第277話 妹の紹介と呼び出し

 妹共々、久々に母さんの手料理を堪能した翌日。

 一泊した両親は朝早くに職員寮の部屋を出ていった。

 母さんはロナと一緒にいたがって少々ごねていたが……。

 父さんに、娘の情報を集めるために頼った伝手のところへと依頼の撤回と諸々の報告に行かなければならない、と宥められて渋々従っていた。

 そんな二人を見送ってから。

 俺は今、自分宛てに何か連絡がないか確かめるため、ロナを影の中に伴って補導員事務局へと向かっていた。

 早々にトリリス様と面会できてロナの今後のことも頼むことができれば、と少し期待しながら建物に入り、受付のルトアさんのところまで行くと――。


「あ、イサク君! トリリス様が学園長室に来て欲しいそうです!」


 俺に気づいた彼女は、開口一番期待通りの内容を口にしてくれた。

 トリリス様達も大分忙しそうにしていたことを鑑みるに、俺に何か重要な用件があっての呼び出しであることはほぼ確実だが、こちらとしても都合がいい。


「分かりました。ありがとうございます」


 では、早速学園長室に……と考えて踵を返しかけてから、その前にロナをルトアさんに紹介しなければと思い直して彼女と向き直る。

 強制連行されていないところを見るに、その程度の時間はあるだろう。


「イサク君? どうしました?」

「ちょっと紹介したい子がいまして。……ロナ」


 影に向かって呼びかけると、彼女は若干首を傾げながら外に出てきた。

 ルトアさんはルトアさんで俺が何をしたいのか今一よく分からないようで、不思議そうな表情を浮かべながら妹に視線を向けている。


「……あ、もしかして新しく真性少女契約ロリータコントラクトを結んだ子ですか!?」

「違います」


 ここ二日で三人目となる勘違いを即座に否定し、それから俺はロナの背中を軽く押して少しだけルトアさんの前に近づけた。


「ロナ、自己紹介を」

「は、はい。私はイサク兄様の妹のロナです。よろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げた彼女の姿に自然と頬が緩む。

