第5話 魔女と使い魔02

「大丈夫か?お嬢ちゃん」


「だ、大丈夫じゃないっ・・・」




数時間後、広間の端に設置してある大きなソファーには、肩で息をしながら倒れこんでいるブロッサムの姿があった。そんな彼女を心配げに覗きむのは、茶髪の好青年。


彼女がいるソファーの斜め横には、こちらも大きめの一人掛け用のソファー。それらの前には、金の細工を施してあるガラスの高価そうな横長のテーブルが置いてある。そして、テーブルの上には、茶の用意がしてあった。


彼は、ブロッサムから返ってきた言葉に困ったように苦笑を零す。そして、ふと思い立って、ズボンのポケットに手を突っ込むとそこから取り出したものをブロッサムの手の平の上にポンと置いた。




「頑張ったお嬢ちゃんにご褒美だ。ほら」


「・・・ありがと」




ブッロサムは、顔をあげると手の平の上を見やる。そこには、ピンクと水色のストライプの可愛い包みがのっけられていた。彼女は、手の平の飴ごしに茶髪の青年を視界に入れると素直に礼の言葉を口にする。しかし、その隣に立っていた黒髪の青年は、そんな彼女を見下ろし、腕を組むと呆れたように息を吐いた。




「あれだけ啖呵を切っておいて、すぐに根をあげるとは、まったく・・・」


「啖呵なんて切った覚えないンですけど!!」




ブロッサムは、ガバッと身を起こすと声を荒げて黒髪の青年に険しい瞳を向ける。しかし、そんな彼女を見やる彼の瞳は、「なんだ、まだ元気じゃないか」ともの言いたげだった。視線で火花を散らす二人に、茶髪の青年が割って入った。




「まぁまぁ。そういや、自己紹介まだだったよな」




茶髪の青年は、クスリと爽やかに笑顔を零す。その様子に、ブロッサムの上がっていた怒りのボルテージも徐々に下がっていく。彼女は、自分の視線に合わせてしゃがみ込んでいる茶髪の青年にジト目を向けると、大きく息を吐いて倒れこんでいたソファーに座りなおした。




「そりゃ、有無も言わさず馬車に放り込まれたんだから、そんなの聞く暇無かったよ」




茶髪の青年は、彼女の台詞に困ったように一度言葉に詰まった。乾いた笑いを零すと後ろ頭を掻く。そして、立ち上がるとブロッサムの隣に腰を下ろした。黒髪の青年は、自分の後ろにちょうど空いている一人掛けのソファーに腰を下ろす。


茶髪の青年は、黒髪の青年の様子を視界に端に捉えつつ、三人分の茶をティーカップに注ぎいれると配り置いた。




「・・・結構、根に持ってるな。悪かったよ。こっちも、ちょっと切羽詰っててな。俺は、ロイ。で、こっちのが・・・」


「アルディオ・フェルスト・フォン・ゲルハルト・クロウリーだ」




アルディオは、ティーカップを口に運びつつ、ロイの言葉を引き継ぐ。そんな二人の会話を茶を飲みつつ聞いていたブロッサムは、ティーカップを口元から離すと吃驚する。しかし、小さく首を傾げた。




「名前、長っ・・・って、クロウリー!?確か、騎士団のトップの黒騎士様がそんな名前だったような・・・」




コクリと頷いたのはロイだった。彼は、フッと意味ありげに口元に笑みを浮かべる。ブロッサムは、そんな彼に視線を向けると自分で言った人物の情報を素早く記憶の中から広い集めた。


黒騎士は、アストレアと並ぶ有名人だった。それも、「超」がつくほどくに。魔法使いのトップが彼女なら、騎士団のトップが黒騎士。剣術の腕もかなりのものだと聞いているが、それと同時に魔法の腕もアストレアと並ぶほどだとか。


そして、彼が『黒騎士』の通り名で呼ばれるのは、その名の通り、黒い甲冑に身を包んでいるからだった。一般庶民のブロッサムからすれば、城使えの彼とも面識があるわけではない。しかし、こちらもアストレアと同様、式典等に度々顔を出していたので遠目からだが姿くらいは目にした事があった。


黒髪の高身長でガッシリとした体格。黒光りする珍しい黒い甲冑に身を包み、黒く長いマントを羽織っていた。店にいるリナルドも割と背が高い方だが、そんな彼よりも更に頭一つ分ほど大きそうに見えた。しかし、当時チラリと彼を見かけたブロッサムの彼の印象は、そんな黒づくめの大男よりも、他のピリピリしている騎士達とは違い、優しげに微笑を零している様だった。


