第6話 魔女と使い魔03
「おお!さすがお城。客室も豪華~」
ブロッサムは、先ほどとは打って変わって上機嫌だった。彼女は、広々とした豪華な客間のど真ん中で、部屋の中や天井を見渡しながら両手を広げてクルクルと回っていた。ロイは、右手を腰にあてて、そんな彼女に微笑を零す。
「そりゃ、ここは客室でもVIP専用だからな。気に入ったか?」
「いや全然。部屋、広すぎて落ち着かない」
ブロッサムは、ロイの台詞に彼に向き合うとピタリと回るのを止めた。しかし、腕は上げたままのポーズで、きっぱりとそう口にする。ロイは、そんな彼女に一瞬言葉に詰まる。
「・・・俺ン家も普通だから気持ち分からなくもないが、そう即答されたらリアクションに困るぞ」
困惑気にそう返答されたが、ブロッサムは気に留める事もなく、部屋に設置してあるベッドを視界に留めると歩み寄り腰を下ろす。一体、何人で寝るのを想定して作られたのだろうと思うほど、ベッドも無駄に広かった。
ベッドに腰を下ろした彼女は、驚くほどフワフワとする座り心地が面白くて、座ったまま上下に揺れて跳ねている。ロイは、そんな彼女を小さな子供でも見るような瞳でただ黙って笑って見ていた。しかし、ブッロサムは、揺れるのを止めると、そんな彼に視線を向ける。真剣な瞳をこちらに向けるける彼女に、ロイは小さく首を傾げた。
「ねぇ、ロイ」
「なんだ?」
「クラウディア様の容態って誰が診てるの?アストレア様は、宮廷魔法医も兼ねてたよね?」
「ん・・・ああ。アストレア様は、宮廷魔法医の室長なんだよ。だから、他にも何人か居るんだよ。アストレア様の腕は別格だけど、他の魔法医達も国一番の腕のものばかりだ。お嬢ちゃんが心配する程じゃないさ」
ロイは、諭すように優し気に言葉を紡ぐ。しかし、ブロッサムは、彼の説明に腕を組むと右手を口元にあてた。そして、何かを考えこむように彼から視線を床へと外す。
「ふー・・・ん。そうなんだ」
「なんだ、その反応?アストレア様から聞いてないのか?」
ロイは、彼女の態度に当惑気味に口を開いた。しかし、ブロッサムは、顔をあげると視線を彼に戻した。組んでいた腕を解いて、ベッドの端に両手を置く。どこかこちらを窺うような彼の視線に、彼女は意味ありげにクスリと笑みを零した。そして、右手の人差し指をそっと口元にあてる。
「ノー・コメント」
「・・・・」
(なんか機嫌損ねたかな?)
ロイは、小さく息をのむ。そして、困ったように苦笑を零すとガシガシと後ろ頭をかいた。
謁見の間でそうだったが、この少女は、唐突に纏う雰囲気を変える。ただ話をするだけなら、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。
だから、最初に店で彼女を見た時には驚いた。王都の中でも西区の外れのほぼ森の入り口にあるような店。アストレアの関係者がそんな所に住んでいるのも半信半疑だったが、扉を開けて見つけた彼女は、ハヌマンの国では珍しい鮮やかな髪と瞳の色を持つ少女。しかし、口を開けば、街に居る女の子達と大差はなかった。
だから、先ほど休憩を兼ねてのティータイムで、それとなく彼女に探りを入れてみた。しかし、これといった収穫はなく裏表も無さそうで、ただ普通に話のしやすい子だと感じたくらいだ。
謁見の間の一連の流れで、アストレアの弟子とは認めていたから“魔法使い”なのだろうとは思う。だが、彼女は、『普通』感が否めないのだ。アストレアが纏うような魔法使い特有の独特な雰囲気も持っているわけでもないし、まして、ジェラルドのように戦闘に特化しているような戦士には絶対に見えない。
ロイは、人知れず深く息を吐いた。もしかすると、自分の考えすぎなのかも知れないとも思う。宮廷魔法医で国一番の魔法使いの弟子と聞かされ、想像が先走っていたのかもしれない。アストレアがどうあれ、ブロッサムがどんな人物かなんて何一つ聞かされはしなかった。それにアストレアは、今まで一度も弟子が居るなどと口にしたことすら無かったのだ。
それにロイには、どうにも年頃の女の子の気持ちは理解に苦しむ事が多々ある。王宮でもクラウディア姫の近衛をしていると、彼女の安全だけを守るのが仕事では無くなる。そもそも、ロイとアルディオがクラウディアの近衛に抜擢された理由は、彼女と歳が近いというだけの理由だったからだ。当然、彼女の話相手もやらなければいけないのだが、返答に困るような質問や話を振られる事は、年齢を重ねる事に増えていった。それは、一国のお姫様だろうが、国一番の魔法使いの弟子だろうが同じなのだと思い知らされる。
