第35話 後悔先にたたず02
ブロッサムの言葉を怒り気味にアビーは否定した。しかし、そんな彼女の言葉を全否定する声は、上から降って湧いた。見上げると、ブロッサムのちょうど後ろに、赤髪の女が腕を組んでアビーを冷ややかな視線で見下ろしている。
「ケイティー・・・」
「アビー。貴女、告白してたじゃない。アルディオア様に。タイプだって言ってたじゃない」
「それと、これとはッ」
「で?結果、どーなたんですか?」
アビーがポツリと彼女の名を零す。ケイティーは、腰に手を当てると立つポーズを変えた。
ブロッサムは、立ち上がると自分より頭一つ分ほど背が高いケイティーに視線を向ける。
「それが、笑えるのよ!玉砕よ、玉砕。当り前よね。私達、ここに遊びにきているわけでは無いんですもの。なのにこの子ったら、若くて出世頭な上、ルックスいいからってアルディオ様に色目ばっかり使って」
「何よッ。性格悪くって誰も相手にしてくれないからって私に当たらないでよ!」
「性格悪いのは、アンタじゃない!!」
ケイティーは、彼女を嘲笑うかのように饒舌に口を開いた。その言葉にヒステリックに声を上げて反論するアビー。火花を散らす二人に、ブロッサム以外の三人は、呆れ気味に口を噤んでいた。この二人が仲が悪いのはいつもの事だった。しかし、ここ最近は特に酷い。この二人が言い争いを始めれば、シューキだって止めるのは困難だった。唯一、止められるのはアストレアぐらいだ。というより、ケイティーは、アストレアの前では高飛車な発言をしないのだ。
ブロッサムは、そろりそろりとケイティーから離れ、助手二人側へと距離をとった。そして、しみじみと納得したかのようにポツリと言葉を零す。
「なるほど。絵にかいたような痴情の縺れ」
そんな彼女の隣に立つおかっぱの男は、彼女のその呟きを耳に入れると、小さな嫉妬を含ませて吐き捨てるように小声で口を開いた。
「確かに、アルディオって女共に人気あるからなぁー。あのフワフワしてるロイもだけどッ」
「でも、それが何か関係あるのですか?」
奥に居た短髪の男は、言い争う女性陣を遠巻きに見やるブロッサムを見下ろす。彼女は、視線をそちらに移すとニッコリと笑みを浮かべた。
「多分、大有りだと思うよ。てか、別に敬語いいですよ。私、ただの学生ですから❤」
「いやいやいや!ブッロサム様にそんな恐れ多い事出ませんって!」
おかっぱの男は、顔と両手をブルブル振って引きつった笑みをブロッサムに向ける。その奥では、短髪の男も気まずそうに目を逸らしている。
「師匠が凄いからって調子のってんじゃねーぞ小娘!・・・って、言った割に、手の平かえすの早いですね先輩。それが、社会でやってくコツですか?」
「「・・・」」
昨晩、ブロッサムの正体を知った二人は、面白いように手の平を返す態度をとる。彼らは、彼女の名を聞いた事が無いからと見下していたが、今とはなっては恥ずかしい話だ。彼女は、地位も権力も笠に着る事なく城へとやってきたのだ。自分達が偉そうに説教した時も、ブロッサムは彼女の言葉で自分達を説得しにきた。それでも何も行動を起こさなかった自分達に代わって、彼女は、傷ついた騎士達の治療に文句も言わずにあたった。
ミハエルに後から話を聞いて、更に驚いたのは、彼女が扱える治癒魔法が既に学生の域ではない事だ。それもこれも、彼女が世界最高峰の魔法学校の生徒でリュミエールなのだと言われると納得がいく。
おかっぱの男は、自分より立場の上の者に歯向かってしまったという後悔と負い目が、短髪の男は、今の自分に満足し胡坐をかいていた自身への恥ずかしさがそういう態度を取らせたのだった。
しかし、ブロッサムは、満面の笑みを浮かべたまま、そんな二人を真っすぐに見やる。その笑みには、何の感慨も見受けられない。気まずさに二人は汗が噴き出す。
「あっ、私、そーゆの慣れてるんで別に気にしないですよ❤」
楽しげな笑みさえ零れそうなほどの声音でそう言われると一層恐怖が増す。そんな彼らのやり取りに、アビーとケイティ―も喧嘩を中断させて目を向けていた。シューキも困惑気な表情を浮かべている。誰ともなしに会話が途切れる。いまだ笑みのままブロッサムに、落ちた沈黙は重苦しいものだった。
しかし、短髪の男が大きな吐息と共にブロッサムに頭を下げた。
「・・・あの、すまなかった。昨日は」
「謝るくらいなら最初から手伝って下さい」
「ッ」
ブロッサムは、笑みを消すと間髪入れずに口を開いた。短髪の男は、言葉に詰まる。彼女は、一度彼から視線を外すと体の後ろで手を組んだ。
「後悔先に立たずですよ、先輩。私は、『あの時やってりゃ良かった』って思うの、もう嫌なんです」
「ブッロサム?」
意味ありげなその言葉に、男は眉根を寄せた。
