第32話 彼女の居場所

「ここよ」


「「ここって!?」」


(やっぱりか・・・)




キアラについて城内に戻ってきた一同は、彼女が足を止めて見上げた扉を見やる。驚いて声をあげたのは、アルディオとロイだ。ブロッサムは、予想通りの結果にさして驚きはしない。ルディと来る途中から自分の足で歩いて来たピナは、あまり興味は無さそうだった。


彼らの目の前にある扉は、クラウディア姫の部屋のものだ。アルディオとロイは、この部屋を真っ先に調査した。その後もナナキがよく調査に来ていたのだ。しかし、クラウディアが居なくなった痕跡すら見当たらなかった。予想に反する場所に固まる二人をよそに、ブロッサムは扉に手をかける。




「みんな、外で待機してて。中には、私が一人で入るから」


「どういうことだ?何か危険な事でも・・・」


「なら、君一人で行かせるわけにはッ」




軽い口調でサラリとそう言うブロッサムに、ロイが訝しむように眉根を寄せる。アルディオも硬い表情で声を上げた。

しかし、ブロッサムは、そんな二人に呆れたように視線を送る。




「分からないから一人で行くんじゃないか。何かあったら、キアラ達が外からどうにかしてくれるだろうし、何か無くても・・・いや、まぁ、無くないことも無いとは思うんだけど・・・てゆーか、あるんだよ。無いわけは、無い・・・」




ブロッサムは、言葉の途中で何か考えるように眉根を寄せた。しかし、そこからは、二人にというよりも独り言のようにブツブツと言葉を零す。そんな彼女に、アルディオは、ジト目で溜息交じりに口を開いた。




「全然、意味が分からないんだが」


「とにかく、調べたいから外に居て!」


「ブロッサム」




彼女は、アルディオにビシっと指をさすと声を上げる。しかし、彼は、そんなブロッサムの手を掴むと真剣な面持ちでじっと彼女を見つめる。ブロッサムは、その瞳を真正面から受け止める。そんな二人の間には、小さな沈黙が落ちた。だが、先に折れたのはブロッサムだった。彼女は、深い溜息を零すと彼に掴まれている手をゆっくりと下ろして解く。そして、軽く肩を竦めた。




「分かったよ。なら、君だけ勝手にどーぞ」




アルディオアは、コクリと大きく頷く。

ブロッサムは、話が纏まった所で今度こそ扉に手をかけた。そして、ゆっくりとドアノブを回すと手前に引く。すると、突然横から人型になったキアラに腕を引っ張られる。彼女は、ブロッサムを引き寄せるのと同時に、近くに居たアルディオの腕も掴んで引っ張った。同じタイミングでルディが小脇にピナを抱えるとロイの腕を引く。




「ダメよ、サム!」


「危ねー!!」




引いた扉の隙間からブワッと闇色の煙のような霧が漏れ出てくる。キアラは、二人の腕を離すと体当たりするように扉を閉めやった。




「な、なんだ?なんか今、ゾックリと・・・」


「瘴気!?やっぱり発生原因は、ここか」




ロイが小さく身を震わせる。妙な寒気が背を駆け抜けたのだ。ブロッサムは、口元に右手をあてると険しい顔つきで扉を見やる。だが、アルディオがその扉に向かって慌てて手を伸ばした。開けようとする彼の腕を掴んでキアラの叱責の声が飛ぶ。




「待ちなさい!!こんな瘴気の濃度の高い所に飛び込んだら死ぬわよ!」


「しかし、姫がッ」




アルディオは、苦しそうな表情で止めるキアラを見やる。だが、彼女は、彼が扉から手を離すまで腕を離してやるつもりはなかった。扉越しだったので、少し嗅覚が効かなかったが、先ほど扉が開いた事で分かった。もはや部屋の中は、人間が理性を保てる域ではない。それどころか、あの濃度だと部屋の中は、別世界なのではと感じるほどだった。キアラとルディだけならまだしも、残りの四人があの濃度の瘴気を浴びれば命の保証は出来ない。キアラは、そんな危険にブロッサムとピナを晒す事など許せなかった。




「匂いはするけど、気配はねーんだよな」


「だとしても、瘴気の発生原因はここなんだし、中には入らないと。それにしても、瘴気が見えるならアルディオは気づいていたんじゃないの?」




ルディが頭の後ろで腕を組むとクンクンと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。ブロッサムは、腕を組むと小さく考える。そして、視線をアルディオに向けた。アルディオは、落ち着いた声色の彼女の質問に少し頭が冷えるとドアノブから手を離して振り向いた。キアラは、そんな彼の様子を窺いながらゆっくりと手を離す。




