第22話 人は見かけによらないんです

あてがわれた自室に戻ってきたブロッサムは、鏡の前で人型のキアラに髪を梳いてもらっていた。軽い食事は、風呂に入る前に済ませた。騎士達が自分達用に用意していたサンドイッチをわざわざ差し入れてくれたのだ。それをキアラと2人で食べて、だだっ広い城内の風呂で汗を流した。出来ればこのままベットに倒れ込みたいがそうもいかない。しかし、そんな大きなベッドの上では、人型のルディとピナが気持ちよさげに寝息をたてている。


キアラは、彼らを横目で見やり苦笑を零す。




「呑気なものね」


「まぁ、そー言わないであげてよ。二人ともよく働いてくれたんだからさ。もちろん、キアラも」




ブロッサムは、クスリと笑うと鏡ごしにキアラを見やる。彼女は、鏡の前の台の上に梳いていた櫛を静かに置くと愛しげにブロッサムを見やる瞳を細めた。そして、その両肩にそっと両手をのせる。




「サムの為だもの。それより、まだ付き合うの?」


「まだっていうか、この状況じゃ大人しく返してはくれないだろう」




しかし、キアラは、後半溜息交じりに続けた。あんな危ない目にあって、まだこのよく分からない状況に付き合うのかと。


ブロッサムが目の前で城に連れて行かれたあの日、本当ならばやってきた騎士達と一線交えてでも引き留める気でいた。しかし、すんでの所でブロッサムの師でありキアラ達の主であるルーカスから連絡があった。ブロッサムを城へ行かせろと。正直、納得行かなかったのだが主の命令だ。渋々、ブロッサムを行かせたが、自分と同じように彼女を心配するリナルドからルディと一緒に様子を見て来る事を許された。


彼女とルディとしては、城にやってきた時点でブロッサムもピナもさっさと連れて帰る予定だった。しかし、やってきた先で目にしたのは、二人が襲われている場面。しかも、ブロッサムに至っては怪我までしていたのだ。ファミリアと人だとしても、キアラ達にとってみれば、ブロッサムは可愛い妹で、ピナはまだ目が離せない弟。そんな二人をこんな訳の分からない事が起こっているホーンテッドキャッスルにおいて置きたくなどない。


しかし、ブロッサムは、小さく肩を竦めると苦笑を零す。キアラが言わんとしている事は、分からなくもない。正直、自分が王様から受けた依頼は、『クラウディアの代わり』である。それなのに、当の本人や騎士団長だという男に襲われるという意味不明な事態。文句以上に慰謝料くらい請求してもいいんじゃないだろうかとさえ思う。だが、自分の置かれた状況くらい説明してもらわないと、なんだか気持ちが悪かった。


しかし、キアラは、悪戯げにクスリと笑みを零すとブロッサムを背中から抱きしめる。




「なんだったら、私が黙らせてきてあげるわ」


「リアルに恐いから止めて。それよりさ、キアラ」




ブロッサムは、キアラの提案を溜息混じりに取り下げる。冗談めいていっているが目が完全に笑っていなかった。こういう時の彼女は、本気でやり兼ねないのだ。


それよりも彼女には頼みたい事があった。ブロッサムは、肩越しにキアラを見やる。




「何?」


「瘴気の出所かお姫様の行方って捜せそう?」


「瘴気は、もう臭わないから分からないけど、お姫様の方は問題無いわよ」


「おや、さすが❤」


「褒めても許さないわ」




茶化すようにそう言うブロッサムの耳元でキアラは囁くと彼女の髪に軽いキスを落とす。




「分かってるってば!帰ったら二人の気が済むまで付き合うからさ」




ブロッサムは、くすぐったそうに小さく笑う。そして、彼女は、キアラの手をやんわり外すと立ち上がった。キアラは、自分の後ろ側へ歩んでいく彼女の動きに合わせてゆっくりと振り返った。




「なら、早く終わらせないと!サム、その服・・・」




キアラは、小さく目を見開く。


ブロッサムは、バスローブを脱ぐとパチリと指を鳴らして一瞬で着替え終える。そこには、白い長袖シャツに、裾のフリルの上にあしらわれたモチーフの薔薇が際立つ真紅のスカート、それと同色の胸元のリボン、ブレザーは裾が長めのジャケットのようで、その肩に羽織られているマントとヒールの高い靴の三点は全て漆黒というブロッサムの姿。


ブレザーの胸元には、それぞれ形の違うピンバッジが七つ。耳のピアスと両手の腕輪は、いつもと同じ魔法道具マテリアのアクセサリーだが、右手の中指の黄金に輝く薔薇の指輪が目を引いた。