だが、ブロッサムは、今度はちゃんとした微笑を浮かべて彼に視線を戻すと見上げる。
「今回は、手伝って下さいね。前線に出ろなんて言いません。また、ちょっと大がりに大変な事になるかもしれないんで、その時は宜しくお願いします」
「も、もちろんですよ!」
「ああ。宮廷魔法医の名にかけて」
ブロッサムは、そう答える二人に嬉しそうにニッコリと笑みを深くした。その笑みに、二人も気恥ずかしそうに笑みを零す。ケイティ―とアビーは、そんな彼女から視線を外した。稚拙で利己的な自分達が恥ずかしくなった。シューキも彼女の言葉に何かを考えるように床に視線を落として黙り込んでいる。
そんな中、ちょうどそこへミハエルが戻ってきた。薬剤室の中の空気が少し重い事が気になったが、ブロッサムの姿に嬉しくて駆け寄った。ブロッサムは、そんな彼と楽しげに言葉を交わす。そして、ミハエルの部屋でお茶を一杯ご馳走になってからブロッサムは医務室を後にしたのだった。
それからもブロッサムは、城内を飛び回った。出会う騎士や使用人、元老院の人間問わず、片っ端から話を聞いて回る。そして、自室に戻った頃には、深夜になっていた。
「はぁー・・・、疲れた」
部屋の大きなソファーに座って背もたれに両腕をのけると天井を仰いで息を吐き出す。部屋では、キアラとピナがお茶の準備をしてくれていた。ルディは、狼の姿でブロッサムの隣に寝そべっている。そして、向かいには、アルディオとロイの姿。城内には、今夜も変わらず騎士達が警備についていた。
「で・・・。なんでロイとアルが私の部屋に居るんだよ。まぁ、お茶とお菓子は有難いけど」
ブロッサムは、顔を戻すと正面の二人に視線を向ける。テーブルの上には、サンドイッチなどの軽食類とお菓子が沢山のったティースタンドが二つも置いてある。キアラとピナが、人数分淹れてくれているティーポットとティーカップも、アルディオとロイの二人が用意してくれたものだった。
「だって、忙しそうだったからなぁ~。聞けば、ほとんど何も食ってねーってコイツらが言ってたし」
「んー・・・。まぁ、食べてる暇無かったからね」
ロイが視線でチラリとファミリア達を指す。ブロッサムは、膝の上に左肘を置くとその手の平の上に頬を置く。そして、右手を伸ばすと、目の前にあるクッキーを一枚摘まみ一口かじった。
クラウディアの部屋から出てきた後、
ロイの隣に座るアルディオが険しい顔つきで口を開く。
「何か分かったのか?」
「いや、全く」
「「・・・え」」
ブロッサムは、テーブルの上から視線を向かいに戻すとあっさり答えた。二人の間の抜けた声が妙に部屋の中に響いて聞こえた気がした。彼女は、残りのクッキーを口に入れる。そして、そのクッキーを飲み込むと、そんな二人に半眼で呆れたように溜息を零した。
「そんなの分かるわけないだろう~。そもそも探してもあの
「捕まえるってッ!?簡単に言うが・・・」
ブロッサムは、体を起こすと小さく肩を竦めた。すると、アルディオが驚いて声を上げる。しかし、彼女は、呆れた視線を彼に向ける。
「いつ出てくるかも分からないから~とか、捕まえようにも強いから~とか言わないでよ。いつ出てくるか分からないんだったら、向こうが出てくるようにすればいいし。強いって言ってもキミ達ほどじゃないだろう?」
「お前、ホント簡単に言ってのけるよなぁ~」
彼女に指を刺されて二人は、チラリと横目で視線を合わせる。そして、ロイは、感心しているのか呆れているのか曖昧な表情で後ろ頭を掻いた。アルディオは、率直に疑問を口にする。
「そんな事、出来るのか?」
「出来るじゃなくってす・る・の!じゃないと、春休みが終わっちゃうだろう。まぁ、炙り出さなくてもすぐにでも勝手に出てくると思うけどね」
「「??」」
ブロッサムは、声を荒げるとグワッと身を乗り出す。しかし、すぐに溜息交じりに次の言葉を口にした。だが、彼女の最後の言葉にアルディオとロイの二人は、意味が分からずに疑問符を浮かべて顔を見合わせる。
そうこうしていると、キアラとピナが茶を継ぎ終えたティーカップを配り終えた。ルディは、人型に戻るとさっそっく隣でサンドイッチに手を伸ばす。ピナは、ソファをよじ登るとブロッサムとルディの間に座り込む。キアラは、空いている一人席に腰を下ろすとティーカップに口をつけた。ブロッサムは、そんな二人に軽い礼を言うとティーカップをソーサーごと持ち上げる。
アルディオとロイは、何事も無かったかのようにサラリと意味ありげな言葉を流した彼女に無言で目を向ける。一体何を考えているのか、二人には全く見当がつかなかった。
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