第3話 お城と騎士とおじさんと・・・02

「・・・あの、それって、クラウディア様のご病気が治ってから開催すればいいだけのお話なんじゃないんですか?」


「招待状は、三ヶ月も前から出していてな。客は皆、遠い他国より招いている方々ばかりだ。こちらの都合で簡単に日取りを変えられんのだよ」




説明を長々としてくれた男性は、ブロッサムの質問に苦笑を零した。近隣諸国とは言っても、明日明後日すぐ来れる距離ではない。そんな彼の言葉に、ブロッサムはコックリと頷く。




「なるほど。でも、お姫様の代わりなんて、別に私じゃなくても誰か影武者・・・というか、影姫?的な人とかいるんじゃ・・・」




確信があっての台詞ではなかったのだが、王族だし身代わりくらいは、いそうという気分的なノリでポツリとそう零した。しかし、声を荒げたのは、頭の横に辛うじて白髪が残る老人だった。




「そんなもんは、迷信じゃ。それに、あの絵を見よ!!美しいじゃろ!!クラウディア様は、亡きお妃様の美貌を受け継がれ、近隣諸国でもこれほど美しい姫はおらんとまで言われているお方じゃ!!誰が、そのような姫様の代わりなど務める事が出来ようか!?」




男は、玉座の横の壁に掛けてある大きな絵画を両手で指し示した。そこには、右に長いふわふわブロンドの碧眼の美少女。左側には、彼女によく似た美しい女性の絵画。これが、亡きお妃様なのだろう。しかし、彼のあまりの剣幕と口ぶりに、ブロッサムは少々の不快感を感じていた。彼女は、両の手を腰に当て、彼から大きく視線を外してわざとらしい溜息と共に口を開く。




「・・・じゃぁ、平々凡々の私じゃ、絶対無理じゃないか」


「当たり前じゃ!!そのままのお前に代わりは勤まらん!!」




ピキッ。そうこめかみ辺りから音が聞こえた気がした。ピクリと不愉快そうにブロッサムは眉を動かし、男に顔を戻す。しかし、彼はそんな彼女の様子などまったく気づかずに台詞を続けた。




「じゃが、お前は、修行の身といえども魔法使いじゃろ。姫様そっくりに化ける事くらい造作もない!・・・はずじゃ!!」


「はぁ!?ちょっと、何言ってるんだよ!?変身魔法は、かなり上位の魔法で呪文ソー構成セフィラも激ムズな上、かなりの魔力量を必要とするんだよ!


それに、そもそも“誰かに成り代わる”事の出来る魔法や魔法薬は、魔法正律結社マグナ・ルーメンの規約で硬く禁じられている。そんなの魔法使いじゃないおじさん達だって知ってるだろう?」


(まぁ、もし。今回のこの一見の為だけに、魔法正律結社マグナ・ルーメンに申請出したとしても、許可が下りるまで最低一ヶ月はかかるんだから、間に合わないだろうけど・・・)




男の勝手な言葉の羅列に、ついにブロッサムの中の何かが弾けとんだ。グッと身を乗り出すと身勝手な男に右手の指を突き付ける。


しかし、内心は至って冷静だった。フッとほくそ笑み、これを言い訳にさっさと家に帰ろうと考える。だが、そんな彼女に怒りを露わにしたのは、黒髪の青年だった。




「おい、いい加減にしろ!パトリック様に対して『おじさん』などとは、無礼だぞ!!」


「私を無理やりこんな所まで引っ張ってきた君達の方がよっぽど無礼だろう!!」





ここまで、これでも色々と我慢していたブロッサムの本音がだだ漏れる。険しい顔つきでこちらに顔を突き付ける彼に、ブロッサムもこめかみに大きな青筋を携えて負けじと見上げて口を開く。




