第39話 魔剣と少年

「おい、しっかりしろ!ブッロサム!!」


「サムさまっ!!サムさまっ!!」


「サム!」




ブロッサムは、自分を呼ぶ声にゆっくりと瞳を開ける。最初に飛び込んできたのは、青ざめた表情のアルディオ。そして、同じような表情のロイに、瞳いっぱいに涙を貯めたピナ。どこか回らない頭で、自分がアルディオに抱きかかえられている事に気づく。




「ア、アルディオ・・・」




そう呟くように口にしたブロッサムに、一同がホッと胸を撫で下す。アルディオは、そんな彼女の上体を少し起こしてやる。なんとか座る事は出来るようだ。まだ、どこか意識がはっきりしないのか、彼女は小さく頭を振った。ピナは、そんな彼女に居ても立ってもいられずに飛びつく。




「一体、何があったんだ?」


(何って・・・)




ブロッサムは、アルディオにそう質問されてハッと事の成り行きを思い出した。意識がはっきりすると、体中が痛む事に気づく。特に背中にズキッと大きな痛みを感じ、少し俯いて小さく顔を歪ませるが、三人には見られないようにした。ブロッサムは、痛みを堪えるように数度深呼吸をする。ここで声をあげれば、彼らに更に心配をかけてしまう。少し痛みが治まるのを待って顔を上げると、アルディオの背で倒れている彼女にチラリと視線を送る。




「クラウディア・・・は?」


「大丈夫だ。姫様に命の別状はない。少し顔色がすぐれないぐらいだ」




アルディオが簡単にクラウディアの容態について述べる。彼の背では、魔法陣の中にまだ倒れたままのクラウディアがいる。そんな彼女には、いつの間にか黒い大きな布がかけられていた。よく見るとロイのマントが無かった。どうやら、彼のマントのようだ。


ブロッサムは、周辺に視線だけ巡らせて気配を探ってみるが、あの影の姿はどこにもいない。彼女は、まだ痺れの残る体でふらつきながら立ち上がろうとする。ピナは、そんな彼女に抱きつく手にギュッと力を入れる。




「サムさま、ご無理は」




ブロッサムは、クスリと笑みを零すと返事の代わりに彼の頭を優しく撫でた。ピナは、何か言いたげだったが、少し不満そうな表情でそっと身を離した。彼は、自分がこれ以上強く言っても、ブロッサムが引かない事を悟ったのだ。ピナとしては、主の体の方が大事だ。でも、彼女は、自分よりも他人を優先するのだ。


ブロッサムは、そんな心情がアリアリと浮かんでいる彼の顔に苦笑を零す。分かってはいるのだが、今は一歩でもこの事態の収拾へ近ずきたい。しかも、訳の分からないものまで姿を現したのだ。悠長には出来ないだろう。


彼女は、重い体で立ち上がるとクラウディアの元まで行き、膝をついて座り込んだ。そして、横たわる彼女の状態を見やる。ブロッサムを心配げに見やっていた三人もクラウディアの元に集まる。彼女を挟んでブロッサムの正面にアルディオとロイ。ピナは、ブロッサムの隣に座り込む。


倒れているクラウディアは、小さく寝息を立てていた。そっと頬に触れてみるとほんのりと暖かい。彼らが言うほど、顔色も悪くは無さそうだ。息はしっかりしているし、首元に手をあて脈も計ってみるが問題ない。そして、ナナキのような明らかな変貌は見受けられない。ブロッサムは、ジッと彼女を見つめて少し考えてから口を開いた。




「少し衰弱してるようだけど、命に別状はないみたいだね。早くミハエル達のところにッ・・・」


「サム!無理をするな。キミも彼らの所に!」




ブロッサムは、唐突に背に走った痛みに言葉に詰まると顔を歪める。小さく回復呪文を唱えると、胸元に右手をあてる。浄化の魔法陣の上に居るおかげで、普段よりも回復魔法の効きがいい。少しずつ痛みが引いていく。


