第19話 司祭長クリストス

医務室を後にしたブロッサムは、一番被害が酷かったナナキ隊の警備場所へやってきていた。そこは、城の中央の玄関口にあたる広いロビーだった。真ん中には、二階へ続く幅広い大きな階段。高い天井には、豪華なシャンデリア。広いホールを支える大きな柱には、凝った装飾が一本一本施されている。そして、床石は鏡のように光輝いており、そこには自然が作り出す流動的な模様が描かれていた。ただ、城に招かれただけなら、このロビーだけでも感嘆の声を洩らし見惚れていただろう。


しかし、そんな広大で美しいロビーには、痛々しい姿で横たわる騎士達が沢山いた。左右に伸びる廊下からは、まだ動ける騎士達が傷ついた仲間達を連れて時折やってくる。


そんな彼らの中で、忙しく働くアルディオとミハエルの姿。先にやったピナは、比較的軽傷の騎士達の手当てにあたっていた。ブロッサムは、アルディオの姿を見つけると彼の隣に降り立つ。




「アルディオ!」


「キミか。彼のおかげで助かっている!他の魔法医は?」


「とりあず、一名だけなんだよね。でも、多分そろそろ・・・」




アルディオは、一人懸命に重体の騎士達の治療にあたってくれているミハエルの背を視線で指し示す。だが、ブロッサムは、少し眉根を寄せると小さく言い淀む。すると、そんな彼女の背から自分を呼ぶ懐かしい声。




「サム!」


「ジョンおじさん、バーバラおばさん!」




振り向けば、そこには壮年の男女の姿。男性は、茶色のサラサラの髪を短く切り揃えており、ちょび髭を生やしている。女性の方は、この辺りでは珍しい褐色の肌に白い髪。そして、赤い瞳の美人だった。二人は、ブロッサムの姿に駆け寄ると軽く抱擁を交わす。




「サム、帰っていたのか!それより、これは一体・・・」


「ルディ、ご苦労様。ゴメンね、こんな夜分遅くに無理なお願いしちゃって。でも、詳しい話は後だ。彼の指示に従って患者を診てもらえる?」


「ああ、分かった。すぐにとりかかろう」




ブロッサムは、二人の傍らに佇むルディの頭を両手で労うように撫でるとジョンに向き直る。そして、ミハエルの背を指す。ジョンは、ロビーの惨状に目を見張っていたが、彼女の言葉には大きく頷いてくれた。すると、こちらの姿に気づいたのか振り返ったミハエルが小走りにやってくる。ブロッサムは、ジョンの紹介を軽く済ませると後の指示をミハエルに任せた。


しかし、夫の後を追おうとしたバーバラが足を止める。そして、ブロッサムに顔を向けた。




「サム、ウチのバカ息子は?」


「あー・・・、帰るの誘ったんだけど、入学に向けて勉強しとかなきゃとかガラに無い言い訳してさ。無理やりテオつき合わせて向こうに残ってるんだよ」




ブロッサムは、少し言いにくそうに頬を掻きながら苦笑を零した。


彼女の息子のキキは、幼馴染で同じラズワルドの学校に通っている。だが、キキは、やたらと帰郷するのを嫌がるのだ。今回も帰郷するのに誘ったのだが、もう一人の同郷の幼馴染ティボルトを捕まえて残ると言い張った。


実の所、理由は知っているのだが、本人から固く口止めを食らっていた。そして、ティボルトもその理由を知っていた為、仕方なく彼に付き合うことにしたのだ。


こっちに居た時からよく三人で遊んでいたブロッサム達は、兄弟のように仲が良い。バーバラにとっても息子の友達二人は、自分の子供のようなものだった。それを知っているからこそ、息子の言い訳が嘘なのがよく分かる。


バーバラは、半眼で深く溜息を吐く。




「ったく、あの子は・・・。悪いね、二人とも。いつもいつも」


「ううん。夏の休みには、二人とも連れて帰ってくるから」




ブロッサムは、首を横に振ると微笑を零す。そんな彼女をバーバラは、もう一度抱きしめた。そして、夫の元へと向かう。その彼女の後ろを大きな鞄を咥えてルディが追っていく。そんなやり取りを傍から黙って見ていたアルディオが口を開いた。




「あの二人は?」


「幼馴染のおじさんとおばさん。カルディア一番の町医者夫妻だよ」


「キミの知り合いか、助かる。今回の事は、俺が責任を持とう」


「ッ・・・ありがと。先に言わなくってゴメンね」




ブロッサムは、アルディオの言葉に小さく慌てた。医務室で魔法医達とのやり取りにかなり頭にきていたのは事実だ。だから、彼らとの話が平行線な事に協力をあおぐ事を早々に諦めていた。


