第38話 ちょっとお話いいですか?
ブロッサムが姿を現したのは、西塔から伸びる渡り廊下の入口だった。彼女が移動した階以外の入口は、結界で全て封鎖してある。塔内に直接行っても良かったのだが、それよりも彼女が向かいそうな先に移動した方が行く手を塞げると考えた。すると、塔内から数人の騎士達が慌てた様子で駆けてきた。
「お姫様は?」
「すでに、こちらを突破し中央へ向かう廊下へ!」
「そう。なら、キミ達も中央へ向けて撤退だ。この塔は、結界で封鎖する。ピナ、東の警備とキアラに伝えて!」
「御意に」
彼女の言葉に、背にフワリと浮かび上がるようにピナは現れた。その様に騎士達は驚いていたが、彼は気にもせず、こちらに向かって軽く一礼する。ピナは、ブロッサムに手伝ってもらいながら、数名の騎士達と共に移動魔法で瞬時に戦線を離脱する。
ブロッサムは、西塔に向かって右手を突き出すと指を鳴らす。その入口には、淡く輝く透明の壁が現れた。これで、西塔には誰も入る事は出来ない。ブロッサムは、踵を返すとポツリと呟くように呪文を口にし、また姿を消したのだった。
「どこだッ・・・どこに居るのよッ、あの邪魔なッ・・・邪魔なッ・・・」
クラウディアは、狂気の表情で行く手を塞ぐ騎士達に向かってレイピアを振り回していた。どこをどう通ってきたかも、今どこに居るかも彼女には関係ない。ただ、自分にとって邪魔な者を排除する。そんな怒りに満ちているのに、彼女の振り回すレイピアは恐ろしく的確に騎士達を貫き刻む。
報告を受けて集まってきた騎士達も迂闊に近づくことが出来ずに、傷を負った仲間を回収しては、一定の距離を保って剣を構えている。クラウディアが一歩近づけば一歩下がる。しかし、突然スピードを増して襲い掛かって来る彼女には誰も対処しきれない。その上、剣を構えているとはいえど、相手はクラウディアだ。捌く事は許されても攻撃する事など出来ようはずがない。
一番前に居た男がユラユラと不自然に揺れるクラウディアに向けて声を上げる。彼女は、こちらが見えていないかのように、視点の定まらない瞳でブツブツと何かをずっと呟いていた。
「止まって下さい、姫さッ、ぐあぁッ!!」
揺らめいたかのように思えたクラウディアは、いつの間にか声をかけた騎士の前にいた。そして、甲冑の隙間に突き刺すようにレイピアを繰り出す。動きやすさを考慮してなのか、騎士達が身につけている甲冑は、胸元を覆うもので腰まではないのだ。そして、咄嗟の事すぎて動けなかった彼の脇腹にレイピアの先が数センチほどめり込んだ時だった。
「
「「「!」」」
何かを察したのか、クラウディアが背を振り返りながら大きく騎士達の方へ飛ぶ。彼らは、声を上げて逃げるように彼女と距離を取った。刺された騎士も床を這いつくばりながら後ろへと下がる。
先程、クラウディアが立っていた場所が凍っている。彼女は、振り返ると廊下の先を睨みつけていた。そこには、いつの間かブロッサムの姿。
「みーつけた❤」
「フフ・・アハハハハ!みつけたわッ!!」
ブロッサムは、杖を弓のように構えて氷の矢を打ち出した格好のままクスリと笑みを零す。しかし、クラウディアは、狂気の笑みを浮かべて地の底から湧き上がるような笑い声を上げた。その様は、もう城の者達の知っているクラウディアの姿では無かった。騎士達は、青ざめた顔でそんな彼女を見やる。自分達の目の前に居るのは、一体誰だろうか。
城で時々姿を見かけるクラウディアは、美しく清楚で気品が漂っていた。言葉を交わす事はほとんど無かったが、ふい話しかけてくる彼女は世間知らずで、でもそこが可愛らしく愛しく思える姫だった。騎士達の数人には、涙を貯めて震えてそんな彼女を見やる者もいた。
だが、ブロッサムは、視線で彼らに撤退する事を促す。彼女の背には、先ほど西塔を封鎖した時と同じような光の壁があった。ここから先は、もういけない。あとは、クラウディアの後ろを封鎖すれば、とりあずは逃がす事はない。
しかし、ブロッサムが今回封鎖に使用している結界魔法は、一度入ってしまえば解除しない限り出られないし入る事も出来ない。今居る中央一階の中庭に面した廊下から、騎士達がもう少し出てくれない事には、彼らまで結界魔法内に封じてしまう事になるのだ。
だが、そんな余裕をクラウディアは、与えてはくれそうにはなかった。
「それ、私が先に言った台詞なんだけどッ」
ブロッサムは、クラウディアの台詞に気を引く為に口を開いこうとしたのだが、こちらが言い終わらない前に飛び掛かってきた。咄嗟に、彼女の繰り出すレイピアを杖で受け止める。どうやら、わざわざ気を引く素振りを見せなくても彼女の狙いは自分のようだ。
血走った目でこちらを見やるクラウディアの視点は、微妙に定まっていない。ブロッサムは、そんな不気味すぎる姿に、彼女はもはや人では無いのではと思う。
ブロッサムは、受け止めた杖を押しやる。そして、クラウディアが後ろに体制を崩した隙を狙って、そのまま杖を大きく横に薙ぐ。彼女は、よろけながらもこちらとの距離を取るように後ろに下がった。そんな二人の戦いをクラウディアの後方で見やっていた騎士達は固まっていた。
