第16話 何が何やら・・・

「サムさま!!」


「ぴーちゃん、怪我とかしてない?」




腰元に軽い衝撃を覚えて、視線をやった先にはピナが心配そうに抱きついていた。ブロッサムが彼の頭を優しく撫でていると、そこへ二匹の狼が駆け寄ってくる。




「「サム!」」


「ルディ、キアラ、助かったよ。二人ともありがとう」




ブロッサムは、そんな二匹に軽いハグをして、撫でやりながら感謝の言葉を口にする。本当に、この二匹が飛び込んでこなければどうなっていたのか。考えるだけでも恐ろしい。気持ちよさげに撫でられている二匹だったが、キアラが彼女を見上げて口を開く。




「帰ったらリナにも言ってやりなさい」


「あはは。やっぱり、リナか。この状況話したら怒られそうなんだけど・・・」


「だったら、今すぐ帰ろーぜ!」




ブロッサムの脳裏を説教姿のリナルドが過る。その絵に苦笑と共に気まずそうに視線を明後日の方向に逸らした。そんな彼女に、ルディがじゃれるように飛びつく。しかし、彼らの元に駆け寄ってきた騎士は、よろけて倒れこむようにその場に膝をついた。そして、地面に額をつけて懇願する。




「お願いですッ・・・お願いします!!あの方をッ・・将軍をどうかお助け下さい!ブロッサム様!!」




ブロッサム達が無言でそんな彼の姿に視線を向けていると、ロイとアルディオも二人の元にやってきた。身を屈めて伏せている騎士の背は震えていた。小さくすすり泣きのような声も聞こえる。ロイは、そんな彼の隣に片膝をついて座ると優しくその背に手を置いた。そして、ブロッサムを見上げる。




「ブロッサム、なんとかならないのか?」




アルディオも何か言いたげに彼女に視線だけを向けていた。ブロッサムは、小さな間ののにち、深く息を吐いた。


何かを察したのか、飛びついていたルディがそんな彼女から身を離す。ブロッサムは、後ろ頭を掻くと、呆れたような困ったような複雑な表情で騎士の背とロイ・アルディオに視線を送る。




「ハァ・・・。あのね、前にも言ったけど私は学生だって。ここには、師匠せんせい程といかなくても魔法医がいるだろう?プロに頼みなよ」


「あの人達じゃ無理です!!姫様の事だって何一つ分からないしッ、それにッ・・・それにッ」


「?」




突然、騎士はバッと顔を上げると怒号の交じった悲痛な声をあげた。そして、悔し気に言葉に詰まる。そんな彼にブロッサムは、小さく眉根を寄せると小首を傾げる。




「俺達がこんなになっても、医務室に篭城して出てこないんですよ!!診てほしかったら怪我人を連れて来いってッ。自分達は、絶対に部屋から出てこないッ・・・」




絞り出すように言葉を言い終えると、両の拳を床へと激しく叩き付けた。その様にブロッサムは、アルディオとロイにチラリと視線を送る。しかし、二人は、険しい顔つきで小さく視線を逸らした。握った拳が二人とも口惜しそうに震えている。


ブロッサムは、少し視線を天井へと外すと小さく考える。そして、今度はそっと息を吐いた。どうやらナナキを止めて終わりというわけにはいかなさそうだ。最初の謁見の間での依頼とは大きく異なるこの異常事態に、文句をついけて帰ろうかとも思ったのだが、そんな三人の姿に小さな怒りが込み上げてきた。


