第272話 禁忌を侵したから勝てる訳でもない
「オオオオオオオッ!!」
もはや意味をなさない叫びを上げながら、その肉体そのものを武器に襲いかかってくるフレギウス王国の王ジーグ・イクス・フレギウス。
人の形は留めているものの一回り巨大な更なる異形と化した彼は、どうやら理性を手放す代償として身体能力を更に向上させる類の
確かに代償を払えば、強化の度合いも桁違いに跳ね上がるものだが……。
残念ながら、その程度のことで俺を討つことができると思ったのなら、彼は所詮そこまでの存在に過ぎないとしか言いようがない。
……眼前の存在が救世の転生者だと気づいていない者には酷な話だろうが。
「オオッ!!」
そのジーグは、俺に殴りかかろうとする素振りを見せながら姿を消した。
また俺に仕かける振りをして妹を先に狙う可能性を念頭に置き、彼が放って地に突き立ったアスカロンと、後方で火炎のブレスを乱発している妹に意識を向ける。
しかし、次の瞬間。
彼は、今度は俺の真正面に転移してきて、そのまま拳を振るってきた。
悪くない発想だが、甘い。
圧倒的に速い相手に対して目先だけの奇襲をかけても、先に速さを封じていなければ対応されてしまうのがオチだ。
それを証明するように。俺は最小限の動作で回避すると共にジーグの懐に入り込み、鳩尾に掌底を叩き込んだ。
「……ん?」
一瞬、その手に何か妙な干渉を受けた気がして、内心首を傾げる。
だが、攻撃の威力は彼に余すことなく伝わり、その一回り肥大化した肉体は弾き飛ばされたように大地を揺らす程の勢いで地面に叩きつけられた。
その身も一定の強度と重量を有しているがために、激しい衝突音と共に砂塵が巻き上がる。それを風で吹き飛ばすと、小さくないクレーターができていた。
それを視界に捕らえながら、ジーグに触れた右手をチラリと見る。
「この感覚、もしかして毒か?」
状況が状況故にほとんど空気になっている妹からの闇雲な攻撃を軽く回避しながら、小さく自問気味に呟く。
あるいは、攻撃を反射する類の複合発露か。
しかし、いずれにいても。
三大
そこに循環共鳴まで加わっているのだから尚更だ。
動揺を誘うような想定外の事象も出尽くしたと見ていいだろう。
落ち着いて地上に目を向ける。
「……再生能力もあったか」
氷漬けの一帯から少し離れたところに落下した彼は、俺の一撃でぐちゃぐちゃになった腹部を修復しながら立ち上がって空のこちらを睨みつけた。
彼の場合、いっそ一度死んで灰の中から復活した方が苦痛が長引かず、手っ取り早く回復することができる気もするが、これも無用の能力ではないだろう。
欠損の大きい傷を負う度に自殺する訳にもいかないしな。
「けど、まあ、それも完全に拘束されてしまえば意味はない」
時間稼ぎはもう十分だ。
なるべく後顧の憂いを少なくするために遠回りしたが、準備が全て整った以上はとっとと決着をつけてしまおう。
「禁忌の件も含め、対応が決まったら解放してやる。今は眠っていろ」
俺がそう告げる間に再び大地を蹴ってこちらへと一直線に翔けてきたジーグを対象に、〈
循環共鳴によって十二分に強化されたそれは、再度転移して今度は背後から襲ってきたジーグが俺に手を伸ばす姿をそのまま閉じ込めた氷の像を作り出した。
そして、制御を放棄されたその氷の塊は重力に引かれて落下し、重心のバランスによって僅かに回転しながら地を穿つ。
念のため、少しの間だけ様子を見守るが、凍結が破られる様子はない。
今度こそ完全に封じ込めることができたようだ。
一つ小さく息を吐く。
これで一段落。後は――。
「……待たせたな」
未だに俺へと攻撃を仕かけている妹を鎮静化するだけだ。
しかし、いくら暴走しているにしても、こうも無駄な攻撃を繰り返して……。
もしかすると俺の妹はアホの子なのかもしれない。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
そんな彼女だけに、俺は常に守るように立ち回っていたつもりだが、どうやらおちょくられているように感じていたらしい。
妹はいよいよ苛立ちが限界を超えたというように吼えると、振り返った俺に食らいつかんとするように正面から突っ込んできて大口を開いて鋭い牙を見せた。
「こら、はしたないぞ」
対して俺は、適度に後退して彼女になるべく衝撃が行かないように気をつけながら、その顎を右手一本で軽く触れるようにしながら抑え込んだ。
フェリトの頑張りで未だ循環共鳴の影響下。
たとえ妹が特異思念集積体に至り、
「ウ、アア、ア、アア……」
直接触れたことによってようやく圧倒的な力の差を本能的に理解したのか、妹は怯えたような声を上げ始める。
それで多少は落ち着いて欲しいところだが、状況を鑑みるに、この暴走はそもそも恐怖に由来したものだったはずだ。
そこへ更なる恐怖を与えたところで鎮静化する訳がない。
むしろ暴走が更に酷くなってしまうだけだろう。
「アアアアアアアアアアッ!!」
案の定、妹は半狂乱になったように遮二無二暴れ出してしまった。
紅蓮のブレスを徒に撒き散らし、そうしながら鋭い爪を振り回す。
ほとんど子供が泣き喚いているような感じだ。
とは言え、その一つ一つの威力は紛うことなき特異思念集積体のもの。
俺や先程までのジーグ以外が相手だったなら、堪ったものではないだろう。
……さて、彼女をそう宥めたものか。
「イサク様、氷漬けにして連れ帰った方がいいのでは?」
と、イリュファが俺の思考を読んだように問いの形で提案してくる。
恐怖が由来だと腕力に訴えるのは効果が乏しい。
何より、その形での補導は俺の流儀に反する。
氷漬けにして、ライムさんとルシネさんの
痛みもない。とは言え……。
「まあ、それは最後の手段だな」
別々に収容されている二人を呼び寄せるのに手続きとか諸々時間がかかるだろうし、下手をすると他の特別労役に従事していて連絡が取れない可能性もある。
待っていればいいにしても、なるべく妹を暴走したままにしておきたくはない。
それを実行するのは、この場でできることがなくなってからだ。
「では、どうされるのですか?」
「それは――」
イリュファの問いに答えようと口を開くが、尽く攻撃を回避された妹が何を思ったのか突然空高く飛び上がったため、言葉をとめて彼女を見上げる。
直後、妹は辺り一帯を巻き込むように、広域に拡散する炎を吐き出した。
俺はともかく地上が少し心配なので、念のために氷の壁を生成して防ぐ。
すると、妹はそれで俺の視界が塞がったと見てか、一目散に距離を取り始めた。
逃げを打つだけの判断力はあったらしい。
特異思念集積体の身体強化だけあってそこそこ速いが、遅い。
「……何をするにしても、まずは動けなくしてからだな」
俺はそう呟くと〈裂雲雷鳥・不羈〉を用い、一瞬にして妹の前に立ち塞がった。
そして、急制動をかけて方向転換しようとする彼女に〈
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