「いや。この部屋には何度か来ていたが、このような事はこれまで一度も・・・」


「あー・・・のさ。昨日から気になってたんだけど、お前らって一体何が見えてるんだ?」




小さく手を上げてロイが困惑気にそう口にする。そんな彼に一同の視線が集まる。ロイには、昨日から彼らが「見える」だのなんだのと言った下りの話がまったく理解出来なかった。確かに今も扉を開けた時、変な感覚はあった。だが、別段扉の中から何かが出てきた様子は無かった。この緊迫した空気を破って悪いとは思いつつも限界だったのだ。気になりすぎて聞かずにはいられない。




「そっか、ロイは私と同じで見えないんだったね」




ブロッサムは、コクコクと納得すると右手の平を地面と平行に軽くあげた。そして、左手でその手の平の上を指さす。




「ロイ、ここに何が見える?」


「え?って・・・何も見えねぇーんだけど」




ロイは、彼女の指の先を見やり疑問符を浮かべる。するとブロッサムは、自分がかけている眼鏡を外すとロイに渡す。




「じゃ、これかけてみて」




ロイは、小首を傾げながら受け取った眼鏡をかけてみる。すると、先ほどまで何も見えなかったブロッサムの手の平の上に複雑な文様が宙に浮いているのが見えた。




「なっ・・・なんだ?なんかすっげー複雑な模様が急に空中に」


「今、君が見ているモノは四大元素の一つである火の構成セフィラ。これに自分の魔力を加える事で・・・」


「!!」




突然、ブロッサムの手の平の上でボッと炎が燃え上がると一瞬で消えた。今のは、一番初歩的な火の魔法。ブロッサムだと指を鳴らすだけで発現出来る。この基礎中の基礎が出来る事で、ちょっとした火が起こせる為、かまどに火をつけたり、野宿などしなければならない時などはとても便利なのだ。




「魔法が発現する。で、今君が見ている世界が私達が見えている世界」


「見ている世界って・・・」




ロイは、正直何が起こったのかもよく分からなかった。今のがブロッサムとアルディオが見ている世界だと言われてもまだ実感が湧かない。


ブロッサムは、窓に近づくと外を指さす。ロイは、疑問符を浮かべたまま、窓の傍まで来ると外を見やった。そこは、彼がよく目にする城の中庭だったが、いつもとは違っていた。


彼は、窓に張り付くように両手を置いてその光景を食い入るように見る。中庭には、見た事のない半透明の生物や小さな光が沢山飛び交っていた。時折、半透明な女性のような生物も飛んでいく不思議な様に、ロイは言葉が出て来なかった。


ブロッサムは、そんな彼の隣に立つと同じように中庭を見下ろした。今の彼女には、何の変哲もないとても美しい薔薇園と雄大な噴水が見えるだけだ。




「所謂、“向う側”と言われる妖精や精霊達が棲む世界エーテリアだよ。そこは、私達の世界とは表裏一体と言えるほど近いから、エーテリアがコッチに与える影響も絶大だし逆も然りだ」




こちらの説明が耳に入っているのかいないのか、ロイは窓の外を熱心に見つめたままだ。ブロッサムは、小さく笑みを零すと話を続ける。




「瘴気は、濃度が濃いと普通の人でも見えるんだけど、そもそもの性質はエーテリア・・・まぁ、実際は、もう少し別モノなんだけど・・・。そこは、ややこしくなるからエーテリア側の性質が濃いと思ってもらえればいいよ」


「へぇー。あれ?でも、なんでこの眼鏡かけたら急に見えるようになったんだ?」




やっと窓から身を離してロイは、彼女に顔を向ける。そして、自分のかけている眼鏡を指指した。ブロッサムは、そんな彼に苦笑を零す。




「それは、眼鏡じゃなくって妖精の石っていう魔法道具マテリアなんだよ。私みたいに魔力マナがあって、魔力マナの流れやエーテリアの住人を感じる事が出来ても、見る事が出来ない人の為に存在するアイテムなんだよ」


「なるほど。だから、昨日眼鏡をかけたら急に叫んだのか」




ロイは、ポンと手を打つとふと昨日のブロッサムの様子を思い出す。だが、ブロッサムは、表情を曇らせると視線を床へと投げやった。




「・・・いや、ホント自分自身に呆れたよ。妙な寒気を感じた時点で気づくべきだったのに・・・」




ロイは、肩を落とすブロッサムの頭にポンポンと手の平をのっける。




「まぁ、そんなに落ち込むなよ。人間誰しもそーゆ事もあるもんだぞ」




ロイは、かけていた眼鏡を外すとそんな彼女に二ッと笑って返した。ブロッサムは、受け取ると眼鏡をかける。しかし、自分自身に呆れたように吐息を漏らした。




「命とりになりそうな失敗は、するもんじゃないだろう。さて、本題に戻ろう」




ブロッサムは、眼鏡の真ん中を一度クイッとあげると、問題の扉と向き合った。そして、小さく深呼吸すると扉に右手の平を向ける。そして、瞳を閉じると呟くような声で呪文を唱えだす。少し長めの詠唱の後、目を開けた彼女は、キアラに顔を向けた。




