきゃあの船見覚えあるぞ?
都会の方で大暴れしているらしい海賊の、超有名な海賊船に……超似てるってか、現物じゃねあれ?
え? 待ってなんでそんなんから襲撃受けてんのあっちのがセレブじゃん。
「雪斗気を付けて! あれ多分都会でめちゃくちゃ有名な海賊だと思う!! 多分ものすごく強いよ!!?」
「……わかってる、とびきり強いのがいるね。でも大丈夫、ちゃんと守るから」
船の船首に誰かが降り立つ、テレビで見たことのある――この船の船長だ。
船長はよく通る声で聞いたことのない名前を口にした。
「久しいな、とはいうものの奴隷に堕ちた貴様は俺のことなぞ欠片も覚えてはいないのだろうが」
「…………?」
訝しげな顔で船長の顔を見上げる雪斗。
考え込んでしまっている雪斗の代わりに私が疑問の声を上げる。
「待ってください……!! ひょっとして彼の知り合いですか……!!?」
叫んだ直後に目の前で火花が走った。
撃たれた、それを雪斗が弾き返したのだ。
「黙れ小娘。――何故そんなものを庇う、ああ、そうか奴隷だからか、全く情けない、貴様のようなものがそんななんの価値もない平民上がりの小娘を」
「黙って」
なんかよくわからないけどすごくやばそうな攻撃魔法を雪斗が船長に向かって撃った。
全部で多分10発くらい……全部防がれたけど。
「う、うそ……あんな激ヤバ魔法を……全部防いだ……!!?」
「……ふうん。君は危ないから少しだけ下がっていてほしい。――どこの誰かは知らないし、奴隷になる前の知り合いなのかもしれないけど……彼女に手を出すというのであれば容赦はしないよ」
雪斗が圧の強い殺意を放ち始める、守られている身であるはずなのに怖気立つような恐ろしい殺意だった。
それを向けられた船長は――ほとほと呆れかえっていた。
「堕ちたな、それ以上ない底まで。ならば目を覚まさせるまでだ」
その言葉が終わるかどうかのタイミングで船長がこちらにやばげな攻撃魔法を一斉掃射して来た。
雪斗はそれに迎え撃つ、迎え撃つだけでなくさっきのよりやばそうな攻撃魔法をバンバン撃ち込んでいた。
とんでもない攻撃の応酬だった、何がおこているのか途中から理解できなくなってくるくらいの。
どちらも互角だった、決着なんていつまでもつかないんじゃないかというくらい。
だけど、決着は割とあっさりと決まってしまった。
「ーーは?」
背中にとんと軽い衝撃、何事かと思ったら、自分の心臓の位置から紫色のすごく鋭そうな刃が飛び出していた。
痛みはなかった、だけど何かが自分の中に入り込んでいる嫌な感覚だけはある。
刃がずるりと抜かれる、血は出なかった。
大声で名前を呼ばれた、雪斗が顔を真っ青にしてこちらを見ていた。
「……っ!?? 馬鹿前見ろ!!!」
「っ!!?」
思いの外大きな声で叫べた、というか普通に痛くないし傷もない、なんじゃこりゃ?
私の警告はちょっとだけ遅かった、防ぎきれなかった船長の一撃が雪斗に当たった。
「雪斗!!」
「……平気だ、軽い」
「ですがもう手遅れです。お疲れ様でした」
落ち着いた低い女の声が雪斗の真横から響く。
先ほど私を貫いたらしき紫色の刀を持った女の人が、その刀で雪斗を頭のてっぺんからぶった切った。
だけど、私と同様に傷がない。
血とかも出ていない。
「な、なにを……雪斗、雪斗、大丈夫しっかりして」
斬られた雪斗はふらついて地面にへたり込む、船長からの攻撃はいつの間にか止まっていた。
「よくやった」
船長が女の人を短くねぎらった、雪斗は小さく唸り声を上げていた。
「ま、まさか呪いか……!! くっそこの卑怯者!!」
そういやそんな感じのマイナーな武器があったことを思い出す、斬りつけることで傷をつけずに斬った対象を呪う暗殺道具。
「なにが卑怯だ、外道」
「呪いをかけたのではありませんよ。むしろ逆です。先ほど彼を縛っていた隷属の契約を断ち切らせていただきました。そして記憶の封印も」
「……はい?」
私への一撃が多分契約の解除で、雪斗への一撃が記憶の封印の解除ってこと。
いやそれでもなんかおかしい。
「じゃ、じゃあなんであんな苦しそうなの!!?」
「無理矢理封じられていた記憶の封じをいきなり解いたわけですから、苦しいかどうかはともかく、混乱くらいはするでしょう」
「…………」
そう言われるとなんかそんな気もする。
確かに急に思い出したらびっくりするよね、しかも戦闘中だったわけだし。
そんな風に考え込んでいたら小さな声が聞こえた、雪斗の声だった。
いつの間にか顔を上げていた雪斗は船長の顔を見上げて、彼の名前を小さく呼ぶ。
「ふっ……やっと思い出したかこの愚か者め」
船長が機嫌良さげに大声で笑う、雪斗はその声に呻き声をあげた。
「だいじょうぶ…………っ!!?」
苦しそうなので駆け寄ろうとしたら轟音とともに自分の目の前を攻撃魔法が通り過ぎた。
へたり込む、あと一歩進んでたら確実に上半身が消し炭になっていた。
「寄るな。小娘。――っ!!?」
船長に向かって攻撃魔法が大量に射出される、雪斗が呻きながら立ち上がって、私の前に出る。
「雪斗……!! 無茶すんな、というか知り合いっぽいし契約切れたならもう私を守ることも……」
「うるさい。黙って。――おとなしくそこにいて、絶対に殺させないから」
苦虫でも噛み殺しているような顔でそう言った雪斗の顔が――今、弾けた。
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