第276話 妹と弟

 現在、ホウゲツ学園は夏休みの真っ只中。

 飛び級の関連で一足早く長期休暇に入っていたセト達だったが、正式な休みの期間に突入しても彼らは自分を高めるために各々積極的に行動していた。

 セトとトバルは相変わらずアマラさんの工房に入り浸り、複製の研究。

 ダンは、フリーの少女化魔物ロリータ達と共に訓練施設で様々な複合発露エクスコンプレックスを試している。

 ラクラちゃんは予定が少し変わり、聖女候補として夏休み返上で教育を受けることになってしまったものの、目指す地点に変化はない。

 弛まず努力を続ける皆の姿は、幼くとも尊敬に値するものだ。

 こちらも身が引き締まる。


 そんな彼らの簡易的な近況報告はともかくとして。

 俺は今、アマラさんの工房を目指して空を翔けていた。

 目的はロナセトに会わせること。

 主役である彼女には、今は影の中に入って貰っている。

 初めての影空間だが、ロナの言うところの姉様達も一緒なので、全く不安な様子は見られなかった。何より、中にいる時間も短い。

 街中だからと多少速度を抑えていても、真・複合発露〈裂雲雷鳥・不羈〉を用いれば移動時間などほとんどないようなものだ。

 問題はないだろう。


「イサク兄様、ここにセト兄様がいるんですか?」


 果たして、すぐに目的地に至り、元気に影から出てきたロナが問いかけてくる。

 が、俺が頷いて肯定すると、表情に微かな緊張の色が浮かんだ。

 そんな妹の気持ちを和らげるため、こちらから手を繋いでやる。

 すると彼女は体に入った力を少し緩め、俺に小さな笑みを見せてくれた。

 その姿を確認して微笑みを返してから工房の呼び鈴を鳴らし、しばらく待つ。


「イラッシャイマセ、イサク様」

「ふえっ!?」


 いつも通り、出迎えに現れたのは青銅製の人形、祈望之器ディザイア―ドターロス。

 厳ついその姿を前に、ロナはビクッと体を震わせて俺の腕に抱き着いてきた。

 折角緊張をほぐしたのに、ぶり返して更に悪化してしまったようだ。

 ターロスは忠実に自分の仕事を果たしているだけなのだから申し訳ないが。


「大丈夫大丈夫。危険はないから」


 そんな彼女の頭を空いている手で撫でながら言う。

 実際の戦闘力ではロナの方が遥かに上のはずだが、未知のものは怖いのだろう。

 ……まあ、それを差っ引いても意外と彼女は臆病なのかもしれない。

 いや、実年齢相応と言うべきか。

 暴走状態の印象とは大幅にかけ離れているが、まあ、臆病だからこそ危機に陥ると感情を爆発させて暴走してしまうと言うこともできる。

 赤子がすぐ泣くようなものだ。


 もしロナが勇敢……あの状況では蛮勇だが。そんな性格だったなら、暴走しないまま敵に挑んで早々に殺されていた可能性が高い。

 適度な臆病さは何も悪いことではない。

 この場においては過度かもしれないが、これに関しては経験不足故。

 今後ホウゲツ学園などで学んでいけば、いい塩梅になるだろう。


「さ、行こう」


 妹の将来に思いを馳せながら、その背中を促すように軽く押す。

 そうして俺達は、工房のある屋敷の中へと招き入れるターロスの後に続いた。

 勝手知ったる一番奥の部屋から隠し階段を下り、地下工房に足を踏み入れる。

 と、丁度アマラさんの弟子であるヘスさんが作業部屋から出てきて目が合った。


「あれ? イサクさんじゃないッスか」


 彼女は驚いたような顔で言い、それから微妙に首を傾げながら続ける。


「今日はどうしたんスか? お師匠は今いないッスよ?」

「セトに会いに来たんだけど……アマラさん、忙しいのか?」

「午前中に連絡があって、迎えに来たテレサさんと一緒にモトハに行ったッス」

「ああ……」


 それは間違いなく、俺がフレギウス王国で拾ってきた矢に関連した話だろう。

 テレサさんが動いたとなると、ルトアさんへの伝言は既にヒメ様にまで伝わったようだ。ものがものだからか対応が早いな。

 そんな風に考えていると――。


「ところでこの可愛い子は誰ッスか? また新しい子と契約したんスか?」


 ヘスさんが何とも嫌らしい顔を浮かべながら尋ねられる。

 人聞きが悪い。

 まるで俺が見境なく少女化魔物に手を出しているみたいじゃないか。


「そうじゃない。この子をセトに会わせに来たんだ」

「会わせに……?」


 俺の答えを受け、一層不審そうにロナをジロジロと見るヘスさん。

 そんな彼女の視線から逃れようとするように、妹は俺の背中に隠れる。

 ヘスさんは子供っぽいその行動を見て、一先ず危険はないと判断したようだ。

 ここにまで入り込んでいる時点で危険も何もないが。


「……じゃあ、呼んでくるッス」


 ともあれ、彼女はそう言って作業部屋の一つに入っていった。

 聞こえてきた会話から判断する限り、中にはトバルもいるようだったが……。

 少ししてそこから出てきたのは、セトだけだった。

 作業に集中している様子であるトバルはともかくとして、ヘスさんの方は一応気を利かせてくれたのだろう。

 ロナの正体をどう想像しているかは分からないが。

 やがて扉が自然と閉じ、こちら側にいるのは俺とロナとセトの三人のみとなる。


「どうしたの? 兄さん」


