第20話 司祭長クリストス02

クリストスは、アルディオに頷くと要件を促すように彼に向き直った。夜中に城からの使いの騎士が突然やってきて、至急プリーストを派遣して欲しいと言われたのだ。ただ事ではないだろう。


しかし、アルディオは、険しく眉根を寄せる。




「その事についてですが、直接現場を見て下さい。詳しい説明は、俺よりも彼女の方が適任ですので彼女から」




そして、先ほどミランダと仲良さげに話をしていた少女を紹介された。身なりも雰囲気も城の人間とは思えない。普通の少女だ。だが、身に着けているアクセサリーは明らかに魔法道具マテリアだった。その為、彼と挨拶を交わしている間、気にはなっていた。


彼女は、軽く胸に手を当てると会釈する。




「初めまして、クリス様。ブロッサム・シューラ・アトライオスです」




その名を聞いてクリストスは、小さく瞳を見開いた。しかし、その変化に気づいた者は誰一人居ない。


幾人かお付のプリースト達がアルディオの行動に怪訝そうに眉を顰める。緊急で招集を受けた割に、騎士達を纏めている男は十代そこそこの子供だ。そして、この事態の説明をするのも彼とほぼ同じくらいの世代の少女。先代から何度もここへ足を運んだ事のあるプリーストは、ここの騎士団長や魔法医達とも顔馴染みだった。その為、どうにも胡散臭さが拭えない。


そんな中、ミランダだけは彼らとは違う意味で眉根を寄せる。そもそも、何故城に元教え子が居るのか。ミランダから見たブロッサムは、本当にどこにでもいる普通の子供だった。クラスで中心になるような子供では無かったが、成績も運動神経もそこそこ良かったし、問題行動も無く、友人達とは仲良くやっていた。しかし、少し気が弱く自分から進んで前に出るようなタイプでは無かった。


ブロッサムは、そんな場の妙な空気を感じながら軽く挨拶を終えると、扉を塞ぐようにかけらた白い布に手をかけた。そして、事態の説明をする前に見て欲しいものがあると彼らを礼拝堂の中へと招き入れた。


訝しみつつも彼女について中へ入った一同は言葉を失った。散乱した机に、奥の壁は一部吹き飛んでいる。何より部屋に倒れている大男だ。彼は、呪縛の呪文で縛られたまま淡く輝く魔法陣の中に居た。その浅黒い顔は、青を通りこして白く血の気が失せている。魔法陣の前には、大きな白い狼がちょこんと座っている。軽く手をあげるブロッサムにキアラは小さく頷いた。


近くまでやってきた一同は、動揺を隠せない。どよめく一同が各々に声を上げる。




「こ、これはッ・・・」


「ナナキ様!?」


「一体、何がッ・・・」




クリストスは、思わずブロッサムを振り返った。彼女は、彼の隣まで歩んでくると足を止め、ナナキを見下ろしたまま重い口を開いた。


ナナキを監視しているなら礼拝堂の中の方が都合が良い為、ここの警備に来た騎士達に移動させたのだ。外よりも礼拝堂の中は、聖域としての魔力マナが強く、祭壇に祀ってある水の精霊ネロアの加護が受けやすい。


しかし、何があったのか分からないクリストス達からしてみれば異様な様だった。普通の人間をこのような状態で拘束する事なんてまずありえない。その上、彼が横たわっている魔法陣は高位の浄化魔法だ。この状況を見れば見るほど混乱してしまいそうだった。




「分かりません。ですが、瘴気に長時間あてられた可能性が示唆されます」


「瘴気!?一体、どこで?」




ブロッサムの発した言葉にクリストスは吃驚する。城内は、全て聖域なのだ。城内にプリーストが滞在していなくとも、行事等で頻繁に訪れていたはず。その彼らが瘴気が発生しているなんて異常事態に気づかないわけがない。




「発生原因等は、まったく分かりません。というか、分かっている事実が無いと言った方が正しいですね。ですが、瘴気の発生の出所は、城のどこか」


「城内!?城内で瘴気の発生などありえない・・・」




ブロッサムは、視線をクリストに向けると淡々と言葉を続ける。そんな彼女の台詞にクリストスは思わず頭を抱えた。何が一体どうなっているのやら。ありえない状況を飲み込むことが中々出来ないでいた。しかし、チラリと後方に視線をやれば、そんな彼以上に状況についていけていないお付のプリースト達。


ブロッサムも思わず心中こころうちでそんな彼らに同意してしまう。正直、先ほどまでの自分も似たようなものだったからだ。今だって何一つ分からないが、彼らに比べたらまだ冷静でいられる。




「ええ。でも、現に先ほどまで城内には薄っすらと瘴気が立ち込めていました。それが、時間と共に薄らいで、今ではまったく感じられない。それに・・・」




クリストスの声にコクリと頷くものの、ブロッサムは見たままを述べる。しかし、現に自分の目で見たとしても正直いまだに信じられない。思わず台詞の途中に言葉を切ってしまう。そんな彼女にクリストスは、唾を飲む。




「それに、『彼』です。凶暴化に人間離れした筋力、理性も感じられなかったし何より・・・」




ブロッサムは、再度ナナキへと視線を移す。そして、小さな間ののちクリストスに顔を向けるとはっきりと言った。




「あの『ジャッカロープ事件』と似通っている部分が多いんです。司祭長様、あまり悠長な時間は無いと思えます」


「ジャッカロープ事件。俄かには、信じ難いですね。・・・ですが、ええ。これは、確かに」




真っすぐに向けられた彼女の視線に差し迫った様子が窺えた。クリストスは、小さく彼女の言葉を反復すると迷わずに魔法陣の中に踏み行った。そして、横たわるナナキの容態を確認する。その様をブロッサムもその他の一同も固唾を飲んで見守っている。


