第28話 ミハエル02

「うん。セドリック様の体調が悪いのって、体のどこかっていうよりは精神的なものが大きいんじゃないかなって思って」


「そうなんだよ。今回の事で心労が溜まっておられて・・・。ああ、これがカルテだよ。正規のじゃなくて僕個人が後学の為に書き写したものだけど・・・」


「ええーっと・・・。胃痛薬に頭痛薬、睡眠薬に・・・これ麻薬じゃないか」




ブロッサムは、軽く礼を言ってからミハエルからバインダーを受け取った。そして、カルテに目を通していく。そこには、セドリックの主要の症状に伴って治療方針と処方された薬草類が記載してある。しかし、症状や治療方針はともかく、薬草に関しては名前が書いてあるだけで、どんな効果があるのか素人が覗き込んでも分からない。現に彼女の手元を覗き込んでいるアルディオとロイの頭の上には、沢山の疑問符が浮かんでいる。


しかし、ブロッサムは、サラサラと読み上げていく。そんな中、彼女の零した言葉にアルディオとロイが声を上げた。




「「麻薬!?」」


「ああ、ゴメン。君たちが驚くほどのものじゃないよ。歴とした薬だから。ただ、ちょっとした気分高揚剤的な働きをする薬だから、『麻薬』なんて表現するだけで」




ブロッサムは、カルテから目を離さず、二人に対して軽く手を上げただけだった。ミハエルは、そんな彼女に対して感嘆の声を漏らす。




「本当にサムって凄いね。見ただけで処方されている薬草をスラスラと」




彼の言葉に、ブロッサムはやっと顔をあげた。そして、苦笑を零す。




「こっちの知識は、小さい頃からだから。家が薬屋やっててさ~」


「そうだったんだ。シューキ様が処方をされているんだけど、あまり容態は改善されないらしくって・・・」




ブロッサムは、再びカルテに目を落とす。小さく考えるように右手を顎の下に置く。




「胃痛と頭痛薬って本人からの要望?」


「要望っていうか、食欲が無いらしくってあまり食べられないのと、今回の事で夜もあまり寝付かれないらしくってね」


「・・・それだけでこの処方は、ちょっとずさんじゃない?体に変調ないのなら全部取りやめて。特に、こっちの“麻薬”類の調合はやめて。あの妙な目の下の隈は、この辺りの薬が原因だよ。普通、混ぜて使わないのが混ざってる。これ、体によくないよ」




ミハエルの説明に、ブロッサムは呆れたように溜息を零した。そして、彼に視線を向ける。カルテの上の幾つかの薬草類をトントンと指で指すと、クルリと円を描くように指で囲む。




「だ、だってッ・・・」


「昔、昔はね、こーゆ調合よくあったんだってさ~。師匠に聞いたことあるよ。今では、普通は使わない。その代わり」




ミハエルは、オロオロと困ったように言葉を漏らす。彼は、セドリックの診察に行くシューキに同伴していたわけではない。後学の為にと診察に行ったシューキに頼んで彼のカルテを写し、診断内容や薬草の調合について質問しただけだった。それに、もしついて行ってたとしてもミハエルにはそこまでは分からない。

ブロッサムは、そんな彼に眉根を寄せると笑みを浮かべる。そして、パチリと指をならす。




「これ、淹れてあげて」


「これは?」




ブロッサムは、小さな茶色い紙袋を呼び出した。そこには、何やら文字と葉っぱのイラストがついたラベルが貼り付けてある。彼女は、ミハエルの手の平の上にそれをポンとのせる。




「お茶だよ」


「なるほど!!アストレア様が独自に調合された薬草茶ってことだね!!」




ミハエルの顔がパァっと明るくなる。ブロッサムは、どこか眩しい笑顔を向けてくる彼に感慨の無い表情でサラリと口開いた。




「いや、普通に家で師匠せんせいが育ててるハーブだよ。その辺のお茶屋さんでも売ってるとこあるよ」


「「「・・・・」」」




妙な沈黙が落ちる。ミハエルだけでなく、アルディオとロイすらも困惑気にブロッサムに視線を向ける。しかし、ハッと何かに気づいたようにミハエルは、カッと瞳を見開いた。




「・・・でも、サムが言うのなら何か特別なッ」


「じゃ、特別だよ~」




ブロッサムは、ニッコリと感情の読めない笑みを浮かべる。明らかに声に気持ちがのっていなかった。




「絶対違うな」


「ああ、俺にも分かる」


「サム!」




アルディオが確信するかのようにそう口にする。そして、ロイがそんな彼に同意するように大きく頷く。ミハエルは、思わず声を上げてしまった。


しかし、ブロッサムは、そんな彼らの反応に面倒くそうに視線を向ける。そして、溜息交じりに口を開いた。




「今のセドリック様に大事なのは、ゆっくりと体の疲れをとることだよ。それに、“特別”は嘘じゃないよ。それは、一般的にお茶として売られているハーブだけど、幾つか他のハーブもブレンドしてあるんだよ。ちなみに、私が作った試作品❤」




