第23話 人は見かけによらないんです02

「サムってローゼンクロイツ魔法学園の生徒だったの!?」


「ローゼン・・・魔法学校?さぁ、名前までは知らないけど、学生だとは言ってたぞ。なんだ?そんなに有名な学校なのか?」




ロイは、不思議そうに彼の言葉をくり返す。そして、ブロッサムと話をした時の事を思い出した。ミハエルは、彼のまさかの答えに耳を疑う。




「有名ってレベルじゃないよ!!魔法使いで無くても名前くらい聞いたことあるでしょ!」


「俺も知らない」


「ええっ!?アル君も!ローゼンクロイツ魔法学園は、魔法使いを目指す者が集う世界最高峰で唯一の魔法学校だよ」


「へぇ~」




アルディオは、ロイの向こう側からヒョッコリと顔を出して話すミハエルを見やる。そして、彼の説明に、いまいち伝わってなさそうな薄い感嘆の声を漏らすロイ。ミハエルは、そんな二人にそっと呆れたように息を吐き出す。


この室内のざわめきが物語るように、ローゼンクロイツ魔法学園の名は世界でも有名なのだ。ブロッサムだけではなく、二人の薄い反応にも驚きすぎて、逆に落ち着きを取り戻したミハエルは、二人に向かってローゼンクロイツ魔法学園の説明を簡潔に述べる。




「凄さが分かってないようだけど、世界中から色んな種族の者達がそこへ入学したくて集うんだ。でも、入学試験に受かるのはその中でもほんの一部」


「受からないと魔法使いになれないのか?」




ミハエルは、アルディオの疑問にゆっくりと頭を横に振る。




「そうゆうわけじゃないよ。魔法使いは、大抵いまだに師弟制度だし、師が居なくても魔力の素質があると分かれば、魔法正律結社マグナ・ルーメンで魔法使いになれる最低限の講義は受けられるから資格を取ることは出来る。

でも、ローゼンクロイツに入学できるって事は、それだけで一流・・・いや、世界でも一握りの選ばれた魔法使い達の卵だってことなんだ」


「世界で一握りって・・・大げさだな~」




ロイは、彼の話に苦笑を零す。だが、ミハエルは、小さく声を上げる。




「大げさじゃないよ!ローゼンクロイツの卒業生は、世界の中心に居る人物ばかりなんだよ。王侯貴族にもここの出身者が多いし、王宮付の魔法使い、魔法正律結社マグナ・ルーメン・教会の中枢者なんていうのもザラだしね」


「彼女を見ているとそこまで凄いとは感じられないのが不思議だな」




アルディオは、ちょうど目の前を歩んでいくブロッサムに視線を移す。彼は、軽く顎の下に右手を無意識に置く。すると、いつの間にか彼女を見やる彼の瞳はジト目だった。




(まぁ、ボケボケしてる割には妙に物知りだとは思ったが・・・)


「確かに、サムってこぉー・・・凄げぇ!って感じのオーラ無いよな」




ロイも彼と同じように眼前を歩んでいくブロッサムを見やっていた。横二人に届くほどの声でしか話をしていないので、彼女の耳には届いていないだろう。確かに、最初に会った時も普通の女の子だと思った。だが、城内で色々あって、彼女の活躍も目にしているのに、どうにもそこと彼女が繋がらない。


今も凛とした格好と表情でそこに居るが、ロイにとっては、怒って、呆れて、笑って、真っ直ぐに自分の言葉を口にする彼女がそんな遠い存在には思えなかった。


しかし、ミハエルは、小さく激昂する。




「何言ってるの!?凄いあるよ、めっちゃくちゃあるよ!!あの歳で僧侶の基本魔法全部分かるとか、薬学の知識も凄いし、治療の手際もいいし!!防御魔法も簡単に吹き飛ばしちゃうしっ」


「おい、ミハエル、落ち着けよ。ちょっとテンションおかしくないか?」




ロイは、凄い剣幕でこちらに徐々に迫ってくるミハエルにたじろぐ。


彼は、ブロッサムの凄さをいまいち受け入れていない二人の態度に少し頭に血が上っていた。その証拠に、彼が最後に言った防御魔法を吹き飛ばしたのは、ブロッサムではなく彼女が連れていたルディだ。しかし、その場に居なかったアルディオとロイはその事実を知らない。


