第279話 そして彼女の祖国へ
ホウゲツ学園地下にある秘密の部屋にてヒメ様達と会合を持った後。
アクエリアル帝国への出発はアチラへの連絡等々の関係で明後日となり、その日は学園の案内を受けていた妹のロナを迎えに行って職員寮に戻った。
そして翌日の午後。夕暮れの茜色に染まった少女化魔物寮の前にて。
「もし困ったことがあったら、すぐに言うんだぞ。明日みたいに俺が出かけている時に問題が起きたらセトか母さん達、それかトリリス様を頼れ。いいな?」
「……はい、イサク兄様」
入寮に際して不安そうに見上げてくるロナが少しでも安心できるように優しく微笑みかけ、俺はその頭を柔らかく撫でてから顔を上げた。
視線の先、寮の出入口の前には見知った
「じゃあ、よろしくお願いします。ヴィオレさん、ランさん、トリンさん」
「それはいいけどさ。イサク、ちょっと過保護じゃないか? と言うか、さっきの言い様だとアタシ達は頼りにならないみたいで余りいい気はしないぞ」
と、俺の呼びかけに対して、三人を代表してオーガの少女化魔物であるヴィオレさんが呆れたような表情を浮かべながら苦言を呈する。
その指摘に俺はハッとして慌てて口を開いた。
「い、いや、そういうつもりじゃ……すみません」
彼女の声に怒りや不愉快の色は感じられないが、失礼だったのは間違いない。
妹のことを考える余り、少し視野狭窄に陥っていたようだ。
「別にいい。イサクの気持ちは分からなくもない」
「そうだね。それに、そういうイサク君は新鮮だったしね」
そうヴィオレさんと同じように苦笑気味に告げたのは、ランさんとトリンさん。
二人もまた全く気にしていないようだが、そんな彼女達に俺はもう一度「すみません」と謝った。親しき仲にも礼儀というものはある。
この三人はかつて、人間至上主義組織スプレマシーの過激派によるヨスキ村襲撃事件において隷属の矢によって操られていた少女化魔物達だ。
ランさんはアルラウネ、トリンさんはアラクネの少女化魔物であり、今はヴィオレさん共々学園で教育を受けながらダンの鍛錬の手伝いもしてくれている。
ちなみに、村を出た当初ヴィオレさんはトバルと
それはともかくとして。
昨日、ここを案内されていたロナを迎えに来た際に、そんな彼女達と丁度話をすることができたので、妹を気にかけてくれるように頼んでおいた訳だ。
……まあ、そういった流れだったのだから尚のこと、真っ先に頼る相手として三人の名前を出しておくべきだった。
「ええと、改めて。寮や学園ではロナをよろしくお願いします」
重ねて頭の中で反省しながら、その気持ちも込めて頭を下げる。
「あいよ」
対して、そんなに気を遣わなくていいと言うようにヴィオレさんは軽く応じた。
さっきのもちょっとした冗談のつもりだったのだろう。
何にせよ、彼女達が快く引き受けてくれたおかげで僅かでも肩が軽くなった。
ヴィオレさん達の存在は非常に助かる。
「さ、行こうか。ロナ」
「はい。よろしくお願いします、皆さん」
「うん。礼儀正しい子。これなら問題も起きそうにない」
「寮の少女化魔物も皆いい子だからね。きっと、すぐに馴染めるよ」
そんなこんなでロナは少女化魔物寮に入り、この件に関しては一段落。
後はちょくちょく様子を見に行くとして……。
その日は夜に職員寮の自室にやってきた両親(主に入寮が急過ぎると騒いだ母さん)を宥めて終わり、アクエリアル帝国へと出発する日となった。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけるのじゃぞ」
内容は伏せて大事な仕事があるからと両親と別れ、まずは学園長室へ。
そこで計画に変更がないことを確認した上で、早速ホウゲツ学園を離れる。
目指すはアクエリアル帝国の帝都ヴァルナーク。
俺は
「主様、もう少し左でありまする」
途中から、アスカのナビゲーションに従って方向を修正しながら西進を始めた。
帝都ヴァルナークは元の世界で言うロシアの首都モスクワ……ではなく、その遥か東、バイカル湖の少し北の辺りにあると聞いている。
しかし、如何せんアクエリアル帝国はロシアのように広い。
少し北という感覚になるのはアクエリアル帝国の全体地図の縮尺のせいで、実際には日本の本州の端から端ぐらいの距離がある。
手元に地図やコンパスがあっても、正確に目的地へと進むのは難しい。
特に速度が速度なので、少しのズレであらぬ方向に行ってしまいかねない。
「主様、更に少し左でありまする」
そこでアスカの探知を頼っている訳だが、三大
つまり空にマーカーがある訳だが、何をそれに利用しているかと言うと――。
「あ、レンリちゃん見えた」
強化した視覚で気づいたサユキが楽しそうに口にした通り、ホウゲツからの連絡を受けて帝都ヴァルナーク付近の空で待ち構えていたレンリだった。
勿論、サユキがそう言った時には既に俺も感知して急制動をかけており、安定して滞空している彼女の少し手前で一旦停止した。
「…………!」
正面のレンリは挨拶でもしているのか、笑顔と共に口をパクパクさせる。
が、残念ながら外界の音は今、とある理由で俺には届かないようになっている。
「…………?」
そのせいでリアクションが乏しい俺に、レンリはどこか不安げに首を傾げた。
僅かながら警戒の色も見て取れる。
戦争のさ中であることを考えれば、仕方のない反応だろう。
そんなレンリに対し、俺はちょいちょいと手招きした。
それで彼女は少しホッとしたように近づいてきて、俺が差し出した手を取った。
「あの、旦那様? どうされたんですか?」
そして若干戸惑い気味に問いかけてくるレンリ。
今度はしっかりとその声が耳に届く。
それを確かめながら俺は、このままちゃんと会話を続けることができるように彼女を引き寄せて、ガッチリと華奢な腰を抱きながら口を開いた。
「悪かった。
「た、対策、ですか?」
俺の方から抱き寄せたからか、レンリは少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
そんな彼女に頷いて、俺はトリリス様達から提示されたそれの内容を口にした。
その
故に、音という音を遮断しさえすれば干渉を受けずに済む可能性が高い。
だからこそ俺は、真・複合発露〈
「成程。一理ありますね」
それを聞き、先程自分の声が届かなかったことも含めて理解の意を示すレンリ。
「……ですが――」
「ああ。常時無音状態で生活なんてできないからな。こうしてくっついていないと碌に話をすることもできないし」
「それにそもそも、これを再現することができる者も限られます。これだけで【終末を告げる音】の影響を完全に防ぐということは不可能でしょう」
つまるところ、極々限られた実力者が干渉を受けないようにするための方法。
それ以上でもそれ以下でもない。
まあ、最終的に【終末を告げる音】を討つことができれば、今正に干渉下にある者達も解放されるはずだから、それだけでも十分メリットはあるが。
「それはそれとして、レンリはどこまで話を聞いてるんだ?」
「おおよそは。加えて、彼女達の真の思惑についても想像がついています」
「……真の思惑?」
「詳しいことは落ち着ける場所で話しましょう。旦那様、まずはあちらへ」
意味深なことを言いながら、人差し指で行き先を指し示すレンリ。
対して俺は内心首を傾げながら、一先ずレンリの指示に従ってアクエリアル帝国帝都ヴァルナークに入ったのだった。
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