第34話 後悔先にたたず
ブロッサムは、アルディオを追い出すとファミリア達だけ部屋に連れ込んだ。扉に何かしたのか、外からではビクともしない。アルディオとロイは、仕方なく彼女が部屋から出て来るのを扉の前で待っていた。だが、どれだけ待っても扉は開かない。特にする事も無かった二人は、話をする事で気を紛らわせた。昨晩の出来や、これからの事。特に、二人が気になっていたのは、どこか様子のおかしいブロッサムについてだった。
そして、日が傾きかけた頃だった。部屋の扉がゆっくりと開いたのは。中から出てきたブロッサムは、眉根を寄せて難しい表情を浮かべている。だが、先ほどまでの不機嫌さや危うさは無かった。
「ブッロサム、何か・・・」
ロイは、アルディオの口元にスッと手を上げる。彼女の姿を見やった瞬間に口を開きかけたアルディオを制したのだ。そして、そのまま明るい口調でブロッサムに声をかける。
「お疲れ!ちょっと休めよ、サム。お茶か菓子か用意させるから」
「ありがと。でも、すぐにシューキ様の所に行きたいから、気持ちだけ受け取っておくよ」
ロイの声に、ブロッサムはやっと顔をこちらに向けた。どうやら、扉の前で二人が待っていた事も目に入っていない様子だ。彼女は、小さく笑みを浮かべて礼だけ口にする。しかし、どうしても我慢出来ず、アルディオが険しい顔つきで口を開く。そんな彼に隣に立つロイは、眉をハの字にして苦笑を零した。
「サム」
「この部屋には、誰も近づかないようにしておいて。まぁ、今ロックの魔法かけておいたからキミ達にはあけられないだろうけど」
ブロッサムは、短い溜息を零すと顔から笑みを消してしまった。そして、それだけ言うとパチリと指を鳴らして杖を出現させると、そのまま杖に乗って飛んで行ってしまう。慌てて彼女の後を追おうとしたアルディオをロイが止めた。こちらを振り返るアルディオは、不満げな表情で何か言いたそうだった。しかし、ロイは、そんな彼の頭をワシャワシャと撫でやったのだった。
ブロッサムは、城内を杖に乗って飛んでいた。かなり広い為、歩いていると結構な時間がかかるのだ。彼女は、途中開いていた窓から外に出ると、そのまま目的の建物まで向かう。着いた先は、宮廷魔法医達が居る医務室。
そこは、裏庭の庭園に近く、城内に建てられた別棟の建物になっている。円形の建物に横長の建物がくっついている造りになっており、入口のある円形の建物には、城から渡り廊下が伸びていた。
ブロッサムは、扉の前で杖から降りると指を鳴らしてそれをしまう。そして、数度ノックしてから扉を開けた。
「失礼します。シューキ様」
「ブッロサム殿、何か?」
扉の奥に設置してある大きな書斎机には、シューキが座って分厚い本を広げていた。周囲には、様々な種類の薬草が置かれている。少し疲れた様子で彼は顔をあげると、扉から入ってきた彼女を見やる。ブロッサムは、机の前で立ち止まる。
「お嬢さんとお話させてもらえま
ガシャンッ
台詞を言い終える前に、隣の部屋から何かが壊れる音と悲鳴が聞こえる。ブロッサムは、隣の部屋の扉に視線を向けた。しかし、シューキがガタリッと椅子を鳴らして立ち上がる。そして、早足で隣の扉の中へと消えてゆく。ブロッサムもその後を追った。
扉をぐぐった先には、廊下があった。上へ続く階段と隣の部屋に続く二枚扉。どうやら、悲鳴は二枚扉から聞こえてきたようだ。扉の片側が少し空いていた。ブロッサムは、迷わずその扉をくぐって中に入る。
そこは資料室兼薬の保管室のようだった。扉の前には、広く空間が取られてあり、その周囲には様々薬草や薬瓶、道具が置かれている棚がある。そして、机の向こう側には、奥の方までビッシリと図書館のように本が置かれる棚が広がる。
置かれている本類がとても興味をそそるのだが、今はそちらに気を逸らしている場合ではない。
「アビーッ」
扉の前の空間に設置された長机は、ひっくり返り、周囲には色々なものが散乱していた。そして、その部屋の真ん中で座り込む茶色の髪の女性。彼女の近くには、少し肩で荒い息をつく短髪黒髪の男性とおかっぱ頭の金髪の男性の姿。座り込む女性に視線を落とす二人の男性の顔には、疲れと苛立ちが滲んでいた。
シューキは、座り込む彼女の名を呼ぶ。しかし、シューキにアビーと呼ばれた女性は、何の反応も示さない。ただただ呆然としながら涙を流し続けていた。
男性二人が、シューキについて部屋にやってきたブロッサムの姿に気が付く。しかし、ブロッサムは、そんな視線よりも座り込んでいるアビーを見ていた。そして、おもむろに彼女に向かって歩み出す。