ああいう言い訳をする人間は、特に集団になると動かない。そんな彼らの説得に時間を費やす方が無駄だとブロッサムは判断したのだ。だから、手っ取り早く自分に協力してくれる人間を外部から呼んだのだ。


しかし、アルディオに言われて、今回の事が彼らにとってかなり重大な機密である事に気が付いた。頭に血が上っていたとはいえ、考えなさ過ぎたと反省する。しかし、アルディオは、微笑を浮かべて首を横に振る。




「いや、こんな状況だ。キミの迅速な対応には救われている」


「・・・」




ブロッサムは、大きく瞳を見開いて無言でアルディオを見上げる。正直、驚いていた。城に来て彼の笑顔を見たのなんて初めてなんじゃなかろうか。彼とは言い合いばかりしていて、こんなに優し気に微笑むなんて考えた事もなかった。


しかし、アルディオは、そんな彼女に少し心配そうな視線を送る。




「どうした?疲れたか?だが、もう少しだけ力をかしてくれ」


「えっ・・ああ、それは大丈夫」




ブロッサムは、慌てて両手を振った。だが、そこへ駆け寄ってくる一人の騎士。




「アルディオ様、報告致します!司祭様達がお見えになられました」




彼の報告にアルディオは、いつもの凛々しい表情に戻るとコクリと頷いた。そして、視線をブロッサムに向ける。




「分かった。すぐに向かおう。すまないが、キミも一緒に来て貰えるか?」


「うん。というより、元よりそのつもりだから」




ブロッサムは、笑みを浮かべて力強く頷いた。









礼拝堂まで戻ってきたアルディオとブロッサムは、その部屋の壊れた扉の前で警備の騎士と話をしている白いローブ姿の数人の男女の姿を目に留めた。その内の一人、細身の高身長の男性だけ、首から水色のストラをかけており、他の者達と違う事を窺わせた。アルディオは、迷わず彼に向かって声をかける。




「すみません、お待たせ致しました。近衛隊隊長のアルディオです」


「初めまして、司祭長のクリストスです。クリスとお呼び下さい」




クリストスは、柔らかい微笑を携えて利き手を差し出しす。彼は、物腰が柔らかく、腰まで伸びた淡いブロンドがよく似合う綺麗な男性だった。


ロスメルタの教会の司祭長は、最近交代したばかりでアルディオも会うのは今回が初だったのだ。かなり若い司祭だとは聞いていたが、予想より遥に若く感じた。そもそも、彼の前に居た司祭長が結構な高齢だったから余計にそう感じるだけなのかもしれないが。


アルディオは、そんな彼の手を軽く握り返す。しかし、彼が要件を口にしようと開きかけた時、割って入る別の声。




「サム!?」


「ミラ先生!?」




白いローブの集団から一人の女性が驚いたようにこちらに飛び出してくる。少し癖のある栗毛の女性。彼女は、驚いた様子でブロッサムを見ていた。アルディオは、チラリとブロッサムに視線を送る。




「知り合いか?」


「うん・・・。カルディアの教会に居たミランダ先生だよ。こっちに居た時は、教会の学校に通ってたから。それより、先生。そのローブってプリーストの・・・」




彼の言葉にあっさりと頷くブロッサム。


王侯貴族のように金のある人間は、より高度な学問や専門知識を教えてくれる学校に通う者も多いが、庶民は近所の教会へ通うのが普通だった。教会は、どんな町や小さな村でさえ一軒は必ず建っている。その為、大半の子供達は、教会へ行き基本的な読み書きや算数、歴史を習うのだ。


ブロッサムも例外ではなく、地元に居る間は幼馴染達と共に近所の教会へ通っていた。子供の数が少ない地域では、様々な年齢層の子供達が同じ部屋で一緒に勉強する事もあるのだが、ブロッサムの地域は割と子供が多かった。その為、学年ごとに教室が分けられており、一学年も三クラスほどあった。そして、教える側の人間には限りがあった為、担任になる者は持ち上がり制だったのだ。ミランダは、その時のクラス担任だったのだ。


当時、彼女は、アコライトで修道服を着用していた。プリーストは、あらゆる職種の中でも制服や規則にとても厳しい。だからこそ、金の紋様術もんようじゅつが施されている白ローブを着用している事は、彼女がすでにプリーストの資格を得ている事を意味するのだ。逆に、自分の姿に驚く元教え子にミランダは笑みを零す。




「ええ。貴女達が卒業した後、昇格試験に合格したの。今は、中央の教会に居るわ」


「そっか。おめでとう、ミラ先生」




ブロッサムは、嬉しそうな彼女の手を握ると祝いの言葉を口にする。しかし、そんな彼女達にアルディオが大きめの咳払いで割って入る。




「悪いが挨拶は後にしてくれ」


「そうですね。急を要するとのご連絡でしたし。それで、わたくし共が呼ばれた理由を詳しくお聞きしたい」

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