奴隷と話す

 手続きやらなんやらで結構時間がかかってしまったので、家に帰ってきた頃にはすっかり夜だった。

 いやあ、奴隷買うのって結構大変なのね、主従関係とか命令権とかそういうのいちいち魔法で設定する必要があるとか知らんかった。

 でもこれで基本的に私の命令は聞いてくれるし余程のことがない限り裏切りとかそういうのがないから安全らしい。

 最初は普通にボディーガードでも雇おうかと思ってたんだけど、奴隷の方が裏切りとかそういう心配がないらしいから奴隷にしてみたんだけど、果たして吉と出るか凶と出るか。

 私が買った奴隷は普通の人だったら悠々自適に一生を全うできるくらいのお値段だった。

 それがべらぼうに高いのか奴隷としては真っ当な値段なのかはよく知らなかった。

 まあ人の一生を好きにしていい権利を買うわけなんだから、個人的には妥当か安めなんだろうなと思っている。

 一番強いと見せられたその奴隷は、見た目はそんなに強そうじゃない。

 むしろ弱そう、ひょろっとしている、あと何故か顔が良い。

 本当に一番強いのかと訝しんだけど、お店の人によると今どころか歴代最強の奴隷であるらしい。

 ならいいや、変に屈強だと逆に怖くてビビるし。

 いやね? 顔があんまりにも良すぎるからそっち方面でビビってはいるのだけどね。

 やだなあ、直視できない、お面でもつけてもらおうかな。

 まあそれは今度で、もう遅いし。

「と、いうわけでこの狭いアパートがもうしばらく私んちだ。そのうち災害とかに強そうな土地のマンションでも買おうと思ってるから、狭いけどしばらくは我慢してほしい。トイレがあっちでお風呂がこっち、台所がそこで……しまった……!! 布団がない……」

 身振り手振りで奴隷君(多分君であってる)に説明して、途中で布団とかその他生活に必要なものが全然足りてないことに気づいた。

「タオルもない……着替えもない……歯ブラシも……食器……はなんとかなる…………ええとあとは……あとは何が必要だ?」

 ダメだ色々足りてない、そもそも足りていないものがなんであるのかもよく分からなくなってきた。

 思いつきとその場のノリで行動する私の悪い癖がまた出たらしい、人を同居させようとするのなら最低限必要なものを用意するのが常識だろうに。

 しかし悔やんでも後の祭り、お外は真っ暗で怖くて外出なんてしたくないから……こちらが頭を下げるほかない。

「ごめん思いつきで買って来たからなんも用意してない……今日はとりあえずこっちの布団で寝てほしい……その他必要なものは明日一緒に買いに行こう……」

 深々と頭を下げた、人の布団で寝るのは嫌だろうけど、ちゃんと掃除機かけるから許してほしい。

「……えーと?」

 奴隷君、何故か大困惑。

 未知の生物でも見るような目で見つめられる。

 うわあ……ほんとうにごめんなさい……準備不足でごめんよ……

「ほんとうに……もうしわけない……あ、ご飯炊くの忘れてた……うわあぁあ……ごめん……お夕飯カップ麺でもいい?」

 本当はカレーのつもりだったんだ、カレーならそんなに時間かからないし、具は冷蔵庫的に玉ねぎと豚肉だけになる予定だったけど。

 けど今からご飯を炊く気力がない、ついでにルーを作る気も失せた、それにお腹すいたから割とすぐに食べたい。

 カップ麺なら常に常備している、味も複数あるからそこから選んでもらえばいいかな?

「……質問をしてもいいだろうか?」

「はい。なんでしょか?」

「僕は君の奴隷なんだよね?」

「うん」

「君は僕の主人なんだよね?」

「うん」

「……なんで奴隷相手に頭を下げるんだい?」

「……うん?」

 なんで? なんでってそりゃあ……

「こっちに落ち度があるからに決まってる。なんも用意してなかったこっちが悪いんだから、謝るべきだと思って」

 どこかおかしいところがあるだろうかと首を傾げる、責められるいわれはあるが不思議がられる理由はないはずだ。

 だけど何故か奴隷君はまだ変な顔をしている。

「奴隷でない人間相手にならそうかもしれないけど、僕は奴隷だよ? 君の方が立場が上で、僕は何をされても文句を言えない立場なのに」

「……あー……そっかそういう……うん。疑問の理由を理解した。ごめんね、こちとら数日前までただの平民でね、人をそういう風に扱ったことがないんだ。それに私基本クズだから、奴隷とはいえ人間相手にそういう扱いすると落ちるとこまで落ちぶれそうだし」

「へいみん?」

 奴隷君が首を傾げた、そう言えば細かい説明がまだであったことに今更気付く。

「あー……そういやまだ説明してなかった……私はつい先日までただの会社員やってた平民なんだけど、宝くじの一等が当たって仕事を辞めてニートになったんだ」

「……うん」

「だけどその宝くじ、目玉が飛び出るほどの大金で、巨万の富って感じの額だから、命を狙われるようになっちゃって……だから護衛のために君を買ったというわけ」

「うん」

「だから、君は私を守ってくれさえすればそれでいいんだ。それ以外に何かを頼むつもりも今のところはないし…………さっきも言ったように奴隷だからとそういう扱いをするつもりもない」

「……それでいいのかい?」

「うん」

 首肯すると、奴隷君は変な顔のまま笑うという器用なことをした。

「君がそれでいいというのなら、従おう」

「うん。ありがとう」

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