「「!!」」
「お、お待ちくだされ、ブロッサム殿!?」
ブロッサムは、シューキの横を通りすぎると座り込むアビーの前に立つ。そして、何の感慨もない表情で胸倉を左手で掴む。その様に、助手二人が目を見張る。シューキは、慌てて声を上げた。しかし、ブロッサムは、迷う事なく振り上げた右手の平を彼女の頬に打ち付ける。
パンッと小気味よい音が鳴り響く。言葉を失くす一同。ブロッサムは、片膝を立てて彼女の前に座り込む。
「しっかりしてもらえる?先輩」
「・・・・」
アビーは、打ち付けられた頬に手を置き、眼前のブロッサムを吃驚した顔で見つめている。彼女の頬は、赤く腫れていた。しかし、どこか虚ろだった瞳に、少し感情が窺える。
「大丈夫。貴女は、お姫様には襲われないよ」
「・・・ッして、どうしてそんな事言えるのよッ」
アビーは、小さく震えて瞳に涙を貯めると声を荒げた。だが、ブロッサムは、クスリと笑みを零すと立ち上がる。そして、少し長めの呪文を唱えると力を解放した。彼女を中心に白い光が広がると、それは建物全体を包む。その展開された結界魔法に、全員が目を見張った。
ブロッサムは、片手を腰に当てると、驚く彼らに向かって不敵に口を開く。
「私の結界魔法は、キミ達の結界魔法とは違うからね」
短髪の男性がその場に居る者達の心内を代弁するかのように、自分達を包む結界魔法を見上げて言葉を零す。そんな彼の頬には一筋の汗が伝う。
「こんな複雑な
ルディが易々と打ち破った結界魔法は、魔法医達総出で苦労して張ったものだった。しかし、あれからすぐに結界を張り直す事も出来ず、そのままになっていたのだ。
そして今、ブロッサムは、それをいともあっさりとやってのけた。それも、
驚く彼らを他所に、ブロッサムはアビーに視線を落とす。
「だから、話して。どうして襲われたの?」
アビーは、見上げていた結界魔法からゆっくり視線を彼女に移す。こちらを真っ直ぐに見やる彼女が、何故その事を聞きに来たのか分からない。しかし、真剣なその眼差しと、ブロッサムの張った結界が安心感を与えてくれたおかげか、ポツポツと口を開き出した。
アビーは、小さく震えながら、そろそろと首を横に振った。
「分からないわ。ディア様が居なくなって二週間くらいたった頃、突然私の前に現れたのよ。そもそも、居なくなった事だって、その後に聞かされたのよ!」
それは、月と星明かりがとても煌々と光輝く夜だった。中庭に面したあの渡り廊下。
アビーは、普段なら城下の貴族達の住宅が密接する地域に建っている自分の家に帰るのだが、その日は夜勤だった。溜まった仕事を片付けたり、セドリックの体調の様子を見に行ったりと何かと忙しい日だった。夜勤の日は、医務室の二階にあてがわれた自室で寝泊まりしていたので、その時彼女は、医務室にちょうど戻る途中だったのだ。
そこから見える月がやけに大きくて美しく、立ち止まってそんな夜空を見上げていた。すると、ふと涙が溢れてきた。そんな自分が可笑しくて、苦笑を零して涙を拭う。そろそろ、医務室に戻ろうと廊下を振り返った時だった。いつの間にかそこに彼女が立っていた。漆黒のドレスに身を包む虚ろな瞳のクラウディア。その様は、とても美しいが、どこか漂う異様さが恐怖を煽った。
あまりに突然の事に驚いたのだが、クラウディアは病気療養中だとシューキから聞かされていたので、部屋に戻るよう口を開きかけた。
ふと、彼女の手に一本のレイピアが握られている事に気づく。悲鳴を上げる間もなかった。クラウディアが揺らめいたと同時に顔の横をレイピアの刃先が掠める。
そこから先は、記憶があやふやだった。ただ、殺されるとそう感じた時には、地べたに這いつくばって悲鳴を上げていた。駆けつけた警備の騎士にアビーは保護されたが、彼らがやって来た時には、クラウディアの姿は無かったらしい。
そこまで話を聞いたブロッサムは、アビーの前にしゃがむと膝に肘をついて頬を両手の平にのせた。そして、半眼で溜息混じりに口を開いた。
「ねぇー、先輩。アルディオと何かあったよね?」
「ッ・・・・」
アビーは、瞳が一瞬宙を漂う。しかし、彼女に視線を戻すと無言で首を横に振る。ブロッサムは、そんな彼女に呆れた様子で質問を続ける。
「あったよね~。な・に・か?だってね、あのお姫様。妙にアルディオにご執心なんだよ~。偶然で先輩が最初に襲われたっておかしいんだよねー」
「ないわよ!何もッ・・・」
「嘘ね」
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