第14話 あなたは、だれ?02

「くそッ、下手に手が出せない!」




苦虫を嚙み潰したよう表情でアルディオは、悔し気に握った剣の柄に力を込める。隣に立つロイも二人の様子を同じように窺っているが、心境は彼と同じなのだろう。その表情が強張ていた。しかし、そんな二人の後ろに立つ数名の兵士達からは、感嘆の声が上がっていた。




「さすが、アストレア様のお弟子様だ!!普通の子だと思っていたが強いじゃないか」


「ああ。俺達でも苦戦している相手と互角だなんて!」


(互角!?ふざけんなッ!!防戦だけでもギリなのにッ・・・ちょっとカッコつけすぎたな、ヤバイ)




必死に凌ぐブロッサムの耳にそんな声が届く。心打ちで声を上げるが、今はそんな彼らに構っていられる余裕などない。段々と凌ぎきれなくなっているのが、自分ではよく分かっていた。避けきれずクラウディアが繰り出す剣の刃が数か所ほど皮一枚を切り裂く。ブロッサムは、魔法の構成を編み上げる。強力な魔法を使うなら、それなりに集中と長い呪文を要するが簡単なものならこんな状況でも素早く使える。




稲妻閃ラ・ジ・レール


「!!!!」




声にならない悲鳴を上げるクラウディア。杖と剣が交差したそこから稲妻がクラウディアに襲い掛かったのだ。彼女の体が弾かれるように後ろへと倒れこむ。その様を見ていた兵士達が声を失くす。




「「!!」」


「姫様ッ!!」


「姫ッ!!貴様、なんて事をッ・・・!?」




思わずロイとアルディオが声を出す。しかし、アルディオは、キッと鋭い瞳でブロッサムを見やった。しかし、肩で荒い息をする彼女は、片膝をついて地面に座り込んでいた。そして、倒れたクラウディアに視線を向けている。




「いい加減、大人しくッ・・・って嘘だろ!?」




クラウディアの様子を窺っていたブロッサムが声を上げる。慌てて立ち上がる彼女の眼前には、ユラリと不自然な体制で起き上がるクラウディア。まるで天井から糸が吊り下げられた操り人形のようだ。その様にも恐怖を感じるが、ブロッサムが吃驚の声をあげたのは、発動させた魔法だった。電撃系の最も威力の弱い魔法だったが、普通なら気絶して意識を飛ばすレベルのものだ。万が一、起き上がってこられたとしても痺れや痛みのダメージがあるはずである。容易に動けるものではない。


しかし、クラウディアは、小さく震えるとその端正な顔を鬼のような形相に染め上げる。そして、ただ立ち上がっただけの体制から、およそ人の動きでは想像もつかないような奇妙な動きとスピードでレイピアを突き出す。




「・・・ッして・・・どうしてッ・・・ああああッ」




よろけたようなその立ち姿からのまさかの動きに、その場に居た者達で咄嗟に動けた者は居なかった。しかし、ブロッサムだけは、彼女の動きを目で追えていた。ギリギリの所で身をかわそうと小さく足と肩が動く。




(避けッ・・・ダメだ!)




レイピアの刃が左肩にめり込む様が先に視界に入った。そして、後からじんわりと刺された部分に熱を感じる。ブロッサムは、脳裏をかすめたピナの姿に避けるのを止めた。あまりにも短い時間だった為、簡単な防御魔法の構成すら編む事が出来なかった。だが、利き手は避けされたし、あまり深くは刺さってはいない。




「サムさまッ!!」




悲痛なピナの声と共に駆け寄ろうとする彼の気配を察する。ブロッサムは、右手に持っていたロッドで咄嗟にクラウディアの腹を突く。しかし、彼女は、杖が当たる前に大きく後ろへと飛びのいた。その様に、兵士達から小さく恐怖の悲鳴が上がる。彼らは、思いがけず数歩後ろへと下がってしまう。


クラウディアは、まるで重力を感じないかのようにブロッサムを見やったまま華麗にフワリと着地する。彼女が飛びのいたのと同時にブロッサムの左肩に刺さっていた剣先も抜ける。しかし、ブロッサムの鮮やかな赤い血がクラウディアの顔に飛び散っていた。


だが、そんな光景に見入っている暇など無かった。眩暈にも似た揺れに、周囲に目をやれば椅子や祭壇がカタカタと小さく揺れている。そこで、床が揺れている事に気づいた。そして、それに伴って耳に届く地響き。遠くに聞こえていたような低く唸るようなその音が段々と大きさを増し、教会の扉の外で止まった気がした。


その瞬間、廊下側の壁をぶち破り現れたのは赤黒い肌に憤怒の表情の大男。そして、振り上げられた腕には丸太のような棍棒。


ブロッサムは、咄嗟に自分に駆け寄るピナを抱き寄せると大男に向かってロッドを掲げる。それと、ほぼ同時だった。こちらに顔を向けた大男がブロッサム達に向かって躊躇なく棍棒を振り下ろしたのは。




障壁盾リジェクトッ!!」




考えるより先に体が動いていた。ブロッサムは、素早く魔力を編み上げると小規模な範囲の防御魔法を展開する。大きな棍棒がブロッサムの目前で何かに阻まれるように動きを止めた。大男は、低く唸るとブロッサム達に棍棒を叩きつけようと力を込める。


そんな中、ブロッサムは、チラリと横目でクラウディアに視線を向けた。そこには、やはり視線の定まらない瞳で薄い笑みを浮かべているクラウディア姫の姿。先ほど狂気的に振り回していたレイピアも、今はダラリと下ろされた手に無造作に握られているだけだった。そして、どこか地に足がついていないかのようで、彼女の体は小さくだがフワフワと不安定に揺れている。そんな彼女と距離を置いて立ちすくんでいる兵士達は、突然の大男の乱入とクラウディアの様子に驚愕の表情で呆然としていた。