しかし、そんな彼女にロイが声を上げた。他の二人も心配そうに彼女を見やる。ブロッサムは、ゆっくりと顔を上げる。




「大丈夫だよ。少し休んだら回復する。そんな事より、厄介な事になった」


「厄介?」




アルディオは、小さく眉根を顰めた。ブロッサムは、こちらを見やる三人にコクリと頷く。




「お姫様が着てたドレス。あれ、服なんかじゃない。あれは・・・」


「「あれは?」」




顔を曇らせて言葉を言い淀む彼女に、アルディオとロイは息を飲む。だが、彼女は、そのままずっと固まったままだ。




「・・・・」


「サ、サム?」




ロイは、あまりにも長すぎる沈黙に困惑げに彼女の名を呼ぶ。しかし、ブロッサムは、大きく息をつくと肩を落としてペタリとお尻を床につけた。




「なんだろーね?もぉ、全っ然、わかんないよぉ」


「「・・・・」」




気が抜けたらしい彼女の姿にアルディオとロイは言葉を失くす。今、気を抜いていいのかは分からない。だが、いつものブロッサムを垣間見て少し安堵している自分達も居る。苦笑を零すロイと、呆れたように溜息を零すアルディオ。


ロイは、倒れたままクラウディアをマントごと抱き上げると立ち上がった。




「とりあず、俺は姫様をミハエル達の所に運ぶ。そしたら、すぐに戻るから」


「待って、ロイ。ピナ、これ持ってロイと一緒に医務室に行ってなさい」


「でも、サムさまっ」




ブロッサムは、ロイを引き留めるとパチリと指を鳴らす。そして、前に一度持たせていた青い宝石がはまった守護符アミュレットのブローチをピナの胸元に留めた。しかし、ピナは首を横に振る。ブロッサムは、そんな彼の頬を包み込むように両手をあてる。そして、彼の瞳を真っすぐに見つめる。




「お願いピナ。言うこときいて。キアラとルディが医務室に居たら一緒に待機してて。ダメな時は、必ず呼ぶから。無茶はしない」




ピナは、眉根を寄せてそんなブロッサムの目を見ていた。小さな沈黙後、ブロッサムが頬に添える手に小さな両の手を重ねる。そして、力強い瞳と口調を返す。




「・・・わかりました。ロイ様を医務室まで無事に運ぶのがわたくしめの役目ですね」


「うん。お願いね」




ブロッサムは、笑みを零すとギュッと可愛いい従者を抱きしめる。そして、二人は立ち上がる。ピナは、迷う事無くロイの傍に行くとこちらを振り返った。アルディオも立ち上がる。


ブロッサムは、ロイに視線を向けると少し緊張した声で口を開いた。




「ロイ、気をつけてね。何か居るのは絶対だから」


「分かった」




ロイは、力強く頷くとチラリと視線をピナに落とす。しかし、すぐにブロッサムに戻すと笑みを浮かべた。そんな彼にブロッサムも小さく笑みを返す。どうやら、彼はこちらの意図をしっかり汲み取ってくれたようだ。ロイは、傍らのピナに声をかけるとクラウディアを抱く手に力を込める。そして、ピナがついてこれそうな速度で駆けだす。


二人の背が長い廊下の向こうに見えなくなった。その瞬間、ブロッサムが崩れ落ちるようによろめく。アルディオは、慌てて彼女を抱き留めた。思ったよりダメージが大きいようだ。




「ブロッサム!?」


「何残ってるんだよ?君も、早くここを出た方がいい」



少し苦痛に歪む顔で、それでも彼女は笑みを浮かべる。

アルディオは、立っているより楽だろうと思い、彼女をゆっくりと床に座らせる。強がる彼女の顔色は、あまりよくは見えなかった。


ブロッサムは、また右手を胸元にあてると、一旦中断していた回復魔法を唱えだす。影に突進された衝撃よりも、自分の張った結界魔法の威力が思った以上にあったのだ。


アルディオは、支えていないと倒れそうな彼女の背に手を置いたまま口を開く。




「まだ、何かあるのだろう?なら、君を一人残して俺だけここを出るわけにはいかない」


「・・・」




ブロッサムは、彼の台詞に大きく瞳を見開いて、一瞬言葉を失くした。どこか驚いて見える彼女にアルディオが不思議そうに小首を傾げる。




「なんだ?」




ブロッサムは、自分が無意識に彼を見つめている事に気づくと慌てて視線をずらした。そして、気恥ずかしそうに頬をかく。




「あー・・・、うん。なんか今のはアルディオ様ぽかったな・・・って」


「なんだ急に?今更『様』づけなど気持ちが悪いんだが?」




しかし、アルディオは、そんな彼女の言葉に眉根を寄せて不審そうな視線を向ける。ブロッサムは、呆れたように大きな溜息を零すと半眼で彼を見やり小さく肩をすくめた。




「まさか、君に様付けなんてするわけないだろう。私が言ってるのは勇者様の方だよ」


「何故、この状況でそういう話になるんだ?」




今度は、アルディオが呆れた視線を彼女に向ける番だった。今の話の流れで、何故ブロッサムが急に伝説の勇者の話をし出したのか分からない。やはり、彼女の言動や行動は、アルディオには理解し難かった。

