奴隷と食べる
その後は特に目立った会話もなく、夕飯を食べた。
私は塩ラーメン、奴隷君は醤油ラーメンを食べた。
「そう言えば、名前聞いてなかったね」
ちゅるちゅる麺を啜って今更すぎることを聞いた。
「名前? ないよ?」
「え? なんで?」
「僕は奴隷だから」
「うん?」
「……ひょっとして、知らない?」
「何を?」
首をかしげると奴隷君はこんな説明をした。
一般的に販売されている奴隷には名前がなく、また奴隷となる前の記憶も全て消されている。
戦闘経験や一般常識などの記憶は残っているのだが、基本的に奴隷になる前の自分が何者だったのかは全く覚えていないらしい。
「えええ…………なんにも覚えてないの?」
「うん。ああでも戦い方と自分の性質は覚えているからそこは安心してほしい、君を守るという命令に従うにはなんの不都合もないよ」
「そ、そう……いやあ……奴隷ってそんなシステムなんだ……知らなかった……」
だって買おうと思い立ったの今日の昼間だし、昨日の私が今の私の現状知ったら目ん玉飛び出すほど驚くだろうし……
……私突拍子もなさすぎるな? もうちょいもの考えて行動しよ今度は。
「それにしても名前も覚えてないのか……困ったなあ……なんて呼べばいい?」
「好きに呼んでくれて構わないよ」
え? 何今私すごく軽率に命名権パスされた?
いやいや待ってやめて私そういうセンス全くないんだよ、生き物それも人間の名前とか。
……自分で決めてもらおう。
「こういうセンス私には全くないから、自分で決めてくれると嬉しいな」
「……うーん」
奴隷君は困ったような……若干悲しそうな顔をした。
「えっと、あ……思いつかないなら人名辞典とか買う? 明日どうせ本屋も行くし……」
「ううん、大丈夫だよ。……ただ」
「ただ……何?」
「君が決めてくれたら嬉しいなと思って」
「ほわっつ?」
え? なにそれどゆこと?
ひょっとして奴隷君もそういうセンスないんだろうか?
そういえば記憶ないんだった、なら確かに一般ピーポーな私のがまだセンスが……あるのかなぁ?
「うーん……じゃ明日人名辞典買って一緒に決める?」
「……それでいいよ」
提案すると奴隷君は表情を和らげた。
カップ麺を食べ終わったので後片付けでもしようと思ったけど、ちょっと物足りない。
「うーん……甘いもの食べたいなあ……でも今うちにあるのニッキ飴とチョコだけなんだよなあ」
今欲しいのはそういう甘さじゃなかった、ひと昔前だったらコンビニに繰り出していたかもしれないけど……今は怖いから。
「甘いもの? どんなものが食べたいの?」
「んー? さっぱりしたフルーツゼリーっぽいものが食べたい……でもそういう甘味は今うちにないから、今日はがまん……」
「ふーん……なんの果物がいい?」
「みかんかパイナポー」
「そっか」
と、奴隷君は何かを考えるような仕草をした後、おもむろに自分の左手を右手で掴んだ。
んで引っ張った、そしたら取れた。
とれたってか、ひきちぎられた?
左手。
みちって、いまみちっていった。
「はい、どうぞ」
奴隷君は引きちぎった自分の左手を何故か私に差し出してくる。
「あ、ああああああぁぁぁああ!!? て、てが――――――!!!?」
私絶叫大混乱、意味不明!!
手? なんで手引きちぎったのなんでそんな奇行すんの意味わかんないんだけど甘いものの話ししてただけだよね意味わかんないんだけど。
「な、なななななにしてんの!!? なんでとったのねえなんで!!?」
「甘いものが食べたいっていうから……」
「それに!! 一体なんの関係が!!?」
「…………僕の性質知らないの? 知らないで買ったの?」
「強い以外はなんも知らんよ!! そういやさっき
「あー……そうか確かにそんな余裕はなかったね。ごめん、これは僕の説明不足だ。僕はちょっとした特異体質でね、身体を好き勝手に変化させることができるんだ」
「変化?」
「うん。だから左手をみかんとパイナップルのゼリーにしてみた」
…………。
なるほど手を差し出してきた意味はわかった。
その意味だけは理解できた。
「お……」
「お?」
「おばか!! そんな理由で軽率に手を取らないでよ何やってんの!!? どーすんのこれから片手なんでしょ不便でしょ!!?」
「問題ないよ」
「はあ!!?」
「ほら、すぐ戻るから」
引きちぎられた左手の手首から、にょっと新しい左手がはえてきた。
「ひ、ひええぇえ!!? な、なんで!!?」
「なんでと言われても、そういう性質だからとしか答えられないよ」
「そんなびっくり人間だったの君!!?」
「うん」
あっさり首肯される、なんだか疲れてきた……
「そ、そう……でも痛かったんじゃないの?」
「いや、全然。髪を抜くよりも痛くないよ」
「そういうものなの? なんともないの?」
「うん。それになんともないよ、このくらいなら本当に大したことはないんだ」
「なら……とりあえずあんしんした……」
本当になんともないのならひとまずは安心だ。
手も普通に生え変わったっぽいし、普通に動いてるみたいだし。
でも二度とやらないで欲しいなあ、心臓に良くない……
「というわけで、どうぞ」
引きちぎられた左手をもう一度差し出される。
「い、いやあ……ごめん、おもいっくそ手の形のものを食べるのは……ってか、カニバは、ちょっと」
「……そう」
なんか悲しげな顔された、申し訳ないとは思うけどさすがにちょっと……うん。
だって手だもん、思いっきり、カニバリズムだもの。
「じゃあ自分で食べるね?」
「へ?」
奴隷君は引きちぎられた左手の人差し指をなんのためらいもなく噛みちぎって咀嚼した。
「い、いやあああああああぁぁああ!!? 共食い――――――!?」
「うん。まあまあ美味しい、僕にしてはうまくできた」
「待って待って!!? 自分で自分食べてんの!!? これどういう状況!!?」
「だっていらないっていうから……」
しょんぼりされた、いやだってね!!?
「だ、だからって自分で食べる?」
「うん。だってもったいないし、それに店にいた頃もひもじい時は時々そうしてたし」
「い、いやあぁぁあ……あんな高級感満載だったくせにご飯ちゃんともらえなかったの……?」
ツッコミどころが違うのかもしれないけど思わずそう聞いていた。
「いや、一般的な人間なら十分な量だったね。でも僕は大食らいみたいで……」
「そ、そう……ひょっとして足りない? もうひとカップ食べる?」
「ううん。大丈夫だよ」
と、今度は中指を嚙みちぎりながら奴隷君は答えた。
……ちょっともう疲れた。
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