第11話 火の無い場所に煙はたたない

「さてっと。こっちも色々落ち着いたし、いっちょ動くかな~」




4日目の早朝、割り当てられた城の客室でブロッサムは軽く伸びをしながらそう零した。今朝は、ピナもすでに目を覚まし支度を済ませている。セバスチャンがメイド二人を連れてやってくるまでには十分に時間がある。


ブロッサムは、初日に城に連れて来られた時と全く同じ私服姿だ。そして、首には真っ赤な血のような宝石があしらわれたネックレス。耳には、瞳と同色の紫色の水晶型の魔石マナ・ラピスのピアス。両腕には、ピナが初日の夜に持ってきてくれた濃いピンクの魔石マナ・ラピスがはめ込まれてある黒いブレスレット。言われなければ、彼女が身に着けているものはただのアクセサリーにしか見えないだろうが、全て魔法道具マテリアだ。


これが、宮廷魔法士や魔法正律結社マグナ・ルーメン、ハンターなどをやっている魔法使いならば、ローブ着衣やちょっとした武器も持ち合わせているかもれしれない。しかし、師の代理の仕事とはいえ、城に来てからこれといって身の危険を感じる出来事には遭遇していない。それに、ただお姫様の代理をこなすだけだ。武装をする必要などないだろう。


ブロッサムは、部屋の少し開けた家具が無い場所に立つと右手の指をパチリと鳴らす。すると、左手の平の上に魔導書グリモアが出現した。その本の上に右手の平をかざすと、それは淡く輝き勝手にページが開き出す。そして、とあるページでピタリと止まる。


今度は、右腕をそのまま前に突き出し小さく呪文を唱える。すると、部屋の床には複雑な模様が描かれた魔法陣が出現した。




「我、ブロッサムの盟約の名の下に出でよ、エインセル」




彼女の呼びかけに答え魔法陣は淡い輝きを増す。そして、その中央に姿を現したのは、水で出来た鏡を持った半透明の少女のような姿の妖精。彼女は、ブロッサムの姿に軽く会釈をする。


ブロッサムは、そんな彼女に小さく笑みを浮かべた。そして、かざしたままの腕をそのままに、更に呪文を続ける。




「穢れなき水の乙女よ ありのままの我を映せ!似映鏡像ファク・シミレ



彼女が解き放つ力ある言葉に、水の乙女の持つ魔鏡は、ブロッサムを映し出す。すると、妖精は、その姿をグニャリと変貌させる。そして、足元の魔法陣は消え、彼女の前には、もう一人のブロッサムが立っていた。並んで立つと、どちらが本物か見分けがつかない。ブロッサムは、もう一度指を鳴らして魔導書を消すと、傍らのピナともう一人の自分に交互にに視線を向ける。




「それじゃ、後は任せたよ」


「はい。おまかせ下さい」



ピナは、会釈と共にコクリと頷いく。ブロッサムに化けたエインセルも優雅に会釈をして答えた。ブロッサムは、そんな二人に小さく笑みを浮かべて部屋を後にしたのだった。









(ここは、ロッカールームか・・・)




セバスチャン達が来る前に部屋を抜けた出したブロッサムは、適当に開けた扉の中を覗きこんで部屋の中を見渡していた。彼女は、エインセルに自分の代わりを務めさせ、顔見知りに合わないように城の中を探索していた。エインセルには、ピナを付けてきたので、今日一日くらいならバレないように上手く凌いでくれるだろう。


この数日、ピナに城内を探らせていたブロッサムは、簡易ではあるが大体の城の内部構造を把握していた。どうやら、自分がクラウディア姫の代理をやらされる上で、ダンスレッスンや近隣諸国の勉強をさせられていた場所は、城の中心部分だったらしい。しかも、その辺りで働く使用人や騎士達は、王族の身の回りの世話や警備を行う事を許された身分の高い人間達しか行き来出来ない空間だったようだ。


しかし、だだっ広い城内だ。その中心部分ばかりに人が居るわけではない。その他の警備の騎士や使用人、城内に出入りする業者や町人達も居る。中心部分を外れて探索を行っていたブロッサムが目にしたのは、思っていた以上に昼間の城内には人の往来がある様だった。


そんな中、ふと人気ひとけの少ない通路を歩いていたブロッサムが無造作に開けてみたのが、現在のぞき込んでいる部屋だ。部屋には、ちょっとした棚が付いた木枠の長細い棚が幾つも置いてあり、その中には服や使用人用のメイド服がかかっている。

すると、突然背中から声が降って湧いた。




「まだ着替えてないのかい!って、見ない顔だね?」


「!」




ビクッと肩を震わせてブロッサムは振り返る。そこには、メイド服に恰幅の良い体を包んだ年配の女性が怪訝そうに眉根を寄せて立っていた。彼女の様子からすると、どうやらブロッサムの事は知らないらしい。ブロッサムは、胸の前で手を合わせると小さく小首を傾げながら咄嗟に口を開いた。




「す、すみません~。今日が初日なもんで、勝手が分からなくって」




その言葉に彼女の表情がパッと明るくなる。




「なんだい、新人かい!助かるよ~。今、人手不足でね。で、どこって言われてるの?」


「どこ?って・・・、いや、特には~・・・」




ブロッサムは、困ったように彼女からゆっくりと視線を外した。しかし、そんな彼女にメイドの女性は笑顔でコクリと頷いた。




「そうかい。まだ、決まってないんだねぇ。じゃ、とりあず、着替えてもらって、ダイナーから手伝ってもらおうかね」




彼女は、ブロッサムが覗き込んでいた扉を大きく開くと、その中にスタスタと入ってゆく。そんな彼女の後ろについて歩みながら、苦笑と共に曖昧な返事をするブロッサム。彼女は、親切に使っていないロッカーと制服をブロッサムに貸し与えてくれた。