そんなロイの心内など知りもしないブロッサムは、いつの間にか彼から顔を逸らして、豪華な部屋の中を物珍しそうにまた眺めていた。ロイは、彼女を見やりながら自嘲気味に笑みを零す。やはり思い過ごしだろうと。彼は、軽く右手を上げて口を開くと部屋を後にした。
「じゃ、お嬢ちゃん。今日は、ゆっくり休めよ。また、明日な!」
「え?あっ・・・うん。あ、ロイ!そのお嬢ちゃんって言うの・・・」
ガチャッ
ブロッサムは、ロイの声に彼に視線を戻すと頷きかけて彼を呼び止めた。しかし、一足先に部屋を出た彼の後に響く妙な金属音。思わず呼び止めた腕を上げたまま、ピタリと動きを静止させる。ほんのわずかな時間だった。
ブロッサムは、思考が追いつかずにそのままの姿勢で扉を見つめていたが、突然ハタリと意識を取り戻すと驚いて立ち上がる。そして、扉に駆け寄ると声を上げながらドアノブを引いた。
「なっ!!どうして鍵、外から閉めるんだよ!!ロイ!ねぇ、ロイ!!」
押しても引いても大きな部屋の扉はビクともしない。ブロッサムは、数度扉を押して引いてを繰り返し、扉を叩いて声をあげた。しかし、部屋を後にしたロイの返答すらない。
彼女は、騒ぐのを止めると困惑気な顔で扉から手を放しそれを見つめた。そして今度は、そっと扉に耳を近づけ、部屋の外の音に注意を向ける。時折、小さなカチャカチャという金属音や足音はするが声は聞こえない。扉の向こう側には、確かに人の気配がある。
ブロッサムは、小さく息を吐き出すと扉から身を離した。ジッと扉を見つめると右手を顎に当てて腕を組むと小さく眉根を寄せた。
扉をガチャガチャと押したり引っ張ったりした感触からするに、どうやら扉の向こう側を鎖で頑丈に固定されてしまっているようだ。最後の大きな金属音は、その鎖に更に鍵でも留めたのだろう。しかも、その上で扉の外には見張りもいるようだ。多分、先ほど部屋を後にしたロイもそこにまだいるのだろう。
ダンスのレッスンを受けていた広間で、アルディオがロイに言っていた言葉も頭の片隅にはちゃんと残してある。彼は、ロイに『残りの兵も連れていって構わない』そう言っていた。扉の外の気配は複数人。自分とロイが部屋に入った直後くらいから、外にはすでに見張りが配置されていたと考えられる。
ブロッサムは、クルリと踵を返すとスタスタとベッドまで戻ってきた。そして、小さく言葉を漏らすと何も無い空間に向かって呼びかける。
「まったく、何がどうなってるんだか。・・・ピナ」
「ここに」
虚空よりフワリと小さな白い影が浮かび上がると姿を成し床へと降り立った。それは、白いフード付きマントを目深にかぶった白い少年。フードをとった下から出てきたのは、肩で切り揃えられた真っ白い髪と色白で少女のような愛らしい端正な顔。しかし、大きな黄色い瞳は、きりりと据わっていて鋭かった。
ピナは、胸を手に当てると一度膝をついて頭を下げる。そして、すぐに立ち上がるとサムを見上げて口を開いた。
「サム様、リナ様より言付けでございます。『ルーカス様より事情は聞いた。店があるのでそちらには行けないが、何かあったらすぐに連絡をしなさい』との事でございます」
ピナが無表情で淡々と事情説明しているのを聞いていたブロッサムは、小さく頬を膨らますと不機嫌そうに半眼でぼやく。
「
その言葉に、ピナは眉をハの字にすると申し訳なさげに俯いた。
「わたくしが、もう少し早くお使いから戻っていれば・・・」
「ピーちゃんのせいじゃないから。それより、持ってきてくれたんだろう?」
ブロッサムは、微笑を零して彼の頭を優しく撫でる。そんな彼女の言葉に顔をあげたピナは、嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。そして、彼は、マントの下からゴソゴソと取り出したものを両手の平にのせてブロッサムに差し出した。
「はい。こちらに」
ブロッサムは、クスリと笑みを深くするとピナの手の平のものを受け取った。それは、彼女の髪よりも濃い鮮やかなピンク色の宝石がはまった黒の腕輪(ブレスレット)が二つ。ブレスレットには、宝石以外に金色の不思議な模様があしらわれている。彼女は、それを両腕につけながら笑みを不敵なものへと変える。
「ありがと❤まったく、女の子に出掛ける支度もさせてくれないなんて、いくら顔がよくても嫌われるってーの」
ピナは、見上げたサムに何かを期待するように小さく顔を紅潮させた。
「動きますか?」
「いや。今日は、筋肉痛でしんどいからやめておくよ。それよりピーちゃん、あとで湿布薬塗って」
しかし、サムはパタリとベッドに倒れこむと、顔だけピナに向け溜息と共に疲れ果てた声色でそう言った。そんな彼女に、ピナはハンカチを取り出すと小さく涙ぐむ仕草をとる。
