第15話 あなたは、だれ?03

「「「なっ!?」」」




三人は、言葉を失くした。そして、再度視線を大男へと向ける。そこには、めり込んだ壁から抜け出そうとする変貌してしまったナナキの姿。追ってきた騎士の男は、瞳にいっぱい涙をためて震える唇を噛みしめている。




「人間!?まったく、どーなんてんだよこの城ッ・・・・。悪いけど、君達にまでかまってあげられる程の余裕は無いよ」




しかし、ブロッサムは、躊躇無く杖を構える。その様に、アルディオが少し強く彼女の肩を掴む。




「何をする気だ?」


「そりゃ、倒すだろう。どんな手使ってもね」




ブロッサムは、キッと眉根を寄せると彼を見やった。ほとんど壁から抜け出した大男の前には、ルディとキアラがいる。彼女にとって二人は、かけがえのない大事な家族だ。このような訳の分からない事態で危険に晒すわけにはいかなかった。




「どんな手って・・・!?あれは、将軍なんです!!最近は、姫様の事で気が立っておられましたが、本来は部下思いのいい人なんですッ・・・助けて下さいッ・・アルディオ様ッ」




悲痛な声でそう懇願する騎士の瞳からは、幾筋もの涙が零れていた。何故、こんな事になってしまったのか分からない。しかし、目の前のナナキが正気ではない事くらいは理解していた。


彼の中には、これまでナナキと過ごした思い出が走馬灯のように思い起こされていた。入隊した時からとても厳しい男だったが、辛い時悩んだ時、友や親より親身に話を聞き励ましてくれた。王立騎士団としての心構えも教えてくれたのも彼だ。


変わり果ててしまったが、このような謀反を起こすような人間ではない。だからこそ、今の彼の姿が苦しんでいるように見えて仕方なかった。


しかし、低く落ち着いた様子で口を開いたブロッサムは、きっぱりと言い放った。




「・・・無理だね。人間がああなってるなんて。それに私にとっては、君達よりあの子達の方が大事だッ」




騎士は、その言葉に目を見開いた。そこから、一筋頬を伝って涙が流れ落ちる。震える唇は何も紡げない。しかし、そんな彼に変わって声を上げたのは怒りを滲ませたアルディオだった。彼女の肩に置いた肩に力が籠る。




「自分だけよければいいのか、キミはッ!?」


「キミには、状況判断力がないのかい?異様な様相に防御魔法を打ち砕く異常な腕力、何よりすでに彼には理性がない。そんなのに手加減なんて出来ないし、何よりアレは元に戻るのかすら分からないじゃないか!」




ブロッサムは、彼の手を払いのけると下から睨みつけるようにアルディオに迫る。だが、その言葉に、騎士が声を震わせて縋るように彼女に視線を送る。




「そんなッ!!アストレア様の弟子の貴女なら!!」


「魔法使いってのは、万能じゃないんだよ。所詮は、私達だってただの『人』でしかない」




彼女は、騎士に視線を向ける。しかし、アルディオがその台詞に嘲笑気味に口を開いた。




「やってもいない内から気弱な事だな」


「なんとでも言えばいいさ。私は、そんな無謀な賭けで大事なモノを危険に晒すのなんてゴメンなんだよッ」




ブロッサムは、傍らのアルディオに視線を戻すと怒りをぶつけるように言い放つ。


しかし、そんな不穏な空気を打ち消すよかのようにロイが唐突に両手の手の平を打ち合わせた。小気味よいその音に、小さく驚いて、アルディオとブロッサム、兵士までもが彼に視線を向ける。ロイは、呆れたように溜息を零したが、後半二ッと不敵な笑みを浮かべた。




「お前達、この状況下で喧嘩とか結構余裕だな。一人で無理でも三人ならなんとかなるカモだろ♪」


「「・・・」」




ロイは、一旦鞘に納めていた剣を抜く。そして、剣の柄を握る拳に力を込めるとアルディオとは逆側のブロッサムの隣に立った。彼の視線の先では、立ち上がった狂戦士バーサーカーと化したナナキと対峙して戦う二匹の狼の姿。




「ブロッサム、援護とか頼めるか?」


「・・・ハァ。まぁ、後方支援でいいのなら」




ブロッサムは、チラリと背にいるピナに視線を送る。この城から彼だけを脱出させてもいいのだが、こうも不足の事態が重なると、これから先だって何が起こるか分からない。不用意に一人で行動をさせるのは危険だ。だからこそ、彼から身を離すわけにもいかない。それに、接近戦なんてあんな相手では絶対に不利だ。なら、彼女のとる行動は一つだった。


