AR05 見覚えのある
「暴走した彼女は、世界的に見ても最強クラスの
***
白い。ひたすらに白い世界。
雪が吹き荒れ、視界が完全に奪われている。
どこまでが地面で、どこからが空か分からない。
ホワイトアウトという奴だろう。
山岳地帯でもない単なる平地。それも本来の天気は晴れで生じた異常さ。
それだけで依頼の対象である
「これ程、とはな」
困惑を通り越し、思わず引きつったような苦笑を浮かべてしまう。
俺と共にその少女化魔物の暴走を止めるために来た
脅威度EX。強さだけで言えば脅威度Sである妻、ファイムと同じ括りのはず。
しかし、やりにくさは明らかにこの少女化魔物の方が上だ。
まともな勝負の土俵にすら上げて貰えない。
「さて、どうするか」
ファイムとの真性
雪女の少女化魔物が持つ、全てを凍りつかせる暴走・複合発露。
この身を凍結させるに至らないのは、同じ第六位階の〈火炎巨竜転身〉によって巨竜と化した体のあちこちから噴き上がる火炎が守ってくれているからだ。
それでも徐々に体温が低くなっていっているのが分かる。
長くは持たないだろう。
「これだけの距離があってこの様か」
一際白い一点。そこにいるだろう少女化魔物を睨みながら独り言ちる。
雪女らしい着物がチラリと目に移るが、全体像は見えてこない。
彼女は俺達には見向きもせずに少しずつ南下していく。
これ以上近づけば、真・複合発露を以ってしても耐えられずに凍りつくだろう。
「〈
己が身を光と化し、光に近い速度で移動できる複合発露。
これを使えば、一瞬だけなら近づくことはできる。
一撃を入れるくらいは不可能ではないはずだ。
だが、確実に、それと同時に他の少女征服者達と同じように氷漬けにされるだろう。
そして
狂化隷属の矢で強制的に暴走させられているのとは異なり、気絶させて矢を抜けば鎮静化できる可能性があるという訳でもないのだから。
当て身で意識を失わせたところで、目を覚ませば結局暴走状態に戻るだけ。自ら暴走した少女化魔物は、暴走の根底にある要因を解決しなければ意味がないのだ。
そも器用に意識だけを刈り取る加減は、この状況では不可能。
一撃と言ったら全力の、命を奪う一撃以外にない。
「……やるしか、ないか」
依頼は救出。
この国では少女化魔物は人間と同等に扱われている。
暴走した少女化魔物は、被害者とか病に侵された患者とかそういう扱いだ。
それに関しては俺も悪いとは思わない。
そういう環境で育ってきたし、少女化魔物を伴侶としている以上は。
だから、助けたかった。
そうでなくとも助けなければならない理由があった。
この少女化魔物を狂気の渦から引き上げることができなければ、今現在氷の彫像と化している人々、氷漬けになった建物も二度と元に戻らないだろう。
命を奪う一撃を叩き込むために近づいた俺もまた。
「……すまない」
だが、このままでは彼女は南下を続け、いずれはヨスキ村をも氷の中に閉じ込めてしまうかもしれない。世界の全てを凍りつかせてしまうかもしれない。
だから俺はその少女化魔物に詫び、彼女の命を奪うために身構えた。
そうしながら家族のことを想う。
氷漬けにされた俺は死ぬ訳ではない。
俺が死ねば、俺と真性少女契約を結んだファイムは共に命を落とすこととなるが、この場合は生き永らえることができるだろう。
「ファイム……イサクとセトを頼む。しっかり育ててやってくれ」
覚悟を固めるように呟き……同時にふと父のことを思い出す。
命懸けで強大な少女化魔物と相討ちになった父。
あの人もまた今の俺と同じような気持ちだったのだろうか。
「……アロン。すまない。俺にはお前を助け出せそうにない。いつか必ず、イサクやセトがお前を救ってくれるはずだ。それまで待っていてくれ」
それから、有力な手がかりもなく行方不明になったままの長男への謝罪を口にする。
「イサク、セト。健やかに育ち、自分らしく生きろ」
そして最後にそう祈るように言い――。
「複合発露〈擬光転移〉」
己を奮い立たせるために、その名を敢えて告げて一気に対象へと直進した。
視界が急激に移り変わる。
一瞬にして、その少女化魔物の眼前に至り……それと共に、彼女の限界以上に見開かれた目の中の白銀の瞳がこちらを捉える。
その視線が向けられた右手が一瞬にして凍結してしまう。
俺は瞬時に、使いものにならなくなった右手ではなく左手で彼女の細い首を圧し折ろうとして……。
「それはっ!?」
少女化魔物の長い白銀の髪を纏めている装飾品を目にし、咄嗟に左手の動きを無理矢理変え、それを引き抜きながら彼女の脇を駆け抜けていった。
そのまま彼女の暴走・複合発露の効果範囲から抜ける。
完全に凍りついた右手のせいでバランスが取れずに背中から雪の中に突っ込む。
光速に近い速度に完全な制動をかけ切ることができず、雪と土の混じった長い一直線の跡を地面につけてしまう。
「イサク……」
大地に体を投げ出しながら、左手で掴み取った装飾品を掲げる。
少女化魔物の髪を纏めていたそれは雪をモチーフにした見覚えのある形で、彼女の力の範囲を抜けて差し込んだ太陽の光を反射しながら銀色に輝いていた。
***
「暴走した彼女は、世界的に見ても最強クラスの少女化魔物だった。たとえ君の父親であり、勇者と名高いジャスターであっても相討ちが精々だっただろう。そう。君が作ったそれがなければ、きっと彼は実際にそうしていただろうね。君達をその脅威から守るために」
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