「サム様。まだお若いのにお労しや・・・」
「しょうがないだろう!!こんな所の筋肉、学校の授業でも使わないよ!」
ブロッサムは、大きな青筋をたてると胸から上だけ起き上がり声を荒げた。謁見の間以降、連れていかれた先に居た教育係のセバスチャンに何時間もダンスの基礎を叩きこまれていたのだ。その為、この部屋についた辺りからずっと体の至る所からダルさを伴う痛みを感じていた。正直、今日はもう一歩も動きたくない。このまま極上のフワフワのベッドに意識ごと沈んでしまいたい気持ちだった。
ブロッサムは、無造作に靴を脱ぐと完全にベッドに横たわる。ピナは、そんな彼女の様子から言葉通り行動しない事を感じ取ると、彼も靴を脱いでベッドの上によじ登った。
枕の上に腕を置いて俯せに横たわるブロッサムの傍らで、ピナは小さな手の平を打ち付け鳴らす。その度に、どこからともなく湿布薬用に切り揃えられた長方形の布やら薬剤が入った瓶などが姿を現す。しかし、その様に驚く人間はこの部屋には居なかった。
ピナは、瓶の中の薬剤をスパチュラで取りながら、布に一定量を伸ばすとブロッサムの脹脛に無造作に貼り付ける。すると、小さくブロッサムの口から悲鳴が上がった。何事かと彼女を見やれば、いつの間にかブロッサムは手に白い封筒を持っていた。ピナは、小首を傾げる。
「それは?」
ピナの問いかけに、ブロッサムは彼に視線を向けると持っていたものを小さく掲げてみせた。
しかし、右の脹脛に貼ってくれた湿布薬が思いの外冷たい。だが、時を置かずして薬からジワジワと広がる心地良い感覚。出来れば湿布薬を貼る時に一言欲しかったなと思うのだが、文句も言わず尽くしてくれるこの愛らしい従者に、ブロッサムはその言葉を口には出さなかった。
「ああ、師匠からの手紙だよ。普通に開ければ、可も無く不可も無いメッセージが再生されるけど・・・
ブロッサムが短く呪文を唱えると持っていた手紙が突如青白い炎に包まれ燃えて消えた。しかし、彼女達が居るベッドの傍らにはいつの間にか一人の男の姿があった。長い髪をトップで纏めた細身の高身長で、少し露出度の高めのローブを身に纏っている。だが、全身から漂う妙な色気のせいかよく似合っていた。そして、その端正な顔には不敵な笑みを浮かべている。しかし、彼の姿は、青白く少し透けていた。
『この仕組みに気づくとは、さすがだな。早々にラズワルドに行かせて学ばせた甲斐があるってもんだ。
サム、お前に私の身分を明かさなかったのは、お前を危険にさらさない為だ。しがない薬屋の弟子ともなれば、お前に刃がつき立てられる事などまずないだろう・・・というのは、表向きの理由だ。
つーか、王宮お抱えの魔法使いとあれば、それなりにギャラがいいからな。子供一人、ファミリア5匹に、その他モロモロ食わせないといけねーとなると、やはり、金銭的には、ウチだって楽じゃねぇ。だからまぁ、体のいいアルバイトみたいなもんだ』
「そんなアルバイト、あってたまるか!!」
ブロッサムは、思わず拳を持ち上げると声を上げた。これが昼間謁見の間で見たアストレアと同じように、ただメッセージを伝えているだけのものだという事は理解している。しかし、見慣れた師の姿にどこかホッとする気持ちを感じるせいか突っ込まずにはいられなかった。
そんな師の姿に少し呆れ気味に視線を送りながら深く息を吐く。だが、そこに居る師は、弟子の様子を気にする事もなく、ただ自分の言葉だけを紡ぐ。
『何にせよ、だ。今回は、俺の事情でそちらには帰れない。あまりお前を巻き込みたくはなかったが、ちょうどいい機会だ。
ブロッサム、少しくらいは女を磨いてこい。お姫様体験なんて早々出来るもんじゃねーぞ。良かったな!
ただ、ちょっと解せない話も聞いてる。だから、危険な事には首を突っ込むな。お前は、頭の良い子だ。俺の言ってる事が分かるな。
だが、城内であったことは、一つも漏らさずレポートとして俺に提出だ。
最後に、もう一度言っておく。危険な事には、絶対に首突っ込むなよ!!絶対だからな!!
以上、サムの最愛の師より』
大仰な身振り手振りで言いたい事だけ言うと、高笑いと共に師の姿はスッと消えていった。
「自分で最愛とか言うな!!・・・ったく、面倒な事を押し付けといて、面倒な事に首突っ込むなって・・・。それ、無理あるよね、
ブロッサムは、そんな師に再度声を上げると、肌触りの心地よい枕に力なく顔を埋めた。すると、無意識に今日何度目になるのか分からない溜息が零れる。彼女は、少し疲れの滲む声で小さく言葉を零すと眉を寄せたのだった。
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