第280話 アクエリアル帝国の益
アクエリアル帝国帝都ヴァルナークの中心部へとレンリに導かれ、辿り着いたのは広大な敷地全体を使って建てられた巨大な建造物。
皇帝や皇族の住居たるそこは、リクウィス宮殿と呼ばれているそうだ。
もっとも、宮殿という単語のイメージに反して見た目の煌びやかさは乏しい。
無骨な雰囲気は威圧感があり、どこか要塞を思わせる。
実用性に特化した造りになっているようだ。
「旦那様、こちらへ」
その宮殿の中央付近にいくつかある中庭の一つ目がけて空から降下し、そこに面したとあるベランダに直接降りて窓から部屋の中へと入る。
「一先ずここで今後について話しましょう」
それからレンリは俺に微笑みを向けながら言い、当たり前の顔をしてテーブル脇に置かれた二脚の椅子を動かし始めた。
恐らく、ここがリクウィス宮殿における彼女の自室なのだろう。
部屋には皇族にしては小さなベッドにクローゼットが一つ。
飾り気もなく、最小限のものしか見当たらない。
一瞬余分に思う二脚目の椅子は、ラハさんのためのものか。
いずれにしても、宮殿の無骨さとは違った少し物寂しい空間は、彼女の祖国に対する愛着や執着のなさを表しているかのようで少しだけ複雑に思う。
「さ、立ち話も何ですから座って下さい」
そんな俺を余所に、機嫌よさげに二脚の椅子をぴったりくっつけるように並べて配置したレンリは、その内の一方へと俺の手を引いて誘導する。
「ええと、お父さんには挨拶しなくていいのか?」
対して俺は気持ちを切り替えながら視線を部屋全体から彼女へと戻し、一先ず促されるまま椅子に座って問いかけた。
皇帝の証たる
フレギウス王国との戦争にしても、今回のホウゲツからの申し出に関する対応にしても、最高責任者は名実共に彼であると考えて間違いない。
となれば、まずは彼と話をすべきだと思うのだが……。
「構いません。外部とのやり取りは全て私に任せて下さい」
「いや、それで大丈夫なのか?」
「問題ありません」
俺の問いかけに、レンリはそうキッパリと断言しながら隣に座って続ける。
「今回の件はそこまで綿密な連携が求められる話でもありませんし……救世の転生者様がどういった人物なのかは、なるべく伏せた方がいいでしょうから」
それは……確かにそうかもしれない。
俺の目的は、あくまでもフレギウス王国の(恐らく王城の)どこかに隠されているであろうクピドの金の矢の奪取。
それ以上でもそれ以下でもない、はずだ。
別に戦争に加担しろという指示はないし、俺としてもそんなつもりはない。
下手にレンリ以外のアクエリアル帝国の人物と関わりを持つと、余計な柵が増えて望んでもいないことをやらされる可能性も出てくる。
レンリの言う通り、渉外は彼女に任せてしまった方がよさそうだ。
「じゃあ、とりあえず俺達だけで話し合おうか」
「はい。旦那様」
納得と共に告げた俺に、レンリは腕を絡めながら笑顔で応じる。
恋人同士がするように、頭を俺の肩に乗せてまでいる。
まあ、互いに第二次性徴前の子供のような体格なので傍から見れば微笑ましさが勝るかもしれないが……中身を考えると少々際どい。
「レンリ様。そこまでくっつかずとも話はできます」
と、さすがに真面目な話をする体勢ではないだろうとでも言いたげに、影の中からイリュファが苦言を呈する。しかし――。
「遠く離れていた分、より近くにいたい乙女心というものです。察して下さい」
レンリはそう真っ向から返すと、一層腕に力を込めてきた。
時間としては、まだ彼女がホウゲツを発って一週間にも満たないはずだが……。
少なくとも人形化魔物【終末を告げる音】を討伐するまでは戻れない訳で、先が見通せなければ、現時点での経過時間が短くともストレスは大きくなるだろう。
加えて距離的な隔たりの大きさが、寂しさを強めもしていたのかもしれない。
……いつも一緒にいただろうラハさんも、俺との指切りの契約を守るためにセト達の護衛としてホウゲツに残してきている訳だしな。
他の皇族に思い入れがなければ尚のこと、孤独を感じていても不思議ではない。
イリュファもその辺りを推し量ったのか、それ以上は何も言わなかった。
俺もこのまま話を進めることにする。
「とりあえず、一通りの説明は聞いてるってことでいいんだよな?」
「はい」
レンリは言葉で肯定すると、体勢は変えないまま表情を引き締めて続けた。
「クピドの金の矢。これは確かに危険な祈望之器です。恐らくは、今回の戦争でアクエリアル帝国が苦戦している理由の一端でもある可能性があります」
「そう、なのか?