ブロッサムは、騎士に歩み寄る。そして、膝をついて座ると彼に両手をかざして回復呪文を唱える。




「・・・ブロッサム様」




騎士は、温かな光に顔を上げると少女を見上げた。そんな彼の眼差しは、期待に満ちていた。しかし、ブロッサムは、回復を続けながらきっぱりと口を開く。




「私には、出来る事も持ってる知識も力も限られてる。だから、出来ない約束はしない」


「ッ・・・ッ・・・」




真っ直ぐこちらの瞳を見やるブロッサムに、騎士の瞳からいくつも滴が流れ落ちる。だが、そんな彼に彼女は言葉を続けた。




「とりあず、今優先すべきはアナタの治療。そして、将軍の状態の確認だ」


「ブロッサム」


「ブロッサム様」


「まぁ、あんま期待はしないでよ」




嬉しそうに声を上げるロイと騎士。傍らのアルディオは、小さく吃驚したように瞳を大きく開けて彼女を見やった。だが、ブロッサムは、苦笑を零すと軽く肩を竦めたのだった。


ブロッサムは、騎士の治療を終えると教会の外に倒れている将軍に近づいた。そんな彼女についてアルディオ達も彼に近づく。


ブロッサムが騎士に治療を施している間に、倒れたナナキの元に先に居たキアラとルディがそんな彼女に顔を向ける。二匹は、この狂戦士バーサーカーが目を覚まさないように見張っていてくれたらしく、光魔法で倒れた彼を拘束していた。


ブロッサムは、念の為に眠りの魔法をかけてナナキの意識が戻らないようにしておく。しかし、これもどこまで効いているのかは正直分からなかった。もしかすると、まったく効力が無いかもしれないが、保険をかけておいても損は無いだろう。


ナナキに近づいたブロッサムは、仰向けに倒れたナナキの顔を覗き込んでいた。その顔は、白目をむいて泡を吹いている。起きていてもこの状態でも、どっちも怖い顔なのは変わらない。


アルディオは、少し険しい表情で、どこか興味深げにナナキの様子を観察している彼女の隣に立った。




「どういう風の吹き回しだ?」


「?」




ブロッサムは、視線を隣のアルディオに移すと首を傾げる。単純に彼の言葉の意味が分からなかった。しかし、アルディオは、どこか怒っているようで不機嫌そうにナナキを見下ろして言葉を続ける。




「先ほどと言ってる事が違うじゃないか?」




ブロッサムは、小さく考えて溜息交じりに口を開く。




「キミは、よほど自分に自信がある人間なんだねぇ」




呆れたようなその声に、アルディオは更に眉根を寄せると彼女に顔を向ける。こちらを見やっていたブロッサムは、また視線を倒れたナナキに戻していた。そして、腕を組んで右手を軽く顎にあてると表情を変える事無く、淡々と言葉を紡ぐ。




「別に違わないさ。私は強くない。だから、一番の優先順位は、私の家族達を危険に晒さないこと。その二、何も分からない状況で、下手に希望を持たせる台詞は言わない。出来なかった時の絶望は、計り知れないからねぇ~」




ブロッサムは、顎にあてていた手を離すと、人差し指と中指だけを上げてアルディオに向ける。そして、彼に顔を向けるとどこか楽観的に言葉の最後を締めた。しかし、アルディオは、相変わらず険しい表情のままだ。




「なら、今は出来るのか?」


(どうして、二択しか答えが無いんだよ・・・)




ブロッサムは、思わず固まった。彼に向けていた右手の指が俯くように小さく曲がる。どうしてだろう。アルディオと話しをしていると感じる疲労感。


ブロッサムは、大きな溜息を吐いてから口を開く。




「だぁーかぁーらぁー・・・。もう、いいよ。キミが私を嫌いなのはよぉーく分かった。それにしても人がオーガ化か・・・」




反論しようかと思って声を上げたが、唐突に面倒くさくなった。何やらここ数日、彼と顔を突き合わせる度に同じような事をやっている気がする。言葉の途中で頭を振ると、倒れるナナキに視線を戻した。




「こんなの聞いた事ないわね」




優雅に歩んできたキアラが、ブロッサムの隣に並ぶとナナキに視線を落とす。ブロッサムの奥では、納得のいかなさそうな表情のアルディオが不機嫌に立っているのが視界の端に入った。しかし、そんな彼の相手をしないと決めたのか、ブロッサムはいつもの調子で口を開く。しかし、その声色はどこかいつもより低く聞こえた。




