第18話 宮廷魔法医

「シューキ様!!解いて下さい!!僕らだけこんな所に閉じこもって、外では騎士達が傷ついてるというのに!」


「バカ言わないで!!外に出て、アレに襲われたらどうするのよ!!嫌よ、私はッ・・・私は、死にたくなんてない!!」




沢山の書籍と薬草類、魔法道具が整然と置いてある広い円形の室内には6人の男女が居た。全員、白を基調としたローブを着用しており、金の糸で縁などに刺繍が施してある。


一番年配の男は、窓側の前に設置してある大きな机の前に神妙な面持ちで両手の肘をついて座っていた。その前には、ロープでグルグル巻きに縛られた伸びた金髪を後ろで結っている青い瞳の美青年。そんな彼を取り囲むように黒髪で短髪のがたいの良い青年、美青年と同じ金髪を肩で切り揃えてあるがお世辞にもカッコイイとは言い難いおかっぱの青年、赤髪のいかにも気が強そうなのがそのキツイ緑の瞳から伺える美人、そして、どこか怯えて見える茶髪と同じ瞳の女性。


声を上げたのは、床に座ってグルグル巻きにされている美青年だ。そして、茶髪の女性が震える声でヒステリックにすぐさま口を開いたのだ。そんな彼らに年配の男は深い溜息を吐いた。しかし、男に変わって嗜めるように短髪の青年が言葉を発する。




「おい、口が過ぎるぞ。だが、俺達にどうにか出来る問題じゃないしな」




困ったように彼も後ろ頭をかく。だが、そんな彼とは対照的に楽観的な様子で金髪のおかっぱ青年が口を開く。




「まぁ、俺達じゃ行っても役に立たないし、今の所は死人が出るほどじゃないんだろう?だったら、わざわざ危ない事しなくてもいーじゃん」


「そうよ。それに、宮廷魔法医っていうのは王の為に存在するものよ。一般の騎士なんてついでよ、つ・い・で!」




赤髪の女は、腕を組むとフンと鼻をならす。そんな彼らの様子に年配の男は、軽く窘めはするがあまり強くは言わなかった。その代わり、床の青年に視線を向ける。




「これ、お前達。だが、我らが下手に外に出てやられてしまえば、王の身をお守りできんからな。とりあず、ミハエルの口を塞いでおけ」


「了解でーす!ちょっと大人しくしてろよ、天才君」


「んー!!んんーー!!」




おかっぱ金髪の青年は、彼の言葉にどこか嬉々として返事をする。そして、ポケットから白い布を取り出すと美青年の口を塞ぐように猿轡をかけた。美青年は、抗うように声を上げるが、口元の布に幅まれて何を言っているか分からない。


しかし、丁度その時だった。彼らの背にある扉から軽くノックの音が聞こえたかと思うと開いたのは。彼らは、咄嗟に美青年を隠すようにお互いの距離を縮めると扉に身体ごと向き直る。




「お邪魔するよ。ここの偉い人って誰?」




扉から入ってきたのは見知らぬ少女だった。淡いピンク色の髪に紫色の瞳。身につけている服もどうにも一般人のようだ。そして、傍らには大きな闇色の狼。しかし、彼女の言葉に座っていた年配の男は、思い当たる節があった。彼は、立ち上がると彼女の前に歩み出る。




「お前は・・・。そうか、貴女がアストレア様の弟子の。私だ。副室長のシューキだ」


「おや、私を知ってるのなら話は早いね。シューキ様、緊急事態なんだよ。魔法医を外に派遣してくれません?」




こちらを見上げて静かにそう言うブロッサムに、シューキは口元に携えた白い髭を撫でて首を横に振った。




「それは出来ん。王の容態がよくなくてな。我らが倒れるわけには行かんのだよ。事に、アストレア様の弟子の君なら」


「いい加減にしろよ。二言めには、アストレア様の弟子弟子ってッ・・・聞き飽きたよ。アナタ達だって、アストレア様の部下だろ?国一番の魔法使いの部下が、こんな所に引き篭もって言い訳ばっかして恥ずかしくないのかい?」




シューキの言葉を遮って、ブロッサムは怒りを抑えつけるように口を開いた。彼女の瞳は、こちらを見下ろすシューキに鋭く向けられている。しかし、そんな彼女に苛立たしげに声を上げたのは赤髪の女だった。




「貴女こそ、アストレア様の弟子の割りには聞いたこともない名前じゃない!それに、まだ見習いなんでしょう?偉そうにしないで!!」




彼女は、右手を腰にあてると少し顔を上に向けてブロッサムを見下げるように視線を向ける。


シューキの言葉にこの場の誰しもが目の前の少女が誰なのかやっと気づいた。そもそもブロッサムが城に召集される事を知っていたのは、上層部と迎えに行った騎士達のごく一部だった。しかし、いざ彼女が城にやってくるとその噂は一瞬で広まったのだ。


