第30話 満月花の花言葉

「サム、お姫様を追うんじゃなかったの?」


「その前に、ちょっと行かなきゃならない所が出来たんだよ」


「「「?」」」




廊下を早足で歩くブロッサムを、隣に並ぶ狼姿のキアラが見上げている。二人の後ろには、小走りでついてくるピナとそんな彼がこけないように見守りながら歩く狼姿のルディ。


少し俯くブロッサムの顔には、前髪の影が落ちる。彼らが目覚めると、すでにブロッサムは起きており、支度を整えていた。その頃から、なんだか様子がおかしかった。怒気を含んだような不機嫌具合で口数も少ない。時刻は、すでにお昼を回っている。部屋でゆっくり食事をとっていていいと言われたのだが、彼女の様子が気になり全員ついてきたのだ。


ブロッサムは、目的の部屋の前に着くと迷う事なく扉を開けた。中で寛いでいた騎士達の視線が一気に彼女へ集まる。そこは、騎士達の駐屯所。扉の中には、小さな広間があり、そこには寛げるように幾つかのテーブルと椅子が無造作に置いてある。部屋の中には、また別の扉が幾つかあった。その扉の上には金属のプレートがあり、仮眠室や更衣室と記載されていた。


そんな広間の中では、珈琲片手にラフな格好で寛いでいるロイが居た。甲冑やマントも着けてはいないが、ロングソードだけは腰に身に着けていた。彼は、持っていたカップを置くとこちらへとやってくる。




「おう、サム。おはよう!って言っても、昼だけどな」


「ロイ、アルディオいる?」




しかし、挨拶もろくにせず、ブロッサムは端的に言葉を発する。どこか様子がおかしい彼女に、ロイは首を傾げる。




「・・・いるけど、まだ仮眠室で寝てるぞ?」


「そう。ありがと」




ロイは、彼女の質問に不思議そうにしながらも仮眠室の扉を視線で指す。ブロッサムは、少し低めの声でそう礼を言うと仮眠室の扉へとさっさと行ってしまった。


その様子を、室内の騎士達が黙って視線で追っている。ここは普段、自分達以外が出入りする事などない。それに、王宮内の騎士団には、女子団員はいないのだ。まして、使用人でさえ女性が入る事のない部屋だ。男所帯の部屋に、しかもうら若い女性がやってくる事態に少々緊張していた。思わず、変な物なんて置いていないよなと、室内の全員が周囲に目を配らせる。


しかし、彼女は、室内になど目もくれず、仮眠室の扉を開くと中へと入っていった。




「サム、どうしたんだ?」


「さあ?」




ロイは、扉にもたれかかると、ついてきているキアラ達にそう零した。しかし、返答したキアラも小さく首を傾げるだけだ。その後ろで座るルディも似たような反応だ。そして、ブロッサムを追うとしたピナの首根っこを加えている。


ロイは、彼女の背が消えた扉を見つめながらふと思った。




(サム、アルの居る部屋知ってるのか?)




しかし、なんとなく彼女の後を追って行かない方がいい気がしたので止めておく。まぁ、あの扉の向こうに続く廊下には、点々と仮眠室用の個室の扉があるだけだから、全部開けたらどこかで見つけるだろうと。




「ところでさ、お前ら」


「なんだ?」




ロイは、再びキアラ達に視線を戻す。ルディは、答えた拍子にピナの首根っこを離してしまった。しかも、いきなり離されたため、ピナはよろけてキアラの背に埋もれる。

ロイは、そんな彼らを見やり、少し頬を赤く染めると両手の指をわしゃわしゃと動かす。




「触っていい?」


「いいぞ!」


「私は、ごめんでございます」


「ルディで我慢しなさい」


「さんきゅ!」




元気に答えるルディ。だが、ピナとキアラには全力で断られた。ロイは、実家でも野良だった大型犬を飼っているため、ルディとキアラを見た時からその毛並みを触ってみたくて仕方なかったのだ。


かくしてロイは、扉の前に座り込むとルディの顔や頭を思う存分撫でまわしたのだった。撫でられているルディも気持ちよさげだ。しかし、キアラにくっつくピナと彼女だけは、ブロッサムが消えた扉を心配そうに見つめていた。







ブロッサムは、詰所の広間を横切って仮眠室の扉を開ける。そこには、更に廊下が続いていた。廊下の両脇には、扉が一定間隔ついている。ブロッサムは、右手の平を軽く上げると、零すように呪文を唱える。すると、彼女の手の平の上に蛍火のような光が出現する。この蛍火は、主にダンジョンや道に迷った時に召喚する妖精だ。