「勿論、それが第一の要因です。ですが、不可解な報告がありまして……」
「不可解な報告?」
問い気味に繰り返すと共に答えを促すように顔をレンリに向けると、彼女は至近距離から俺の目を見詰め返しながら再び口を開いた。
「討ち果たした敵兵が有していた真・暴走・複合発露と全く同じ能力を、まるで受け継いだかのように全く別の敵兵が戦場で使用してくるそうなんです」
「全く同じ能力の、真・暴走・複合発露……」
そう殊更に言及するからには、似た系統の有り触れた能力ではなく、有用で希少性の高いものが異常な頻度で繰り返し出現しているということなのだろう。
確率的にはゼロとは言えないが、確かに偶然とは考えにくい。
「単なる
「真・暴走・複合発露は曲がりなりにも真性
引き継いで告げた俺の言葉に、レンリは小さく首を縦に振って肯定する。
「しかし、クピドの金の矢がフレギウス王国にあるとすれば説明がつきます。その複製改良品を用いて、少女化魔物を繰り返し繰り返し再利用していたのでしょう」
何らかの複合発露か祈望之器で戦場を俯瞰し、死に瀕した兵士と真性少女契約している少女化魔物に対して矢を使用して契約を切り替える。
それによって有用な複合発露を失うことなく、維持し続けているのだろう。
極めて合理的。そう捉えることもできなくはないが……。
「完全に、少女化魔物達を都合のいい道具扱いしているな。ふざけやがって」
強い怒りが湧き、改めてクピドの金の矢を奪取しなければならないと思う。
それは人間の手で使われるべきではない祈望之器だ。
「ですので、アクエリアル帝国としてもクピドの金の矢を奪取することには多大な益があります。救世の転生者様の隠れ蓑とされることに否やはないはずです」
感情的になった俺とは対照的に、フレギウス王国とは別ベクトルで割り切った考え方をするレンリは、そう淡々と告げて更に続ける。
「ついては、アクエリアル帝国指定の時間に合わせてフレギウス王国の王都バーンデイトにある王城、ファイーリア城を私と旦那様で襲撃したく存じます」
「指定の時間に合わせて?」
「はい。私達の襲撃とタイミングを合わせて反攻作戦を行う予定なのです。王城を襲撃すれば、それだけで先程話に出た少女化魔物の再利用が滞るはずですので」
「滞るって、レンリ、それは……」
つまるところ、契約者の死に引きずられて少女化魔物も命を失うということだ。
人外ロリコンとしては許容するのは難しい。
たとえ人格的には死んだも同然のような状態にあるのだとしても。
「戦争である以上、一定の犠牲は避けようがありません。が、少女化魔物達のほとんどはファイーリア城のどこかにいるはずです。奪取したクピドの金の矢で真性少女契約を旦那様か私に切り替えれば、ある程度は命を救うことも可能でしょう」
「ほとんどが王城にいるって根拠は? 戦わせたりしないのか?」
フレギウス王国なら使い捨てにしそうなものだが。
「そもそも、フレギウス王国は少女化魔物を戦場に投入しません。狂化の矢や隷属の矢が刺さった状態を衆目に晒せば他国の介入を受けかねないからです」
よくよく考えてみれば当然の話か。
フレギウス王国でも名目上はそれを犯罪として裁いているからこそ国際的な非難を逃れているのだから、軽々に戦場に出す訳にはいかないだろう。
「今ではそれに加えて能力のストック。更には緊急用に国王を強化するための道具という側面もできました。有力貴族の屋敷にも多少はいるかもしれませんが、多くは最も強固で安全な王城に集められているはずです」
「成程……」
思い起こせば、フレギウス王国国王ジーグの影の中を調査した時、あるいは姿なき少女化魔物達は王城にいるかもしれないと俺も予想はしていた。
それだけにレンリの言は一定の説得力を伴って聞こえた。
確かに一部を救うことは可能かもしれない。
勿論それも焼け石に水、自分の中の罪悪感を幾らか慰めるだけの足掻きに過ぎないだろうが、いずれにしても選択肢は限られている。
今クピドの金の矢を奪取しなければ、将来にわたって多くの少女化魔物が一層惨い扱いを受け続けることになるのだから。
僅かなりとも命を救える手立てがあるだけ御の字と考える他ない。
「……なら、一先ずはその反攻作戦のタイミングが分かるまでは待機ってことか」
「はい。既に準備は進んでいますので、一両日中には決まると思いますが」
アクエリアル帝国としても、被害が増えない内に実行に移したいはずだ。
そう待たされることはないだろう。
「その辺りのことも含め、お父様とこれから話をしてきます。旦那様はこの部屋から出ずに少しお待ち下さい」
レンリはそう言うと俺から体を離し、椅子から立ち上がってこちらに一礼してから部屋の出入り口へと向かう。
その姿を、眉間にしわを寄せたまま見送っていると――。
「あ、ここにあるものは、ベッドも含めて自由に使って下さって構いませんので」
彼女は扉に手をかけながら一旦振り返り、シリアスな表情を崩して悪戯っぽくつけ加えてから部屋を出ていった。
若干気が抜けてしまう。
あるいは、そうなるように気遣っての言葉だったのかもしれない。
……まあ、実際。今から張り詰めていても無駄に疲れるだけだろう。
それでは救えるものも救えなくなりかねない。
だから俺は遠慮なくベッドに入り、レンリの帰りを待つことにしたのだった。
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