そして、ナナキを診おえた彼は振り返るとすぐにお付のプリースト達に指示を出す。その声に早々に動き出す一同。クリストスは、結界から出てくるとブロッサムの隣に並んで立ち、彼女に顔を向ける。




「少し準備に時間がかかります。結界用の魔方陣の作成後、彼を聖水で満たし、容態が安定するまでは光魔法での治癒を同時に行います」


「なるほど・・・。勉強になります」




ブロッサムは、彼の言葉に小さく感嘆の声を漏らす。しかし、彼女は、突然両肩を掴まれると無理矢理体の向きを変えられた。そこにあったのは、泣きそうで怒っているかのような複雑な表情を浮かべるミランダ。




「サム!それより、どうして貴女がこんな所でこんな事に巻き込まれているの!?」


「ッ・・・えー・・・っと、それは~・・・」


「先生、サムの事はよく知ってるのよ!それに、貴女は今、ラズワルドに行っているはずじゃッ」




ブロッサムは、思わず視線を宙に漂わせる。ここに至るまでの事情を下手に説明出来ない上、ミランダの口調はまるで悪い事をした生徒を怒っている先生のそれだった。なんだか複雑すぎて言い訳すら出てこない。どうしようかと困っていると、アルディオが無理矢理割って入る。彼女を掴むミランダの手を半ば強引気味に引き離すと、ブロッサムとミランダの間に体をねじ込ませる。




「ミラさん、彼女にはこちらの都合で色々と協力して頂いているんです。重要機密ですので、彼女への追求は遠慮して頂きたい」


「でもッ・・・」




ミランダは、ギュッと両手を胸の前で握ると悲痛にも似た声を上げた。教会は、12歳まで通えるのだが、その後の進路相談も担任の仕事だった。


教会を卒業した後は、働きに出る子が普通だった。稼業を継ぐ子もいれば、国を出る子もいる。しかし最近は、進学を希望する子供も多くブロッサムもその内の一人だった。しかも、ハヌマンの国からは珍しいカニングフォーク領の一つ、空中都市国家ラズワルドへ。


卒業前の進路相談会で、ラズワルドに行ける事を嬉しそうに話してくれたブロッサムの顔を、彼女は今でも鮮明に覚えているのだ。今頃、ラズワルドにある有名な魔法学校で勉強しているはずなのである。それなのに、このような奇妙な事が起こっている城内に教え子が居て、それも事件の中心に居るなんて。


クリストスは、ゆっくり歩でミランダの隣までやってくると彼女の肩にそっと手を置いた。そして、優しい声色で諭すように言葉を紡ぐ。




「ミランダ。今は、目の前の事象を片付けましょう。ブッロサム」


「は、はい」




いきなり名前を呼ばれて思わず声がどもってしまう。ブロッサムは、こんなに心配してくれるミランダに申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、顔をクリストスに向けた。




「貴女は、他に何かやる事があるのですか?無ければ、こちらを手伝って頂きたいのですが」


「怪我人がいるんです。そちらの処置に人手が足りていないので、出来ればそちらの手伝いに行きたいのですが」




ブロッサムは、ロビーの惨状とミハエル達の姿を思い起していた。あの様子だと魔法医達は、手伝いになど来ていないだろう。自分が行ってどこまで役に立つかは分からないが、ミハエル達を優先すべきだ。こちらには、クリストスが率いるプリースト達がいるのだから。


クリストスは、コクリと頷く。そんな彼の前では、ミランダが驚いた顔でブロッサムを見やっている。




「そうですか。分かりました。では、貴女はそちらに」


「ありがとうございます!」


「ブッロサム」


「はい?」




笑みを浮かべて大きく頭を下げるとすぐにでも踵を返そうとするブロッサム。しかし、そんな彼女を静かな口調で呼び止めるクリスト。


もう一度、クリストスに向き直ると彼は微笑を浮かべる。ブロッサムは、その様に小首を傾げた。




「このような状況で言うのも不謹慎ですが・・・。さすがルーカスの弟子ですね。今回のこの現場から、貴女は何か学べましたか?」


師匠せんせいをご存知だったんですか!?」




思わぬ名前にブロッサムは、びっくりして声を上げてしまった。クリストスは、どこか可笑しそうにクスクスと小さく笑みを零すと頷いた。その言葉には、ミランダも目を丸くしている。


しかし、ブロッサムは、力強く頷いた。



「はい!十分に。そうだ、師匠せんせいのファミリアのこの子を置いていきます。私なんかよりずっと役に立つ優秀な子です。キアラ、クリス様に協力してあげて」


「ええ、分かっているわ。行ってきなさい、サム」




ブロッサムは、歩み寄ってきたキアラの頭を撫でる。そんな彼女を見上げてキアラは、口を開いた。




「うん、ありがとう。それでは、失礼します!」




ブロッサムは、もう一度深く頭を下げるとアルディオに視線だけを送って駆けてゆく。彼も小さくだが、しっかりと頷き返した。先にミハエル達の所に行っているのだという無言の合図。


アルディオは、クリストスに向き直るとこれからの事について切り出したのだった。

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