第26話 謎 謎 謎?03

ブロッサムの質問には、隣のアルディオが答えた。その返答にブロッサムは、玉座から視線を少し外すと考える。ピナが報告した内容にずっと疑問があった。どうして、騎士達の配置が外からの攻撃、あるいは侵入に対応していないのか。しかし、それはそうだろう。彼らが相手にしているのは、城内にしか居なかったのだから。


ブロッサムは、クスリと意味ありげな笑みを零すと念押しにアルディオに視線を向ける。




「だから騎士達の配置を全部城の中にしていたんだろう」


「ッ知っていたのか!?」




驚いて声をあげる彼の様子に、彼女の笑みは深くなる。すると、議員の一人が声を上げる。




「じゃが、城内はすでに調べ終わっておる!」


「一回調べたくらいじゃ、見落としがあるかもしれないじゃないですか」




ブロッサムは、呆れたように半眼でそちらに視線を向ける。彼らの言う事を受け入れていたら話が全然進まない。彼女としては、彼らから欲しい情報は得た。これ以上、話を続けたとしても何も出て来なさそうだと思ったのだ。それだったら、さっさと切り上げて部屋に帰って一眠りしたい。

しかし、思わぬ声が背中より割って入った。




「いえ、一回ではありません」


「えっ?」




ブロッサムは、振り返る。そこには、先ほどアルディオに呼ばれて控えたままの一人の騎士の姿。




「ナナキ将軍は、消えられた姫様の部屋によく行かれ、何か手がかりはないかと調べておいででした」


(クラウディア姫の部屋ねぇ)




ブロッサムは、無意識に腕を組むと顎の下に右手をあてる。言われてみれば、部屋を個別には調べてはいない。城内は、広く部屋数も多い。さすがに、彼女一人とファミリア3匹では、それら全てを調べるなんてかなりの時間を要する。しかし、城内に発生した瘴気もそうだったが、クラウディアの異様な気配など、違和感があれば何かしら感じていたはずだ。だが、ブロッサムが居る部屋を含めて、歩き回った城内では何も感じなかった。




「それで、何かみつかったの?」


「っ・・・・それは、特には何も・・・」




ブロッサムの質問に騎士は、言葉に詰まって下を向いた。クラウディアが姿を消してから、ナナキは、ほぼ毎日のように彼女の部屋へ行き調査を行ていた。しかし、そこで何か足取りを掴んだという言葉は一度も聞かなかったのだ。

しかし、そのやり取りを聞いていたパトリックが議員席から声を上げる。




「そのような事に無駄に時間を使わずに、ちゃんとした解決方法を示さぬか!!」




ブロッサムの眼光が鋭くなる。隣に立つアルディオには、こめかみに大きな怒りマークが浮き出て、明らかに機嫌の悪そうな彼女の表情が見てとれた。その様に、彼は気が気でなかった。


ブロッサムは、組んでいた腕を解くと少し俯き加減に振り向く。そして、大きな溜息を聞こえるように零した。彼女は、顔をあげると腰に両手をあてて、前のめりで声を荒げる。




「どこからともなく湧く瘴気。消えては現れるを繰り返すお姫様。しかも、剣術を嗜んでいなかったのに鍛錬積んでる騎士以上の腕?その上、瘴気でご乱心の将軍。その全ての原因が『分からない』ときた。これで、解決できるんなら名探偵もいい所じゃないか!」




彼女のあまりの剣幕に、今までとは違った意味で、室内はまたもや静まり返った。怒鳴られたパトリックも座ったまま身を引いている。しかし、自分で言った言葉にブロッサムは眉根を顰めた。




(なんなんだ?この妙な事だらけ・・・。そもそも、城は『聖域』のはず。なのに、城内に瘴気が発生するなんて・・・)


(『歪み』なんてどこにも感じられなかった。恐らく、この瘴気が二人をおかしくしてしまったのは間違いないと思う・・・)


(いや、おかしいのはやっぱりクラウディア・・・か)




少し長めの沈黙ののち、ブロッサムは深い溜息を零した。そして、立ち直すと先ほどとは違って凛した声で口を開く。




「やるべき事は、原因の追究です。でないと、対策の打ちようがないのは事実でしょう?みなさまが何に重点をおかれて話をしていらっしゃるのか私には分かりかねますが、これは『人の命』がかかっている重大な問題です」


「人の・・・命・・・」


「そ、それは、クラウディア様のッ」




彼女の言葉に、彼らはやっと事の事態が思っている以上に重い事に気が付いたようだ。それも渦中の人物が一番危険だという事に。ブロッサムは、チラリとセドリックの様子を盗み見やる。先ほどは、不覚にも口を滑らしてしまったが、これ以上彼の心労の負担を増やすわけにはいかない。だからこそ、早急にこの事態に対処しなければならないのだ。


