第31話 満月花の花言葉02

ブロッサム達は、城の裏手側にやってきていた。そこには、城壁の向こう側に巨大な木々が連なる森の入口が見えていた。


ロスメルタ城の北側には、ドヌムの森と言われる古代樹が群生する巨大な森が広がっている。この森は、ブロッサムの実家があるカルディア・ここロスメルタ・東のスウォードの三つの町にまで広がっている。噂では、その中には聖域と呼ばれる場所があるらしい。


この森には、多くの精霊や妖精が棲んでいる。それ以外にも大型のモンスターもいたりするのだが、この森から人里や城側へ出てくる事はない。それ以前に、この森に悪意を持つ人間が入ると迷って出てくる事が出来なくなる為、ロスメルタ城は、背後の森から攻撃を受けた事が一度も無かった。


だから、世間では、通称『迷いの森』など言われている。しかし、地元では、薬草や山菜を取りに行った者や遊びに行った子供達が迷うと、妖精達が助けてくれる事から『恵の森』として親しまれ信仰の対象となっている。


そして、城の北側にも雄大な庭園が広がっていた。中庭の庭園は、薔薇を中心に植えられているが、こちらは、色とりどりに色んな植物が植えられていた。中には、大きな温室や広大な畑もある。一緒にやってきたアルディオとロイの話によれば、そこで魔法医達が薬草を育てているらしい。




(なるほど、だからあんなに満月花まんげっかが咲いてたのか・・・)




ブロッサムは、二人について歩きながらふと夢で見た幻想的な花畑を思い出していた。満月花まんげっかは、貴重な薬の材料になる。彼女の実家の近くの森の中に満月花の群生地があるのだが、それを師が長い事研究していた。満月花は、一・ニ本育てるのも物凄く難しい植物だ。だが、アストレアが居るなら頷ける。あの光景は、城の広大な敷地と金を使って師が作った巨大な満月花まんげっか畑だったのだろう。


道理で貴重だと世間で言われている満月花まんげっかの蜜が家に沢山保管されているわけだ。そんな裏事情を少し垣間見てしまい、呆れ気味に庭の様子を見やっているとアルディオとロイが立ち止まる。




「ここだ」




庭園のど真ん中。そこには、大きな白い墓石があった。地面に横たわる墓石には、クラウディアの母を象った女性の絵が刻まれていた。そして、そこから生えるように立つ墓石の方には、王妃の名や眠りについた日付、その他、彼女を忘れない為だろうか、彼女についての記載が沢山彫られていた。




(あれは・・・)




ブロッサムは、地面に横たわる墓石に光る物を見つけ、しゃがみ込むとそれを拾いやる。水色の綺麗な欠片のような石と細い鎖の糸。そんな彼女の手元を二人も覗きやる。




「それは、王妃様の形見のネックレス!?」


「本当だ。つーか、壊れてないか!」




アルディオとロイが驚いたように声を上げる。ブロッサムは、外れた青い宝石を何気なく太陽に翳す。しかし、その瞳が吃驚するように大きく見開かれた。




(これはッ)


「すっげーサムの血の匂いがすンな」




近づいてきたルディが彼女の手元に鼻を近づけてクンクンと嗅いでいる。軽い口調だが、その声は普段より少し低めだった。ブロッサムは、クスリと笑みを零す。




「だろーね。あの時、私の返り血浴びてたからね。このネックレス、少し借りててもいい?ちゃんと返すから」


「捜査に必要なのか?」




ロイがこちらを見下ろしていた。ブロッサムは、そんな彼の台詞に呆れたように口を開く。




「捜査って・・・。私は、憲兵じゃないんだけど。まぁ、そーゆ事だね」


「ああ、君なら大丈夫だろう」


「そう。ありがと」




ブロッサムは、あっさり許可を出してくれたアルディオに軽く礼を言って、パチリと指を鳴らす。出現させた小瓶にネックレスの鎖と青い宝石を入れると、また指を鳴らしてしまった。