「そーでもないさ。自然にってのじゃなくて、故意的にってのならありえない話じゃぁない」


「故意的!?」




ブロッサムの台詞に背に居るロイが声を上げる。彼女は、そんな彼にチラリと視線だけを送ると言葉を続けた。




「そっ。大昔にそーゆヤバイ実験魔法を試してたって話があるしね。ただ、召喚と憑依の融合魔法の場合、もっと異形な姿になるもんなんだよ。それが人間の原型は留めてるってゆー所が気になるんだよなぁ。自然に徐々にオーガ化なんて・・・」




ブロッサムは、転がるナナキを見下ろしながら無意識に口元に手をやると眉を寄せる。学校の授業でも幾つか禁術については学んだし、個人でも調べた事がある。だが、そんな中にも彼のような症状に当てはまるものなど無かった。悩む彼女の腕と胴の間に顔を無理矢理ねじ込んできたルディが撫でて欲しいとアピールしながら何気なく口を開いた。




「ふーん。なんか難しくてよく分かンねーけど、この瘴気が関係してるんじゃねーのか?」


「「瘴気?」」




口元から手を離して視線をルディに向けたブロッサムと、彼の言葉に視線を向けて不思議そうに零したアルディオの言葉が綺麗に重なった。そんな二人の少し後ろで話を聞いていたロイが二人を見やるとしみじみと言葉にする。




「お前ら、なんだかんだ言って意外に気が合うよな」


「「・・・」」




気まずそうに口を紡ぐアルディオ。そして、不服そうに半眼になったブロッサムは、ルディに向かって声を上げた。




「って、瘴気なんてどこに?」


「どこって、辺り一体。見えンだろう?ここは、聖域に近いから薄いみてーだけど、他はもう少し濃かったぞ」




ルディの台詞にブロッサムは、訝しげに首を捻る。そして、辺りを見回すがこれといって気になるものが目に入る事は無かった。彼女は、ルディに視線を戻す。




「見えるって・・・何も見えないンだけど?」


「サム、眼鏡はどうしたの?」


「眼鏡・・・ッ!」




ルディの奥からキアラにそう言われ、眼鏡があるだろう目元に右手を伸ばす。しかし、そこには何も無く、その瞬間にかけていない事を思い出した。数日前、城に来た最初の朝に、不格好だからとセバスチャンと取り巻きのメイド達に外されたのだ。何度も言われるのは面倒なので、その日から眼鏡をかけていなかった。


そもそも視力が悪いからかけていた眼鏡ではない。どちらかというとブロッサムの視力は良い方だ。それでも、彼女には見えないものがあった。力は、感じる事が出来てもそれらを『見る』事が出来ないのだ。


彼女は、慌てて指を鳴らすと眼鏡を定位置に出現させた。すると、足元に薄っすらとした闇色の霧が見て取れた。ブロッサムは、小さく震える両の手をゆっくりとあげると思わず頭を抱えて声を上げる。




「わ、わ、私のバカ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」




突然の彼女の様子にロイが驚いてビクリと肩を跳ね上げる。そんな彼の隣では、騎士も何が起こったのかさぱり分からない様子だ。




「ど、どうしたんだ?」


「俺に分かるわけないだろう。彼女の奇行の意味など」




アルディオがそんなロイの言葉に、深い溜息と共に返事をする。しかし、そんな二人のやり取りなどお構いないしに、彼女は、心打ちで一通り自分の凡ミスに落ち込んで責めた後、視界の光景に納得したように零した。




「なるほど。そういう事だったのか」


「分かったのですか!?」




騎士がそんなブロッサムの呟きに食いつく。彼女は、珍しく真剣な面持ちで少し言いにくそうに口元に手を当てた。しかし、ゆっくりと視線を後ろの騎士へと向けると言葉を続けた。

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