アストレアよりは、彼の噂の方が有名だった気がする。なんせ黒騎士は、若くして騎士団トップに上り詰めた上、かなりの男前で年齢問わずに女性陣にはファンが多い。そう言えば、当時通っていた地元の教会のスクールでも、熱狂的な黒騎士ファンの女子達が暇さえあれば彼の噂をしていたのをよく耳にしていた。そんなどうでもいい事まで思い出しつつ、ブロッサムは香りのよい紅茶をもう一度口に運ぶ。


ロイは、隣の彼女がティーカップとソーサーをテーブルに置いた様を見計らい、ティースタンドにのっている色とりどりの焼き菓子を進めた。自分もその上からマドレーヌを一つ掴むと口に放り込む。ブロッサムは、美味しそうに菓子を食す彼を見やりながらクッキーを一枚摘まんだ。隣のアルディオは、そんな二人には構う事なく、ティースタンドの下段にあるサンドイッチばかりを頬張っていた。


先ほどまでとは違い、少し肩の力が抜けたように感じるブロッサムの様子を伺いながら、ロイは言葉を続ける。




「ああ。アルは、現在の黒騎士だ。まぁ、騎士団トップではないが、ディア様の近衛隊長なんだよ」


「現黒騎士!?この若造が!!」




ブロッサムは、バッとアルディオに顔を向けるとまたもや声を上げる。しかし、後半は、意識的にわざとらしく言葉を続けた。そんな彼女にアルディオは、呆れたように視線を向ける。




「君だって、俺とあまり年は変わらないだろう。・・・昼間の仕返しか?あまり根暗だと嫌われるぞ」


「そもそも魔法使いなんざ、根暗が標準スキルだよ。というか、黒騎士って世代交代とかあるの?そんな話、初めて聞いたけど」




ブロッサムは、半眼でそう返したが、ふと気になった疑問を素直に口にした。




「いや、世代とかそういものは特に無い。ただ、元黒騎士のジェラルド様は、俺の育ての親であり剣の師匠なんだ。その師匠せんせいが、魔法道具マテリアの武器や武具の研究に力を入れたいと言われ、俺が引き継ぐ事になっただけだ」


魔法道具マテリアの研究?そういや、ジェラルド様って魔法騎士だったな)




アルディオは、ティーカップを持ち上げると口にする前に、自身の事も師の事も淡々と言葉にした。ブロッサムは、彼の話を聞きながら、口元に手を置くとふとそんな事を思い出した。


グラスブルクは、ハヌマンの国の中でも大国だ。しかし、そんな国でさえ、“魔法使い”なんてそうそうお目にかかれる存在ではない。城のあるここ中央区には、主要な機関が集まっており、魔法正律結社マグナ・ルーメンの支部もある。だから、中央には支部の人間も多く住んでいるし、魔力を持った者が支部に“魔法使い”としての知識を得る為にわざわざやってくる。その上、宮廷魔法士達も多く暮らしている。その為、他地域と違って“魔法使い”も割と多く見かける。


だが、他種族と違って魔力を持つ人間が非常に少ないハヌマンの国では、魔法使いは見かける事があっても、魔法道具マテリアを取り扱うような店などほとんど無い。ブロッサムが知っている魔法道具マテリアの店でさえ、ここ中央区に一軒だけだった。


一般的にジェラルドが有名なのは、その端正なルックスと王国の騎士団長という立場で、全身黒づくめの特徴的な格好という目立つ容姿。しかしその一方で、彼は魔法使いとしても世界で名が知れている。もっとも、“魔法”の研究者としての魔術師レルネや、戦闘をメインとした魔法を扱う魔導士フェイトとしてではなく、魔法と技を融合させた根っからの戦士である魔法騎士として。


そういった事を踏まえてアルディオの言葉を考えると、ジェラルドが魔法道具マテリアの研究を行っていても不思議ではない。魔法の研究に力を入れているカニングフォークやエルフの国ならともかく、この国では魔法道具マテリアを手に入れる事自体難しい。


それに、そもそも魔法使いには、研究者気質な者が多い。その為、古代遺物アーティファクトや魔石の研究をし、自身が使用する道具を自ら作っている者も多いのだ。それがクラスの高い魔法使いになればなるほど、道具もそれに見合うように水準の高いものを求めるようになる。金額を積めばそれなにいいものは手に入るが、こだわりの強い彼らのようなタイプのお眼鏡に見合うアイテムは、そうそう手に入る事はない。


