第278話 画策

 前に奉献の巫女ヒメ様にお目通りしたのは、いつのことだったか。

 確か、三か月以上前。人間至上主義組織スプレマシーによって引き起こされた未曾有の危機、ゾンビ映画化しかけたウラバ大事変の時だったはずだ。

 当然ながら、国の象徴たる存在であるだけに気軽に会うことはできない。

 つまりは今回の話も、それに引けを取らない重大な案件ということなのだろう。

 彼女の傍らにはトリリス様にディームさん、更にはアコさんやアマラさんまでいることに加え、完全にシリアスモードな雰囲気を見ても分かる。

 と言うか、ヒメ様のだらけモードは初対面の時しか見たことがないな。

 まあ、日に日に最終局面が近づいてきている訳だから当然と言えば当然だろう。

 ……それはともかくとして。


「早速ですが、今日イサク様をお呼びしたのは他でもありません。イサク様には再びフレギウス王国へと向かっていただきたいのです」


 挨拶もそこそこにヒメ様が用件を切り出す。


「…………例の矢の関連で、ですか?」


 対する俺の問いかけに彼女は首を縦に振って肯定し、それから発言を促すようにアマラさんへと視線をやった。


「ワシが調べた限り、あれは第六位階オリジナルのクピドの金の矢から直接複製改良されたもので間違いない。しかも、一度限りではあるが、第六位階の効果を発揮できる」


 その彼女が神妙に告げた内容に思わず眉をひそめる。

 救世の転生者たる俺の負担を減らすために開示した概念が、どうやらフレギウス王国にまで伝わって転用されてしまったようだ。

 そう考えると責任のようなものを感じてしまう。

 だが、今優先して考えるべきは――。


「ですから、必ずやクピドの金の矢を見つけ出して、二度と同じようなことが起きないように処理しなければなりません。当然、その複製改良品も」

「それは、当然ですね」


 真性少女契約ロリータコントラクトすら歪めてしまう危険な力だ。

 野放しにしておく訳にはいかない。


「しかし、クピドの金の矢の在処は分からないのだゾ。何せ、こうも長い間、その存在は秘匿されていた訳だからナ」

「…………在処」

「あの国の性質からして王城のどこかではあるはずなのですが……」


 横から困ったように告げられたトリリス様の言葉を受けて俺が反芻するように呟きながら考え込むと、ディームさんが補足するように告げる。

 その推測は間違いないだろう。

 だが、正確な在処を知っているのは王族などの限られた人物のみなのは確実だ。

 もし忍び込んで奪い取ろうと言うのであれば、間違いなく国家機密であろうその情報をまずは手に入れなければ話にならない。


「アコさんの力でジーグから情報を得るとかできないんですか?」

「申し訳ないけど無理だよ。私はジーグを直に見たことがないからね」


 俺の問いに首を横に振って応えるアコさん。

 前に聞いたところによると俺の過去の情報から読み取っても、写真などを作って見せても条件を満たすことはできないそうだが、それはともかく――。


「一国の主を見たことがないんですか?」

「私は肩書き上、特別収容施設の所長に過ぎないからね。そもそも外交の場になんて立たないし、それに……」

「アコの複合発露エクスコンプレックスは世界的にも有名ですので。数百年前、現状の国家の枠組みが成立した際に、アコは条約によって他国に入ることを禁止されています」


 ヒメ様の言葉に納得する。

 そう言えば、レンリが彼女のことを覗き魔とか評していたこともあったか。

 実際、アコさんと会って顔と名前を覚えられでもしたら国家機密も糞もない。

 当然の措置ではある。

 やはり楽をしようとしても駄目か。


「…………そうなると、ジーグを拉致でもしてくればよかったですね」

「こらこら、余り物騒なことを言うものではないのだゾ」


 冗談めかして言った俺を窘めるトリリス様。

 勿論、実行するつもりはない。

 そんなことをすれば不法入国どころの騒ぎではない。


「……まあ、手っ取り早いのは確かではあるがナ。ホウゲツとしてフレギウス王国を余り刺激したくはないのだゾ」

「それは何故です?」


 トリリス様の口振りに何となく今回の件に限ったことではないような意味合いを感じて、俺は首を傾げながら問いかけた。

 どうも、かの国に過分な配慮をしているような気がする。

 彼女の苦い表情を見るに、望んでのことではないようだが。

 その理由について、ヒメ様が答えるには――。


「開き直って少女化魔物ロリータ達の命を危険に晒される可能性があるためです。隷属の矢を用いて真性少女契約を強要しているのを摘発できない理由もそこにあります」

「つまり?」

「数百年前のことです。かの国の貴族達が不法に隷属の矢を使用して強制的に真性少女契約を結んだことを糾弾した際、国はその貴族達を即座に処刑しました」

「それって……」

「はい。真性少女契約を結んだ相手が死んでしまえば、少女化魔物もまた命を落とします。下手に手を出すと、罪もない彼女達が巻き添えになってしまいます」


 フレギウス王国にいる少女化魔物は、ホウゲツにとって半ば人質として機能してしまっている訳だ。

 確かにそれでは迂闊な行動を取れない。


「かの国の近辺には、色々と有名な伝説があって少女化魔物が生まれ易い事実もあってナ。少女化魔物の数も比較的多い。もし本格的にことを構えるとなると、暴走させた少女化魔物の自爆テロという手段を取ってくる可能性もあるのだゾ」