しかし、そんな周囲の光景など目もくれず、クラウディアはふいにレイピアを持ち上げた。すると、そこにベッタリとついたブロッサムの血が刃を伝って流れ落ちる。その様に、クラウディアは、紅い雫に唇を寄せた。そして、ブロッサムに顔を向けるとひと舐めする。すぐにまた力無く腕を下ろすが、薄い笑みが恍惚に歪む。その様に、ブロッサムは背筋が凍った。


だが、クラウディアは、ユラリと向きを変えると大男の横を通り過ぎ、彼が開けた大穴から廊下へと駆けてゆく。




「姫様ッ!!・・・ッお嬢ちゃん!」




我を取り戻したロイが叫ぶようにクラウディアを呼び止めるが、大男に棍棒を何度も叩き付けられているブロッサムも放っておく事など出来ない。彼女の左肩は、真っ赤に染まっており、大男と対峙する彼女は苦悶の表情だ。しかし、廊下側から兵士達の悲鳴が響く。どうにも出来ない自分自身の怒りと悔しさでロイは小さく震える。




「ここは、俺とロイに任せてお前達は姫を追え!!」




ロイの声に我を取り戻したアルディオが後ろの兵士に向かって急いで声を上げる。今度は、その声にロイが冷静さを取り戻す。




「ッ!!そうだな。俺達が守ってやらねーと!」

「ああ!」




ロイの言葉にアルディオは、コクリと頷くと剣を構え直した。






(このオーガ、一体どこからッ・・・それに、防御魔法がッ・・・)



高々と持ち上げられた鈍器が往復する度、展開している防御壁に綻びを感じる。腕力云々でどうこう出来る代物では無いはずなのにである。それに、どこからともなく現れたモンスターは、クラウディアには目もくれない。


視界の端では、アルディオが部下に指示を出し、後ろの扉からクラウディアを追わせた模様だ。しかし、そちらに気なんて逸らしていられない。もう防御壁が持たない。再度振り下ろされる巨大な鈍器が目前に迫る。息を飲んでブロッサムの瞳が大きく見開かれる。走るアルディオとロイは、間に合わない。




「!!」




棍棒が防御壁をぶち破る瞬間。大男を弾き飛ばす黒と白の槍。轟音と砂煙を巻き起こし、教会の壁に大男をめり込ませた。一瞬の事に、アルディオとロイには何が起こったのか分からない。しかし、そんな光景を目で追っていたブロッサムは防御魔法を解くと力無くその場に座り込んだ。そして、安堵の表情で槍の名を呼ぶ。




「ルディ!キアラ!」


「サム、ピナ、無事?」




砂煙の中から姿を現したのは、大きな白く美しい狼と漆黒の艶やかな毛並みの狼だった。流暢な人語で白い狼がへたり込むブロッサムとその腕の中に居る小さな少年に口を開く。しかし、二匹は、ブロッサムの怪我を見て目の色を変えた。




「お前かッ!!俺達の家族をいじめたのはッ・・・噛み殺してやる!!」


「許さないッ」




壁にめり込む大男に向かって低い唸り声と共に、黒い狼と白い狼が怒りの声を発する。そうした彼らの後方では、座り込むブロッサムにピナが震える声で潤んだ瞳を向けていた。体も小さく震えている。そんな二人のもとにアルディオとロイも駆け寄ると心配げに彼女を見やる。




「サムさま、怪我が・・・」


「お嬢ちゃん、大丈夫か!?」


「大丈夫だよ。そんなに深くはないからすぐ塞がる」




ブロッサムは、右手の平を傷口にあてていた。そこがほんのりと明かるく光っている。簡易の治癒魔法をかけているのだが、その間も視線は壁にめり込んでいる大男に向けられていた。アルディオは、その彼女の視線を追って同じように顔を向けた先の二匹の狼に目を留める。




「あのオオカミ達は一体・・・」


「店で会ってるだろう。それより、さっさとあのオーガ仕留めないと」




傷口が塞がったのを確認して、ブロッサムは治療を止めた。嫌な汗が流れる。この事態に巻き込まれた時から、頭のどこかで鳴る警鐘が鳴りやまないのだ。彼女は、傍らに置いていた杖を掴むと立ち上がる。しかし、声は、後ろから降って湧いた。




「ま、待って下さい!!あれは、あの方は、将軍なんです!!」




声に振り向けば、大男があけた大穴に一人の騎士が立っていた。だが彼は、ボロボロで兜から覗く顔には頭でも怪我をしたのか、幾筋かの紅い筋が走っていた。しかし、そんな事などお構いなしに、彼は、こちらにおぼつかない足取りで駆けてくると事のあらましを切羽詰まった様子で話出した。


彼は、ナナキ率いる隊の騎士なのだが、その隊長と同じ場所で複数の騎士達と待機をしている時だった。特に異変も無く穏やかな時間が流れていた。


今日も外れかと、そこに居る誰もが少し気を抜いた時だった。他の部隊の兵士が一人、息を切らし駆けこんできた。どうしたのか問うと、彼の息が整うのを待ったほんの一時。突然、ナナキが苦しみ出したのだ。驚いて駆け寄った近くの兵士達を、彼は有無も言わさずなぎ倒した。


何が起こったのか分からず、呆然とナナキを見やる兵士達の瞳が大きく見開かれる。顔を上げた彼の形相は、もはや人のそれではなかった。突然に暴れ出したナナキは、その様相までもいつの間にか変え、ひとしきり暴れて隊を壊滅させると、どこかに向けて走り去ったのだという。

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