だが、彼女はやってきて毎日、ダンスホールの部屋と勉強用に用意された部屋、王族専用のダイニングルーム、そして与えられ自室の往復だった。そのせいで、城にブロッサムが居る事は知っていたのだが、姿までは見た事が無かったのだ。


そして、アストレアの弟子というだけでも想像が膨らむのに、彼女は割と覚えも早く優秀だったせいか、噂には尾ひれがつきまくっていた。おかけで彼らの想像の中のブロッサムは、物凄い人物と成り上がっていた。しかし、そこに現れたのは、何処にでもいる普通の女の子。


シューキは、わざとらしく大きな溜息をこぼす。




「確かに、目上の者に対する言葉遣いではないな。我らはここから動けんが、こちらに患者を運べばみ・・・」




パンッ



小気味好い音が室内に響き渡る。突然の事に驚いて、室内の視線が一気にブロッサムに集まった。彼女は、唐突に手を打ち鳴らしたのだ。少し下を向いていたブロッサムが顔を上げる。そこには、寒気がしそうなのほど、何の感慨も感じられないほどの完璧な笑顔。




「もういいや。ルディ❤」




彼女の声と共に傍らにいたルディが天を仰いで吠える。その瞬間、その場に居た者達は、突風のような圧力に襲われた。思わず倒れこむ一同。しかしそれは、通り過ぎるようにすぐに消えた。そして、尻餅をつく彼らの脇から一つの影が飛び出してくる。




「ありがとうございます、ブロッサム様!!助かりました!僕は、ミハエルと言います。感激です!!貴女の噂は聞いていましたから。会えて光栄です。はっ、こんな事言ってる場合じゃないですよね!患者は、どこですか!」


「えっ・・・・と」




ブロッサムは、突然現れた金髪の美青年に両手を握りしめられた。彼は、少し上気した頬で興奮気味に捲し上げる。彼女は、そんな彼に気圧されるように少し背を逸らす。しかし、そこへちょうど一人の騎士が飛び込んできた。




「シューキ様!」


「あ、あの人!!あの騎士さんが知ってるから、あの人の指示に従って!」




ブロッサムは、咄嗟に騎士を指さした。ここへ来たという事は、再度現場へ魔法医の派遣の要請をしにきたのだろうと踏んだのだ。ミハエルは、力強く頷くと騎士へ駆け寄ろうとして突然止まる。




「分かりました!!あ、ちょっと待って下さい!すぐ用意しますからッ」




彼は、バタバタとありったけの薬や包帯やらを首から斜めにかけていた鞄に詰め込む。そして、鞄の蓋が閉まらないほど詰め込み終えると騎士の元に駆け寄り、二人してこの場を後にした。


その様を半ば呆然として眺めているブロッサムをルディが見上げて首を傾げる。




「サム、俺の仕事は終わりか?」


「・・・そーだね。いっそう、医務室ごと吹き飛ばしてやろーかと思ったけど、行ってくれるならいっか」




ブロッサムは、ポリポリと頬をかきながら、どこか拍子抜けしていた。しかし、そんな彼女の言葉に残りの魔法医達は顔を青くする。室内は、机の上に置いてあった書類は散乱しているものの、その他はまったくの無傷だった。魔法医達にも怪我はない。だが、先程の突風のように押し寄せる魔力マナの圧力に、彼女が従える獣がいかに化け物じみているかが窺えた。なら、その隣に立つ少女は、いかほどに強いのか。想像するだけで背が寒くなる。




「「「!!」」」


「ブ、ブロッサム様!?」




シューキは、慌てて立ち上がると小さく震える声で口を開く。ブロッサムは、そんな彼に向き直ると笑みを浮かべて、世間話でもするかのような軽い口調で話出す。




「冗談だけど、それくらい怒ってたっては・な・し❤いいよ、君たちが使えないこと分かったし、人手は外から調達することにするよ♪」




しかし、そんな彼女とは対照的な魔法医達。短髪の青年とおかっぱの青年、そして赤髪の美女も慌てて立ち上がる。




「わ、我々は、間違った事など何一つしていない!!」


「そ、そーですよ~。俺達は、魔法医であって戦闘員じゃないですし、襲われれでもしたら・・・」


「そうよ!ここへ運べば安全だから言ってるんじゃない!!」




どこか言い訳がましく聞こえる彼らの訴えに、ブロッサムは人知れず呆れたように溜息を零した。しかし、座りこんだままの茶髪の女性だけは、ガタガタと震えて涙を零していた。小さく動く唇から漏れ出るような言葉をブロッサムは聞き逃さなかった。




