第12話 Let's探索

ブロッサムは、その後も聞き取り調査をすすめた。色々と世話を焼いてくれたぺルラには悪いと思いつつ、彼女に軽く記憶消去の呪文を施しダイナーを後にした。ブロッサムは、メイド服を拝借したまま、城内や城外の兵士達や厩舎従業員、ぺルラ以外のメイド達、出入りの業者に至るまで片っ端から話を聞いて回った。




「ああ、黒いお化けね。日没と共に城内入禁になってから有名な話よ~。その従業員が誰かって?さぁ、私も人から聞いた話だから誰かまでは・・・」




とある掃除担当のメイドは苦笑気味にそう言った。まるでありもしない怪談話を信じる者を少し小馬鹿にするように。




「城内のお化け?俺は、走り回る影だって聞いたぞ。なんでも高笑いをあげながら。それは、それで不気味だけどな」




立派な馬の世話をしているとある厩舎きゅうしゃ従業員の年配の男はそう言いながら可笑しそうに笑った。




「日没の化け物か。最初の一ヶ月は、えらく噂になってたな~。気になってお偉いさんの一人に聞いたら、笑ってたぞ。なんでも舞踏会に向けて大掛かりな事してんだとかなんとか・・・」




とある出入りの業者の若い男は、記憶の糸を辿ってそう言った。どうやら噂は、ここ数日の話ではないようだ。




「うーん・・・。別に、城に納品する物に変化はねーけどなぁ。ただ、そのお化けの噂は聞いた事あるぞ。影男だろ!きっと美しい姫様の噂を聞きつけてやってきた化け物だよ」




とある別の出入りの業者の中年の男はそう言った。彼は、王室とは長く付き合いのある老舗の店主だとかで、噂についてもよく知っていた。ここに来て初めて城内で噂のお化けの名前を聞いた気がしたのだが、ブロッサムにはそのような名称の妖精やモンスターに心当たりは無かった。


そんな彼らの証言にブロッサムの眉間には皺が刻まれる一方だ。どうやら最初にメイドのぺルラに聞いた『噂話』は大規模な範囲で存在しているようだ。従業員達も兵士も出入りの業者ですら知っており、語り種にはなっているようだが、ただの冗談だと思っているようだった。


そうやって朝早くから城内を駆け回っていたブロッサムが自室に戻った頃には、すでに夕食の時間が終わっていた。ダンスレッスンや勉強をさせられているより、よほど一日が過ぎるのを早く感じた。


夕食を口にするより先に、ブロッサムはベッドにダイブする。そんな傍らでは、ピナがお茶と軽い夕食のサンドイッチの用意を行っていた。今日一日、ブロッサムの代わりを務めてくれたエインセルは、部屋に帰ってきたと同時に礼を言って戻しておいた。




「ああ、疲れた・・・」


「お疲れ様でございます。何か掴めましたか?」


「んー・・・まぁ・・・」




ピナは、労いと共に二人分のカップに茶を注ぎ淹れている。そんな彼にベッドの上からは、どこか歯切れの悪い返事がうめき声のように漏れる。彼女は、顔だけベッド脇に置かれているテーブルに向けていた。ピナが茶を淹れ終わり、それをサンドイッチの皿の横にコトリと置いた様を目にしてようやっと重く感じる体をムクリと起こした。そして、ベッドを降りると席に着く。ピナも彼女の向かいに腰を下ろす。


ブロッサムは、彼が席についたのを確認すると食事の挨拶をしサンドイッチを頬張った。夕食のレッスンまでをエインセルに任せてしまった為、食べ損ねていたのだ。だが、堅苦しいマナーレッスンの一環で食さなければならない食事より、そろそろこうやって気兼ねなく食事をしたいと思っていたのだ。


美味しそうにサンドイッチを食べるブロッサムの姿にピナは小さく笑みを零す。彼は、夕食時を見計らって従業員用のダイナーからサンドイッチと菓子を拝借してきていた。ピナは、そんな経緯で手に入れた砂糖の沢山かかった白い丸いクッキーを一つ口に放り込む。甘い香りが一瞬にして口の中いっぱいに広がる。ピナは、思わず綻びそうになる頬に手を当てるが、その甘美な余韻に浸っていた。