ロイは、そんな彼をどうにか宥めようと言葉を言い繕う。そんな彼の向こう側に居るアルディオは、黙り込むとなるべく彼らを視界に入れないよう努めた。









「なっ・・・あの娘がっ・・・」


「う、嘘でしょ!?ローゼンクロイツの生徒だなんてッ・・・」


「しかも、黄金の薔薇を身につけているって事は、ローゼンクロイツエリートの中でも最高のエリートの証・・・」




絨毯を挟んでアルディオ達の向かいに立つ魔法医達は、ブロッサムの姿に絶句していた。自分達が医務室であれだけ馬鹿にした彼女が、世界最高峰と言われるローゼンクロイツ魔法学園の制服を着て現れるとは。


その学園に入る為に、遊ぶ時間も睡眠時間も削って昼夜問わずに勉強したのだ。魔法正律結社マグナ・ルーメンの講義だけじゃ飽き足らず、名のある師に弟子入りし魔法の鍛錬だって毎日欠かさずやってきた。そして、地元ではトップの成績でローゼンクロイツ魔法学園の入学も夢ではないと称えられるほどだった。


だが、何度入学試験を受けても送られくる手紙には無情にも『不合格』の文字。上を目指した自分と同じような魔法使い達は周囲には沢山いた。どれだけ称賛されても天才だともてはやされても合格者など見た事が無かった。











(馬鹿な!?リュミエールだと!!)




シューキもブロッサムの姿には、目を見張っていた。彼女の制服だけではない。彼女の胸元のピンバッジは、彼女が魔法使いとして持っている資格を現す。


魔法使いには、7つの資格が存在する。しかし、大抵の者が持つ資格は、最も基本的な魔術師レルネ魔導士フェイト召喚士コンジュラーの三つだ。魔法を使う上で最低限必要なものがこの三つだからだ。


魔術師レルネは、魔力やその理の基礎知識が必要な研究者としての資格。魔導士フェイトは、世界を構築する6大精霊達の力と己の魔力を融合し、構築させて具現化させる能力を駆使出来る資格。魔法使いと呼ばれる者達は、この資格が無いと魔法を用いる戦闘職には就けないのだ。そして、召喚士コンジュラーは、その名の通り召喚魔法の資格だ。


魔法を使う上で最も大事な知識・力・召喚の三つは、どんな魔法使いでも資格を取らなければならない。何故なら、魔法を使う上でこの三つが基礎中の基礎だからだ。だから、城の魔法医達だってこの三つの資格は持っている。習得するのに時間はかなりかかったが。


しかし、ブロッサムは、この三つの資格に加えて、聖職者プリースト錬金術師アルケミスト死霊術士ネクロマンサー魔技師ブラックスミスの四つまでも持っているのだ。


普通ならば基本の三つだけか、もしくは、目指す職業に就く為に必要な資格しか持たない。三つの資格を取るだけでも苦労するのに、その上位に当たる資格となると更に難しいのだ。


魔法医の面々で四つ目の資格を持っているのは、聖職者プリーストの資格を持つミハエルとシューキだけ。そして、全資格を持つのは、アストレアとジェラルドの二人だけだ。






だが、シューキが驚愕していたのはそこだけでは無かった。ブロッサムの右中指に光る金の薔薇の指輪。あれは、ローゼンクロイツ魔法学園の中でも一握りの人間にしか与えられないリュミエールの証。


リュミエールとは、ローゼンクロイツ魔法学園の生徒会の名だ。だが、ただの生徒会ではない。彼らの基本的な活動は、学園の生徒の為だが、その延長線上で様々な国の相談やトラブルを解決してきた。その功績ゆえ、彼らリュミエールには世界でも行使出来る特権がある。


それは、どんな身分の人間であっても彼らに命令する事は出来ない。そして、彼らがどんな国、身分の出身であっても王と同等の発言権を持つ。


だが、実の所、この特権は功績だけの話ではない。ローゼンクロイツ魔法学園の生徒は、ほとんどがそこそこ身分がある者ばかりだ。それに加えて、リュミエールに抜擢されている人間は、優秀な上に王侯貴族出身者ばかり。その辺りの学園としての背景事情も大きいだろう。


