第271話 三つ巴の中に現れた禁忌

 竜殺しの思念が蓄積された第六位階の祈望之器ディザイアード、国宝アスカロン。

 それを手にしていることから推測するに、影の中から現れた人型の異形はここフレギウス王国の王ジーグ当人である可能性が高い。

 鳥系統の特徴が発現した俺に輪をかけて様々な種族の特徴が散見されるその異様な姿は、それだけいくつもの複合発露エクスコンプレックスを同時に行使している証だろう。

 そこまでは理解することができる。

 だが、それらを今まで使わずにいて、今更使い始める意味が分からない。

 余力を残さざるを得ない訳でもあったのか、こちらの混乱を誘うためか。

 はたまた、何か別の理由があるのか……。


 しかし、いずれにしても。

 今、俺が何よりも優先すべきはその疑問に対する答えを得ることではなく、暴走するままに暴れ続ける妹を救うことだ。

 そのためには、まず彼女を害しようとする敵を排除しなければならない。

 こうも状況が混沌としていては鎮静化できるものもできなくなる。

 勿論、排除とは言っても命を奪う訳ではない。

 ただでさえ密入国している上に他国の王を殺害までしたら、戦争へ真っ逆さまだろう。道徳的な理由も当然として、それは避けなければならない。

 行動不能に追い込むことさえできれば、それで今は十分だ。

 が、アーク複合発露エクスコンプレックス万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉による凍結は破られてしまった。

 俺が使える中では最大の威力を誇る〈支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイトなら通じるだろうが、それでは殺してしまうだけ。となれば――。


「……フェリト」


〈万有凍結・封緘〉の威力を底上げしなければならない。

 そして、そのためにこの場で取れる手段は一つだけ。

 循環共鳴しかない。


「すまない。また頼む」


 だから俺は、見境なく放たれ続ける妹のブレスを回避しながら彼女に乞うた。

 可能な限り早く妹の下へと至るために、ホウゲツからここに至るまでに循環共鳴を既に使用して最大限〈裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を強化してきたのだ。

