第10話 将軍02
城に連れて来られてから三回目の夜が訪れていた。少し慣れたここの生活に、一日目とは違って余裕が出てきたブロッサムの声が漏れる。彼女は、ベッドに胡坐をかいて座っていた。両の指を絡ませるとそのまま腕を天井に向かって伸ばす。
「ああ、疲れた!」
「お疲れ様でございました、サム様。今日は、どうされますか?」
いつの間にか傍に現れていたピナが彼女を見上げていた。ブロッサムは、軽く体をほぐしながら、そんな彼に向けて口を開く。今日も一日、ダンスレッスンや近隣諸国についての勉強を散々させれていた。
「とりあえず、お茶かな~。それと、昨日までの分の報告ちょうだい」
「かしこまりました」
ピナは、小さく頭を下げるとベッドの傍らにあるテーブルの前に移動する。そして、小さな手を打ち付けると、どこからともなくティーポットやティーカップが出現する。手際よく茶の用意をしながらピナが口を開く。ここ数日、ブロッサムに頼まれて彼は城内を色々と調べ回っていたのだ。
「朝、昼の城内共、特に変わった事はございませんでした。ただ、夕方になると、城内の警備兵と数名の上層部を残し、その他の者達は、全員城内から出されている模様です」
「全員?住み込みで働いてる人達だって多いだろう?」
彼の言葉にブロッサムは首を傾げる。一通り体をほぐし終えると、彼女はベッドの端に移動し腰をかけなおした。ピナは、そんな彼女に甘い花の香が漂う紅茶の入ったティーカップをソーサーにのせて手渡した。ブロッサムは、軽く礼を言って受け取るとティーカップに口をつける。ピナは、お気に入りの梟の絵柄の入った自分専用のカップに同じ紅茶を注ぐと丁度ベッド横に置いてある丸い椅子に腰をかけた。そして、報告を続ける。
「はい。それらしき居住区も城内にはございますが、誰一人、そちらにはいませんでした。そして、夜でございますが・・・」
ピナは、小さく困惑気に言葉を切った。ブッロサムは、そんな彼に視線を落とす。ピナは、彼女を見上げると続きを口にする。
「城内には、数多くの兵達が警備についております」
「城内に?外じゃなくて?」
「はい」
ブロッサムが小さく眉根を寄せる。
「で、なんか襲ってきたりしたの?」
「襲う?」
ブロッサムは、単純に疑問に思った事を口にしただけだったのだが、ピナは不思議そうに首を傾げた。
ブロッサムは、パチリと指を鳴らす。すると、飲み干していたティーカップがソーサーごと消えてテーブルの上に移動していた。そして、空いた右手を上げると人差し指をあげてピナに説明をする。
「だって、そうだろう。そんなに中の警備に力入れてるとなると、『何か』に対して戦力を集めているって事だろう」
「なるほど。ところで、『何か』とは何でしょう?」
ピナは、飲んでいたカップをテーブルに置くと、開いた左手の平に握った右手の拳をポンと打ち付け感嘆の声を小さく上げた。しかし、すぐに新たに疑問符を浮かべる。その問いかけに、ブロッサムは小さな間ののち、困ったように言葉を零す。
「・・・え?」
「何が襲ってくるのでしょうか?」
しかし、ピナは、期待に満ちた瞳でこちらを見上げている。ブロッサムとしては、城についてから感じる違和感を拭う為にピナに城内の調査をさせていた。彼の話を聞く限りでは、どうやら自分が聞かされている理由とアルディオ達の本音は、まったく別の所にあるという事が窺える。だから、その話の流れで何か怪しい人物や出来事があるのではと推測して言った言葉だったのだが、どうやらピナはそこまでは察する事が出来なかったらしい。
ブロッサムは、少し言葉に詰まりながら彼の報告から推測出来る限りで納得するようにコクコクと頷いた。
「・・・あー、うん。ここ3日程で、何もなかったってことね。りょーかい。まぁ、私がお姫様の代わりをやってるって事は、彼女が命を狙われてるって筋が妥当か・・・。お家争いか?面倒だなぁ・・・ったく」
ブロッサムは、ベッドの上に足をあげるとまた胡坐をかく。そして、半眼で大きな溜息を零した。
「お姫様でございますか?」
