第40話 魔法使いと黒騎士
ブロッサムの言葉を遮ってグラムが叫ぶ。それとほとんど同時だった。アルディオがブロッサムを庇うように立つとグラムを構えて物凄いスピードで飛んできた何かを受け止めた。キィィィィンという甲高い音が響く。
ブロッサムは、すかさずアルディオの背から横に飛び出すと彼が対峙しるそれに向かって魔法を繰り出す。
「
「あれか・・・」
ブロッサムの攻撃を避けるように、それは飛びのいた。そこに現れたのは、あの黒い塊だ。アルディオは、グラムの柄を握る拳に力を入れると構えなおす。険しく眉根が寄せられる。彼女の言う通り、得体の知れないものが姿を現した。
ブロッサムは、杖を構えたままコクリと頷く。しっかり見たわけではないが、これ以外の何物でもないだろう。
黒い塊は、表面をボコボコと沸騰するお湯のように揺れ動かしていた。その姿がスッと人の形を形成し出す。
「あの姿はッ・・・」
「どうやら、お姫様みたいだね。でも、様子がおかしい」
アルディオは、その形に驚愕の声を上げる。だが、ブロッサムは、冷静に成り行きを窺う。黒い塊は、一瞬クラウディアのような人型になるが、すぐに弾けて元の流動体に戻る。そして、ブルブルとその身を震わせると、無数の棘を飛ばしてくる。
ブロッサムは、咄嗟にアルディオの前に出ると杖を構えて呪文を唱える。
「
「助かる!」
アルディオは、攻撃が止むのと同時に、魔法が解除されたのを見計らい、端的に口を開いて駆けだす。黒い塊と一気に間合いを詰めると大剣を軽々と振り下ろす。塊が避けようとした瞬間を狙い、ブロッサムは後方から魔法を放つ。
「どういたしまして!
自分を貫くように飛んできた光の槍を、塊はニュルリと形を変えて避けた。そこへ振り下ろされたアルディオの刀は、硬い金属音をあげて弾かれる。どうやら、硬度も自由自在のようだ。しかし、アルディオは、弾かれた刃を、今度を横に薙ぐ。塊は、それを避けるように後ろへギュッと体を伸ばす。アルディオの大剣は、宙を切るが、すぐさま切り返した。
ブロッサムは、アルディオの戦い方に息を飲む。彼は、自分の身長ほどある剣を重さも感じないかのように軽々と振り回している。さすがに、姫付きの近衛隊長だけあって、剣の基礎はしっかりしているし強い。しかし、彼の性格とは真逆に思えるほど、その戦闘スタイルは豪快だった。
塊は、アルディオと激しい攻防戦を繰り返す。ブロッサムは、下手に手を出せないので、距離を取って隙を窺う。幾度かの打ち合いの末、アルディオが塊を弾き飛ばした。それを見やっていたブロッサムは、すかさず呪文を口にする。
「チェック!!」
空中に出現した魔法陣から飛び出る白い光の槍に、黒い塊は縫い留められていた。その光景に、アルディオが目を見張る。
「これはっ・・・」
「別に、地面じゃないとトラップが仕込めないってわけじゃないからね。こんな事も出来ちゃうんだよ」
ブロッサムは、少し得意げに笑みを浮かべるとアルディオの隣までやってきた。そして、軽くウインクして見せる。アルディオは、構えていた剣を下ろすと、そんな彼女に微笑を浮かべた。そして、二人して縫い留めらた塊の傍まで行くと並んで見上げる。
彼女は、杖を構えると少し長めの詠唱文を唱えだす。突き刺さった黒い塊の周囲を更に結界魔法で囲んだのだ。
そして、ブロッサムは、指を鳴らすと小さな透明な小瓶を取り出した。紫色のガラスのような蓋を外すと、瓶の口を黒い塊に向ける。
「さて、大人しく捕まってもらうよ。せっかくだがら、君が一体『何なのか』調べさえてもらう」
そして、黒い塊を瓶に封じる為の言葉を口にしようと時だった。突然、アルディオに手を掴まれたかと思うと腕を引かれて抱き込まれた。
「危ないッ!!」