彼女にメイド服に着替える事を促され、言うとおりに制服に袖を通すブロッサムの隣で、彼女は身振り手振りを付けながらペラペラとずっと口を動かしていた。ブロッサムは、愛想笑いを浮かべて、時折軽く相槌をうちながら聞いていたが、ほとんどの情報がどうでもいい話ばかりだった。そこで得られた情報といえば、彼女の名がぺルラで使用人歴が長いという事くらいだ。


着替え終えたブロッサムは、ぺルラに連れられてダイナーの広い調理場へとやってきた。こちらのダイナーは、主に騎士や城の使用人達用のものらしい。王族に出す料理は、専用の調理室で王族専用の料理人達が作るのだと彼女に教えられた。


広い調理室の一角で、井戸から水を引いている大きな洗い場には、沢山の野菜が山積みにされている。ブロッサムは、ぺルラと肩を並べてそれらの洗浄作業を行っていた。長い髪は、結ってお団子に纏めてある。そして、割と手際よく作業をこなすブロッサムをぺルラは気に入ったらしく世話をやいてくれる。おかげで色々と聞き出せそうだ。


ブロッサムは、山積みのジャガイモをまた一つ掴むとゴシゴシと洗いながら、それとなく切り出してみた。




「そーいえば、お城で住み込みで働けるって聞いていたんですけど、今は住み込めないってホントですか?」


「そうなんだよねぇ。私も住み込みで働いてるから困ってんだよ。詳しい事情は教えてくれなくてねぇ。でも、安心しな!住み込みの従業員全員、城下の宿屋で泊めてもらえる事になってるから!」


「へぇ~、そうなんですか。でも、詳しい事情を教えてくれないなんて、なんだか不安ですね。もしかして、姫様を狙った刺客が毎夜来る!とかですかね~」




ブロッサムは、冗談めかした口調でそう続けるとチラリと横目でぺルラを見やった。すると彼女は、こちらに顔を向け、驚いたように小さく目を見開いて沈黙していた。その様子にブロッサムは、少し緊張しながら彼女の言葉を待った。


だが、ぺルラは、突然ゲラゲラと大きな笑い声と共にブロッサムの背をバシバシと叩く。沈黙に反して予想外の反応と行動に虚をつかれるブロッサム。しかも、かなり強い衝撃で何度も往復するぺルラの手の平にブロッサムの息が一瞬止まる。可笑しそうに口を開くぺルラに、少し咽ながらブロッサムは顔を向けた。




「いやだよ、そんな物騒な!まぁ、アタシらみたいな下っ端は、同じ城に居てもディア様のお姿見る事なんて滅多に無いけどねぇ~。ただね、変な噂があるんだよ」


「噂・・・ですか?」




少し声色を低くして顔を近づけてきたぺルラに、ブロッサムは小首を傾げた。彼女は、人差し指を顔の位置まで掲げると言葉を続ける。




「そう!聞いた話なんだけどね。日が沈んでからの閉門後に、城の中の自室に忘れ物をこっそりとりに戻った使用人がいたらしいんだけど・・・」




ぺルラは、台詞の途中で一度意味ありげに言葉を切った。




「その人が見たんだってさ」


「見た?って何をですか?」




そして、続けた言葉にブロッサムは数度瞬きをして疑問符を浮かべる。ぺルラは、小さく眉根を寄せると神妙な面持ちで少し低いトーンで話を続けた。




「城の中を不気味な笑い声と共に駆け回る黒いお化けを!その人は、物陰に隠れてたらしいんだけど、その黒いお化けと騎士が遭遇する所を見たらしくってね。遭遇した騎士は、無残にも食い殺されたとかッ・・・・」


「・・・・」




ブロッサムの手からポトリとジャガイモが零れ落ちる。ガヤガヤと賑やかなダイナーの中で、ポチャリと水の張ったタライの中に落ちたジャガイモの水音が妙に大きく聞こえた気がした。ぺルラは、自分に顔を向けたまま固まるブロッサムに、悪戯が成功した子供のように楽しげに笑みを零した。




「なーんてね!ただの噂だよ。アタシ、ここに務めて長いけど、そんな化け物なんて見た事ないよ!」




ぺルラは、自分の話を間に受けて呆けたブロッサムに大笑いする。ブロッサムは、そんな彼女に固い笑みを零した。




「ア、アハハ・・・ですよね~。屈強な騎士さんいっぱいいるのに、そんなもん居たらたまりませんよね~」




彼女は、思わず滑り落としたジャガイモを拾うと作業を再開させる。隣のぺルラは、すでに他の話を始めていた。そんな彼女の言葉をよそに、ブロッサムの顔から笑みが消えた。ぺルラは、笑い話として流したが、こんな噂が城内にあるなんて妙な話だ。


城内に何者かが侵入したとなれば、騎士達が死に物狂いで取っ捕まえるだろうし、ましてモンスターが活歩しているなんてあり得ないだろう。


ブロッサムは、隣の彼女に気づかれないように、そっと小さく息を吐き出す。今になって今回の件を安易に受けてしまった事への後悔の念がヒシヒシと湧き上がってくる。どうにも面倒な事に首を突っ込んでしまったなと心打ちで呟きながら、新たなジャガイモに手を伸ばしたのだった。

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