ブロッサムは、少し気を削がれて溜息交じりに言葉を零す。ロイは、そんな彼女に力強く頷いた。




「おう!頼りにしてるぜ。行くぞ、アル!」


「ああ!」




そう言って二人は、暴れるナナキの元に駆けていくと二匹の狼と肩を並べて立った。しかし、黒い狼のルディと白い狼のキアラは、視界の端に二人の姿を捉えると低く唸る。





「なんだぁ、お前ら?邪魔だ!」


「どいてないさい。これは、私達の獲物よ!」


「まぁ、そーゆなって!俺達にも事情があるんだよ」


「なるほど、店に居たあの二人か。それより、どうなってるんだ?この異常な力はッ」




ロイは、小さく笑みを浮かべて二匹にそう口を開く。だが、ナナキを見据える瞳は少しも笑っていなかった。二匹をチラリと見やったアルディオは、それらが店にいた青髪の青年と銀髪の美女だと気づいた。しかし、立ち上がった狂戦士と化したナナキが、無造作に握った棍棒を二人と二匹に向けて叩き付ける。その場から飛びのく彼らだが、空を切って振り下ろされた棍棒は床を抉った。その様を見やりながら、改めて目の前の大男の危うさを実感する。


そんな彼らを後方から見やっていたブロッサムは、怪我をしている騎士とピナを振り返った。騎士に向かって口を開こうとしたが止めた。変わりにピナの小さな肩にポンと左手を置く。




「ピナ、この人のことお願いね」


「はい」




彼は、真っすぐに彼女の目を見ると力強く頷く。しかし、ブロッサムは、チラリと視線だけを騎士へと向けた。そんな彼女に様子に騎士は、ハッと気づくとコクリと首を縦に振る。どうやら、こちらの言わんとした事を悟ってくれたようだ。ブロッサムは、小さく笑みを浮かべると二人に自分からも少し距離を取るように指示を出した。怪我人とピナを戦いに巻き込むわけにはいかない。


ブロッサムは、二人が安全な位置まで移動した事を確認すると、大男と刃を交えている二人と二匹に向き直る。そして、杖を構えると先ほどとは違い少し長めの呪文の詠唱。彼女が言葉を紡ぐ度、周囲に力が集まってくる。それは、魔力が無い人間にさえ見えるほど強く、風も無いのに彼女の長い髪や洋服がフワリと揺れ、彼女自身が淡く輝いているように見えていた。


ブロッサムは、詠唱が終わると杖を対象へと向ける。そして、対峙する二人と二匹に向かって声を上げる。




「どいて、みんな!!雷轟撃ギャラ・ヴォルテクス




その声にキアラとルディは、傍らにいたアルディオとロイに突然突進すると、二人の服を加えて大きく飛びのいた。それを見計らってブロッサムは、暴走するナナキに向かって杖を振り下ろす。


ナナキを幾筋もの電撃が取り囲む。派手な音と光に轟音をまき散らす。その中心にいるナナキは、襲い掛かる電撃に天を仰いで叫ぶように大きく口を開いていた。そして、それらが収まった後には、体の至る所から煙を立ち昇らせ黒く煤けて呆けているように立ちすくむナナキの姿があった。その様に、ロイががポツリと声を漏らす。




「やった・・・のか?」


「「「!?」」」




だが、ナナキは、少しぎこちない動きで首を動かした。その視線が、こちらに杖を向けるブロッサムに留まる。

彼女は、そんな彼に引きつった笑みを浮かべて、構えていた杖を下ろした。そして、空いている左手を顎に当てる。




(威力あげても効かないなんて地味に凹むわー。でも、下手な魔法ぶち込んだら、体ごとバラバラにしちゃうかもだし・・・)


「どーしたもんかねぇー・・・」




先ほど襲い掛かってきたクラウディアに解き放った電撃魔法は、威力が割と低い方で対人用に動きを止めたりするのに使用される事が多いものだった。しかし、それでは異様な彼女を止める事が出来なかった。


だから、ナナキ相手には、攻撃用の電撃魔法を威力を調節して放ったのだが、ダメージを受けているようには見えない。いや、少しカクカクと首や手足を動かしている所を見ると効いているのかもしれない。しかし、どうやらそれを本人が自覚していないように思える。そうすると、彼は息の根を止めない限り向かってくるだろう。