そう考えると、なんとなくジェラルドの事情には納得がいく。それに研究なんてものは、一度没頭してしまうと他に一切気が回らなくなってしまう事が多々ある。それは、ブロッサム自身も経験済みだからだ。だからといって、あっさりと騎士団長という立場を退く事にはさすがに驚くが。


しかし、ブロッサムは、まじまじとアルディオを見つめる。すると、その視線に気づいた彼と目があった。そんな彼女の視線に、アルディオが怪訝そうにしている様子が窺えた。


“育ての親であり、剣術の師”。そう言った彼の言葉がなんとなく心に留まった。ふと思い起こされるのは、自分の師匠の姿。ブロッサムは、彼から視線を外すと静かに長めに息を吐き出した。




「ふーん。まぁ、君もそれなりに大変って事か」




ポツリとそう零すと左手でソーサーを持ち上げティーカップに口をつける。しかし、突然立ち上がったアルディオが口を開いた。




「それより、さっさと部屋に移動しろ」


「なんで、そう上から目線なんだよ、君は!それに、どうして君達がずっと私についてるんだよ!嫌なら、自分の仕事しに行けばいいだろうッ!」




ブロッサムは、思わず紅茶を吹き出しそうになる。咽る事はしなかたっが、ティーカップをテーブルに荒めに置くと立ち上がる。そして、彼を見上げて声をあげた。しかし、アルディオは、さも当然のような顔つきでこちらを見下ろしている。そんな彼女を宥める様に、ロイも立ち上がり二人の間に割って入った。




「俺達は、お嬢ちゃんについてるのが仕事なんだよ。なんたって姫の近衛だからね」




ロイは、少し得意げに自分を指さす。しかし、彼女はロイの台詞に小さく眉根を寄せた。そして、訝しむように言葉を紡ぐ。




「何言ってるんだよ?私は、ただの代行なだけで、本人居るんだから本人の所に行けばいいじゃないか」


「「・・・・」」




しかし、ロイとアルディオは、小さく視線を合わせる。言葉を失くしたように見える二人に、ブロッサムは更に眉根を寄せた。だが、アルディオは、彼女の様子に構う事なく少し険し顔つきで低く声を発した。




「君は、君が仰せつかった事だけをしていればいい。それ以外、無闇やたらに詮索しないことだ。ロイ、彼女を部屋に運んでやれ。俺は、他にする事がある。残りの兵は、連れて行ってかまわない」




それだけ言うと、踵を返しバッとマントを翻した。そして、靴を鳴らしながらさっさと部屋を出ていってしまった。ブロッサムは、そんな彼の背にムッとしたように視線を送る。アルディオの行動の意図がよく理解出来ない。その上、先ほどから何かする時は、全てにおいて命令口調だ。

しかし、ロイは、彼の言葉にあっさり頷くと、ブロッサムにスッと手を差し出した。




「了解。じゃ、行こうか。姫様」

「ちょ、ちょっと!?いいよ、自分で歩くよ!!」




ブロッサムは、ロイに視線を向けると慌てて首と手を振った。お姫様の代行をやる事は引き受けたが、別にお姫様扱いして欲しいわけではない。それに、さすがに恥ずかしい。口調や雰囲気がどこか落ち着いて見えるロイは、自分より年上だろうという察しぐらいはつく。それに彼は、お世辞抜きに美形といえるアルディオと並んで立っていても見劣りしない程のイケメンだ。そんな彼に、手なんて差し伸べられると、さすがのブロッサムも困惑する。


しかし、ロイは、小さく頬を赤らめて手を置く素振りをまったくみせない彼女に、ニッコリと笑みを深くする。彼は、突然彼女との距離を縮める。ブロッサムは、そんな彼の行動に驚いて固まってしまった。しかし、ロイは、彼女の背に手を添えると、空いているもう片方の手を素早く彼女の膝裏を通し、そのまま抱き上げた。


ブロッサムは、ハッと我に返ると顔を真っ赤にしてジタバタと暴れて声を上げる。




「下ろしてぇーーーー!!!」

「まぁ、まぁ、そう言わず❤」




しかし、抗議の声も虚しく、彼はカラカラと笑いながら歩き出す。それどころかジタバタともがき出した彼女をものともしない。

広く静かな王宮の廊下には、ブロッサムの悲鳴とロイの楽し気な笑い声だけが長いこと響き渡っていた。

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