そんな彼の様子を向かいで目にしていたブロッサムは、小さく笑みを零す。しかし、サンドイッチを半分程食べた所で、先ほどのピナの問の話を口にした。




「一環してあるのは『黒いお化け』と『不気味な影』の噂だね。そして、それを見た従業員が居たって事だ。ただ、日没後も城内に残っている騎士達は、口を揃えてこの話をはぐらかす。みんな『舞踏会に向けての準備だ』ってね」


「それはそれは、なんともよく分からない話でございますね」




ブロッサムは、そこまで話して一口サンドイッチにかぶりつく。向かいでは、甘美な世界から舞い戻ったピナが彼女の話に耳を傾けていた。しかし、彼は、小さく小首を傾げる。ブロッサムは、そんな彼に苦笑を零して頷いた。




「だよね。それに、ディア様の病気について誰一人触れないんだよ。兵士達は、みんな上からの指示で口を揃えるよういわれいるみたいだし・・・」


「まぁ、何かを隠している事は事実のようでございますね」




食事を続けながら言葉を発していたブロッサムは、 語尾を濁して溜息を吐く。ピナは、クッキーをまた一つ口に放り込みながら不可解そうにそう返した。


そうして二人が食事を終え、ブロッサムがティーカップに口を付けかけた時だった。向いのピナも両手で包み込むようにカップを持って同じように口にしようとする寸前に動きを止めた。そして、そのまま横目でチラリと彼は部屋の扉を見やった。その様に、ブロッサムが口を開く。




「おや、何か動いたかい?」


「いつもよりは、人の動きが騒がしいように感じます」




城内を慌しく動く人の足音を感じ取り、ピナは瞳を細める。ブロッサムは、クスリと口元に笑みを浮かべた。そして、ようやっとティーカップに口を付けると残りの茶を飲み干した。カップをコトリとテーブルのソーサーの上に戻す。そんな彼女に、ピナも慌ててカップの茶を飲み干した。




「そっか。なら、いっちょ夜の探索も行ってみますかね~」




そう言って立ち上がったブロッサムは、軽く伸びをする。外の気配を探りつつ、見張りの兵士達が持ち場を離れた様子をピナに確認する。そして、扉に向かって腕を伸ばすとパチリと指を鳴らした。すると、扉の外ではジャラジャラと鎖が外れ、ゴトリと重い何かが落ちる音がする。ブロッサムとピナは、顔を見合わせると部屋を後にしたのだった。








(いやぁ、お城って天井高いから助かるわぁ)



天井付近をロッドに二人並んで座ってフワフワと移動するブロッサムとピナ。光魔法を使って一応姿と影を消している。眼下には、ピナから報告を受けた通り、武装した兵士達が至る所に警備についていた。しかし、どこか慌ただしそうに兵士達が駆け回っている。




「おい、出たぞ!」


「どこだ!?広間か?」


「いや、一階のロビーみたいだ!」


(噂は、あながち冗談じゃないって事か。でも、『出た』って一体、何が『いる』んだろう?それにしても、部屋の外ってなんか寒いな)




情報が錯綜さくそうしているのか、兵士達は廊下に同じ兵士の姿を見やるなり、通りすがりに声を掛け合っては、甲冑をガチャガチャと鳴らしながら右へ左へ、上へ下へと走り去ってゆく。


眼下の会話を耳に挟みつつ、ブロッサムは体を小さくさすりながら小首を傾げた。暖かくなってきたと言ってもまだ春先。夜は、そこそこ冷えるせいか肌寒く感じる。


それにしても、妙な会話だと思う。探索を始めて数分後に聞いた会話では、東の塔に『出た』と言っており、ついさっき曲がった廊下では、南の大広間に『出た』と言っていた。そして、今はロビー。兵士達が駆け回っている様子を窺っていると、彼らが追っているモノが複数ではなさそうな事が推測された。しかし、『居た』ではなく『出た』という言葉が気にかかる。