 その疲労はまだ残っているだろう。

 そこへ更なる負荷を強いることになる。

 それでも、後腐れを最小限に妹を救うにはそうする以外にない。


「大丈夫。任せて」


 そんな俺の要請に、しかし、フェリトは影の中から二つ返事で応じた。

 真性少女契約ロリータコントラクトを結んだ仲なのだから、余り気を遣い過ぎるなとでも言うように。

 そして彼女は速やかに。自身の真・複合発露〈共鳴調律イントネイトディア想歌アンプリファイア〉を発動させる。

 その意をくんで感謝は心の中に留め、俺もまた彼女に倣った。

 と同時に、互いを対象として効果が発揮し始める。

 だが、相手はアーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックス相当の力。

 それに対して十分な威力を発揮するには、少しだけ時間が必要だ。

 だから俺は、その猶予を作り出すために再度地上一帯を凍結させた。

 氷ごと灰になって甦るジーグを筆頭に、真・暴走・複合発露で身体強化している配下達もまた復活してしまうだろうが、僅かでも時間稼ぎにはなるはず。

 そう見込んでのことだったが……。

 この場は既に、想定外が連続している戦場だ。


「何っ!?」


 その想定もまた裏切られ、眼下の異形、ジーグ(仮)は灰になることもなく瞬時に凍結を破ると、地面を砕く程の衝撃と共に跳躍した。

 一方で先程は復活した配下の者達は凍りついたまま。

 氷の彫像と化したまま、そこから脱する様子はない。

 いくら循環共鳴を開始したとは言っても、遠距離広範囲への干渉。

 この僅かな時間ではそこまで急激には強化されないはずだが……。

 先程までの比ではない速度で迫るジーグを前に、疑問を抱いている暇はない。


「こいつっ!」


 音を置き去りにして接近してくる異形は、しかし、途中で急激な方向転換を行うと俺の後方にいる妹、真紅の鱗を持つ巨大な竜へと向かう。

 対して、未だに暴走状態にある彼女は己の近くにいる存在全てを敵と見なし、俺諸共薙ぎ払おうとするように紅蓮のブレスを吐き出した。

 ジーグ(仮)はそれを空中で回避しながら、竜殺しの剣を構えて妹の下へ。


「待て、このっ!」


 そんな彼を、俺もまた雷の速度と軌道でブレスを掻い潜りながら追いかけ、追い越して両者の間に割り込む。

 そのまま間髪を容れずにジーグ(仮)を蹴り飛ばす。

 直後、背後から妹が爪を振るってくるが、氷の粒子と風の探知でお見通しだ。

 振り向かないまま回避して、両者との適切な間合いを維持する。

 そうしながら俺は、空中で体勢を立て直して滞空するジーグ(仮)を見据えた。


「……やはり、先に貴様を排除しなければならないようだな」


 半ば三つ巴の形となっている空に、ジーグの声が響く。

 やはりと言うべきか、眼前の異形は複合発露を使用する彼だったらしい。


「ジーグ・イクス・フレギウス、力を隠していたのか」

「さて、なっ!」


 そのジーグは俺の問いをはぐらかし、言葉尻を強めて再び間合いを詰めてくる。

 速さは十分だが、空中での挙動はやや拙い。

 常日頃から空を飛んだり、その訓練をしたりしている訳ではないのだろう。

 それでも、やはり先程まで使わずにいた理由が分からない。

 少なくとも、空中に浮かべた足場を利用するよりは余程機動性が高い。

 そう分析すると共に、妹からの攻撃、位置関係にも注意を払いながら一先ず俺から攻めることはせずに相手の出方を見る。

 循環共鳴による強化が十分になされるには、もう少し時間経過が必要だ。


「愚かな反逆者よ、我が剣の錆となるがいい!!」


 対してジーグは、一体何を思ったのか、そう仰々しく叫ぶと片刃の両手剣アスカロンを俺に叩きつけんとするように大きく振り上げた。

 そのまま彼は、〈支天神鳥・煌翼〉による身体強化が施されたこの身には通用しないそれをそのまま無造作に振り下ろし――。


「何っ!?」


 その刹那。

 突如として、氷の粒子と風の探知が妹の背後に何者かの気配を感知する。

 だから俺は即座に雷光を放ちながら空を翔け、竜の巨体の脇を通り抜けた。

 そして目にしたのは、今正にアスカロンを以って妹を両断しようとしているジーグの姿。先程まで正面にいた彼は、いつの間にか土塊となって崩れ落ちている。

 タイミングは決定的で、ジーグの異形の顔には勝利の確信が見て取れる。

 だが、俺の速度は彼の剣速よりも遥かに速い。

 そのおかげで俺は妹に致命傷を与え得る斬撃の前へと躍り出ることができ、その刃を両手で挟み込むようにして受け止めた。


「き、貴様、化物かっ!」


 体格の差とは裏腹の、圧倒的な身体強化の差。

 それによってピクリとも動かないアスカロンを押し込もうと両腕に力を込めながら、ジーグは驚愕と忌々しさを伴って吐き捨てる。

 彼は腕力勝負を諦めたように力を抜くと、次の瞬間、アスカロンごと姿を消して少し離れた空中に再度現れた。


「そちらこそ、転移まで使えるとはな」


 先程の芝居がかった台詞も、俺を先に排除すると言ったのも、転移を利用して奇襲するためのブラフだったのだろう。

 俺を狙うと見せかけて、最初から妹を殺すつもりだった訳だ。

 だが、しかし。飛行能力のみならず転移まで。

 更に言えば、先程から何か妙な干渉を受けている感覚もある。

 恐らく、精神干渉系の複合発露も有しているのだろう。


「不条理な」


 こうなると尚のこと分からない。

 何故、今までそれらを使わなかったのか。

 まるで、先程までは使うことができなかったのが、配下の一人の影に入って何かをしたことによって、それらの複合発露を使えるようになったかのようだ。


「…………まさか」


 思えば、ジーグが影に入る前に配下とそれを伺わせる会話をしていた。

 力を一時的に借り受ける。元より預かっているもの。

 そして一度は凍結を破ったにもかかわらず、今は氷漬けの配下達。

 それらとこの状況を照らし合わせると、一つの仮説が導き出される。


「真性少女契約を、移し替えた?」


 そんなことができるはずがないと思いながら、無意識に口に出す。

 対して、それを耳にしたジーグが異形の顔を強張らせる。

 その仮説が正答であるかのように。


「そ、そんなことができるのはクピドの金の矢ぐらいです! ですが、それは禁忌の力として時の救世の転生者に全て破壊されたはずです!」


 と、イリュファが信じられないと言うように影の中から叫ぶ。

 クピドの金の矢。刺した対象の感情を操作する祈望之器。

 隷属の矢や狂化隷属の矢の複製元。

 彼女の言う通り、以前の救世の転生者に破壊されたと俺も聞いていたが……。


「つまり、あるんだろう。隠匿され、残っていたそれが。どこかに」


 矢というからには一本だけのはずがない。

 あるいは、どこかの遺跡から再発掘される可能性も皆無ではないだろう。

 禁忌と言うだけあって全ての国の法で即時破壊が定められているはずだが、フレギウス王国はそれを秘密裏に所持していると見て間違いない。

 証拠は眼前にいる男の様子だ。


「どこの誰かは知らないが、貴様を生きて帰す訳にはいかなくなった」


 ジーグは完全に余裕をなくしたように告げ、アスカロンを地上へと放る。

 今度こそ魔炎竜よりも俺を優先して討つ。その意思を示すように。


「おおおおオおおオオオおオオオオオオオオッ!!」


 そして彼は、何かの真・暴走・複合発露を新たに発現させたのか、筋肉を大幅に膨張させながら咆哮し、再び俺に挑みかかってきたのだった。

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