第36話 宣戦布告
(さて、状況は昨日とは変わらな・・・い事は無いか)
クラウディアの部屋に様子を見にやってきたブロッサムは、姿見を覗き込んでいた。ファミリア達は、連れてきてはいない。彼らには、他の仕事を頼んでいるからだ。
彼女がやってきた時から、鏡からは微量だが瘴気が漏れ出ている。この様を見ているとナナキが瘴気に長く当てらたと推測した考えは、間違いではないようだ。
今日のブロッサムは、ローブ姿ではなく私服だった。トップスは、首回りが大きく開いており、腰まである長めの丈の裾と袖元にはフリルがあしらわれている。その下は、プリーツのミニスカートにニーハイソックスを合わせてショートブーツを履いている。
昨日、気合を入れてローブを着用したのに意味が無かったので、普通の恰好で調査する事にしたのだ。しかし、ガッツリと
それは、何かあった時のための備えと、身に着けているだけで自分を守護する小規模な結界を張る事が出来る為だ。今のように微量とはいえ、瘴気が漂っているのは体によくない。しかし、
鏡面には、覗き込むブロッサムの姿しか映っていない。彼女は、部屋の扉を叩くように不意に鏡面をトントンと叩く。
「ねぇ、お姫様。そこってさ、こっちの声は聞こえてるの?」
そのまま数秒待ってみるが返答はない。鏡に異変も感じられない。
ブロッサムは、鏡をじっと見つめていたが、ふいに悪戯げな笑みを浮かべる。
「アルディオってさ、いい人だよね~。私、結構タイプだな❤・・・ッ!!」
ブロッサムは、思わずその場から後ろに大きく飛ぶと右手を突き出して防御魔法を展開する。彼女の言葉に、鏡から噴き出す瘴気が突然量と濃度を増したのだ。鏡が放つ気配が急に変わったので嫌な予感がしたのだが、咄嗟に距離を取って正解だった。
ブロッサムは、ハッと不敵に笑みを零した。しかし、その頬には一筋の汗が流れる。下手をすれば、ナナキの二の舞になっていたかもしれない。彼女は、鏡に向かって口を開く。
「聞こえてるじゃないか。返事くらいして欲しいもんだね」
(あの日の瘴気の濃度は、こんなもんじゃなかった。取り込んだ彼女の感情に反応するのか、あるいは、別の条件が必要なのか・・・)
鏡を見やったまま、小さく考え込む。しかし、大きな溜息を零すとパチリと指を鳴らして何も書き込まれていない
「まぁ、調べて分からない事が、何も揃っていないこの状況で分かるわけないっか。とりあえず、出来る事をすべし!」
左手の平の上に真新しいぺージを開いてのせると、右手を鏡へと突き出す。小さく呪文を唱えだすと、鏡の装飾部分に施された魔法の構成陣(セフィラ)が淡く輝いて浮かびあがる。すると、何も書かれていなかった
そして、彼女は、クスリと笑みを浮かべると右手を腰に当てる。
「それじゃ、お姫様。近い内に決着つけようじゃないか。明日、私はアルディオに告白するよ。結構、脈ありだと思うんだよね~。だって私、お姫様みたいに面倒な女じゃないしさ。ロイ曰く、凄く気が合うらしいから、私達❤」
ブロッサムは、空いている左手を胸元に置くとニッコリと笑みを深める。そして、鏡の反応を見やる。しかし、室内には、沈黙が訪れただけで鏡はうんともすんとも言わない。
(・・・おや?反応無しか。これ傍から見てると痛い人だな)
部屋の扉には、もしもの時の為に施錠と結界の両方の魔法をかけてある。誰かが入ってくる心配はない。しかし、今覗かれてたら変な目で見られるのは必須だっただろう。そんな事を考えながら小さく息を吐く。
ブロッサムは、気を取り直すと左手を腰に当てて、右手でビシッと鏡面を指しやる。そこに映るのは、同じポーズをとる自分。
「ああ、それと。今回のこの依頼には、十分な色つけてもらうから覚悟しとけよ。私は、君ンとこの人間ほど優しくないからね❤」
クスリと不敵な笑みを零すが、鏡は何の反応も示さなかった。
ブロッサムは、クラウディアの部屋を後にすると、扉の前で再び施錠と結界の魔法を張り直しておく。瘴気が漏れ出るのを防ぐ為だが、もしかすると鏡から出てきたクラウディアがそのまま捕獲出来るかもしれないと考えたからだ。
とりあえず、クラウディアの部屋は、隅から隅まで調べてみたが、目ぼしい情報は何一つ見つからなかった。
ブロッサムが少しジッと扉を見たのち、踵を返した時だった。高級そうな布地に身を包んだ中年の男性がこちらにやってくる。それは、見覚えのある顔だった。何かと話し合いの席で大仰に騒いでくれるパトリックだ。
(近づくなって言ったのに・・・)
ブロッサムの顔がやや険しくなる。
この辺りは、クラウディアやセドリックの寝室がある為、元老院といえども簡単に足を伸ばしていい場所ではない。うろつくことの許されているのは、王や王女の身の回りの世話をする使用人と近衛隊、宮廷魔法医くらいだ。それに、この廊下に入る前には、警備の騎士が二人立っていたはずだ。
しかし、パトリックは、そんな事などお構いなしにこちらの前で立ち止まると口を開く。
「おお、ブッロサム!姫様を見つけたそうじゃな!何か、何か分かったのか!!」
「今は、何もお答えできません」
「何を言っているのじゃ!一刻も早ッ・・・