ブロッサムの零した言葉にピナが反応する。彼女は、こちらを見上げる彼に視線を戻すとコクリと頷いた。
「そう。ピーちゃん、見なかった?城内の至る所に飾ってあったろう。フワフワロングのブロンド美人の絵がさ」
「・・・ああ。ありましたが、特に興味ございません。しかし、そのような人物、この城内にはおりませんよ?」
ピナは、城内を駆け回っていた時に見かけた少女の肖像画を言われてふと思い出した。しかし、彼は、言葉通り関心なさげにきっぱりと答える。だが、手にとったカップの紅茶をチビチビと飲みながら眉根を顰めた。ブロッサムは、その言葉に吃驚して彼を見やり声を上げる。
「いない!?どーゆう事?まさか、他に避難しなきゃなんないくらい、ヤバイとかってんじゃないだろーね?それか、命狙われている上、患っている病気が思いのほか重かった。だから、別の場所で療養中・・・まぁ、無くもない・・・か」
視線を少し天井付近にあげて、無意識に口元に右手をあてて考えこむブロッサム。そんな彼女を見上げながらピナも怪訝そうに言葉を零す。
「妙でございますね」
「そーだね。今夜もガッツリ鍵閉められちゃったし・・」
ブロッサムは、部屋の扉に視線を移すと小さく肩を竦めた。扉の事は、あの時一度聞いたっきりだった。しかし、アルディオとロイの様子を伺っている限り、何度聞いても同じ答えしか返ってこない気がした。
そう言えば、初日のレッスンの後に言葉を交わした時も二人の様子は妙だった。
それは、ブロッサムが『
ずっと違和感を感じていたのだ。彼ら二人は、クラウディア姫の近衛兵。ならば、彼女の代行で城に来ているブロッサムの相手は、本来ならば別の者がするはず。姫側近の彼ら二人が姫の傍にいないなんておかしな話だ。
ピナは、飲み終えたカップをテーブルの上に置くと立ち上がる。そして、腕を組んで小さく考えこみ始めたブロッサムの下に近づくと、ベッドの端に手を置いてそんな彼女を真剣な眼差しで見上げる。
「サム様。この案件に関しまして、アナタ様がお手を煩わせる事は無いと判断致します。帰りましょう。貴重な春休みが終わってしまいます」
ピナの声にブロッサムは、顔を上げると彼に視線を落として苦笑を零した。
「まぁ・・・ね。帰っていいんだったら今からでも帰るんだけど・・・。さすがに、国王陛下に『やります』って言っちゃったし」
「まだ、ルーカス様より頼まれた薬学の書類のまとめが終わっていません」
一瞬、小さくブロッサムの額に青筋が浮かぶ。
「あれは、いいんだよ。残りは、師匠に頑張ってもらうから!!ってゆーか、なんで私がしなきゃならないんだよ!・・・それにさ、隠されてると気になるじゃなぁい♪」
ブロッサムは、組んでいた手を下ろすとクスリと悪戯気に笑みを零す。その様に、ピナが少し呆れたように息を吐いた。
「好奇心・・・でございますか」
「へーき、へーき!危険だと判断したら、いちゃもんつけて、さっさと帰るから❤」
ブロッサムは、パタパタと手を振ってどこか楽し気にケラケラと笑い出す。ピナは、ベッドをよじ登ると彼女の隣に立つ。そして、小さく笑みを浮かべた。
「図太くなられましたね」
そんな彼を見上げ、ブロッサムは愛おしげに瞳を細めた。
「女の子は、タダでは立ち直らないさ。私は、キミと前向くって決めたからね」
彼女の言葉にピナの瞳が大きく見開かれる。そして、ピナは、ブロッサムに飛びつくように抱き着いた。
「サム様・・・大好きです!」
「ありがと、ピナ。私も君が大好きだよ」
ブロッサムは、自分を慕ってくれるそんな愛らしい従者を抱きとめる。そして、その背に回した腕にぎゅっと小さく力を込めたのだった。
* * * *
「申し上げます!城内、城外共、今夜も異常はありません!」
「そうか」
部下から報告を受けた強面の厳つい大男は、苛立たしげに小刻みに足を動かしながら不機嫌に頷いた。その様に、報告をした部下も何やら罰が悪そうに肩を落とす。