ブロッサムは、少しの間、墓石を見つめていた。ここで墓石に覆いかぶさるようにして泣きじゃくるクラウディアを見た。そして、彼女のネックレスが落ちていた。あの夢は、夢であって夢じゃない。ここに彼女の身に着けていた物が落ちている時点でそう物語っていた。


ブロッサムは、人知れず吐息を漏らす。先見さきみなんて気分のいいものじゃないなと。自分じゃどうする事も出来ない体と視界で、全ての五感が現実のそれを感じ取る。いや、五感だけじゃ飽き足らず、感情までも。二度と体験したくない出来事だ。


彼女は、全員に向きなる。アルディオにロイ。隣のルディに、その少し後ろに居るキアラとピナ。




「さて。んじゃ、お姫様の所にでも行きますかね」




彼女は、腰に両手をあてると笑みを浮かべる。先ほどまで皆が心配していた彼女の姿はどこにも無い。アルディオを仮眠室に起こしに行って戻ってきた彼女は、いつもの彼女に戻っていた。


ブロッサムがアルディオに何の用事だったのかは誰も聞いていない。なんとなく、あの彼女を見ていると聞ける雰囲気では無かったからだ。


ロイは、驚いて口を開く。今まで自分達が散々探し回っても分からなかったクラウディアの所に、あっさり行くなどと言われても実感が湧かない。




「姫様のところって・・・」


「どういう事だ?」




ブロッサムは、小首を傾げるアルディオにクスリと意味ありげに笑みを深くすると、上品に座るキアラを見やる。




「多分、彼女は城の中に居るよ。そうだろう?キアラ」


「ええ」


「なんだ、あっちを追えばいいのか。なら、俺に任せろ♪」




キアラは、コクリと自信ありげに頷いた。しかし、隣のルディが尻尾を振って跳ね上げる。




「私の仕事よ!引っ込んでなさい、ルディ」


「ンだと、キアラ!?」




突然、キアラが牙を剥いてルディに飛び掛かる。負けじと牙を剥くルディ。喧嘩する二匹に、ブロッサムは呆れた視線を向けてパンパンと手を叩いた。




「あー、ハイハイ。喧嘩するなら帰ってもらうからね、二人とも」


「「ッ」」




絡み合う二匹がピタリと動きを止める。そして、二匹は、ブロッサムに駆け寄ると尻尾を振って体を寄せた。




「サム、私が居ないと分からないでしょ?」


「なんだよ、サム!怒るなよ」


「おー、すげーなサム」


「・・・」




甘い声でそう言う二匹にブロッサムは、苦笑を零してその頭に手を置くとそっと撫でやる。ロイは、一瞬で二匹の喧嘩を止めたブロッサムに軽く称賛の拍手を送っていた。


その様をアルディオだけが無言で見ていた。先ほど彼女は、一体何に対してあんなに怒っていたのだろう。クラウディアに襲われた事がよほど頭にきていたのだろうか。だが、そんな事では無い気がする。なら、自分だろうか。あの笑顔を奪って、殺意を湧かせるほどの何かを自分はやってしまったのだろうか。考えても分からない。本人に直接聞こうかとも思ったのだが、なんとなく聞けないでいた。