背筋が凍りそうなほど冷ややかな視線をこちらに向けるブロッサムに、パトリックが言葉に詰まる。彼女は、そのまま体まで強張らせる彼に向かってスッと右手の甲を向けて上げる。そこには、金に輝く薔薇の指輪。
「言われなくても。それから、立場を弁えて頂きたい。彼方ごときが私に命令出来る立場でない事を」
「ッ!?」
パトリックは、固まったまま、大きく瞳だけ見開いた。彼女の放つ、ただならぬ雰囲気に押されて彼は何も言えなかった。今まで、そんな素振りは一切見せなかったのに。そのまま、自分の横を通り過ぎていく彼女を振り返る事が怖くて出来なかった。
ブロッサムは、彼の横を完全に通り過ぎると小さく舌を出す。
(ったく。こっちは、ここに来てから散々働き詰めなんだから黙ってろってーんだよ)
ブロッサムは、一度自室に戻ると軽くお昼を済ませた。そして、ファミリア達に指示を出し終えると、また部屋を後にする。そして今度は、城内の地図を片手に杖で飛びまわる。
アルディオは、そんな彼女を追って走り回っていた。午前中も彼女に着いて行くと言ったのだが、断固として断られた。仕方なく諦めたのが、午後からの調査に付き合う気だったのに、少し離れた隙に彼女もファミリア達も居なくなっていたのだ。このままでは、セドリックの命令もこなせていなければ、クラウディアも見つけられない。
(クソッ!どこへ行ったんだ・・・)
城内で昼間の為、重い甲冑は身につけてはいない。簡易の甲冑と腰のロングソードくらいなので、彼にしてみれば大した重さじゃなかった。しかし、昼間から今の今まで、ずっと城内を走りっぽなしだ。上から下、下から上、端から端に続く廊下。さすがの彼でも息が切れる。
そうして、空の端が橙色に染まり出した頃、ようやく廊下の突き当たりで浮かぶ杖に座ったまま地図に視線を落とすブロッサムを見つけた。
「ハァ、ハァ・・・。こんな所にッ・・・居たのか。ハァ、ハァ・・・ッ探したぞ」
ブロッサムは、顔を上げると肩で荒く息を吐く彼を見やる。アルディオは、流れる汗を無造作に袖で拭いながら、こちらを半眼で睨みやった。険しい顔つきだが、いつもの強張った顔とは違って見える。しかし、ブロッサムは、開いていた地図をクルクルと巻くと棒状にし、端に二股になって付いている紐を巻き付け結ぶ。そして、指を鳴らすと地図は姿を消した。
「おや、それはご苦労さん。そんな事より」
「そ、そんな事だと!?俺は、王よりッ」
「はいはい。キミの悪い癖だよ~。その短気なところ」
ブロッサムは、面倒くさそうにパタパタ手を振ると、こめかみに大きな青筋を浮かべて声を荒げた彼をあしらう。
「誰が怒らせていると思ってるんだ!!」
「それより、そろそろ城内から人が出払う時間だよね」
ブロッサムは、ちょうど横にある廊下の窓を見やる。アルディオも釣られてそちらに目をやった。
空は、上空に少しの青を残して、山並みを照らし出すオレンジ色まで薄紫のグラデーションが続いていた。もうじき、太陽が完全に落ちるのだなとしみじみと思う。空の端には、いつの間にか顔を出した月が輝きを増していた。
アルディオは、そんな光景に少し目を奪われていた。こんなにゆっくり景色を見たのなんていつぶりだろうか。
「ああ・・・!?もしや、今夜はあの方が」
ハッとして彼は、ブロッサムを見やる。彼女も景色に見とれているのか、顔は窓に向けたままだった。
「そうしてくれるのが一番理想なんだけど・・・」
ブロッサムは、小さく吐息を漏らした。そして、杖を少し浮かせるとそのまま窓から外へと向かおうとする。そんな彼女の杖を慌ててアルディオが掴む。
「おい、待て!」
「!!・・・あっぶないなぁ~。杖は、急には止まれないんだよ。何か用?」
ブロッサムは、突然杖が進まなくなったせいで少し前のめりになる。落ちはしなかったが驚いた。ふと、後ろを見ると物凄く不機嫌そうなアルディオがこちらを凝視している。
「どこへ行くつもりだ?」
「ちょっと外出て閉門するのを確認するだけだよ。だから、離してくれない?」
ブロッサムは、窓の外を指でさす。しかし、彼は、ジッとこちらを見たまま杖を掴む手を離す気配がない。数秒、そんな膠着状態が続く。だが、先に折れたのはブロッサムだった。彼女は、呆れたように大きな溜息を零すと、自分の後ろを指さす。
「そう。じゃ、乗って」
「は?」
「いいから、乗って」
ブロッサムは、間の抜けた顔で疑問符を浮かべる彼に、今度は自分の後ろ側の杖をペシペシと叩いて示す。アルディオは、彼女が指し示す部分に視線を向ける。そして、もう一度彼女を見やった。
ブロッサムは、杖に横向きに座っているのだが、自分はどう座るべきなのか。そもそも、自分は魔法は使えないし、彼の父も杖に乗って飛んでいる所なんて見た事が無い。少し考えた後、アルディオは、意を決してまたがるように座った。彼女のすぐ後ろの杖部分を両手で掴む。
ブロッサムは、少し強張って見える彼の顔に不思議そうに小首を傾げたのだった。
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