「殺されるッ・・・だって私、殺されるッ・・・」




ブロッサムは、その妙な台詞に眉根を寄せる。しかし、彼女の様子に気づいているのは、どうやらブロッサムだけだった。他の魔法医達は、必死に各々言葉を発しているのだが、彼女は途中からそれらを聞き取るのをやめていた。そこへ羽音が一つ。振り返ると扉の前には、使いにやったピナが立っていた。




「サムさま、報告いたします・・・何かございましたか?」




部屋の人間達の様子に、彼は困惑気に首を傾げた。彼に向き直ったブロッサムは、呆れたようにチラリと彼らに一度だけ視線をやるだけだった。




「おや、お帰り。色々とね~。そんな事よりどうだった?」




ピナは、ブロッサムに顔を向けると飛び回った城内の様子について語り出した。彼の報告によると、どうやら城内に配備されていた騎士達の8割ほどが負傷しているようだ。特に、クラウディアと遭遇した者達よりも、ナナキが暴れ回った後の方が酷かったようだ。


ナナキとナナキの部下が待機していた室内は、地獄絵図だったようで、そこに居合わせた騎士達の大半が動かせないほどの重症患者だった。


ブロッサムの後ろでその話を聞いていた魔法医達は、言葉を失っていた。しかし、ブロッサムは、ピナに先程渡したブローチがちゃんと原型が留めている事に安堵する。そのブローチがそこにあるという事は、彼の身には何も無かったという事だ。


そして、もう一つ彼の報告から分かった事は、クラウディアの姿がどこにも見当たらなくなったということだ。どうやら、外へ逃げた痕跡も目撃情報も無かったようだ。


騎士達は、主に城内への配置にしてあるが、城の外への逃亡も避けるために、城壁にも一定距離で騎士達が配備してあった。その彼らは、全員無傷で何者にも遭遇していないらしい。


ブロッサムは、溜息を吐きながら後ろ頭をかいた。どうやら、あんまりここで悠長にしている時間もなさそうだ。




「おやおや、結構大変な事になってるね。ルディ、家に帰って薬とってキキのおじさん達拾ってくるのにどのくらいの時間かかる?」




ブロッサムは、傍らのルディに問いかける。しかし、ルディは鼻を鳴らすと得意気に答えた。




「俺を誰だと思ってるんだ?サム。ンなもんすぐだよ、すぐ!」


「フフ❤さすが兄弟、頼りになるね!なら、リナには話通しておくから、家で荷物とっておじさん達に事情説明してこっちに来てもらって」


「おう!」




返事をするや否や、ルディの姿は一瞬でかき消えた。後に残ったのは、一陣の風だけだ。そんな彼の背を見送るように、扉の外を見やるブロッサムにピナが飛びつく。




「サムさま、わたくしは?」




こちらを真っ直ぐにに見上げるピナに、彼女は小さく笑みをこぼすとその頭にポンと手をのっける。




「じゃ、リナに繋いでくれる」


「かしこまりました」




ピナは、頷くと彼女から離れ、瞳を閉じて精神を集中させる。少しの間して開けた瞳は、どこか視点が定まって居なかった。そして、その唇が紡ぎ出す声は、少年のそれでは無かった。低く落ち着いた男性の声。


通話の相手は、家にいるリナルドだ。ブロッサムは、城で起きている事を簡潔に話した。自分達が襲われた事を除いて。リナルドの事だ。もし、そんな事まで話すと直々に城に乗り込んできて連れ戻されかねない。


それなので、ルディがそちらに薬等を取りに戻った事だけを伝える。すると、リナルドは、少し渋い声で了承してくれた。ブロッサムは、ピナの瞳を通じてこちらに心配そうに視線を送るリナルドに笑みを浮かべると礼を言って通話を終えた。




「ぴーちゃん、ありがと。じゃ、これ持ってロイの所に行って手伝ってきてあげて。さてっと・・・」




また一度、瞳を閉じて開いたピナは、いつもの彼に戻っていた。ブロッサムは、ピナの頭を撫でるとパチリと指を鳴らす。出現したのは薬箱だった。もしもの時の為に、使えそうな薬や消毒液、包帯等を詰め込んで持ち歩いているのだ。それをピナに渡すと、ナナキ隊の待機場所に居るロイの元に向かわせた。理由は、二つ。一番人手が足りていない事と安全性が高い為だ。