 それからセトは俺の隣にいるロナを少し気にしながら、自分を呼び出した理由が分からないのか、どこか疑うような視線と共に問いかけてきた。


「いや、実はな……」

「また新しい少女化魔物とでも契約したの?」


 切り出し方を少し考えて僅かに言い淀んだところに、改めてロナを一瞥しながらヘスさんと同じようなことを言い出すセト。

 彼女に続き、俺のイメージは一体どうなっているんだ。


「違う違う。俺達に新しい家族ができたから、知らせに来たんだ」

「新しい家族? 真性少女契約ロリータコントラクトを結んだ訳じゃないのに?」


 不思議そうな顔をしているところを見るに純粋な疑問なのだろう。

 しかし、話の流れも相まって皮肉のように感じてしまうな。

 セトはそんな性格ではないけれども。

 まあ、それはもういい。

 一つ軽く咳払いをして気持ちを切り替え、改めて口を開く。


「母さんに娘ができた。つまり俺達の妹だ」

「………………え?」


 俺の言葉に思考が停止したように固まってしまうセト。

 それから一瞬遅れて――。


「えええええええええええええっ!?」


 大きな驚きの声が工房内に響き渡る。

 それに集中を乱されてしまったのか、奥の作業部屋の中から何かが割れるような音が聞こえてくる。少しして、トバルとヘスさんが何ごとかと出てきた。

 絶叫の後、再び固まってしまったセトが再起動するまでの間に、説明を求めてきた彼らにも同じことを告げる。


「それは、そういう反応になるのも仕方がないッスね……」

「本当に少女化魔物から少女化魔物が生まれることがあるんだ……」

 

 セト程ではないが、二人もまた表情に驚愕の色を滲ませる。

 対して、そんな反応をされたロナは恐縮し切って俺の腕に縋りついていた。


「いも、妹?」


 ようやく復帰した様子のセトが、しかし、混乱したように問う。

 それに頷いて肯定してやると、彼はロナをジッと見詰めた。


「……た、確かに、お母さんに凄く似てるけど」


 今のロナは髪形を弄った結果、母さんと同じ真紅のツーサイドアップに落ち着いている。顔立ちもかなり近しいだけに、子供っぽい表情以外は瓜二つだ。

 後、割烹着と袴姿という違いもあるが、母娘であることは一目瞭然だろう。


「セト兄様……?」

「え、あ、うん」


 そんな妹に問い気味に呼びかけられ、まだ状況を受け止め切れずにいる様子だったセトが若干慌てたように応じる。


「えっと、君は……」

「ロナです。よろしくお願いします、セト兄様」


 簡潔ながら真摯な自己紹介を受け、何やらセトはむず痒そうな顔をする。

 ずっと末っ子だったところに突然兄という立場を得て、困惑しているようだ。

 しかし、忌避感らしきものはない。

 やはり母さん似の妹であるおかげだろう。

 であれば、下手な小細工はせずに直球で聞くとしよう。


「それで、セト。ちょっと提案なんだけど、ロナと少女契約ロリータコントラクトを結ばないか?」

「え?」

「ロナはこれからホウゲツ学園で常識とか学ぶ必要があるんだけど、その間、力を死蔵しておくのも勿体ないからさ」

「力?」


 混乱によってか機械的に問い返すセトに「そう」と一つ頷く。

 単純に理解が追いついていないだけかもしれないが、一応話を聞いてくれているだけ多少なり目はありそうだ。

 そう考えながら改めて口を開く。


「ロナは特異思念コンプレックス集積体ユニーク、魔炎竜の少女化魔物なんだ。普通の少女契約でも第六位階の力を扱うことができる。セトの手助けになるかと思ってな」

「特異思念集積体……」


 呆然としたように呟きながら、再びロナに視線を向けるセト。

 それから徐々に思考力が戻ってきたのか、悩ましげな表情になり始める。


「…………少しだけ考えさせて」

「あの、私と少女契約を結ぶのは、嫌ですか? セト兄様」

「そ、そんなことないよ。でも、急だったから」


 悲しそうに視線を伏せるロナに、セトは慌ててフォローを入れる。

 この感じであれば、やはりロナはトラウマの対象外になっていそうだ。

 とは言え、余り踏み込み過ぎても過干渉になってしまう。

 押しつけが過ぎて頑なになられても困るので、今日のところはここまでにしておくべきだろう。


「まあ、そこはセトの判断に任せる。けど、ロナもしばらくホウゲツ学園に通うことになるから、何か困ってそうだったら助けてあげてくれ」

「うん。それは勿論だよ」


 その頼みには即答したセトに、俺の隣でロナが安堵したような笑みを見せる。

 そんな妹の様子に微笑みを向けたセトの表情は、ほんの僅かながら大人びているように感じられた。心の内に植えつけられた兄という意識の賜物だろう。

 半ば強制的に自覚させられたものでも、僅かな時間で認識は変わるものだ。

 そして、それが成長へと繋がっていく。

 その気配が感じられ、俺も満足だ。


「とりあえず、今日はそれだけだ。勉強、頑張るんだぞ」

「うん。兄さん、ロナも、またね」

「はい。セト兄様」


 こうして最後には穏やかに、弟と妹の顔合わせを終え……。

 俺達は母さん達の待つ職員寮へと帰ったのだった。

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