ブロッサムは、一番前で脇腹を抑えている騎士に無理矢理目を合わすとキッと一睨みする。男は、ハッと我に返る。豹変して恐ろしく強くなっているクラウディアと互角の戦いを繰り広げらるブロッサムの姿に思考が追いついていなかったのだ。殺気漂う二人の様子に、何を見て何の為に武装しているのか分からなくなっていた。
男は、後方の仲間達に指示を出し、ソロリソロリと後ずさるようにその場を後にして行く。ブロッサムは、そんな彼らに人知れず溜息を吐く。もし、何かの拍子にクラウディアが彼らに標的を変更すれば、こちらは彼らを守って戦わなけばならない。でも、自分一人なら何とか出来る。その為に、下準備まで整えたのだ。
ブロッサムは、彼女の意識が自分から逸れないように彼女に向かって声をかける。緊張の糸は張ったまま、わざとらしく溜息を零すと小さく肩を竦めて揶揄する。
「ホント、ちょっとは人の話聞いてくれる?頭の悪い奴は、嫌いなんだよねぇ~」
だが、眼前のクラウディアは、歯ぎしりでも聞こえてきそうなほど、恨めしそうにこちらを見やりながら歯を食いしばっている。どうやら、よほどこちらが疎ましいようだ。
クラウディアは、ユラリと揺らめくとレイピアを地面と水平に構えて突進する。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
高速で何度も突いてくるそれを、ブロッサムは余裕の顔で捌き、あるいは避ける。彼女の攻撃は一度見ている。それに今回は、回りを気にせず戦える。その上、しっかり対策済みだ。
「チェック!」
「!」
何かを感じ取ったのか、クラウディアが大きくまた後ろへと飛ぶ。ブロッサムの声と同時に、彼女の足元から伸びるように光の柱が立ち昇る。それは、一定時間ですぐに収まった。その後に現れたのは、こちらを無言で睨むクラウディアだ。
ブロッサムは、城内をすぐに移動する為の移動魔法と通路を塞ぐ為に結界魔法を仕込んだ。それと同時に
クラウディアがまだいちお『人』と過程して仕込んだ罠なので、彼女を肉体的に傷つける魔法ではない。仕込んでいるのは、光属性の浄化魔法。ただこの浄化魔法は、普通の人間には何のダメージも無い。せいぜい心が洗われて気持ち良くなるくらいなのだ。そもそも、この魔法が効くという事は、それ自体が『穢れ』という事になる。
ブロッサムも最初は、足止め用の
しかし、それを嫌がるようにクラウディアは飛びのいた。ブロッサムは、クスリと笑みを零す。どうやら、こちらの推測は当たっていたようだ。
「この間よりは冷静な判断じゃないか。大人しく食らって伸びてれば楽なのに」
「お前は、誰だ?」
クラウディアは、レイピアを掲げるとブロッサムを指す。その様にブロッサムは、内心驚いていた。まさか、ここに来て対話してくるとは。正直、彼女には既に理性なんてものは無いだろうと思っていたのだ。あるのは多分、彼女を突き動かすだけの憎悪に近い恋心。だから、こんな風に話しかけられるのは想定外だった。
しかし、そんな素振りを見せないようにポーカフェイスを貫き通す。一瞬、話などせずにさっさと決着をつけようかとも思ったが、説得出来るならその方がいい。ブロッサムは、警戒は解かずに、小さく肩を竦めてみせた。
「おや、自己紹介してなかったけ?私は、ブッロサム。どこぞの家出姫のせいで、春休みだってーのに家出姫を捜索しにわざわざ来てさしあげたんだよ。感謝し倒してよね」
「ブッロサム・・・。お前ね、私のアルディオを惑わす悪い魔女はッ」
「・・・なにソレ?まるで夫の不倫相手に言うみたいに言われても困るンだけど。そんな事よっ
「アルディオが愛しているのは私だけッ・・・私は、アルディオがいればそれでいいのッ!・・他には、何もいらない。だって、私達は愛し合っているのだからお互いがいればそれでいい!!」
クラウディアは、ブロッサムの言葉を遮ると、レイピアを下げて胸に空いている手を当ててそう主張する。ブロッサムは、そんな彼女に冷めた視線を向けていた。
(わー、話全然噛み合わなーい。何なんだ、コレ?ベタな恋愛叙事詩?ハァ・・・一番やりにくいパターンじゃないか。しょうがない、向こうに合わせてみるか)
ブロッサムは、彼女から一度視線を外すと困ったように後ろ頭をかく。そして、勝負に出る事にした。何にせよ、彼女がこのこだわりから外れてくれない限り、まともな会話は見込めないようだ。ブロッサムは、意を決すると口を開く。それも、わざと彼女を見下すように。
「てかさー。アルディオは、ディア様の事好きって言ってないですよね」
「!」
「愛してるとも言ってないし、本人が言ってなのに、両思いなんて可っ笑しいよね~」
「分かるのッ・・・言わなくても私にはッ!!」
ブロッサムは、クスクスと馬鹿にしたように笑いを零す。クラウディアは、体の横で両の拳をギュッと握って前のめりで怒った子供のように反論する。
(なんか通じたし!?)