「キアラ、どう?」


「まだ少しあるようね。でも、扉開けても大丈夫よ」




キアラは、一度扉をじっと見つめてから視線を彼女に戻した。ブロッサムは、笑みを浮かべるとコクリと頷く。そして、パチリと指をならすと一瞬にして彼女の衣装が変わる。その様にアルディオとロイは、頬を染めて目を見張った。

ブロッサムは、意気揚々と扉に手をかける。




「さぁ、こっからは気合いれていくよ」


「ちょっと待て!!」


「何?」




アルディオに止められて、不思議そうに彼を振り向く。しかし、彼は、真っ赤な顔で上ずった声を上げる。




「なんなんだ、その格好は!?」


「これ?魔法使いのローブとマントに決まってるだろう。まぁ、マントは制服のだけど・・・。今年は、16にもなるし、ちょっと大人っぽいのにしてみました!」




ブロッサムは、マントの下りを少し不満げに言ったが、その後は、どこか自慢げに両手を腰に当てて彼を見上げる。


彼女の言葉通り、羽織っているものは学校指定の漆黒のマントだった。ローブは、薄い生地で少し肌が透けて見える淡い水色のミニワンピース。太ももが辛うじて隠れるようなスカート部分はペラペラに見えた。袖は手首まであるのだが、肩や腕が所々露出するデザインになっている。そして、胸元も大きく開いており、そこから豊満な谷間が見て取れた。魔女特有の大きなつばの三角帽子と、ヒールの高い太ももまであるロングブーツは、マントと同じ黒で統一されいる。そして、首や腰元、手首などに光る宝石類。これらは、全て魔法道具マテリアだ。


しかし、二人からしてもれば、その恰好から気合など見て取れなかった。

ロイは、少し彼女から照れたように視線を外すと後ろ頭を掻いた。そして、アルディオは、なるべく彼女を直視しないように視線を外しながら怒鳴るように声を荒げる。その顔は、相変わらず真っ赤だ。




「お、大人っぽいってゆーか・・・。目のやり所に困るなぁ~」


「ふざけるな!そんな破廉恥な格好で何を言ってるんだ!!」


「誰が破廉恥な格好だ!!これは、列記とした正装用のローブだし、戦闘用にだって使えるんだよ!!魔女界では普通なんだよ、普通!師匠せんせいだって似たような格好してただろ!」




ブロッサムは、瞳を吊り上げると額に大きな青筋を立てて二人を見やる。ロイは、その言葉にふとアストレアの事を思い出す。




「確かに、言われてみればアストレア様もそうだよなぁ~。でも、あれじゃ戦いにくくないか?」




アストレアも普段、彼女のように薄い生地の体にフィットするようなドレスを身に纏っている。それも、胸元が大きく開いたり、スカート部分に大きくスリットの入ったものが多く、割と肌を露出している事が多かった。その上、魔法医のローブは絶対に着用しない。




「そう?別に、感じた事ないけど・・・。薄い布地に見えるだろうけど、特殊な魔法繊維で作ってあるから見た目以上には頑丈なんだよ。この帽子も然り!それに、目のやり場に困るだの破廉恥だのって言葉が出てくること事態、下心があるってことじゃないの?」




ブロッサムは、不思議そうに小首を傾げる。そもそも、普段から自然の中にある魔力マナやエーテリアの存在を感じる修行を行う魔法使いにとって、肌の露出の多いローブは当たり前なのだ。それに対して、邪な目で見られるのは心外だ。

ブロッサムは、こちらから微妙に視線を外す二人にずいっと迫った。二人は、慌てて首を横に振る。




「あ、あるわけないだろう!?」


「ないないないないッ!絶対、ないから!!」



ブロッサムは、ジッと二人を見つめる。そんな彼らの後ろでは、遠巻きにその様を見ているキアラ、ルディ、ピナの三人。先ほどまでの緊張をどこへやったのか、ワイワイと騒ぐその様子にキアラとルディは、苦笑を零している。


ブロッサムは、大きな溜息を吐くと今度こそ本当にドアノブに手をかける。そして、アルディオに視線だけを向ける。




「じゃ、もう行ってくるから大人しく待っててね。ほら、行くよ、アル」


「あ、ああ」


「いってらっしゃい」




扉を開けて入るのに、一体どのくらいの時間を費やしたのか。ロイは、軽く手を上げると扉の向こう側へ消えていく二人に小さく振った。そして、パタリと閉じた扉を真剣に見つめる。




(この間のドレスの時から思ってたけど、サムっておっぱいデケーよな)




ロイは、淡いピンクのドレスに身を包んだブロッサムの姿を思い起しながら、思案顔で腕を組んだのだった。

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