 もっとも、実際には距離が遠過ぎるし、ランブリク共和国やアクエリアル帝国が間にあるのでホウゲツと直接ぶつかるようなことはないとは思うけれども。

 勿論、複合発露を始めとした前世にはない力があるので確実とは言えないが。

 いずれにしても、少女祭祀国家としては不倶戴天の敵と言っても過言ではないにもかかわらず、手を出さずにいる理由はその辺りにもあるようだ。


「ともかく、クピドの金の矢の正確な在処は分かりません。となれば、直接王城に乗り込んで探し出す以外にないでしょう」

「え、いや、あの、それは……」


 目的のものの在処を把握できないのは分かったが、余りにも乱暴な手段だ。

 それだけ、ヒメ様達がクピドの金の矢という祈望之器ディザイアードに対して危機感を持っている証なのかもしれないが、しかし――。


「思いっ切りフレギウス王国に喧嘩売ってますよね」


 刺激したくないとのトリリス様の言に、あからさまに矛盾する。

 そんな真似をすれば、それこそフレギウス王国がホウゲツに対して苛烈な報復に出ようとしてもおかしくない。


「はい。ですので、可能な限りホウゲツの関与を隠さなければなりません。そこでイサク様には、まずアクエリアル帝国に行っていただきたく存じます」

「そしてレンリとコンタクトを取り、彼女と協力して王城を強襲。クピドの金の矢を強奪してきて欲しいという訳だナ」


 つまり、既に戦争状態に入っていると聞くアクエリアル帝国の仕業とするのか。

 まあ、やりたいことは理解できなくもないが……。


「そんな一方的な話をアクエリアル帝国は認めますか?」

「恐らく、渡りに船に思うはずなのです。詳細はアチラでレンリに聞いて欲しいのですが、戦況はアクエリアル帝国が圧倒的に不利なのが現状なのです……」

「え……それって、フレギウス王国の本拠地へと直接乗り込む、なんて突飛な話が妙案になってしまうぐらいに、ですか?」


 俺の問いかけに深く頷くディームさん。

 マジか。レンリの口振りだと戦力は均衡を保っている感じだったはずだが。


「基本的にかの戦争は互いに被害を最小限に抑えつつ、人形化魔物ピグマリオン【終末を告げる音】を討つのがセオリーなのですが……」

「君がジーグと戦った時に気づいた通り、フレギウス王国はアーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを基本戦術に組み込んだようでね。大幅に戦力が増強されてしまったようなんだ」


 ディームさんに続いたアコさんの言葉に、かの国での戦いを思い出す。

 確かにあれは、それまで普通にアーク複合発露エクスコンプレックス暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを相手にしていた者にとっては厳しいだろう。

 戦力の均衡が崩れてしまうのも当然だ。

 そして、そうなれば……。


「フレギウス王国の上層部はその力を以って、この戦争に便乗してアクエリアル帝国を討とうと考えているのかもしれません」

「それが【終末を告げる音】の滅尽ネガ複合発露エクスコンプレックス響く音色は本性をプロヴォーク暴き立てるメギド〉による干渉の結果かどうかは分からないがナ」


 少なくとも、為政者がそう考えてしまう可能性自体は十二分にある。

 互いへの敵意は間違いなく数百年分蓄積されている訳だから。

 とは言え――。


「……一応理解はしました。けど、今し方話に出ましたけど【終末を告げる音】が暗躍している状況で俺が出張るのはまずいのでは?」


 そんなようなことを、数日前にトリリス様に言われたばかりだ。


「そうは言っても、王城に突っ込んで無事にクピドの金の矢を強奪してくるなんて真似は今のイサクぐらいにしか不可能だからね」


 それは、アコさんの言う通りかもしれないけれども。

【終末を告げる音】の干渉を受ければ、救世の妨げとなりかねない。

 ……いや、まあ。いくら家族のためであり、状況が切迫していたとは言え、丸っと無視してフレギウス王国に突っ込んできた俺が言えることではないが。

 その辺りの引け目もあって。


「そこは一応、対策を考えたのだゾ。奴の滅尽・複合発露はな――」


 俺の勝手な行動には触れずにトリリス様が口にした【終末を告げる音】への対抗策を聞いて一定の妥当性を感じた俺は、アクエリアル帝国経由フレギウス王国行きを承諾したのだった。

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