ブロッサムは、呆れたようにそっと息を吐き出した。どうやら、アルディオがらみの話は聞いてくれるようだ。しかし、こんな彼女の個人的事情なんかに付き合う気は毛頭無い。ブロッサムは、少し険しい表情を浮かべると彼女を真っすぐに見やる。
「気づいてないなら教えてあげるよ。“お答えできません”ってーのは、ディアに興味無いって直球で言ってるんだよ。いや、その一方的な感じにドン引きしてちゃってるかもね」
「ッあ、あああああああぁぁぁぁ!!!」
「チェック!」
クラウディアは、ブロッサムの台詞にみるみる内に憎悪の表情に染まってゆく。ブロッサムのどの言葉が彼女の心の限界だったのかは知る由もない。しかし、彼女は、何かを払拭するように叫ぶとレイピアを垂直に構えて迎え来る。
ブロッサムは、その様に左手を突き出すと連続で罠魔法を発動する。しかし、それを華麗なステップでことごとく避けながら、こちらとの間合いを詰めてくる。
彼女は、仕方なくクラウディアの攻撃を杖で受け止め捌きながら、更に罠魔法までも連続で発動させる。今夜の為にしっかり体調は整えたのだ。まだ余裕のブロッサムに対してクラウディアの息が上がってくる。そして、徐々にブロッサムが推し始めた。
(なんだ?微妙にズレてる気がする)
クラウディアの足元が覚束ない。まるで水の中で溺れているかのように荒く息をしているのに、攻撃を繰り出す彼女の体は衰えない。どこか彼女の意思とは違うように感じるその動きは、糸で操られた人形を彷彿させる。
ブロッサムが彼女に違和感を感じ始めた時だった。クラウディアの足元がふらつく。その瞬間を逃さず、ブロッサムは罠魔法の発動呪文を口にした。
「チェック!」
「ッきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ハァ、ハァ、やっと効いた。てか、浄化魔法で苦しむって、君、やっぱ人間辞めてるんじゃないの?」
ブロッサムは、少し上がった息を整えながら横たわるクラウディアを見下ろして溜息混じりにそう零した。クラウディアは、淡く白く輝く魔法陣の中に倒れこんでおり指一本動かない。ブロッサムは、魔法陣の外まで彼女に近づくと、そこから念押しでもう一度光属性の浄化魔法を唱えておく。こちらは、クラウディアに食らわせた罠魔法に仕込んであるものより更に上位の魔法だ。
クラウディアは、白い浄化の光に包まれるが今度は悲鳴すらあげなかった。倒れこんだままだ。
ブロッサムは、空いている左手を腰に当てると、少し息を吸ってから大きく吐き出した。やっと終わった。しかし、クラウディアの容態を調べない事には、そうは言い切れない。彼女は、魔法陣の中に足を踏み入れた。その瞬間、何か黒い影が自分の横を通り過ぎる。
「ッ!」
(なんだ?)
自分の横を掠めた黒い影に咄嗟に振り返る。だが、そこには何も居ない。ブロッサムは、杖を構えて辺りの気配を探りながら、視線を巡らせる。そして、ゆっくりクラウディアに向き直った時だった。
「!?・・・クラウディア?」
横たわるクラウディアは、いつの間にか何も身につけいない格好だった。いまいち事態の把握が出来ず、少し混乱しかけた時だ。魔法陣の向こう側に黒い影のような塊が居るのが目に入る。
その瞬間、衝撃を覚えた。黒い影が遅い掛かってきて弾き飛ばされたと理解した時には、自分の張った結界に背中から強く打ち付けられていた。
「ああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ブロッサムは、衝撃と結界の効果に声を上げるとそのまま床にパタリと崩れ落ちる。そして彼女は、そのままピクリとも動かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます