第24話 謎 謎 謎?

ブロッサムは、歩みながら両脇からヒソヒソと聞こえてくる声に耳を立てていた。彼女としては予想通りの反応だった。この様子だと、前方で構える強面のおじさん連中とも話がちゃんと出来そうだ。人知れずクスリと笑みを零す。


そして、玉座の手前で足を止めると跪いた。そんな彼女に最初に口を開いたのは、玉座に座するセドリック王だった。その声に、一瞬にして室内が静まり返る。




「面を上げよ、アストレアの弟子。その制服、かの有名な魔法学校のものか」


「はい。今春から入学が決まっております」




顔を上げたブロッサムの声が凛と室内に響き渡る。しかし、元老院の恰幅のよい男が我慢出来ない様子で間髪開けずに口を開く。




「ブロッサム、リュミエールなのか!?」


「まだ、正式ではありませんので『候補生』でございます。入学式にてリュミエール議長より直々に指名と洗礼を受け、初めて本物の『リュミエール』となります」




ブロッサムは、落ち着いた様子で右手の指輪を元老院の面々に軽く掲げて見せた。そして、ゆっくりと立ち上がる。恰幅のよい男は、そんな彼女の言葉に苛立たしげに唾を飛ばして声を上げる。




「何故ッ、何故先に言わなんだ!!それが分かっていればッ・・・」


「分かっていれば、今回の件につきまして、先に事情の説明をして頂けたのでしょうか?」


「当たり前だ!!何故、アストレアは黙っていた!!」




ブロッサムは、少し瞳を鋭くすると彼の言葉を遮って口を開く。しかし、彼女の返答に男は、とうとう激昂する。そんな二人の会話に元老院席がどよめく。だが、低いがよく通る落ち着いた声が場を戒めた。




「止めぬか。それだけ、アストレアが弟子を思っているという事であろう」


「ですが、王よ!アストレアでなくとも、この者がローゼンクロイツのリュミエールであるのなら、今回の件に関しても十分に力になったはずです!」




しかし、セドリックに反論するように声を上げたのはパトリックだった。頭の横に辛うじて白髪が残るこの老人は、初日の謁見の間で軽くブロッサムと口論になりかけたあの元老院の男だ。だが、セドリックは、溜息交じりに視線だけを彼に落とす。




「なっているであろう。ナナキへの迅速な対応に、負傷した者達への手当て。聞くと、現場に向かった魔法医は一人だけとの事だが?」


「わ、我々はッ・・・」




シューキが思わず立ち上がりセドリックを見上げて言い淀む。

ブロッサムは、たじろぐ彼の様子など気にせずに、胸元に右手の平をあてると軽く頭を下げる。




「王よ、発言をお許し下さい」


「許そう」




セドリックは、視線をブロッサムへと戻す。彼女は、ゆっくりと頭を上げる。シューキは、黙り込むと席に着き直した。この場で言い訳など出来ない。それを許さない空気をブロッサムが作り出していた。




「ありがとうございます。それでは、今回の件につきまして、全ての事情説明を願います。事によっては、私では対応出来ない可能性がございます」




ブロッサムの放った台詞に室内の空気が硬直する。そして、元老院席から口々に言葉が飛ぶ。その様を絨毯脇に控える面々が硬い表情で見つめていた。




「なっ・・・!何を申す!?お前が出来ないのであれば、我々はもうッ・・・」


「そうだ!魔法使いなのであろう?ならば、お前でなければ」




ブロッサムは、そんな彼らに心底呆れて深い溜息を零した。そして、少し声を張り上げる。




「魔法使いは、万能ではありません。それに、私はまだ修行の身の立場でございます。私が出来る事など限られております」




また、室内は一気に静まり返った。誰しもが視線を床や机上へと投げやり口を噤んでしまう。事態の分からないブロッサムにとっては、彼らが何をそんなに思い詰めているのか分からない。いや、察する事は出来る。異様な様相のクラウディアに変貌した騎士団団長のナナキ。この城の中で何かが起こっている事は間違いない。


ブロッサムは、明らかに沈み込む周囲の空気を感じつつ、そんな彼らを見渡し一拍おく。


しかし、口を開いたのは彼女ではなく、セドリックだった。これまで、表情を崩さなかった彼が小さく震えて、痛ましげに表情を歪ませる。




「分からぬのだ。どうしてこのような事になったのかも、何故、ディアがあのようなッ・・・」




それは、こちらに語りかけているというよりかは、辛い心打ちを零しているだけのようだった。ブロッサムは、そんな彼を見上げて静かに口を開く。




「やはり、あれはクラウディア姫なのですね?」


「すまぬ。あの子がお前を刺したという報告は受けている。だがッ・・・」




セドリックは、ブロッサムに視線をやると眉間の皺を深くする。そして、ガックリと項垂れる。王の言葉に、室内の者達の視線は、自ずと彼に集まっている。だが、誰も彼にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。

しかし、彼を見上げていたブロッサムは、軽く両手を脇に広げると微笑を浮かべる。




「セドリック様、お顔をお上げ下さい。あれは、ただのかすり傷でございます。ほら、私、元気ですよ」




その声にセドリックは、顔を上げる。そして、そんな彼女の姿に大きく目を見開く。城に来てからの彼女は多難だっただろう。その上、理不尽に怖い思いもしただろう。それら全ては、初めに自分達が彼女に真実を話さなかったからだ。恨み言の一つでも言って当然であるのに、彼女はそうはしなかった。セドリックの胸に熱いものが込み上げてくる。


ブロッサムの様子に目を見張ったのは、周囲も同じだった。まさかこんな反応を返してくるとは誰も思っていなかった。だからこそ、誰も何も言葉が出てこない。


しかし、セドリックは、フッと小さく笑みを零すと瞳を伏せた。そして、ゆっくりと開いたその瞳には、強い意志が宿っていた。




「そうか・・・。ディアが突然部屋から消えたのだ」




ブロッサムは、唐突なセドリックの台詞に不思議そうに小さく首を傾げる。しかし、彼は、肘掛に両肘を置き、顔の前で指を組むとそのまま台詞を続けた。




「それが、2ヶ月程前の事だ。3日もの間、城も街中も探した。しかし、見つからなかったのだ。それなのに、突然あの子があのような姿で現れたッ」


「最初に襲われたのは、私の娘だ」


「シューキ様の・・・」


(あの人!?だから・・・)




さすがにクラウディアの話になると言葉が詰まる。しかし、そんな彼の後に続いて口を開いたのは意外な人物だった。ブロッサムは、思わず彼の名を口にするが、ふと医務室での事を思い出す。一人だけ妙に怯えた女性がいた。気にはなっていたが、どうやら彼女が最初の被害者だったようだ。


ブロッサムは、腕を組むと口元に軽く右手をあてる。




「なるほど。だから、『結界』という手段を取られていたのですね。効果は、あったのですか?」




彼女は、シューキに顔を向ける。しかし、彼は、ブロッサムから一度視線を外した。そして、小さな沈黙の後、重そうに口を開く。




「・・・分からぬ。だが、クラウディア様が医務室に現れることはなかった」


「お嬢様が襲われた時の状況などは?」




ブロッサムの問いにシューキは、軽く頭を横に振る。




「聞いてはみたのだが、廊下を歩いていると急に目の前に現れて襲われたとだけ。それ以上は、怯えるばかりで・・・」




シューキの浮かべている表情も、少しセドリックのそれと似ていた。確かに彼女の様子は、尋常ではなかった。シューキが娘の心配をするのは当然だろう。そして、彼に代わって口を開いたのは特徴的な頭髪のパトリック。




「ディア様は、剣など持った事もないお方なのだ。なのに、あのような物を振り回し、夜な夜な徘徊するようになってしまわれた。そして、出会った者達を片っ端から切りつけるという・・・あのお優しかった姫様がッ」




サムは、疑問符を浮かべると首を傾げる。そして、小さく右手を上げると言い淀む。




「あのぉ~、じゃ、クラウディア様ってお部屋にいらっしゃるんですか?」


「それがッ・・・居ないのじゃよ。城のどこにも!!」


(ヒッ!?近い、近いッ)




元老院席から物凄いスピードで飛び出してきたパトリックが目と鼻の先にその顔を押し付け、目をむき出してそう答える。


ブロッサムは、その様に青ざめた顔で体をのけ反らせた。あまりの怖さに後ろへ数歩さがると、パトリックは自分の席へと戻っていく。一体何がしたかんだろうかと思うが、下手な事を口にすればもっと面倒な事になりそうなのでやめておく。その代わり、他の疑問をセドリックにぶつけてみる。




「どこにも居ない?じゃ、あの方、一体どこから出入りされてるんですか?」


「それが分からぬのだ。ディアが昼間どこに居て何をしているのかも・・・。あの子は、本当にあの子はディアなのかと最初は疑った。だが、私自身、あの子を見て確信した」




どうやら、ブロッサムが一戦交えた相手は、本物のクラウディア姫のようだ。そして、昼間と言われて城内の様子を思い出す。そういえば、情報収集の為に昼間城内を歩き回った時、それなりに城内には人が居たし、みんな普通に働いていた。




「昼間?そういえば、昼間はたくさん人が城内にいますよね。クラウディア様は、夜にしか現れないって事ですか?」

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