第27話 ミハエル

「ふぁ~・・・、さすがに疲れたなぁ~。眠い」




謁見の間の扉をくぐって廊下に出たブロッサムは、ぐったりと肩から頭を落とす。戦闘して、夜通し看病して、飛び回って、謁見の間に招集されて・・・。さすがに、これ以上は何もしたくなかった。体力の限界だ。


しかも、廊下に出た瞬間に襲ってくる睡魔。先ほどまでは、気を引き締めていたのでそこまで辛くは無かったのだが、外に出て気が抜けたのだろう。眠気を我慢するだけで頭痛がする。


そんな彼女の隣には、一緒に廊下に出たアルディオの姿。彼は、呆れた顔で彼女を見やる。




「さっきとは大違いだな」


「えー、あれはあれ~。外は、外ぉー」


「何なんだ?そのわけの分からない持論は・・・」




溜息交じりにそう言う彼に、ブロッサムは半身を起こす。彼女は、左手を腰に当てると軽く右手をあげた。




「こーゆとこってさ、何かと肩書きとかはったりとかっているじゃない?でも、そーゆの疲れるから好きく無いんだよね~」


「はったりって・・・。先ほど王に誓った事はッ」




アルディオは、思わず声をあげる。だが、彼女は、そんな彼に煩わしそうに視線を向けて、何かを払いのける様に右手首を振る。




「大丈夫だって。あれは、やるから。というより、時間によって瘴気が発生するなんて現象なんて聞いた事ないからね~。しかも、『聖域』である城内に突如だよ!『歪み』も感じられないのにさ~。だから、個人的に、この事象には非っ常に興味あるんだよ~」


「・・・・」




もはや、呆れて声も出せないような目をアルディオは彼女に向ける。さすがに気づいたブロッサムが声をあげた。そして、右手の人差し指を彼の顔に向ける。



「あ!やめてよ、そーゆ目で見るの。別に面白がってないし、大変だって分かってるから。でも、研究者としての性がこぉー・・・」




ブロッサムは、両手首を回す動作をしながら、それを下から上にあげる。どうやら、何かが湧き上がってくる様を表現したようだ。しかし、アルディオは、そんな彼女の様子に大きな溜息を零した。




「本当に理解が出来ないな、キミは」




ブロッサムは、アルディオに顔を向けると悪戯げに笑みを浮かべる。




「そう?私は、結構キミの事分かったけどね~」




アルディオは、ムッとした様子で彼女にグイっと顔を近づける。だが、ブロッサムもどこか面白がるように身を乗り出す。




「俺の何がキミに分かると?」


「無駄にクソ真面目だってことだね。何にたいしても。いやだぁ~、キミって凄く面倒くさぁい❤」


「キミに言われたくないな!」




ブロッサムは、わざとらしい溜息を吐くと軽く肩を竦めて頭を振った。アルディオは、むきになって声を荒げる。そこへ、ミハエルとロイが廊下の向こう側からやってくる。どうやら、二人は別の場所から出たようだ。そういえば、自分が出てきた扉から誰も出て来ない。という事は、二人と同様、元老院の議員もセドリックも、その他に居た者達も別の場所から退出したのだろう。




「サムーー!!」


「おう、お疲れ!」


「お疲れ~」




ブロッサムは、こちらにやってきた二人に軽く手をあげる。ロイは、少し興奮気味に笑みを零す。




「サム、お前って凄い奴だったんだな~。みんな噂してたぞ!」


「いやいや~。そーでもあるけど、そーでもないよ~」




ブロッサムは、軽く両手を上げると横に振る。しかし、その顔は満更でもないらしく、はにかんだ笑みが浮いていた。

しかし、ロイの隣にいるミハエルは、ワナワナと小さく震えていた。




「サ、サ、サ」


「「「さ?」」」




同じ言葉を連呼する彼に、三人は思わずミハエルに視線を向けると疑問の声が重なった。だが、ミハエルは、そのまま固まってしまう。三人は、妙な沈黙と様子のおかしい彼を心配そうに見やる。しかし、唐突にミハエルは、ブロッサムの肩を掴む。




「!?」


「サム!!キミ、ローゼンクロイツのッ・・・ゲホゲホッ」




ミハエルは、普段出さない大声をいきなり出したせいで咳き込んだ。その拍子に、彼女から手が離れる。そんな彼を心配そうにブロッサムは覗き込んだ。




「大丈夫?ミハエル。そうそう。この制服とこの薔薇、こーゆ時は役立つから重宝するんだよね~」




ブロッサムは、笑みを零すと右手の指の金の薔薇の指輪を軽くあげてみせる。そして、クルリと回ると右手でスカートの端をつまんでみせた。そんな彼女に三人は、小さく瞳を見開く。先ほどの謁見の間でもちょいちょ地は出ていたようだが、それでも今ここに居る彼女とは大きく違った。

ロイは、フッと笑みを漏らす。




「なんかすげー学校で、その中でもすげー奴なんだろう、サムって」


「ロイ、アバウトすぎ。まぁ・・・、色々と運が良かっただけだよ」




ブロッサムは、そんな彼に苦笑を零す。しかし、ミハエルは、彼女の右手を両手で掴むと声を上げた。




「運って!?そんな事ないよ、僕だって受けたんだ。3度もッ・・・。それを現役で受かるだなんて、やっぱり君は凄い人だよ!!」


(・・・私以外にもあと二人、カルディア出身者が同じ学校に通ってるって言ったらミハエル卒倒しそうだな)




ブロッサムは、あまりの剣幕に少したじろぐように身を引く。そして、彼から視線を申し訳なさそうに外した。

ミハエルの言葉の意味はよく理解しているつもりだ。少しの時間だが、彼について仕事をして、彼の魔法医としての腕が確かなのはよく分かった。彼の腕と知識なら、十分この国ではやっていけるだろう。


だが、ラズワルドに行ってブロッサムは、この世界には自分の師以外にも規格外という言葉の人間が沢山居る事を知った。だからこそ、そのままの自分では駄目だという事も、弱い事や知らない事が言い訳にしかならいことも身に染みて理解した。


ブロッサムの手を握るミハエルの拳にギュッと力が入る。いつの間にか、自分から視線を逸らして床を見つめるミハエルの表情は暗くなっていた。複雑な心境なのだろう。ブロッサムは、空いている左手を彼の手に添える。




「ミハエル、君に頼みたいことがあるんだけど」


「なんだい?」




ミハエルは、ハッとして顔をあげる。そこには、こちらを優しげに見やるブロッサムの顔がある。




「セドリック様のカルテ見せてくれない?」


「セドリック様の?」




ミハエルは、彼女の言葉に疑問符を浮かべる。そして、手を離すとパチリと指を鳴らした。すると、彼の手の中にバインダーが出現する。そこには、一枚の用紙が挟んであった。

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