第21話 長い夜
礼拝堂から再びロビーへとやってきたブロッサムは辺りを見渡す。先ほどより患者が増えている気がする。簡単な治療で済む者は、同じ騎士同士で手当てを行っているようだった。しかし、深手を負っている者も多い。その為、ジョンが患者の重症度を片っ端から診て回り、患者の腕に色分けされたリボンを巻いていっている。そして、そのリボンを見やり治療が最優先な者達から、ミハエルとバーバラが治癒魔法を施しているようだった。いつの間に来たのか、看護に回っている騎士の中にはロイの姿もあった。
ブロッサムは、ミハエルの背を見つけると声をあげる。
「ミハエル!」
「ブロッサム様!」
座り込んで治療をしていたミハエルは、こちらに駆け寄ってくる彼女の姿に思わず立ち上がる。しかし、やってきた彼女は、苦笑を零した。
「様だなんて止めてよ。キミの方が先輩じゃないか」
「で、でもッ」
「サムでいいよ。その代わり敬語は勘弁して貰うからね、先輩!」
ブロッサムは、クスリと悪戯げに笑うと彼の胸にトンと軽く拳をあてる。ミハエルは、そんな彼女の姿に微笑を零した。
「分かったよ」
「それで、こっち手伝いに来たんだけど、何したらいい?」
ミハエルは、先ほどとは打って変わって真剣な面持ちでそう尋ねる彼女に目を見張った。正直、このロビーの惨状にはミハエル自身も尻込みしそうだった。それなのに、自分よりも年若い彼女は平然と立ち回っている。しかも、こちらに気を使うように笑みまで浮かべてだ。
ミハエルが城で働くようになってまだ数年だが、その間、こんなに酷い状況になど遭遇した事は一度もない。
それは、そうだろう。どこかと戦争状態なわけではないし、城に賊が入った事だって一度も無いのだ。それに現在は、異種族間戦争や
冒険者や
ミハエルは、そんな場慣れしている彼女に内心驚きながらも口を開く。
「サムは、治癒魔法はどのくらいまで使えるの?」
「僧侶の基本魔法は全部だよ。高位の魔法もいくつか勉強したから、治療の補佐くらいは出来ると思う」
「その歳で!?さすがだね」
彼女があっさりと言ってのけた内容に、今度はさすがに声を上げた。
アストレアの弟子だとは知っているが、それでも自分がつい最近まで勉強してきた事を簡単に出来ると答えるとは。彼は、思わず言葉を失いそうになる。
だが、ブロッサムは、目を丸くしてこちらを見やるミハエルに笑みを浮かべながらも小さくこめかみをひくつかせていた。
(てか、どっかの馬鹿が覚えないせいで、こっちが全部覚えちゃっただけなんだけど・・・)
ブロッサムの僧侶としてのスキルは、棚から牡丹餅のようなものだった。ジョンとバーバラの息子であるキキは、僧侶志望なのだが、何分物覚えが悪く、彼の勉強に付き合う内に自然に身に付いたものだったのだ。しかし、こうして役に立つ事に関しては素直に良かったと思える。
しかし、そんな彼女の事情や心内などいざ知らず、ミハエルは心強い味方を得たと感じていた。
「なら、僕の方の負傷者を手伝ってくれ。僕ら二人だけじゃ、重症患者を中心にしか診られないけどね」
「大丈夫だよ、あっちの二人凄いから!」
ブロッサムは、ジョンとバーバラの背を視線で指し示す。すると、先ほどブロッサムがやってきた廊下側から自分を呼ぶ声がする。
「サム!」
「!」
振り向けばそこには、ミランダとあと二人男性のプリーストの姿。彼女は、目が合うと力強く頷いた。ブロッサムは、そんな彼女に笑みを浮かべると頷き返す。そして、ミハエルに視線を戻すと親指を立て軽く握った拳で肩越しにそんな彼らを指す。
「少しの間ならこっちにも人手回してくれるってさ!」
「えっ・・・」
いまいち伝わらなかったのか、ミハエルは間の抜けた声を漏らす。しかし、それは彼にとっては思いもよらぬ光景だったからだ。城で奇妙な事が起き始め、その度に誰かしら傷ついては医務室へと運ばれてくる。今の所、手遅れになった者はまだ出ていないが、いつそうなってもおかしくはない。
だからこそ、自分達も現場へ行くべきだと言っても誰も首を縦にはふらなかった。その上、結界を張って自分達だけ医務室に籠城。実の所、自分の意見が正しいのか少し分からなくなっていた。
ブロッサムは、呆ける彼に微笑を浮かべて、もう少しだけ言葉を付け加える。
「準備終われば、彼らは持ち場に戻らないといけないけど、それまではこっちに手を貸してくれるって事だよ」
ミハエルは、小さく目を見開くと、はにかむような笑みを零した。やはり行動に起こして良かったと。そして、鼓舞するように握った両の拳を胸元で小さく上下に振る。
「よしっ!頑張ろう、サム!」
「もちろん!」
ブロッサムは、そんな彼に大きく頷いたのだった。
忙しく患者を診て回り、時折、礼拝堂へ足を向けてはナナキの容態を窺いに行く。そんな事を一晩中繰り返していると、いつの間にか夜明けが近づいていた。
ブロッサムは、ズボンのポケットに入れていたお気に入りの懐中時計を取り出すとなんとなく時刻を確認する。辺りを見渡せば、治療の済んだ騎士達は、ベッドのある部屋か自室に運ばれた為、ロビーにはほとんど人気が無くなっていた。
