第2話 お城と騎士とおじさんと・・・

ロスメルタ城謁見の間。そこは、縦にだだっ広い空間だが、横の幅でさえ仕切って部屋を作れそうなほど広かった。そんな部屋の奥には、緩やかな階段が数段あり立派な玉座が据えられていた。床には、玉座まで一直線に伸びた真紅の絨毯。そして、謁見の間の扉から一定間隔に絨毯の横に立つ騎士達。


扉を潜った瞬間は圧巻だと思ったその光景も、玉座の数メートル先で騎士達に下され、座ったまま玉座を見上げる現在のサムの内心はどんより重たいものだった。自分の両脇に立つのは、先ほど店にきた黒髪の青年と茶髪の青年。そして、眼前の玉座の下には、数人の中高年の男性陣。身なりからして元老院の議員かそれなりに地位のある人間なのだろう事が伺える。そして、玉座に座するこのロスメルタ城の主がじっとこちらを見下ろしていた。気分は、役人に突き出された罪人のようだ。


ブロッサムは、そっと息を吐くと無言で王とその取り巻き達に視線を向ける。




(王様、遠ッ!?そして、おじさんばっかり・・・)




荘厳な作りの空間だが、そんなものを楽しむような雰囲気ではない。重い空気が漂うのをヒシヒシと感じる。




「ふむ。貴殿がアストレア殿の弟子か。想像より若いの」




王座の下に立つ一人の初老が、顎元に携えた長い髭を撫でながらブロッサムを見下ろし静かに口を開いた。彼の言葉に城内が少し騒つく。しかし、ブロッサムは、そう口にした男性を見上げ、右手を顔の位置くらいまで上げると小首を傾げた。




「いえ、私は、アストレア様の弟子ではないです。私の師は、西町にある薬屋のアトライオスですけど・・・」




初老の男性は、小さく瞳を見開くと何かを悟ったようにフッと笑みを零す。その様に、更にブロッサムの頭上には疑問符が増える。


アストレアと言えば、ルクスブルク王国の王宮付きの国一番の魔法使いだ。人間ハヌマンの国には珍しい魔女カニングフォークで、膨大な知識と巨大な魔力を保持していると聞き及ぶ。


この国で育っているブロッサムが彼女の存在を知らないわけはない。さすがに、王宮でそれなりの地位のある人間と間近で会う事など無いが、王宮解放日などの祭りごとで、王族や有名な貴族は挨拶に出てくる。だから、小さな頃からちょくちょく姿くらいは見た事があった。


アストレアは、藍色の長い髪をいつも高い位置で結っており、高身長でスラリとしたしなやかな肢体を、大きなスリットの入ったドレスローブに身を包んでいた。


ただ、人前に出てくる彼女は、顔の半分がいつもフェイスベールで隠されており、若そうではあるのだが年齢は不詳だ。風の噂では、絶世の美女だとは聞いた事もあったが、当時は祭りの真っ只中で、普段出ない出店や旅芸人達の舞台を見るのに駆け回っていたブロッサムにとっては、そんな噂は頭の片隅に辛うじて残っている程度だった。


しかし、そんな彼女にはお構いなく、髭の男は近くの部下に指示を飛ばす。




「なるほど。アストレア殿の言う通りか。簡単には、身分をバラさんとは・・・。ならば、あれを持て」


「いや、簡単も何も!?てか、あのぉー・・・、私の話をちょっとは聞いて頂きたいんですけど」




驚いて思わず声を上げるブロッサム。だが、そんな言葉など通るはずもなく、指示を受けた彼の部下もこちらに視線を向けるとどこか得意げな笑みをフッと漏らされた。その様に、彼女は掠れた声で台詞を続ける。訳の分からない現状に精神が疲弊していくのをヒシヒシと感じる。


騎士達に抱えられて馬車に放り込まれ、城についてからもここにくるまでも、ほぼ担がれた状態でやってきたため、正直体力なんぞ一欠けらも使っていない。しかし、何故だろう。両脇に立つ騎士二人といい、目の前の議員達とのやり取りといい、精神的についていけない話をされると体が元気でも心が参っていく。


そんな状況にしばしブロッサムが固まっていると、先ほどの彼の部下が小さな籠を持って戻ってきた。彼は、それを髭の男に渡す。そして、髭の男は、座り込んでいるブロッサムの元にやってくると腰を低くしてその籠を差し出してきた。籠の中には、白い封筒と何やら液体の入った小瓶。




「これは、もしもの時にとアストレア殿が私どもの元に置いていったものだ。有事の際には、弟子のお前にコレを渡せとな」


「・・・はぁ」




もう否定するのも面倒になったブロッサムは、曖昧に相槌を返す。どこか期待を帯びた視線を周囲から一心に浴び、少し戸惑ったが手紙だけ受け取ると立ち上がった。とりあず、受け取ってしまったので封筒を見てみるが宛名すら書いていない。ただ、封筒の閉じ口には赤い封蝋が施してあり、そこに刻印されている|印璽≪いんじ≫は一般的なものではなく魔法陣だった。普通、封蝋の|印璽≪いんじ≫といえば、差出人個人やその人物の家系のシンボルが刻みこまれているものなのだが。