ピナは、力強く頷くと薬箱を持って、また飛びたって行った。


そして、ブロッサムは、こちらを呆然として見つめている魔法医達に向き直る。そんな彼女に、シューキが少し険しい顔で口を開く。




「ブロッサム様」


「私に“様”は不要ですよ、シューキ様。なんたって私は、ただの見習いでございますから」




ブロッサムの顔から、いつの間か笑みは消えていた。シューキは、落ち着いて小さく皮肉を口にする彼女に更に眉根を寄せる。


彼は、ブロッサムに苛立ちを覚えていた。彼女の態度だろうか?それとも、口調か?そのどっちもで、それ以上にアストレアの弟子だというのが気に食わない。


アストレアも彼からすれば若い魔法使いだが、彼女には見合う実力と気高さがある。彼女の力を見た時、敵わないと痛感した。それと同時に湧き上がってきた畏敬の念。シューキにとってここで副室長を務めているという事実は、彼女の右腕であるとう自負だった。


しかし、少なからずここに居る魔法医達には、彼と同じような念があった。ここに居る者達全員が崇拝に近い意味でアストレアを敬っている。だからこそ、この目の前の何の変哲も無く見える少女がアストレアの弟子特別だという事実が受け入れ難かった。




「では、ブロッサム殿。勝手がすぎますぞ。いくらアストレア様が師であったとしてもこのような勝手な振る舞いは貴女の敬愛する師の立場を危うくしますぞ」




シューキは、厳しい口調であくまで諭すようにブロッサムに語りかける。その様子を残りの三人が険しい顔付きで見ていた。ブロッサムは、黙って彼の言葉を聞きながら、そんな三人の様子も視界に入れている。ただ、茶髪の女性だけが座ったまま、こちらに見向きもせずに、床の一点を見つけめて震えていた。


ブロッサムは、改めてシューキを見上げる。語り終えた彼は、どこかしたり顔だ。なんとなくだが、先程飛び出して行った彼以外の魔法医達から自分に敵意が向けられているのは薄々気づいていた。こんな事は、初めてじゃない。彼女にしてみれば、よくある事だったからだ。さすがに理由までは窺い知れないが。


ブロッサムは、静かに口を開いた。




「シューキ様は、自分の大事な人が目の前で苦しんでいたら手を差し伸べられますか?」


「当たり前だ」




シューキは、長く蓄えた顎髭を撫でながら即答した。




「では、自分に関係ない人なら?」


「ッ・・・それは」




シューキは、言葉に詰まった。こちらに真っ直ぐに向けられた彼女の瞳から、すぐにでも視線を逸らしたかった。しかし、先に逸らしたのはブロッサムだった。彼女は、シューキの前から二、三歩歩んで少しずれると室内を見渡す。これだけの薬草や魔法道具マテリア、この国ではほとんど手に入れる事が出来ないだろう。それくらい何もかもが充実している空間だった。


ブロッサムは、シューキに視線を戻す。




「綺麗ごと言うつもりはありませんよ。出来ない事も救えない事もこの世界にはたくさんありますから。でも、今回の事は、“出来る事”で“救える事”ですよね?」




そう言われてシューキは、視線を合わせる事が出来なかった。しかし、おかっぱの男が引きつった笑みで口を挟む。




「そ、それは、そーかもしれないですが、俺達には王をお守りするという大事な使命がッ・・・」




そこまで言って男は、言葉を失った。こちらを見やるブロッサムは満面の笑み。すると、可笑しそうに声すら零して笑い出した。その様に一同は少し恐怖を感じる。そして、彼女は、一通り笑い終えるとその笑みのまま口を開く。




「いらないな~♪私なら、アナタ達みたいな部下❤ああ、そうだ。さっき、ここのちゃちい防御魔法かち割ったんで、ここに居ても外に居ても危険はどっちも同じですよ、先輩方❤」


「「「「なッ・・・」」」」




彼らは、思わず周囲を見渡した。言われて初めて気づいたのだ。先ほどの狼の咆哮は、自分達に対しての威嚇ではなく、この医務室に三重に張った結果を打ち破ったものだという事を。ブロッサムは、薄い笑みのまま彼らに視線を送る。




「それじゃ、後どうするかは皆様で存分に話あって下さい」




彼女は、それだけ言うと軽く頭を下げた。そして、扉をくぐって部屋を後にすると杖に座って飛んでゆく。その背を見やりながら、室内では怒りに震えた赤髪の女と青筋を立てたおかっぱ男が口々に叫んでいた。




「なんなのよッ、あの小娘!!」


「ハッ、師匠が凄いからって自分も凄いとか思ってるんじゃないのかッ?」




ブロッサムは、杖に乗ったまま後方から聞こえてくる罵倒に舌を出した。




(聞こえてるっつーの)

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