城のエントランスには、大勢の武装した騎士達の姿があった。大男は、そんな彼らの中心で腕を組んで仁王立ちで立っていた。ルクスブルク王国四将校の一人、ナナキ・バロン・ド・ボスカーン。上背もかなりあるのだが、足や腕も丸太のように大きい。その上、彼自慢の顔全体に生やされたワイルドな髭は、短く切り揃えられた茶髪と同色な上、揉み上げと繋がっており、髪と髭の境目がどこだか分からなかった。そのような風貌故、四将校の中では怖いと恐れられ、子供達には一番人気が無かった。しかし、部下からの信頼は厚い。
そんなナナキの隣に立っていたアルディオは、眉根を寄せて強張った表情で口を開いた。
「しかし、まだ夜は終わっていません。今夜、現れないとは限らない」
「分かっておるわ、若造が!!そもそも、何故このような事態になった!?貴様に失態が無かったとは言わせんぞ!」
ナナキは、額に太い青筋を浮かべて、ギロリと鋭い視線を隣の彼に向ける。アルディオは、視線を床へと落とすと握った拳を小さく震わせた。その様子を周囲にいる騎士達がどこか不安げにチラチラと見やっている。先ほど報告へ来た騎士も、二人の不穏な空気に持ち場に戻ろうかどうか迷っていた。夜も更けているというのに、城内には、このエントランス以外にも沢山の騎士達が至る所で警備についているのだ。
しかし、そんな重たい空気の彼らとは裏腹に、エントランスの上部に設置された窓から見える夜空には、穏やかで大きな月が出ていた。空には雲一つ無いおかげで、沢山の星も輝いており、明かりを灯さなくとも十分に明るい。
緊張した空気が漂う中、しんと静まりかえる妙な沈黙が落ちる。連日の徹夜での警備の為か、騎士達にも疲労の色が濃く顔に出ている者も多かった。しかし、ナナキとアルディオと同じ空間で配置につく騎士達は、そんな疲れより二人の様子が気がかりだ。現在、城に残っている将校はナナキ一人で、彼とほぼ同等の立場もクラウディア姫付きの近衛隊長と副隊長を務めるアルディオとロイくらいなのだ。この場に、近衛隊の副隊長であるロイが居てくれれば、うまく場を収めてくれたかもしれない。しかし、彼は、他の隊に指示を出さなければいけない為、別の場所で警備についていた。
「・・・分かっております。ですから、自分がこの手でッ」
沈黙を打ち破ったのは、顔を上げて真っすぐにナナキを見つめるアルディオだった。しかし、彼のその表情からは、固い決意と切迫感が入り混じったような危うさが感じられる。だが、ナナキは、そんな彼に吐き捨てるように口を開くと踵を返す。
「フン!貴様なんぞには、期待しておらん。ジェラルドの息子だかなんだか知らんが、自身の実力も分からん結果がこれだ!足だけは、引っ張ってくれるなよ!」
そんな彼の背をアルディオが慌てて引き留める。
「将軍、どちらへ?」
ナナキは、一瞬だけ足を止めた。そして、小さく顔だけで振り返りその瞳にこちらを見上げるアルディオを映す。しかし、すぐに正面に視線を戻すと台詞と共に歩み出した。
「現場の調査だ。お前に解決出来るとは思えんからな」
冷たく言い放たれたその言葉に、小さくアルディオの肩が落ちる。エントランスに居る騎士達は、そんな二人を交互に見つめながら、大きなナナキの背を見送った。だが、相変わらず何とも言い難い重たい空気が漂う。
そんな中、近くで二人のやり取りを見やっていたナナキ隊の副隊長がアルディオの肩に軽く手を置いた。いつの間にか床へと視線を落としていたアルディオは、顔を上げて彼を見やる。ナナキもそうだが、城内の騎士達は、ほとんどがアルディオやロイよりも年上の人間ばかり。副隊長の男も騎士達の中では、まだ若手に入る方だが、それでもアルディオよりは一回りほど上だろう。
「アルディオ様、あまりお気になさらず。ここ最近の出来事で、将軍も気が立っておられるだけで・・・」
「ありがとう。しかし、俺の失態だというのは事実だ」
「アルディオ様・・・」
副隊長の男性の言葉に、アルディオは素直に礼を口にした。しかし、ナナキが姿を消した扉を見やりながら、続けた彼の言葉からは深い自責の念が窺える。副隊長の男は、そんな彼の背に心配そうに視線を落とした。
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