これから先は、言葉は選ばなければ。ブロッサムは、小さく息を吸い込むと真っ直ぐに彼らを見やる。




「ええ。多分、姫様も危険な状態であると思われます」


(多分じゃなくて、彼女が一番危険である事は間違いない)




動揺の波が室内に広がってゆく。そこから感じられるのは、不安という文字一色だった。しかし、それを断ち切ったのはセドリックだった。




「我らは、すでに全うな判断が出来ぬくらい混乱しておったのだな」




彼は、小さく頭を抱えると疲れが滲んだ声でそう零した。ブロッサムは、そんな彼を見上げて不思議そうに小首を傾げた。




「それは、当たり前なんじゃないでしょうか?」




セドリックは、顔を上上げると彼女に視線を向けた。




「セドリック様にとってクラウディア姫は、大事なご家族ですよね。私だって、家族の誰かがこんな事になったら凄く混乱します」




当たり前のようにそう言葉にする彼女に、セドリックは小さく瞳を開く。そして、フッと優し気に目を細めた。




「アストレアは、いい弟子を育てたものだな。ブッロサムよ、原因の追究を頼めるか?」


「我が師の名と高貴なるこの花に誓い、尽力いたします」




ブロッサムは、凛々しい笑みをたずさえて、金の薔薇が光る右手の平を胸に当てると王に向かって一礼する。セドリックは、その様に大きく頷いた。




「頼もしい限りだ。何か用意して欲しいものはないか?」


「では、人手を」




ブロッサムは、頭を上げるとそう口にする。




「ふむ。ならばアルディオ、お前は引き続き彼女に協力をしてやってくれ」


「御意」




アルディオは、彼女と同じように胸に手を当てると玉座に向かって頭を下げる。




「あの、それと」


「なんだ?」


「魔法医のミハエルにも少し協力して頂きたいんですけど・・・」


「ミハエル」


「は、はい!」




名を呼ばれたミハエルは、慌てて赤い絨毯の上に駆けてやってくる。そして、慌てすぎた彼は、跪く騎士の隣に正座で座り込む。その姿勢のまま玉座を見上げる。




「構わぬか?」

「は、はい。自分でよければッ・・・でも、患者が・・・」




ミハエルは、少し言い淀む。被害が大きく、簡単な治療しか行えていない。人数が人数なだけに、彼が一人で行える事など限られている。バートランド夫妻も自分達の診療所がある為、城に残るわけにはいかなった。そんな状態で他の仕事まで手が回るかどうか。


ブロッサムは、憂いた表情のミハエルの内心をくみ取ってクスリと笑みを浮かべる。




「そんなに時間はとらせないよ」




ミハエルは、そんな彼女に視線を向けると少し安心したように微笑を零した。




「患者は、魔法医全員で診ればよかろう。シューキ殿、その為の“魔法医”であろう?」


「元より、そのつもりでございます」




落ち着いた声で背後からそう後押しされ、ブロッサムは顔を前に戻した。ミハエルもそちらを窺うように視線を向ける。


その先には、笑みを携える顎髭の初老が立ち上がっていた。彼は、議員席がざわついていた時も一度も表情を崩していなかった。黙ってじっと周囲の様子を窺っているように見えた。


ブロッサムは、彼に見覚えがあった。最初の謁見の間で、自分にアストレアの手紙を渡してきた男だ。あの時は、突然すぎて事態についていけてなかったのだが、ふと後で思い出したのだ。彼が誰なのかを。


男は、元騎士団トップ、剣豪レイモンド。ブロッサムが教会の学校に通う前くらいまでは、彼が騎士団トップを務めていた記憶がある。自分に関係無い世界だと思っていたので、彼が騎士団長を退いた後、何をしているのかまでは知らなかった。


そして、どうやら現在は、元老院で国の統治運営を行っているようだ。しかし、腰にロングソードを帯刀している様を見やると、政治よりは王の護衛を兼ねているような気が個人的にはする。

ブロッサムは、内心で苦笑を零しつつ、更に口を開く。




「それから・・・」


「まだあるのか!?いっぺんに言わぬか!!」


(このおじさん、いちいち煩いな)




ブロッサムの顔色が瞬時に悪くなる。彼女の視線の先には、立ち上がったパトリックの姿。どうもこの議員は、彼女の神経を逆なでするのが得意らしい。文句の一つでも言ってやりたいが、相手にするのも嫌になっていた。ブロッサムは、感情を押し殺して極めて冷静に口を開く。




「ただ、聞き込み調査するのにみなさまに協力して欲しいってだけです」


「構わぬ。他に何かあればアルディオに頼むがよい」


「はい。ありがとうございます」




セドリックは、ブロッサムの頼みに快く頷いた。ブロッサムは、そんな彼に胸に手をおくと深く頭を下げる。そして、レイモンドが取り仕切る中、謁見の間での会合は閉幕したのだった。

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