(ふぅー・・・。とりあずは、一段落って所かな)
「しっかりしろよ、ぴー助」
「だいじょうぶでごじゃります・・・くー・・・」
ふと、割と近くから聞こえてきた聞き慣れた声に顔を向ければ、ロビーに寝そべっているルディーに船をこいでいるピナが倒れ込んだ所だった。こんな遅い時間まで頑張って働いてくれた可愛い従者に自然と笑みが零れた。
「ルディ、ぴーちゃんと私の部屋に行ってて」
「おう!」
まだ元気そうなルディは、ブロッサムの声に頷くとピナの首根っこを加えて立ち上がりがる。そして、ヒョイと自分の背に彼をのっける。ピナは、完全に夢の世界へ旅立ってしまったらしく小さな寝息を立てたままピクリとも動かない。ルディは、そんな背の彼を落とさないようにゆっくりと歩み出すと廊下の奥へと姿を消していった。
ブロッサムは、二人の背を見送ると小さく息を吐いて立ち上がる。しかし、その瞬間、視界が揺らぐ。
「大丈夫か?」
「!・・・あ、ああ。ごめん」
ブロッサムは、降ってくるようなアルディオの声に思わず見上げた。すると、彼が自分を支えるように肩を抱いて、こちらを心配そうに見下ろしている。どうやら、立ち眩みを起こしてしまったようだ。ブロッサムは、軽く頭を抱えるとゆっくりと彼から身を離す。
「後は、ここにいる負傷者をベッドに運ぶだけだ。バートランド夫妻にも先に休んでもらっている。キミも休んでくれ」
そう言われてブロッサムは、再度ロビー内を見渡した。いつの間にか、ジョンとバーバラの姿が無かった。残っている負傷者も五人ほどで、治療が必要なのは今ミハエルが診ている者だけなのだろう。
とりあえずは、ひと段落と言った所のようだ。ブロッサムは、ホッと胸を撫で下す。ミハエルに付いて患者を診ていたが、本当に危険な者が十数人ほどいた。今回は、どうにかなったが、バートランド夫妻と途中手伝いにきてくれたミランダ達が居なければと思うと恐ろしい。自分とミハエルだけでは、手に負えていなかっただろう。
「アル達は?」
「今回は、被害が予想以上に大きかったからな。俺達は、まだすべきことがある」
「それで倒れたら元も子も無いんじゃないの?」
ブロッサムは、眉間に力を入れている彼の顔を見上げて苦笑を零した。しかし、アルディオは、そんな彼女にフッと不敵な笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。日頃の鍛錬は、伊達じゃない」
(これだから戦士系は・・・)
ブロッサムは、彼の言葉に呆れ気味に小さく息を吐いた。そして、パチリと指を鳴らすと何も無い空間から黄色い液体の入った瓶を出現させる。手の中のそれをアルディオに向かって差し出した。
「あんま無いけど、疲労回復に効くからよかったら使って」
「これは?」
アルディオは、彼女から受け取った瓶を不思議そうに見つめている。
「はちみつにいくつかの薬草を漬け込んだものだよ。そのままでも食べれるけど、主にお茶にいれて飲むのが一般的かな」
「有難く頂くよ」
彼は、彼女の説明にフッと柔らかい笑みを零した。そして、素直に礼を口にする。ブロッサムも小さく笑みを浮かべる。しかし、そんな二人の元へ廊下の向こう側からロイが駆け寄ってきた。ブロッサムは、その姿にこっちも無駄に元気だなと苦笑を漏らす。
「おじょッ・・・じゃなかった、サム!」
「ロイ」
「悪いんだが、謁見の間にこれから来て欲しいんだ。状況の説明をと元老院の方々がキミをご指名でね」
やってきたロイにそう言われ、ブロッサムは大きな溜息を零す。正直、今更感が否めないが、ここで文句を言った所で何も変わらないだろう。それなら、直接で自分で聞いた方がいい。
「おやおや。状況の説明が欲しいのは、こっちなんだけどねー・・・。まぁ、いいや。とりあず今回は、準備くらいさせてよね」
「準備?」
ブロッサムは、台詞の最後にロイの鼻先に指を突きつけた。城へ連行された時など、有無も無かったのだ。準備もせずに連れてこられたせいで、普段なら身につけている
しかし、そんな彼女にロイは小首を傾げる。ブロッサムは、きょとんとしている彼に明らかに不機嫌そうな半眼で声を上げる。
「お風呂入りたい、着替えたい、お腹すいた!」
「・・・だよなぁ~」
ロイは、彼女の剣幕に気圧されて後ろ頭をかきながら弱った笑みを浮かべる。しかし、アルディオが落ち着いた声で口を開く。
「そのくらいの時間ならあるだろう。こちらも、すぐには向かえないしな」
「まぁーな。じゃ、その辺りは、報告しておくよ。1時間後くらいに声かけに行くから用意よろしくな!」
「ほーい」
ロイは、腰に手を当てると右手を軽く上げた。こんな時間まで走り回っていたのに、アルディオ以上に元気な気がする。そんな彼に疲れたように手を上げ返すと、ブロッサムは溜息交じりに返事をしたのだった。
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