だが、それでも彼らがその頭脳と巨大な力で世界の国々に貢献してきたのも事実だ。だからこそ、相手が年端もゆかぬ少女だとしても、リュミエールの名に世間は畏怖と敬意を表するのだ。




シューキは、心の底から震えた。羞恥と妬みと喪失。城の魔法医を務めて、もう何十年だ。アストレアやジェラルドのように魔力に優れた人種ではないが、それでも自分は、この国では二番目の実力者。天才なんて言われる若者がやって来ても自分からすればまだまだひよっこだ。大した事などない。


しかし、彼の脳裏をグルグルと回るのは医務室での出来事。自分は、この少女に偉そうに何を言った?その後、何をした?自分は、4つの資格を取るのに一体何年かかった?誰だ、自分をこの国で二番目の実力者だと言ったのは?一体、あの少女は何者なのだ。


シューキは、こちらにゆっくりと歩み進んでくるブロッサムに、自分の地位を揺るぎ兼ねない小さな恐怖を覚えたのだった。











「い、いや、さすがにアレだよなぁ~・・・。アレだよ!七光り的なさー」


「七光りで入学出来るほど甘くないわよ、あそこはッ・・・」


「確かに・・・な」




魔法医達は、誰一人そんな胸中のシューキの姿には気が付いていなかった。彼らもまた、ブロッサムの姿には、動揺を隠せないでいた。さすがに、声を上げての会話はしていないが、抑えたトーンの声色でもヒステリック気味になってしまう。短髪の男性が赤髪の美人の言葉に何かを噛みしめるように頷いた。固く握られた彼の拳は小さく震えていたのだった。












「あっ!もしかして、ミハエルってサムの先輩とかか?ミハエルもそのローゼンなんちゃらって学校の卒業生だとか。王宮で王様付の魔法医だもんな~。ほら、『天才』って言われてたろ」




物心つく頃から父親について城内に出入りしていたロイは、ふとミハエルが魔法医としてやってきた日の事を思い出していた。この国の出身者で純粋なハヌマンのミハエルは、国内最年少で四つの資格を習得し王宮仕えの魔法医となった。その為、当時は彼の噂で持ち切りで、その名は子供達にさえ知れ渡っていた。


しかしミハエルは、暗い顔で肩を落とす。




「・・・いや、僕は、落ちたよ。三回も受けたんだけどね」


「ご、ごめん!」




ロイは、慌てて謝罪の言葉を口にする。


ミハエルは、深く溜息を零す。魔法使いは、純粋にその力がものをいう世界だ。ミハエルは、勤勉な上に魔法使いとしての才もあった為、その頭角を瞬く間に現した。周囲が『天才』だと、もてはやしてくれるのはくすぐったかったが、満更でも無かった。だからこそ、自分の力が試してみたくてローゼンクロイツ魔法学園を受験したのだった。




「いや。まぁ、落ち込まなかったって言ったら嘘になるけど。さすが、アストレア様の弟子だよね。そうそう!アストレア様は、ローゼンクロイツの卒業生だよ。確か、ジェラルド様も」




ミハエルは、気まずそうな顔でこちらを見やるロイに苦笑を零すと話題を変えた。自分よりもなんだかロイの様子の方がいたたまれなかったからだ。しかし、その話題に飛びついたのはアルディオだった。




「!?父さんが・・・」


「あれ?アル君、知らなかったの?だから、お二人は昔からの顔なじみなんだって前に聞いたんだけど・・・」




アルディオは、小さく瞳を見開いてミハエルに顔を向ける。ミハエルは、そんな彼に小首を傾げた。まさかアルディオが二人の事を知らなかったとは。アルディオは、床に視線を落とすと、つくづくと城での二人の様子を思い出していた。




「そう、だったのか・・・。城でよく話されてるなとは思ってたんだが」


「お前、あんま他人に興味無いもんなー」




ロイは、そんなアルディオを見下ろして抑揚なくサラリと口にする。そんな二人にミハエルは、思わず心内で声を上げていた。




(そういう問題!?)

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