ブロッサムは、軽く口元に右手をあてるとその封蝋の魔法陣をじっと見つめる。普通の人には分からないだろうが、手紙からは微かに魔力が帯びているのを感じられた。何か仕掛けが施してあるようだが、危険なものではなさそうだ。


彼女は、小さく息を吐き出すと無造作に封蝋を引っぺがす。すると、手紙の中から霧のような白い気体が漏れ出てくると、床を伝ってブロッサムから少し距離を置いた場所で渦を巻いて滞る。そして、段々と人の形を形成し出す。


その様に、場内からは驚きの声が上がっている。しかし、彼女は、そんな彼らとは対照的にその様を静かに見やっていた。気体が模った人物は、すぐに誰だか分かった。手紙の差出人だ。しかし、フェイスベールがされていない彼女の素顔に、吃驚したブロッサムの声が上がる。




『我が愛おしき弟子、ブロッサムよ』


「ねぇーさん!?なんで・・・?」




姿だけではなく、そこに現れた等身大のアストレアには音声までついていた。しかし、姿だけではなくその声までもブロッサムの知っている人物“ねぇーさん”そのものだったのだった。ねぇーさんとは、彼女の師の妹。一般的な家庭の感覚でいえば叔母のような存在だ。


しかし、彼女が住んでいるのは全然違う国。またもや言葉を失うブロッサムを置いて、知り合いにそっくりなアストレアは台詞を続ける。どうやら通信しているのではなく、姿と言葉だけを前もって閉じ込めていたようだ。




『お前が今、これを見ているということは、グラスブルクにとって危機が訪れてるということであろう。本来ならば、私がやらねばならない仕事。


だが、私は今、そちらに向かう事が出来ぬ。サム、お前ならば分かるであろう。だから、私の代わりに今回の有事の対応にあたって欲しいのだ。


何、難しい事はない。ただ、数日、クラウディア様の代わりを演じればいいだけだ。それでは、頼んだぞブロッサム』




アストレアは、言う事だけ言うとさっさと消えてしまった。だが、彼女が大袈裟な身振り手振りで一方的に話を進めている間、サムの表情は段々と険しくなっていっていた。“ねぇーさん”だと思っていた人物は、どうやら本当に自分のよく知る師その人だという事が話方や振る舞いですぐに理解出来た。師の事だ、性別を変えるくらいの変身なら簡単にやってのけるだろう。


叫んだ所でどうにかなるわけではないのだが、声に出さずにはいられない。アストレアの影も形もすっかりなくなってしまった虚空に向かってブロッサムは声を上げる。




「何それ!?肝心な事、一つも言わずに終わってるんですけど!!ちょっと師匠せんせい、その姿でアストレア様ってどーゆ事!?しかも、クラウディア様の代わりって何!」


「ふむ。それについては、私が説明をしよう」




そうかって出たのは、白髪と黒髪が混じる細い目の男性だった。穏やかな口調で事の始まりを順を追って説明してくれた。


彼の話によると、近々城では、近隣諸国の王侯貴族を招いての舞踏会が催される予定があるそうだ。目的は、大きく分けて二つ。近隣諸国との交流とルクスブルク国の姫であるクラウディアの婿探し。とは言っても、婿探しはついでだそうで、今すぐというものではない。ゆくゆくこの国を継がなければならなくなるクラウディアには、親が決めた相手よりも本人が納得できる相手がいいだろうとう王とその取り巻きの親心だという。なんせ、この国には、王子はおらず姫も彼女一人なのだから。



しかし、ブロッサムは、途中からクラウディア姫の事を熱く語り始めた男性を見やりながら、そろそろ家に帰ってもいいだろうかとふと遠い目で彼から視線を外した。その様に、男性は小さく咳払いをすると話を元に戻す。



ここ近年、世界的に大きな争い事や他国を侵略しようと考える国がないにしろ、近隣諸国との関係は良好に保っておきたいというのが本音だ。その為には、このような交流を通して、相手がどのような人物なのか、どのように物事を考えているのか等といった事を直接見極める必要もある。


なんせ世界が滅びかけた1000年前の種族間戦争以降でも、世界には大きく分けて5つの種族が存在する。魔力をほとんどもたない人間ハヌマン、絶大な魔力と膨大な知識を持つ魔女カニングフォーク、長い寿命と巨大な魔力に加えて美男美女の多いエルフ、祖先がドラゴンであったドラゴニュート、特殊な魔力の波動を持つ大地の民と言われるリーベルエルデ。


他種族との交流が無いわけではない。むしろ、ハヌマンの国内でも、他種族の旅人や異種族婚など珍しいことではない。しかし、1000年も前にあった戦争から、あまり国家間の関係が良好ではない国も存在するのは事実なのだ。それに、近隣の同じ種族の国だからと言って絶対的に安全ともいえないのである。


そのような事を含めて、交流会的な意味合いで舞踏会を定期的に行っていた。しかし、そこに国の代表として参加するはずだったクラウディアが体調を崩し、急遽出る事が叶わなくなったというのだ。ブロッサムからしてみれば、「体調悪いんで今回は無理」だとでも言えばいいと思うのだが、お姫様という立場上そんな事もいえないのだろう。事情は察するが、どうも腑に落ちない。

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