直後に、アルディオの背で大爆発が起きる。ブロッサムは、思わず声を上げていた。
「アルッ!?」
「問題無い!」
アルディオは、煙がやむとブロッサムを離した。そして、後ろを振り向く。そこには、ブロッサムの結界と罠魔法を粉微塵にして呪縛からの逃れた黒い塊が、少し距離をおいた所に佇んでいた。ダメージがあるのか無いのかすら分からない。
ブロッサムは、視界の端に塊を捉えつつも、アルディオの状態を確認する。あれだけの爆発をもろに受けたというのに、彼はおろか鎧にさえ傷一つ無い。彼女は、その鎧の恐ろしいまでの防御力に驚嘆の声をあげる。
「・・・鎧か。それにしても、これまた強力な」
(普通の防御魔法なんて目じゃないレベルだな)
ブロッサムは、内心で苦笑を零す。先ほど、彼の前に出て防御魔法を張ったが、要らぬ世話だったのかもしれないと。しかし、今は彼の鎧に気を取られている場合ではない。ブロッサムは、溜息交じりに黒い塊に視線を戻す。
正直、持久戦などやりたくない。表面的な怪我や痛みは魔法で何とかしたが、受けたダメージ全てを回復させたわけではない。このままズルズル長引けば、こちらが不利だ。
ブロッサムが杖を構えて、どうしたものかと思案していると、大剣を構えるアルディオが黒い塊から視線を外さす口を開く。
「サム!あれは駆逐するぞ。ここで息の根を止めておかねば危険だ!」
「どうして、そんな事分かるんだよ?」
ブロッサムは、チラリと彼に視線を向けると小首を傾げる。彼は、そんな彼女にきっぱりと言い切った。
「勘だ」
(勘・・・ね。もしかして、私とは違うものでも見えてるのかな?)
ブロッサムは、塊に視線を戻すとジッと見やる。魔法使いの自分よりもエーテリアや瘴気をはっきりと見る事の出来る彼の瞳は、あの黒い塊でさえ自分とは別物に見えているのではないかとさえ思ってしまう。
それに、お姫様の近衛隊長は伊達では無かった。アルディオは、お世話抜きに強い。ナナキに襲われた時もそうだったが、奇怪な動きの黒い塊にも怖気ずに向かって行く。その様から、彼が戦い慣れしている事が窺えた。
ブロッサムは、一度深呼吸をしてから返事をする。こういう場面では、自分と違って直観で行動する人の意見を尊重する事に決めている。何故なら、彼女の身近には、彼のようなタイプの友人が割と多く、そんな彼らに助けらてきたからだ。
「了解!捕獲なんて生温い考えは捨てるよ。この辺りの結界を張りなおす!」
「結界を?」
「このまま戦って、アレに外に逃げらたら困るだろう?あと、自分の結界魔法でまた気絶とかしたくないからね」
ブロッサムは、あの時の事を思い出し、げんなりとした様子でそう口にした。アルディオは、横目で一瞬だけ彼女を見やると微笑を零す。そして、端的に言葉を発すると黒い塊に向かって駆けてゆく。
「分かった。なら、それまではなるべく控えて戦おう。頼んだぞ!」
「・・・なんか怖い言い方なんだけど。さて、それじゃ」
ブロッサムは、青ざめた表情で一瞬言葉に詰まる。どことなく駆けてゆく彼の横顔が楽しげに見えたからだ。
かなり豪快に大剣を振り回して戦っているこれまでの彼の様子が、控えていたのか彼女にしてみれば疑問だ。今も眼前で繰り広げられる攻防戦は、ギリギリ廊下の壁や天井に当たらない距離だ。いや、よくよく見れば剣先が壁や床を少々抉っている。しかし、それを物ともしていない。それ以前に、いくら鍛えているとはいえ、アルディオの体型であんな大剣を軽々と振り回している様も不思議だ。重さを感じないのだろうか。
ブロッサムは、小さく息を吐き出す。魔剣だと言っていたので、もしかすると重さなどという概念など、はなから存在しないのかもしれない。ともかく、なんだかちょっと先行きに不安を覚えつつ、彼女は両手で杖を掴む。そして、祈るように詠唱文を唱え出した。