しかし、ブロッサムは、不思議そうに彼を見やると、さも当たり前のように言葉を紡いだ。




「ただふと思っただけだよ。てか、お姫様捕獲してあげたんだから、君はあっちに戻りなよ」


「姫様に向かって捕獲とは・・・。ハァ、今は深く追及するのは止めよう。何故、俺をこの場所から遠ざけたがる?一体、何があったんだ?」




ブロッサムは、少し元気になったのか、先程よりも饒舌に話す。ペシペシと空いている左手を振ってアルディオを追い払うような仕草で煩わしげな視線を彼に向けていた。


アルディオは、そんな彼女の背から添えていた手をそっと離すと大きくな溜息を零す。どうにも彼女には、クラウディアに対する敬意がかなり欠けている気がする。だが、今その事で彼女に説教している場合ではない。相変わらず理解し難い事も多い彼女だが、ここ数日見ていてアルディオにも分かった事もあった。


ブロッサムは、強い眼差しで彼にジッと見つめられてスッと視線を外した。どうやら、いつものようにはあしらえないようだ。彼女は、仕方なく重い口を開いた。




「言ったろう、分からないって。本当だよ。あのお姫様が着ていたドレス。あれが、襲ってきた。恐らく、今回の原因はあのドレスなんだろうけど・・・」


「黒いドレス?しかし、あれは姫様の持ち物ではないぞ」


「おや?そんな事よく分かるね」




ブロッサムは、彼の言葉に意外そうに首を傾げる。正直、女の子の服など一々覚えているようなタイプの男性には見えないなと心の中で付け加えて。

しかし、アルディオは、少し青ざめた顔で彼女から視線を外した。そして、こちらも重そうに口を開く。




「ああ。姫様の命でな。買い物する際は、必ず付き添わなければならなかったんだ」


「なるほど。そして、試着する度に『アルディオ、どう?』という問答を何着も何着も付き合わられると」


「そ、そんな事まで夢で見れるのか!?」


「まさか。女子の思考や行動なんて町娘だろーがお嬢様だろーがお姫様だろーが似たようなもんだろう?」




ブロッサムは、呆れたように肩を竦めた。彼女自身も買い物は好きだし、友人達と行くと同じような事をよくやっている。しかし、どうやらこういう行動は、男性には辛いらしい。男子の学友に愚痴られた事もあったし、幼馴染にも文句を言われた事が多々あった。確かに、自分の興味が持てない事だと尚更なのだろう。




「・・・そんなもんなのか?」


「そんなもんなのさ。まぁ、あれが彼女のドレスで無い事は分かった。なら、あれが鏡の呪いの正体なのかもね。あるいは、あの鏡の中に得体のしれない魔物を封じていたか・・・」


「もはや、ここまでくればその得体のしれないものについての考察や議論は時間の無駄だろう」


「・・・そうなんだけどね。正体不明のものを相手って・・・どうしたもんかと思ってね」




ブロッサムは、心底面倒くさそうに言葉を零す。彼女は、痛みが無くなった所で治療をやめた。あまり魔力を無駄には出来ない。自分達が相手にしなければならないものが、何なのか分からない以上、力は温存しておかなければ。


アルディオは、先程より顔色が良くなったように思える彼女の姿に内心で安堵する。そして、クスリと可笑しそうに悪戯げに笑みを零した。




「えらく弱気だな。そういえば、石橋は叩いて渡る派だと言っていたな」


「そうだよ、悪いかい?」




ブロッサムは、むくれたように頬を膨らませた。しかし、アルディオは、軽く頭を横に振る。




「いや、君のその性格に俺達は助けられたからな。ロイは、ここへ戻って来れないんだろう?」




アルディオは、真剣な面持ちで真っ直ぐに彼女を見やる。ブロッサムは、そんな彼の言葉に驚いたように瞳を見開いた。そして、小さな沈黙が落ちたのち、彼女は苦笑を零した。




「察しがいいじゃないか」


「ここ数日、ずっと君を見てきたからな。君は、優しい。あの騎士の嘆願に紳士に応え、ナナキ殿を救ってくれた。傷ついた騎士達をミハエルと一緒に夜通し看病してくれた。姫様の事で心を痛められていた王への言葉も・・・。