ブロッサムは、ルディの頭と顔を両手で撫でやる。




「今回は、キアラに頼むよ。ルディには、昨日たくさん働いてもらったからね。でも、次は頼むから宜しくね!」


「おう!」


「任せて!」




二匹は、嬉しそうに声をあげる。しかし、そんな二匹の間に割って入って、ブロッサムの服を前から掴んで下へと引っ張るピナの姿。




「サムさま、サムさま!」


「そんな顔しなくても、キミにもお願いするよ」




ブロッサムは、必死に訴えるピナの様にクスクスと可笑しそうに笑みを零して彼の頭を撫でた。そんな姿を見やりながら、ロイが口を開く。




「そーいや、気になってたんだけどさ。その小さいのって・・・」


「ぴーちゃん?」


「ピー・・・ちゃん?それが、名前なのか?というより、いつから居るんだ、この子供は・・・」




ブロッサムは、顔をあげるとロイを見やる。アルディオが不思議そうに彼女の台詞を反復すると小首を傾げた。だが、ロイは、そんな彼に少し呆れ気味の視線を送る。




「なんだよ、アル。気づいてなかったのか?昨日の礼拝堂の所にサムと一緒に居たじゃないか。まぁ、普通の子供じゃないとは思うけど・・・」




ロイの台詞に、ピナがクルリと二人を振り返る。愛らしいみかけなのだが、その金色の大きな瞳は鋭かった。




「当たり前でございます。わたくしは、ブロッサム様唯一の使い魔ファミリア。ピナでございます」


「そっか。俺は」


「お二人の紹介など不要にございます。クラウディア姫近衛隊隊長アルディオ様と副隊長のロイ様です。しかし、そのような事どうでもいい。我が主を解放して下さい。何故、このような下らない事に我が主の時間を費やさなければならないのか」




ピナは、自己紹介を始めようとしたロイのセリフをビシッと腕を突き出すと遮る。こちらを睨みやるかのような明らかに不機嫌そうな彼の様子に沈黙が落ちる。ロイは、困ったように頬を掻くとピナを指さしてブロッサムを見やる。




「え、えーっと・・・すっげー怒ってる?」


「うん、ずっと機嫌悪いよ。ぴーちゃん」




ブロッサムは、ピナの小さな両肩に両手を添えるとすんなりと頷いた。そんな彼の元に歩み寄るアルディオ。彼は、ピナの目線に合わせて膝を立てて座り込んだ。




「すまない。だが、俺達には彼女の力が必要なんだ」




しかし、その言葉はピナが欲するものとは違ったようだった。更に瞳を鋭くする。彼から発する不機嫌というオーラが立ち上っているのが、アルディオとロイの目には映って見える気がした。




「そういうのは他力本願と言うのではないのですか?クラウディア姫は、貴方の主でしょう。わたくしは、わたくしの主様を他人に任せる事など絶対に致しません」


「・・・手厳しいなぁ~。まぁ、本来ならそうなんだけどな。でも、どうしようも出来ない事を一人で悩んでても解決はしないだろう?だから俺は、分かる奴に助けを求めるのは間違ってねーと思うんだよ」




ロイは、苦笑を零すと歩み寄る。そして、アルディオの隣にしゃがみ込むと彼と同じようにピナに目線を合わせた。そして、ニッと笑みを浮かべる。

ブロッサムは、そんな愛らしい従者を優しげに見下ろすと頭を撫でる。




「私も色々と気になる事あるから、別に構わないよ。だから、ぴーちゃんも、もう少しだけ私の我侭に付き合ってくれない?」




頭上から降ってくるようなブロッサムの言葉に、ピナは彼女を見上げた。その先にあった彼女の笑みは、少し悪戯げだった。ピナは、その柔らかそうな白い頬プーと大きく膨らませる。彼女の笑みは、ピナの返答を分かった上でのものだ。




「・・・卑怯でございます、サム様」


「ありがと❤」




ブロッサムは、ふくれっ面も可愛いピナに楽しげにに笑みを零す。彼は、ブロッサムに体ごと向き直ると膨れたまま抱きついた。そんな彼を、ブロッサムは抱き上げる。見た目以上に彼は軽い。ピナと同じ年ごろの子供なら、ブロッサムではこんなに軽々とは持ち上がらない。抱き上げると、ピナは彼女の首にしがみつく。そして、そんな二人を見やりながら立ち上がったアルディオとロイをまだ何か言いたげに彼は一瞥したのだった。

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