「ウィル、探し人の元へ案内して」




ブロッサムの言葉に、蛍火はフワフワと漂うように飛ぶと一つの扉の中へと消えてゆく。

彼女は、その扉を勢いよく開けた。バタンッと割と大きな音が鳴ったはずなのに、中で眠る人物は、よほど疲れていたのか起きる気配は無かった。


部屋の中には、二段ベッドが両脇に一つづつ。その片方の下の段にだけ眠る人影があった。そこには、長い睫毛を伏せて上向きで寝息をたてているアルディオの姿。普段、よくしかめられている眉根も、今は力が抜けている。眠っている姿は、まだあどけなく、どこか無邪気ささえある。


しかし、ブロッサムは、彼の布団を剥ぎ取る。だが、まだ起きる気配はない。彼女の口元が小さく歯を食いしばるように歪む。眠る彼を見やる彼女の瞳は、怒りに満ちていた。ブロッサムは、布団を放りやるとアルディオの上に馬乗りになって胸倉を掴んで揺り起こす。




「このッ・・・起きろ、元凶!!!!」


「!!」




驚いてアルディオが飛び起きた。そして、最初に目に入ったのは、こちらを睨みやるブロッサムの顔。長い桃色の髪がダラリと自分に向かって伸びている。突然の事態に何が起こったのか分からない。




「どういう事だよ!!説明しろ!!」


「なっ・・・なんの事だ?」




ブロッサムにそう問いただされても意味が分からない。アルディオは、胸倉を掴む彼女の華奢な手首の一つを片手で掴む。しかし、彼女は、言葉を続ける。




「お姫様だよ!キミ、彼女に呼び出されて告白されてたろ?」


「!?」




アルディオの瞳が大きく見開く。脳裏には、その日の出来事がありありと思い起こされる。




「二ヶ月前、天気のいい満月の夜だよ。一面、満月花まんげっかの花畑で、彼女に呼び出されて好きだって言われた。そうだろう?」


「・・・ッ何故、君がその事を知っている?」




アルディオは、視線をブロッサムから離した。彼女を掴んでいた手も力なく離れる。泣きそうなほど歪められた表情で完全に横を向いてしまった彼を見つめながら、ブロッサムは深く長い溜息を零した。そして、胸倉を掴んでいた手を離す。彼のそんな表情を見たら、少し燻っていた怒りが冷めた。




「まったく・・・。まぁ、言いたくない気持ちは察するけどさ。でもッ・・・あれじゃ」




ブロッサムは、小さく言い淀みながら後ろ頭を掻く。そして、上半身を起こすと彼から視線を外した。しかし、まだ不機嫌さは拭えていない。

アルディオは、頭を抱えると瞳を揺るがせる。震える声で紡ぐ言葉は、苦悩に満ちていた。




「俺にはッ・・・分からないッ。あの方を嫌いではないが、そんな風に見た事など一度も無かったし、言われても分からないんだッ」


「だからって、あの振り方はないだろう。あれじゃ、諦めきれめきれなくもなるさ。きっぱり振られた方がどれだけマシか・・・」




ブロッサムは、顔を彼に戻すと潤んでいる彼の瞳に気づきながら呆れたようにそう口にした。アルディオは、涙を拭うと自分の上にまだ乗っかっている彼女へと視線を戻す。




「・・・・何故、知っているんだ?」


「見たからね」




ブロッサムは、少し気まずそうに視線を外しながらそう言った。だが、彼には、その言葉の意味がよく分からない。不思議そうに小首を傾げる彼に、ブロッサムは、また顔を彼に戻す。しかし、少し頬が膨れている。




「?」


「夢で見たんだよ。どうやら本当に当りだったようだけど」


「・・・・」




言葉の後半は、どこか疲れと呆れが滲んでいる様子だった。ブロッサムは、大きな溜息を吐くと馬乗りになっていた彼の上から降りた。そして、ベッドの端に腰をかけ直す。




「まぁ、いいさ。お姫様の恋路なんて私の知ったこっちゃない。でも、そんなもんに振り回されるのはゴメンだね」


「!?」




こちらに背を向ける彼女から小さく怒りが迸る。アルディオは、驚いてそんな彼女を見やった。城に来てからこのようなブロッサムを見た事なんて一度も無かった。自分と口論している時でさえ、こんな怒り方などしたことがない。どこか殺気めいたものさえ感じるその様に、彼は身を起こすと俯いた。




「・・・すまない」


「謝る相手が違うだろう。ところで、城内にお墓があるんじゃない?クラウディア姫の母様の」




ブロッサムは、呆れたように深い吐息を漏らすと視線だけを背中の彼に向ける。アルディオは、顔を上げると彼女の言葉に頷いた。




「ああ。あるが・・・それがどうしたんだ?」


「そこに行きたいんだよ。連れて行って」




ブロッサムは、不思議そうに問う彼を振り向くと真っすぐに彼の瞳を見やる。

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