それに、君はあの小さな少年をとても大事にしているようだったからな。ロイについて行かせたのは、この場から離す為だろう」




アルディオは、一度言葉を切った。そして、小さく笑みを浮かべる。




「先ほど結界魔法を発動していたしな」


「・・・なんだバレてたのか。でも、冗談抜きでここに居たら命の保証は出来ないよ。私も自分を守るのに精一杯になるだろうからね」




ブロッサムは、眉をハの字にすると自嘲気味に笑みを零した。彼女は、ロイとピナの背が、仕込んだ結界魔法の境界線を越えた瞬間に発動させていた。アルディオは、移動魔法で後からでも外に出すつもりだった。しかし、どうやら彼の瞳には、バッチリその様が映っていたようだ。


ロイとピナが襲われないとは限らない。しかし、何故かあの影は、自分を狙ってくるような気がしたのだ。だから、自分が逃げられない場所にいれば、向こうからやって来るのではと。


アルディオは、そんな彼女に不敵な笑みを浮かべると立ち上がる。




「俺を案ずる事は無い。俺が君を守る!」


「えっ・・・」




ブロッサムは、思わぬ台詞に彼を見上げて目を見張る。そして、ほんのりと頬を赤く染めた。彼の事だから、どういう意図でその言ったのかは分からない。しかし、この状況でその言葉は反則だろうと思う。胸が鳴るには、十分な威力だ。彼女は、そんな自分にふと恥ずかしくなり、必死に言葉を探すように視線を漂わせる。


だが、アルディオは、彼女の様子には気づいていない。彼は、力強く言葉を発する。




「グラム!」


『待ちわびたぞ、アルディオ』


「!」




空間を切り裂いて黒く輝く大剣が出現する。彼が腰にさしているロングソードよりも遥に大きい。鍔の辺りに顔らしきものがあり、瞳のような窪みの奥では血のような紅い宝石が輝いていた。その様に、ブロッサムは、言葉を失う。


アルディオは、グラムの言葉に小さく苦笑を零す。




「複雑な言い方をするなグラム。城内でお前を使わなければならない事態になるとは俺としては心苦しい」


『お前は、ジェラルドとは似ても似つかんな。我は、お前の刃だ。刃は、振るう為に存在する』


「いや、俺は、守るためにお前を振るう。行くぞ、グラム」


「まさかッ・・・その大剣って」




ブロッサムは、やっと言葉を発すると慌てて立ち上がる。しかし、それよりもアルディオがグラムの柄を握る方が早かった。そして、軽く左手を上げる。その手首には、グラムの宝石と同じ血のような紅の魔石がはまった黒いブレスレット。




「シグルドッ!」




彼の言葉に、ブレスレットが全身を駆け巡るように姿を変える。そして、それはアルディオの全身を覆う黒い鎧となった。




「おっ・・・おおっ・・・おおおおおおお!!何コレ、凄い伝説の武器レジェンド・マテリア!!」


「な、なんだいきなり!?」




ブロッサムは、瞳を輝かせると彼の掲げるグラムをガシッと掴むように飛びついた。アルディオは、そんな彼女にビクッと肩を跳ねあがらせる。先程までのしおらしさはどこへ行ったのか、彼女は、喜々とした表情でグラムと彼の鎧を見やっていた。




「どこで見つけたの!?」


『我は、ジェラルドに作られし魔剣』


「・・・えっ?作られたって・・・ジェラルド様が君を?」




ブロッサムの問に答えたのは、グラム自身だった。武器が話をしているなど、普通では驚くはずなのだが、彼女はそんな事には一切構わずグラムと言葉を交わす。




『そうだ』


「じゃ、ジェラルド様の研究って魔剣作り・・・」


「いや、魔剣に限らず色々と研究している」




ブロッサムは、サラリとそう言ってのけたアルディオに声を上げた。




「いやいやいや、君!!何あっさり言ってるの!?魔剣作るとか普通出来ないからね!!」


「そ、そうなのか?」


「当たり前だろう!!そんなもんポコポコ作れたら誰も苦労して探さなっ


『来るぞ!!』

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