第37話 宣戦布告02

二人を乗せた杖は、重さなど感じないのか、ふわりと浮き上がると窓の外へと飛び出した。ブロッサムの背では、強張った表情かおのアルディオが杖を握る両手に更に力を込める。声は上げなかったものの、慣れない浮遊感と思いの外地面から高い場所に居る状況に少し顔が青ざめていた。


しかし、割と安定しており、慣れてくると辺りを見渡す余裕が出てきた。ブロッサムは、ゆっくりと旋回しているようで、大きく弧を描くように上空に上がっていく。髪を撫でる風がとても心地よい。アルディオは、初めて見る空からの景色に見惚れていた。


だが、前に座るブロッサムは、どこか一点を見つめている。アルディオは、そんな彼女の視線に気づいて、同じようにそちらに目をやった。そこには、城の真正面にある大きな門。


そこから使用人達が外へ出ていく様子が窺えた。最後の一人が通ったところで、大きな扉が両側から閉まってゆく。そして、重い音をたてて完全に扉が閉まる様子を見ていたブロッサムは、唐突にアルディオを城の屋上に蹴落とした。




「じゃ、降りて」


「ぐあッ!?イテテテッ・・・。おい、何をするんだ!?」


「終わったら迎にきてあげるから、そこで大人しくしててね~」




無様にお尻から屋上に着地したアルディオは、こちらを見下ろすブロッサムを見上げて抗議の声をあげる。しかし彼女は、小さく笑みを浮かべるとこちらに手を振った。そして、更に上空へと昇ってゆく。




「お、おい!?」




アルディオは、すぐに小さくなってゆく彼女の姿を少し不安そうに見上げていた。先ほど飛んでいた所よりも、もっと高い所まで行ってしまったようで、彼女の姿はかなり小さい。そして、少しだけ移動すると杖の上に彼女が立ち上がる。その様にアルディオは、慌てて自分も立ち上がるとその不安定な姿に心を揺らしたのだった。


ブロッサムは、杖の上で立ち上がったまま遠くの景色を見ていた。この位置からだと西町の外れの森の入り口にある自分の家もよく見える。東側には、崖の上に建つ大きな洋館とその下に広がる広い湖。更に湖の向こう側は、大きく開けており、数匹のワイバーンが羽を休めている姿が見えた。ドラゴン艇の乗り場だ。もう日も落ちるから飛ばないのだろう。


空を見上げれば、チラホラと星が顔を出してきたのが窺える。ブロッサムは、胸の前で祈るように手を組むと長い詠唱文えいしょうもんを唱えだす。そして、何かを解き放つように組んでいた手を離しながら両腕を空に向かって大きく広げた。その動作と一緒に呪文も解き放つ。すると、彼女の上空から白く淡く輝く魔法陣をいくつも連ねたような構成陣セフィラが城全体を包むように広がっていく。




「なっ!?なんなんだ、この不思議な模様は・・・」




屋上からブロッサムを見上げていたアルディオは、その様に目を見張った。何の魔法を使ったのかは分からないが、かなり大掛かりな事をやっている事くらい想像がつく。ゆっくりと上空から降りてくる彼女を信じられないといった表情で彼は眺めていた。


やがて、手が届きそうなほどまで近づいてきた彼女は、先程と同じように杖に横向きで座っていた。そして、屋上に降り立つと、こちらを驚いた顔で見ている彼にニッコリと笑った。




「お待たせ~」


「さっきのはなんなんだ?一体、何をした?」




アルディオは、一度空を見上げると彼女に視線を戻す。ブロッサムは、まじまじと彼の顔を見やると口元に手を置く。




「おや?ホント、よく見える『目』だね。羨ましいよ。さっきのは、防御結界の中でも最上位の結界魔法。しかも、あの伝説のレミア姫がもっとも得意とした呪文だよ」


「さっきのが・・・」




そう言われ、無意識に感嘆の吐息がアルディオの口から漏れる。まさか、こんな所で伝説の勇者の一人と称えられるレミア姫の得意魔法が拝めるとは。アルディオは、再び空を見上げていた。


ブロッサムは、素直に驚いてくれる彼に小さくクスリと苦笑を零す。




「と言っても、私レベルじゃ大した事無いんだけどね~。魔法は、使う人の魔力ちからで決まるから、才能無いとヘボいのなんのって・・・」


「キミは、凄いのだろう?」




アルディオアは、軽く肩をすくめる彼女に顔を向け小首を傾げる。謁見の間で誰もがブロッサムの事を褒め称えていた。その事を覚えていたのだ。


しかし、彼女は、少し悲しそうな笑みを浮かべるとアルディオから視線を外した。




「そう言われた事は、人生で一度もないよ。学校も、なんで受かったのか分からないって周囲からはよく言われたしね」


「・・・」


「さて、それでもやらなきゃいけないことがある事には変わりないからね。準備は終わったし、しっかり休息をとりに戻ろうか」




ブロッサムは、両手を腰にあてるとこちらに笑みを向ける。先ほど彼女に浮かんだ影は、今はもう見当たらない。アルディオは、何となく言葉を紡げなかった。あんな笑みを浮かべる彼女に、なんと声をかけていいのか分からなかったのだ。どこか明るく振舞っているようにさえ見えてくる。