「確かに、一階のロビー付近に人の足音がたくさんいたします。・・・?」


「どうしたの?ピーちゃん」




同じように眼下の兵士達を見やっていたピナがポツリと呟くように口を開く。しかし、ブルっと小さく身を震わし小首を傾げた。そんな彼に視線を向けるブロッサム。彼は、小さく眉根を寄せると両手で自分をきゅっと抱きしめる。




「なんだか、寒気がいたします」


「おや、風邪ひいちゃった?だったら、早めに切り上げて部屋に帰らないとね」




ブロッサムは、ピナの額に軽く手をあてる。そんな彼女の手の平の温もりに気持ちよさげにピナは瞳を閉じる。


しかし、ブロッサムの視界の端にふと何かが留まる。何気なくそちらに視線を向ければ、片方だけ少し隙間の空いた大きな観音扉。ブロッサムは、ピナの額から手を離すと杖を廊下へと降下させた。廊下に居た兵士達は、先ほどのロビー方面に全員駆けて行ってしまったらしく誰も居ない。割とざるな警備のやり方だなと思いつつ、こちらには都合がいい状況だった。


ブロッサムは、廊下に降り立つと指を鳴らして杖をしまった。そして、少し開いている扉に手をかけると覗き込む。




(確かこの部屋って・・・)


「礼拝堂・・・か」


「サム様、ここがどうかされましたか?」




だだっ広い堂内には、魔法の明かりが灯してあった。どうやら街の教会と同じで、いつでも誰でも祈りを捧げられるようにしてあるようだ。高い天井に神話をモチーフにした立派なステンドグラスの数々が目をひく。そして、幅広い真ん中の通路には、謁見の間と同じ真紅の絨毯が奥の祭壇まで伸びている。その両脇には、背もたれの無い長椅子が整然と並んでいた。扉は、今ブロッサムがのぞき込んでいる扉と奥の祭壇付近に同じく大きな観音扉がある。そして、立派な祭壇は、水の精霊ネロアのものだった。




「いや、ちょっとここだけ開いてたから気になってさ」


「特に変わった所はありませんね」




ピナは、ブロッサムの下から彼女と同じようにヒョッコリと中を覗き込む。二人して堂内を見渡すが特に変わった所は見当たらない。




「そーだね。キミの体調も気になるし、そろそろ部屋に・・・!?」


「サム様?」




唐突に言葉を切ったブロッサムを見上げてピナは小さく首を傾げる。ブロッサムは、扉に手をかけたまま廊下を振り返った。そして、左右を見渡す。そんな彼女の行動に何か危険を悟ったのか、ピナも廊下を振り替えるとブロッサムに身を寄せた。


ブロッサムは、異様な気配を感じとっていた。背筋をゾックリと駆け上がるおどろおどろしい空気を一瞬だけ。そんな気味の悪い感覚に、確信は無いがこれまでの経験から危険だという警鐘が頭の中で鳴り響く。




「サム様、足音が・・・」


「足音?騎士達かい?」




ピナが小さく震えてブロッサムの足に抱きつく。彼も何やら異常を感じ取ったようだ。ブロッサムは、声色を低くすると彼に聞こえる程の大きさで聞き返す。ピナは、小さく頭を振った。




「いえ、違います。もっと軽い・・・バタバタと聞こえる兵士達と違ってコツコツ・・・っと」


(何かがいるのは間違いないみたいだな)




ブロッサムは、小さく息を吐き出すと覚悟を決める。姿は見えないが、備えをしておく事に越したことはない。それに、相手が何のかすら分からない状況で、ピナを守りながら戦うとなれば、こちらが不利だ。ブロッサムは、左右の廊下を気にしながら礼拝堂の扉を少し更に開いた。そして、ピナの背に手をやって中に入る事を促す。




「ピナ、入って」


「ですが、サム様・・・」


「大丈夫だよ。ヤバかったら、城に風穴開けてでも全力で逃げるさ」




不安げなピナの声に、ブロッサムは彼を見下ろすと小さく口元に笑みを落としそう言った。ピナは、そんな彼女にコクリと頷くと礼拝堂の中へと足を踏み入れる。そして、ブロッサムも廊下を再度確認すると礼拝堂の扉を潜ったのだった。

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