『 光の根源たる 精霊ヴァンよ
か弱き我らを守るお力を
邪悪な影を打ち払う 穢れなき白き力
我が祈りを糧に 全てを阻む盾となれ
ブロッサムを中心に光がドーム型に広がってゆく。彼らが居る廊下とその周辺までを包み込む。廊下の窓の外は、ちょうど中庭だ。逆側には、壁があり、その向こう側には広いホールがあるくらいだ。
ブロッサムは、封鎖に使用していた結界魔法を解除する。そして、ちょうど塊に弾かれて大きく後ろに下がってきたアルディオの隣に立った。
「お待たせ!この辺一帯吹き飛ばしても、この結界の中からは出られないから、思う存分暴れられるよ!」
ブロッサムの得意げな台詞に、彼はフッと笑みを零す。そして、構えている剣を握る手に力を込めた。
アルディオは、グラムに命じる。
「そうか。グラム、力を解放しろ!」
『ああ、我が主よ!存分に我を振るえ!!』
どこか喜々として聞こえるグラムがそう吠えると、アルディオの髪や服がフワリと不自然に揺れる。
突然、沸き起こるような力の波動を感じ、ブロッサムが思わず隣の彼に顔を向けた。
そこには、グラムの瞳が紅く光るように鍔の宝石が輝いていた。そして、魔剣の剣身の根元辺りから、まるで刀身を昇っていくかのように赤黒い炎が発生する。その様に、ブロッサムが驚いて声を上げた。
「火炎魔法!?
しかし、アルディオには、もはや目の前の黒い塊しか映っていないようだった。
ブロッサムは、唐突にこちらに向かって薙ぐように振られた大剣を、反射的に屈んで避けた。だが、立ち上がろうとした時に、折り返すように大剣がまたこちらに向かってくる。慌てて身を屈めた。
彼が大剣を振るうと、赤黒い炎が火球となって複数飛来する。黒い塊は、跳ねるように、あるいは自身の形を変えて避けたいた。しかし、床や壁に当たった火球は、爆炎を上げて被弾した場所を溶かす。その爆風がこちらにも向かってくるのだが、アルディオは物ともしない様子だ。もしかすると、あの黒い鎧のおかげかもしれないと思いつつも、ブロッサムは、防御壁で熱風を凌ぐのに手いっぱいだった。
しかし、黒い塊は、先ほどまでとは明らかに違い、グラムの炎を嫌がるように避けている気がする。
アルディオは、クスリと笑みを楽しげに深める。
「うまく逃げたか・・・。だが、どうやら攻撃はちゃんと効くようだな」
「って、危ないじゃないか!!私まで灰にする気!?」
「暴れても大丈夫と言っただろ」
唐突に、隣から上がる避難の声に、アルディオは顔だけそちらに向けた。すると、ブロッサムが杖を抱くように立っており青い顔でこちらを睨んでいる。
彼は、小さく眉を寄せると不服そうに口を開いた。その言葉に、ブロッサムのこめかみには、特大の怒りマークが浮き上がる。目くじらを立てると声を荒げて抗議する。
「君、私を守るって言っただろう!!だったら、こっちまで巻き添えくらうようなのやめてよね!」
「避ければ済む話ろう?」
「ッ・・・・」
(やっぱり、話が通じてる気がしない)
彼女は、サラリと返ってきた彼の返答に言葉を失った。あの時の彼の台詞は、一体何だったのだろうと、ふと疑問に思う。もしかすると、聞き間違いだったのかもしれない。ブロッサムは、軽く頭を抱えると絶対そうだと思い込む事に決めた。そして、ガックリと肩を一度落とす。しかし、すぐに顔を上げると半泣きのまま、叫ぶように隣に釘を刺す。
「・・・ううっ、善処します!でも、あんま体力残って無いからね!君達、戦士系と一緒たくに考えないでよ!」
そう言われてアルディオは、ふと倒れていたブロッサムの姿を思い出す。割と元気そうに動いていたので、その事をすっかり忘れていた。彼は、コクリと頷くと、また塊との距離をジリジリと詰める。