 素直な妹というものは可愛いものだ。


「ええ!? い、妹、ですか!?」

少女化魔物ロリータが生んだ少女化魔物って奴です」


 驚きを顕にして問い返すルトアさんにそう補足を加える。

 すると、彼女の表情に理解の色が生まれた。


「そ、そう言えば、そういう事例もあるんでしたね。ビックリしちゃいました!」


 ルトアさんはそう元気よく言うとロナと目線を合わせ、眩しさ全開の気持ちのいい笑顔を見せながら再び口を開く。


「私はイサク君と真性少女契約を結んでいるルトアです! よろしくお願いしますね、ロナちゃん!」

「は、はい。えっと……」


 ロナはそう応じながら、何やら俺に問いかけるような視線を向けてきた。

 どこか期待しているような気配に意図を察し、頷いてやる。

 すると、彼女はルトアさんに負けず劣らずの笑顔を咲かせた。


「ルトア姉様、よろしくお願いします!」


 そしてロナは弾んだ声でそう言いながら、もう一度ペコリと頭を下げる。

 そんな仕草と共に姉と呼ばれたルトアさんは「か、可愛い」と悶えていた。

 親馬鹿ならぬ兄馬鹿かもしれないが、俺もそう思う。

 だが、残念ながら今日は余り長々と交流を深めてはいられない。

 呼び出しがなかったなら、心行くまで雑談をしていてもよかったのだが……。


「すみません、ルトアさん。そろそろトリリス様のところに行きます。今度また皆でどこかに遊びに行きましょう」

「はい! 是非! ロナちゃんも一緒に!」


 そして俺は今度こそ踵を返し、ルトアさんと小さく手を振り合っているロナを連れて補導員事務局を出た。

 ここからまた影の中に入って貰うのは何なので、そのまま彼女の手を引いて歩く速度を合わせながら目的地を目指す。

 しばらくして学園長室の扉の前に至り、いつも通りノックの返答を待ってから中に入っていくと……。

 何とも疲れた様子のトリリス様達が俺達を出迎えた。


「……随分とくたびれてますね」

「イサクが持ち込んできた問題のせいで徹夜だったのだゾ」


 内容は非難しているかのようだが、声色は特にそうでもない。

 実際、トリリス様はそれ以上ネチネチ言うことなく、ロナへと視線を移した。


「その少女化魔物がファイムの娘だナ」

「はい。名前はロナと言います。それで、その、トリリス様。この子にホウゲツ学園で教育を受けさせて欲しいのですが……」


 話を振って貰ったので、彼女らの用件より先にこちらの希望を口にする。

 対して、トリリス様の隣でディームさんが一つ頷くと口を開き――。


「教育を受けることは補導された少女化魔物の義務であり、それと同時に権利でもあるのです。イサクの頼みでなくとも何の問題もないのです……」


 若干迂遠ながらも望んだ通りの内容の言葉をくれた。

 そのことにホッと一息つく。

 形としてはホウゲツ学園所属の嘱託補導員が補導した訳だから当然そうなるとは俺も思っていたが、定員がいっぱいとか万が一ということもなくはない。

 やはり下手な教育機関には任せたくない親心、いや、兄心がある。

 自分の身内には最高の教育を受けさせたい。


「少女化魔物の寮に住むことになるが、それは大丈夫だナ? ロナ」

「…………はい」

「昨日、ちゃんと話しましたから」


 他の少女化魔物と共に教育を受けるとなれば、過度の特別扱いは反感の素だ。

 何より、ロナの成長のためにも家族の中という狭い世界で完結せずに、他の少女化魔物との共同生活の中で友達を作って欲しい。

 その辺りのことも昨日、父さん共々ロナにしっかりと伝え、彼女もかなり不安そうではあったものの一応は受け入れてくれている。

 ……まあ、ロナにも言ったことだが、会おうと思えばすぐに会えるしな。

 俺も大切な妹を放置するつもりは毛頭ない。

 心配事と言えば、母さんが寮に突っ込んで騒ぎを起こさないかぐらいのものだ。


「では、明日には入寮できるようにしておくのだゾ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げた俺に、正に学園長として鷹揚に頷くトリリス様。

 この件については十割俺がお願いする立場だ。


「……さて――」


 それからトリリス様は今回の呼び出しの本題に入ろうとしたようだったが、ロナに視線を向けると思案するように一時的に口を噤んだ。

 少しして結論が出たのか、彼女はわざとらしく指をパチンと鳴らす。


「ふえ?」


 次の瞬間、学園長室に見覚えのある少女化魔物が突如として現れ、その光景を目にして隣で妹が呆けたような声を出した。

 俺もほんの少し驚いたが、トリリス様が自らの複合発露エクスコンプレックス迷宮悪戯メイズプランク〉を発動させたのだろうとすぐに思い至る。その応用で敷地内の存在を呼び寄せたのだ。

 大概、俺は移動させられる側だが、傍から見るとこんな感じな訳だ。


「ええと、トリリス様。何か御用ですか?」


 こうして呼びつけられるのに慣れているのか、その少女化魔物は冷静に尋ねる。

 確か彼女は学園の警備を行っている子だったはずだ。

 ホウシュン祭の時にも見たし、普段も巡回しているところをたまに見かける。

 名前はエシェト。アンキロサウルスの少女化魔物だ。

 そんな彼女に、トリリス様は目線でロナへと視線を誘導しながら口を開く。


「この少女化魔物は数日前に補導されたばかりで、明日から新しくホウゲツ学園に入ることになったのだゾ。お前には彼女に学園を案内してやって欲しいのだゾ」


 言わば上司からの要請という名の命令。

 突発的にも程があるそれを前にして、しかし、エシェトさんは嫌な顔一つすることなく、むしろ納得の表情を浮かべた。

 それからロナへと柔らかな微笑みを向けながら「分かりました」と頷く。

 彼女の性格が垣間見える。


「ロナ。これからワタシ達はイサクと大事な話があるのだゾ。その間、このエシェトと一緒にこれから過ごす場所の見学をしていてくれるカ?」


 目の前のやり取りとトリリス様の問いかけを受け、ロナはおどおどしながら俺の顔を見る。急な展開に心の準備が間に合っていないようだ。

 ルトアさんのところでトリリス様からの呼び出しを受けていなければ、見学に行かされるような状況にはなっていなかっただろうし、仕方がない。

 とは言え、遅かれ早かれの話でもある。


「……イサク兄様」

「こっちの話が終わったら迎えに行くから」


 だから先延ばしにはさせず、俺はそうロナの頭を柔らかく撫でながら諭した。

 彼女の頼りなさげな姿には胸が痛むが、こういうところから対人関係にも慣れていって貰わないといけない。

 甘えさせるばかりが家族というものではない。


「……はい」


 そして、ロナがしっかりと理解してくれたのを確認してから、俺はエシェトさんの方へと彼女の背を僅かに押した。

 それを受けてエシェトさんに近づいたロナは、俺が彼女らに慎んだ態度を取っていることもあってか緊張した面持ちで頭を下げる。


「あ、あの、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 対してエシェトさんは優しい笑顔と共に応じながら、ロナと目線を合わせた。


「では、ロナさん。行きましょうか」


 彼女はそう続けて促すように手を差し出す。

 その声色や仕草から世話焼きな雰囲気を感じて幾らか不安が和らいだのか、ロナは小さく頷いて手を取るとエシェトさんに連れられて学園長室を出ていった。

 程なく部屋の扉が自然と閉じる。

 そうして二人の足音が大分遠退いてから。


「では、本題に入るとするのだゾ」


 トリリス様がそう告げ、それと同時に視界が切り替わった。

 次の瞬間、目に映ったのは見覚えのある石造り。

 いつものようにホウゲツ学園地下にある秘密の部屋に移動したのだろう。

 しかし、ここは確か俺が救世の転生者の証たる印刀ホウゲツを受け取った部屋であり、謁見の間の如く明確な上座が設けられている。

 そして正にその上座には――。


「お久し振りです。イサク様」

「ヒメ様?」


 少女祭祀国家ホウゲツの象徴、奉献の巫女たる彼女が待ち構えていた。

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