第13話 あなたは、だれ?

「くそッ!!どこだ!怪我人の手当てを最優先だ!手の空いている者は、俺とアルについてこい!!」




一階のロビーでは、凄惨せいさんたる光景が広がっていた。多数の負傷した兵士達が床に倒れこんでおり、駆け付けた兵士達がそんな彼らの応急処置に追われていた。そんな中心で、ロイの怒号にも似た声が飛んでいる。彼の隣では、この受け入れがたい光景に無力さを痛感しているアルディオが床に視線を落として拳を震わせていた。




「何故だッ、何故こんな事にッ・・・」


「アル、しっかりしろ!これ以上の犠牲者が出ない為に、今夜こそ捕まえるぞ!それに、城にはお嬢ちゃんも居るんだッ!」




ロイは、そんな彼の両肩に両手をのせるとその手にぎゅっと力を込める。アルディオは、顔を上げると自分を真っすぐに見やるロイの視線に気が付いた。そして、キュッと眉根に力を入れると力強く頷いた。そして、無理やり連れて来たにも関わらず、文句を言いながらも自分達の為に努力してくれる少女の姿が目に浮かぶ。




「ああ、分かっている!彼女を巻き込む事は出来ない」


「アルディオ様、ロイ様!礼拝堂付近で目撃情報が!」




ロビーに駆けこんできた兵士が二人の姿を見つけるや否や、駆け寄って来るとそう口にする。二人は、顔を見合わせると頷いた。そして、駆けこんできた兵士と他数名の部下を連れ、報告の場所へと急いだのだった。










「だぁれ?アナタ、だぁーれ?」



静かな礼拝堂の中に微笑と共に少し高い可愛らしい声でそう問いかける少女の声が異様な雰囲気を解き放っていた。


彼女は、まるで人形のように整った美しい容姿に、柔らかそうな長いブロンドの髪。それなのに、彼女を引き立てるかのような碧眼の瞳はどこか視点が定まらず虚ろだ。透けるような白い肌には、清楚な見かけとは裏腹に胸元が大きく開いた漆黒のドレス。腰の辺りからフワリと大きく広がったスカートは、彼女の脚を隠してしまっているが、ユラユラと揺れるように歩む彼女の動きに合わせて、チラリと見える足元には黒いヒールの靴が見え隠れしていた。


そして、更に彼女に狂気を感じるのは、彼女の手に握られている一本のレイピア。そこから、赤い雫が数滴床へと流れ落ちていたのだ。


そんな彼女に少し距離を置き、対峙しているブロッサムはピナを庇うように立っていた。ブロッサムの表情は、硬かった。何故なら、今どうしてこのような状況になっているのか理解出来なかったからだ。ブロッサムとピナが礼拝堂の扉を潜って、ちょうど礼拝堂の祭壇前までやってきた時だった。先ほど廊下で感じた冷気のような気配に振り向けば、音もなく『彼女』が立っていたのだ。しかも、ブロッサムは、彼女の顔に見覚えがあった。




バタンッ




そんな時だった。自分達が入ってきたのと同じ扉が勢いよく開いたのは。駆けこんできたのは、武装したアルディオとロイを筆頭に数名の兵士達。彼らの目に飛びこんできたのは、ブロッサムと対峙するクラウディアの姿だった。




「「!?」」


「ブロッサム!?」


「アルディオ、ロイ!」




アルディオは、思わず声を上げていた。奥の祭壇付近に見えるブロッサムの姿に、少し距離を置いて立つクラウディア。彼女の手には、レイピアが握られているがブロッサムは丸腰だ。それに、礼拝堂はかなり広く、アルディオ達の位置からだと二人まで距離がある。クラウディアが動けば、アルディオ達は間に合わない。その焦りが思わずアルディオの口を開かせたのだった。


しかし、その様にクラウディアが小さく肩を跳ねさせた。そして、絞り出すように言葉を紡ぐ。その音量が段々増したかと思うと、憎悪の色に染まった瞳がブロッサムを映し出す。クラウディアは、ユラリと揺れたかと思うとブロッサムに向かってレイピアを突き出し迫る。




「どうしてッ・・・どうしてッ・・・どうしてなのッ!!誰ッ、お前は誰だぁぁぁぁぁ!!!」


「ッ!!」




突然の出来事にアルディオ達の誰一人として動けなかった。大きく目を見開く一同。声すら上げられない。クラウディアは、狂気じみた声で叫んだかと思うと一瞬にしてブロッサムとの距離を詰めていたのだ。だがしかし、次の瞬間キィィィンという甲高い金属音が響き渡る。クラウディアの剣をロッドで防ぐブロッサム。




「おいおい、何の茶番だい?これはッ」




冷や汗を流しつつ、ブロッサムは軽い口調で口を開く。だが、その瞳は一ミリたりとも笑ってなどいない。相変わらず視点は定まっていないくせに、狂気に滲んだ瞳でクラウディアは、レイピアを振り回すように攻撃を繰り出してくる。ブロッサムは、それを全て捌く。だが、踊るような軽い足取りでレイピアを振り回すように見えるクラウディアの剣は、素人のそれでは無かった。洗礼された剣士のような隙の無い攻撃。




「死ねッ、死ねッ!!邪魔な者は全部無くなればいい!!」


「ッ・・ったく、これだから温室育ちのお姫様って奴はッ!魔法使いだからって、ナメんなよ!」




ブロッサムは、レイピアと杖が交差した瞬間を見計らって弾くように押し戻す。少し距離を取らなければ危険だと感じた。そもそも魔法使いであって、戦士系ではないブロッサムは、あまり接近戦は得意ではなかった。まして、相手がそれなりの使い手なら接近戦なんてやっていられない。


しかし、なおもすぐに追撃してくるクラウディア。しかも先ほどより更に攻撃の速さが増している。




「イラナイ、イラナイ、イラナイッ!!お前なんてイラナイィィィィ!!!」


「ッ!?」




もはや、軽口など開いている余裕は無かった。ブロッサムは、繰り出されるクラウディアの剣を必死に捌く。背後のピナには距離を取らせているが、もし彼女との位置が逆にでもなったら、今度はピナが襲われるかもしれない。今の状態をキープするしかないのだが防戦一方だ。


そんな二人の元に駆け寄ってくるアルディオ達。丸腰だと思っていたブロッサムが、何とかクラウディアの攻撃を凌いでくれている様にホッと胸をなでおろしたが、彼女が危険だという状況が変わったわけでない。しかも、距離を詰めてみたものの、割って入る事が出来ない攻防を二人は繰り広げていた。

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