しかし、その疑問を口にする事無く、二人は、また杖に乗るとどっぷりと日が暮れてしまった空へと舞い上がった。


アルディオは、長い髪を風に揺られているブロッサムの背を見やっていた。とても小さく華奢な肩。少しでもきつく抱きしめてしまえば壊れてしまいそうだった。そんな彼女に何かも頼りっぱなしの自分が情けなく思える。


アルディオは、杖を掴む手にぎゅっと力を入れる。それは、空を飛んでる恐怖ではなく、意を決した彼の心の声だった。











ブロッサムは、一階ロビーのど真ん中で、ローブ姿のフル装備で仁王立ちで立っていた。右手で杖を持ち、左手は腰に当てている。その両端には、こちらも甲冑をしっかり着込んでアルディオとロイの姿。


このロビーは、城の真正面に当たる入り口で、数日前に起きた惨事の際、沢山の傷ついた騎士達が運ばれてきた場所だ。




「さぁ、どっからでもこーーい!!」


「ここに姫様が出てくるのか?」


「そんなものは知らん!」


「おい、知らんとはどういう事だ!?」




特に誰に向かって言ったわけではないのだが、ブロッサムは大声でそう叫ぶ。そんな彼女にロイが問いかけるが、その答えに声を上げたのはアルディオだった。


ロビーから上に伸びる階段と、左右に伸びる長い廊下には、しっかりと装備を整えた騎士達が配置されている。ここだけではない。毎晩警備に立つのと同じく城の至る所で騎士達が立っているのだ。


配置の指示は、アルディオとロイが出していた。ブロッサムからは、あまり細かい指示は出ていない。出さない理由は、至って簡単だった。城内については、二人の方がよく分かっているからだ。




「だって、現場で聞き込みしたって何ンも分からなったんだもん!だから、とりあず暴れられそうな広い場所。それに、今回のターゲットは私だから・・・ね!」


「ね!って、そんな囮になることを自慢げに言われてもなぁ」




ブロッサムは、左手を前に出すと親指を立てる。隣のロイが困ったように後ろ頭を掻きながら、とんでもない事をどや顔で言う彼女に苦笑を零した。逆隣のアルディオは、深い溜息を漏らす。


どこか緊張感の足りない三人の会話を遠巻きに聞いていた騎士達が少し不安になりかけた時だった。一人の騎士がロビーへと駆け込んでくる。




「報告致します!西塔の一階に姫様が現れました!」


「おや?部屋からは現れなかったのか。まったく、どーゆ理屈なのか分からないなぁ」




ブロッサムは、呆れたように溜息をこぼす。クラウディアの部屋の外にも廊下にも騎士達は立っている。だが、報告を持ってきたのは真逆にいる騎士だった。




「呑気な事を言っている場合か!」


「さっき説明したろ?無闇に彼女と交戦する必要は無いって。その為に、今日一日かけて城の至る所にトラップ仕掛けたんだから」


「配置した兵は軽い足止めと報告優先。で、俺とアルは動いてもいいって事だったよな」




ブロッサムは、ロイの言葉に笑みを携えコクリと頷く。しかし、すぐにクスリと悪戯げに口元を歪めて歩み出す。そんな彼女につられるように二人も足を踏み出した。




「心配しなくてもきっちり捕まえてあげるよ、お姫様❤」


「手荒なマネはするなよ!」




アルディオは、険しい顔つきでそんな彼女に釘を刺す。だが、ブロッサムは、笑みを顔から消すと冷ややかな表情でポツリと呟いた。




「だから、キミ達はダメなんだよ」


「「なっ!」」




二人の目の前からブロッサムの姿が消えた。思わず声をあげるが、アルディオの顔が悔しげに歪む。そして、声をあげると走り出す。ロイも彼について慌てて駆け出した。




「移動呪文だ!西塔に向かうぞ、ロイ!」


「え!?ああ!って、お前よく分かるな」


「父さんが使う呪文に似ていたからな」


「そうなのか?」




ロイは、隣を走るいつもより険しい顔つきのアルディオに驚いたように言葉を紡ぐ。アルディオは、自分に魔力が無いので魔法の知識はまったく無い。しかし、ジェラルドがよく使う魔法ぐらいなら、発動時に見える構成セフィラの模様で、何と無くどんな魔法なのかが察しがついた。


先程、呟いた瞬間に消えたブロッサムの足元に現れた構成セフィラには見覚えがあった。全く同じものなのかは分からないが、父が広い屋敷内でよく使用している移動魔法にそっくりだったのだ。


自分の勘が正しければ、彼女はすでにクラウディアの元に居るだろう。


屋敷内を瞬時に移動する父が羨ましくて小さい頃に聞いた事があった。どうすれば、自分も出来るのかと。しかし、父は、少し困ったように魔力が無いと使えないんだと言っていた。


だがその時に、瞬時に移動出来る仕組みについては教えてくれた。特定の場所に、魔法陣を仕込んで置くこと。そうすることで、仕込んだ魔法陣の場所に『自分自身を召喚する』というものだった。


今思えば、彼女が昼間に地図片手に城内の至る所を飛び回っていたのは、トラップだけではなく移動用の魔法陣も仕込んでいたのだろう。


駆けるアルディオの顔は、更に険しさを増す。このままブロッサムだけを危険に晒すわけにはいかない。それに、先ほどの彼女の言葉にも不穏な空気を感じて仕方なかった。


ロイは、チラリと横目でアルディオを見やる。先行したブロッサムに流行る気持ちもあるのだが、普段以上に肩に力が入っているように感じる彼の姿に気を引き締め直した。

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