「国の一大事に、君個人の感情や事情など些細な事だ!」


「勝手に些細な事にするなよ!!それとも、この国の王様もお姫様も、自分達の為なら国民一人が犠牲になってもいいとか平気で言っちゃうわけ!?」


「誰も犠牲になどとは言っていない!!」


「ほぼ言ってるのと変わりないだろう!!」


「止めぬか、アルディオ」




ヒートアップする二人のやり取りに、周囲の大人達は、苦笑を零したり、大きな溜息を吐いたりと反応は様々だ。逆隣に立っている茶髪の青年も困ったように二人を見やりながら頬を掻いている。だが、そんな二人を制したのは低いがよく響く静かな声だった。その声の主にハッと気づくと、アルディオは慌てて姿勢を正し玉座に向かって膝を折り深々と頭を下げる。




「!!・・・申し訳ございません」




しかし、玉座の主―セドリックは、そんな彼を咎めることも窘めることもしなかった。彼は、視線をブロッサムへと移す。




「アストレアの弟子よ。私は、我が国の民を蔑ろにした事はない。それは、お前とて同じ事。しかし、今回の有事には、どうしてもお前の力が必要なのだ。アストレアが居ない今、我らはお前を頼る他ない。頼まれてはくれぬか?」


「・・・・」




ブロッサムは、口を噤むとセドリックを無言で見上げた。思わぬ所からかかった制しの声に内心驚いていたからだ。


セドリックという人物を、ブロッサムはこれもまた大人達が話す噂でしか知らない。知的で温厚、歴代国王の中でも、もっとも国と国民を愛してくれる敬愛すべき王だと。それがどこまで真実なのかも、実際目の当たりにして、言葉を聞いてもよく分からない。


セドリックの言葉に補足するように口を開いたのは、最初に言葉を交わした初老の男性だった。彼は、小さく柔らかい笑みを携えブロッサムに顔を向ける。




「お前が気にしていた先程の件に関してだが問題はない。許可証も魔法薬もアストレア殿から預かっておる。許可もお前でとってあるとの事だ」




彼は、先程手紙が入っていた籠の中に残っていた小瓶をこちらに掲げて見せた。小瓶には、小さなタグが付いており、そこには魔法正律結社マグナ・ルーメンのシンボルの入った判子が押されているのが目に入った。




(・・・師匠、何がなんでも私にクラウディア姫代行をやらせるつもりだったのか)




どうやら師は、是が非でも今回の件に最初から彼女を巻き込むつもりだったようだ。しかし、先ほどの手紙の内容から嫌な予感はしていた。師がどこか楽しげに無理難題を話す時ほど面倒な事はない。ブロッサムは、逃げられない事を悟って人知れず大きな溜息を吐く。


だが、彼女が気になっている点は、師の言葉よりもセドリックの様子と議員達の言葉の違和感だった。ブロッサムは、今一度玉座を見上げる。




(それにしても・・・、全体的に青白い顔に目の下の隈。激務が続いてる?でも、それだけにしては、なんだか妙な顔色なんだよな・・・)




小さく考えたのち、彼女はおもむろに歩み出る。膝をついたままの黒髪の青年とそのやり取りを見やっていた茶髪の青年が、自分達の間を颯爽と歩んでゆく彼女を驚いたように見つめていた。議員の男達も同様に、彼女の行動に少し困惑している。しかしブロッサムは、玉座の階段下までやってくると立ち止まり、そっと右手を胸にあて頭を下げた。




「陛下。先程の私の言葉は、不適切でした。申し訳ございません。クラウディア様代行の件につきまして、我が師に代わり、お受けさせて頂きます」


「うむ、頼んだぞ。アストレアの弟子よ」




これまでとは一転して、凛とした声と立ち姿でそう言う彼女に場内の者の目が釘付けになっていた。特徴的な髪と瞳の色以外は、普通の女の子にしか見えなったブロッサムの姿が、ふと偉大な魔法使いであるアストレアの背と重なったように見えたからだ。だが、セドリックだけは、驚くことすらせず、分かっていたかのように彼女の言葉に力強く頷いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る