「そうだったな。援護頼むぞ!」
「りょーかい!」
ブロッサムは、そう返事をするや否や、塊に向かえって光の矢を打ち出す。塊がそれを避けている間に、アルディオは一気に距離をまた詰めた。彼の振るう大剣を、黒い塊は受けなくなった。必死に身を交わしているようにさえ見える。
時折、グラムの纏う炎が塊を掠めると、ジュっという水が蒸発したような音が聞こえ、そこから白い煙のようなものが立ち昇る。そして、塊の悲鳴なのか、金切り声のよう音を発する。
だが、手を休めてやるつもりは毛頭無い。ブロッサムは、アルディオの攻撃の隙間を狙って、光弾を何十発も打ち込む。
そして、結界の端まで追い込んだ。アルディオが構えを突くように変える。ここで仕留めるつもりだ。フルフルと震える塊は、恐怖でも感じているのだろうか。ブロッサムは、杖を塊の向けたまま、動きを観察する。
小さな膠着状態の後、アルディオが姿勢を低くすると踏み込んだ。真っ直ぐに突き出された剣先が塊に迫る。一気に間合いを詰める彼の攻撃をこの距離では避けられない。
だが、その瞬間、塊はパックリと二つに割れた。そして、そのまま彼を避けて後ろのブロッサムに襲い掛かる。
「しまった!?」
アルディオは、反射的にその様を横目で追っていた。しかし、動き出した体をすぐには止められない。アルディオの背に冷たいものが走る。その一瞬の時間差で塊は、ブロッサムの目前まで迫っていた。
だが、ブロッサムは、ニヤリと笑みを零す。
「
塊が伸ばした体は、彼女に届く数センチ手前で止まっていた。その体には、地面に出現した魔法陣から生えるように現れた細い氷の柱に貫かれている。そして、貫かれた部分から徐々に凍ってゆく。それでもなお、塊は、小刻みに震えながらブロッサムに向かおうとする。
彼女は、そんな塊に杖を向けるとキッと見やって口を開く。
「最初に会った時に言ったよね?あんま魔法使いナメなんなってさ」
「グラムッ!!」
『オォォォォォォッ!!』
振り返って追いついたアルディオは、大剣を大きく振りかぶると半分ほど凍りかかった塊めがけて振り下ろす。
グラムの荒ぶる声と共に大剣の紅黒い炎は、塊を捉える呪縛の氷ごと焼き尽くしてゆく。そのまま、辺りにあるもの全てを飲み込みそうなほど炎は燃えがる。そして、床や天井の一部と両脇の壁を燃えつくし、炎が収まった後には、ブロッサムとアルディオの姿だけが残っていた。
ブロッサムは、塊を縫い留めた時点で自分自身に張っていた防御魔法を解除する。そして、向かいで大剣と鎧を戻すアルディオに視線を向ける。彼もこちらに視線を向けると小さく笑みを浮かべる。
「終わったな」
「そうだねぇ・・・。というかさ、君。もう少しスマートに戦えないの?」
ブロッサムは、苦笑を落とすと小さく頭を抱える。アルディオは、そんな彼女に眉を顰めた。
「戦いにスマートも何も無いだろう。勝たなければ全滅だ」
「・・・自陣まで危険に巻き込むのはどうかと思うんだけど」
アルディオは、なおも不服そうに言うブロッサムに大きな溜息を零す。
「まったく、君は、文句が多ッ・・・サム!?」
アルディオが口を開きかけた時だった。ブロッサムの体が大きく揺らぐ。持っていた杖が手から離れ、彼女とは逆に倒れて行く。アルディオは、無意識に飛び込むように彼女の体を抱きとめた。その傍らでは、高らかに音を鳴らして杖が抉られた床へと落ちる。
アルディオは、ぐったりとして意識の無い彼女の体を揺すって名を呼ぶ。しかし、返事はおろか、閉じた瞳が開く事さえない。そして、彼女が張っていたドーム型の結界は、いつの間にか効力を失い消えていたのだった。
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