しかし、動き出したナナキは早かった。獲物を握りしめた拳を振り上げ、ブロッサムに向かって走り出す。




「「「サム!?」」」




自分達には見向きもせずに、ブロッサム目掛けて突進してゆくナナキに、ロイと狼二匹は少女の名を呼ぶ事が精一杯だった。しかし、そんな大男の前に立ちふさがる影が一つ。それに向けて、スピードを緩める事無く駆けるナナキは、影に向かって邪魔だと言わんばかりに獲物を振り下ろす。だが、少し華奢に見えるその影は、ロングソードを真横に構えナナキの攻撃を止めた。その姿に、ブロッサムが瞳を見開いた。




「アル!」


「将軍、目を覚まして下さい!!彼女は、敵では無い!!」




床や壁を抉るほどの一撃を真正面から受け止めたアルディオは、頭上の狂戦士バーサーカーと化したナナキに声を上げた。しかし、ナナキは、低く唸ると振り下ろした棍棒に更に力を込める。耐えるアルディオが辛そうに歯を食いしばるが、その足元が少し床にめり込んでいる。


だが、そんなしぶといアルディオの姿に痺れを切らしたのか、ナナキは声を上げるとアルディオの胴元目掛けて横なぎに殴りつける。




「うっ・・ああ、ああああーー!!」


「くッ」


「アルッ!!」




軽々と吹き飛ぶアルディオの姿にロイの悲痛な叫び声が上がる。しかし、寸での所で自分と棍棒の間に剣を挟み込み、避けようと体を逸らしていたのが幸いした。


アルディオは、派手に教会内の机や椅子の上に殴り飛ばされたが、大きな怪我はしていなかった。すぐに身を起こしたアルディオの姿に、ロイはホッと胸を撫でおろす。だが、体を起こしたアルディオの目に一番に飛び込んできたのは、ブロッサムの目前まで迫った狂戦士バーサーカーの姿だった。


しかし、彼女は、既に詠唱を終えていた。迫る狂戦士の姿をしっかり見据え、彼女は杖を地面にトンと打ち付ける。




泥波紋ルトゥム・フルク・トゥアトッ」




ナナキの巨体がグラリと揺らぐ。固い城の床がまるで沼地のようにぬかるんでいた。そして、その泥濘でいねいから出ようともがく度、ナナキの巨体が床へと沈んでいく。


その隙にブロッサムは、全速力でナナキの元に駆けてゆく。そんな彼女の姿にアルディオが思わず声を上げる。




「お、おい!」




アルディオ以外の一人と二匹も彼女の予想外の行動にその姿を凝視していた。


ブロッサムは、狂戦士の懐に飛び込むと、その胴目掛けて力の限りにロッドをフルスイングする。そして、同時に唱え終えていた呪文を発動させた。




「次から次へと・・・。いい加減ッ、沈めぇぇぇぇ!!衝撃増響レ・フォース・インパクト!!」




ブロッサムの放った杖が狂戦士の胴体にめり込む。その瞬間、狂戦士とブロッサムの動きが一瞬止まったかのように見えた。しかし、突然ナナキの巨体が弾き飛んだ。ブロッサムが杖を振りぬいた後には、教会の壁さえ吹き飛ばし、中庭に完全に動きを止めたナナキが泡を吹いて転がっていた。それは、ここに飛び込んで狂戦士の巨体を吹き飛ばしたルディとキアラ以上の衝撃だった。その様に、アルディオとロイの額から一筋の汗が流れ落ちる。


華奢で細腕の彼女が、あんな巨体のナナキを軽々と吹き飛ばした光景が信じられない。あまりの出来事に少しの間、二人は微動だに出来なかった。ポツリとロイの口元から言葉が零れ落ちる。




「マ、マジか・・・・」




しかし、狂戦士を杖一本で吹き飛ばした当の本人は、どこか晴れやかそうな笑みを口元に浮かべていた。そして、軽く額の汗を拭うとトンと肩に杖をのっけって、空いている左手を腰に置く。




「ふぅー・・・。たまには役に立つもんだね。回復魔法が使えない僧侶志望の十八番魔法も」




後方でその様子を見守っていたピナが駆けだすとブロッサムの腰元に抱きつく。そんな彼の頭を見下ろして、彼女は優しく撫でる。


その光景を目にして、ピナと一緒に下がっていた騎士は拳を握ると小さく震わせた。彼女は、『無理』だと言ったが、あのナナキを止めた。まだあどけなさは残るが、現場での判断力と適応力の高さ。そして、度胸。それは、どこか国一番とうたわれているアストレアの背と重なって見えたのだ。きっとこの現状をどうにか出来るのは彼女しかいない。騎士は、そう確信すると彼女の元へと足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る