三人は、彼女にどや顔でピースサインを掲げられて顔を引きつらせた。ロイは、小さく頭を抱えるように言葉を紡ぐ。




「試作品って・・・。王様に出すもんじゃないだろう」


「大丈夫だって!それ、店で売る了承もらってるもん。師匠のファミリアの一番偉いのから。効能は、リラックスと疲労回・復!」




自身ありげにそう言うブロッサムにロイは苦笑を零す。だからといって、これを良いと言っていいのだろうかと。しかし、ミハエルは、俯くとポツリと言葉を漏らした。




「なら、サムが行った方が・・・」


「調査もしないといけないのに、王様の面倒までみられるわけないだろう。それに、ミハエルなら大丈夫だよ。だから、怪我人の看病の傍らちょちょっと王様の所行って、お茶淹れてサッサと済ませてくれたら、ホ~ラ大丈夫❤」


「「「・・・」」」




ブロッサムは、軽く後ろ頭を掻くと半眼で吐息を漏らす。だが、すぐに笑みを浮かべるとミハエルに視線を向けた。軽い口調で説明すると、最後に両手を顔の前で交差するようにグルリと回して締めくくる。その様に、またもや三人は口を噤む。


しかし、短い沈黙の後、ミハエルがおずおずと口を開いた。




「でも、どうして僕に?」


「ミハエル、優しい人だから。そーゆ人の方が向いてるんだよ。どっかの誰かさんに薄情だって言われたし、私は~」




ブロッサムは、彼に微笑を零す。だが、すぐに半眼で不機嫌そうに視線を隣のアルディオに向けた。そんな彼女にアルディオは、こめかみに小さく青筋を立てる。




「キミの態度に問題があるとは思わないのか?」


「まったく思いませんね。それより、さすがにちょっと休んでいい?」




ブロッサムは、腰に両手を当てて、こちらを見下ろすアルディオを見上げ返す。しかし、すぐに肩の力を抜くとその口元から深い溜息が漏れた。




「そーだな。俺達もクタクタだしな」


「ああ」




ロイは、首元に手を当てると彼女の言葉に同意する。いくら鍛錬を毎日積んでると言っても、さすがに今回は、体にも精神的にも堪えた。アルディオも同じなのだろう。彼も疲れたように同意を示す。

そんな中、ミハエルだけが小さく考えていた。そして、何か言いたげにブロッサムを見やる。




「あの、サム!」




声をあげかけた彼の鼻先にビシッとブロッサムが指を突き付ける。そして、凛とした声で言葉を紡ぐ。




「『魔法使いに大事なものは、理性と知性だ。だが、想いがなければ“ヒト”ではない。奢るなよ、それは自分を見誤る。冷静な中にもここに炎を灯す事を忘れるな』」



彼女は、右手の親指を立てると、トントンと自分の胸を刺す動作をする。そして、クスリと笑みを浮かべた。




「ウチの師匠せんせいの言葉。あの時、真っ先に迷わず現場に向かったキミの姿見て、小さい頃に師匠せんせいにそんな風に言われた事、思い出したんだ。だから、キミにお願いしたんだよ」


「・・・ありがとう、サム」




ミハエルは、潤んだ瞳と上ずった声で礼を述べる。そんな彼にブロッサムは、ニッコリと笑みを深くした。ミハエルは、零れそうになる涙を無造作に袖でゴシゴシと拭きやる。そして、顔をあげた彼の顔は、晴れ渡っていた。彼は、ブロッサムを真っすぐに見つめると大きく頷く。そして、クルリと踵を返すと走り去っていった。


アルディオとロイは、ブロッサムの言葉と笑みに目を見張った。彼女は、二人の周囲にはいない類の人間だった。彼女には、本当に驚かされる事ばかりだ。

ロイは、苦笑と共に吐息を漏らす。




「さすが、アストレア様。いい事言うな。でも、本当は違うんだろう?」




駆けてゆくミハエルの後ろ姿を見やりながら、ロイは意味ありげな視線を隣の彼女に送る。ブロッサムは、悪戯げに笑みを浮かべると手を後ろで組んで視線だけを彼に向けた。




「意外に察しいいじゃないか。他の魔法医、ましてシューキ様なんてこんな小娘の忠告聞いてなんてくれないだろう?」




言葉の途中から苦笑気味にミハエルの背に視線を戻した。そんな彼女に、アルディオが小さく声を上げる。




「だが、ちゃんと理由を話せば・・・」


「話して分かってくれるなら、今回の事にだって最初から協力してたろ」


「・・・だな」




ブロッサムは、どこまでも真っ直ぐな意見の彼を見上げると困ったような笑みを向ける。彼女の向こう側のロイも似たような顔で後ろ頭を掻きながら同意する。アルディオは、少し肩を落とすと悲しげに視線を床へと落としたのだった。

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