「ホントは、先生が帰ってきたらみんなにお披露目しようと思ってさー、持って帰ってきてたんだよね。まさか、こんな所で先に着る羽目になるとは・・・」




ブロッサムは、右手を腰に当てると溜息交じりに苦笑を漏らす。この衣装は、春から入学が決まっている魔法学校の制服だった。帰省する前に制服が届いていた為、家族に見せようと思って持って帰って来ていたのだ。しかも、衣装類は、全て右腕のリングの魔石マナ・ラピスに入れていた為、ちょうど持ち合わせていたのだった。


ちなみに、左腕のリングの魔石マナ・ラピスにも魔導書だのお茶する用の食器だのと色々詰めこまれている。両腕だけで、今居る部屋ほどの空間を持ち歩けるのでとても便利だ。




「とてもよく似合っているわ、サム」


「ありがとう、キアラ。さて、行きますか!」




キアラは、そんな彼女の姿に両手を胸の前で合わせてほほ笑む。その制服姿だけで、もう立派な一人前の魔法使いに見える気がする。


ブロッサムは、嬉しそうにそう言ってくれるキアラにニッコリと笑みを浮かべた。そして、バサリとマントを翻すと部屋を後にしたのだった。




「「!」」




部屋の外には、既にアルディオとロイが待機していた。二人は、ブロッサムの姿に小さく驚くように目を開く。ブロッサムは、そんな二人の妙な視線に軽く眉をひそめる。




「何?」


「えっ、いや、なんていうか・・・。なんか雰囲気違う服着てるなって。飾りもいっぱいついてるし」




ロイは、視線を彼女の頭の先から足の先まで一周させながら、ポリポリと頬を掻く。だが、ブロッサムは、そんな二人にクスリと不敵な笑みを零した。




「まぁーね。これ以上、ナメられるわけにはいかないから。この飾りも伊達じゃないよ!」


「「?」」




ブロッサムは、顔を見合わせて不思議そうに小首を傾げる二人の間を颯爽と通り抜けてゆく。そして、謁見の間へと、マントをなびかせて歩みを進める彼女の後を、二人は慌てて追いかけたのだった。








謁見の間の赤絨毯の上を、ブロッサムは胸を張り悠然と歩む。その様に室内は騒ついていた。


赤絨毯横には、扉から一定間隔に騎士達が立っていた。そんな彼らも彼女の姿に目を見張る。城の主要な警備以外の動ける騎士達は、今この場の警備に集められていた。扉外に二人。それ以外は、室内。


そして、玉座に近づくに連れ役職の高い者達が並んでる。そこには、アルディオやロイ。そして、ミハエルと彼の同僚の魔法医達も全員顔を出していた。そして、玉座の下には、元老院の面々。そんな中には、シューキの姿もあった。


そして、騒ついているのは、そこに居るほとんどの者達だ。その視線が全てブロッサムへと注がれている。




「あの制服は、ローゼンクロイツ魔法学園のッ」


「おい、見ろ!星7つだぜ。初めて見たよ」


「我が国から、あの名高き名門魔法学園の入学者が居たなんて」


「さすが、アストレア様のお弟子様だ」


「黄金の薔薇の指輪!?もしかして、彼女って・・・」




あちらこちらから、そんな声がヒソヒソと聞こえてくる。ブロッサムを扉前まで案内したアルディオとロイは、先に謁見の間に入っていた。彼らは、今回の責任者の一人であり、玉座の王を守る護衛も兼ねている。


しかし、ロイは、この室内の空気が気になっていた。隣に立つアルディオにそっと口を開く。




「なー、なんか妙にざわついてないか?」


「ああ」




どうやらアルディオも気にはなっているようだ。チラチラと二人して周囲の様子を窺っていると、自分達の隣で固まって小さく震えるミハエルの姿が視界の隅に入った。ミハエルは、本来なら魔法医達と肩を並べているはずなのだが、現場に行ったただ一人の魔法医として、報告を兼ね二人と同じ場所に立つよう上から命じられていた。




「ッ・・・・ッ・・・」


「どうした、ミハエル?」


「ロ、ロイ君、サムってッ・・・」




ロイは、様子のおかしいミハエルの顔を小さく覗き込む。夜通しの治療と看病で体調でも悪いのだろうかと。しかし、ミハエルは、震える手を上げると歩むブロッサムをそっと指差す。ロイは、途中で消えてしまったミハエルの言葉に小さく首を傾げる。だが、彼は、急にこちらを見やると小さい声でだが、まくし立てるように口を開いた。

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