第36話 暴走した少女化魔物の鎮圧依頼

「掟だと村に生まれた子供は十二歳になる年の四月に村を出る。だから、俺も後二ヶ月もしたら村を離れることになるんだよな」

「はい。感慨深いことです」


 俺の確認に、イリュファが心の底からそう思っているように言って頷く。

 今は二月。冬真っ只中で、自室の窓から見える外は一面の銀世界だ。


「……しかし、あれから六年以上経ったのか」


 机の上に置かれた写真風の絵を手に取って呟く。

 相変わらず、そこには無邪気に笑う俺とサユキの姿が描かれている。

 時々補修しているので当時のままだ。

 都市に行くにしても、これだけは持っていきたいところだ。


「そんなにその子のことが忘れられないの?」


 そんな俺に対し、フェリトが影の中から呆れたように問う。

 女々しい奴とでも言いたげな口振りだが……。


「フェリトさん、余りツンツンしてるとご主人様に嫌われますですよ。この前、消え去った魔物のことすら覚えてる優しい人だって言ってたじゃないですか」

「ちょ、内緒だって言ったでしょ!」

「あわわわ、揺らさないで下さいですうっ!!」


 どうやら影の中でフェリトに掴まれてガクガクと激しく揺さ振られているらしく、外的な要因による震え声を出すリクル。

 まあ、内緒話をばらすのは余りよくない。

 この場はフェリトのフォローになっているので俺からは何も言わないが。


「フェリトは、余計なことを考えている間に祈念魔法の一つでも使えるようにならないと駄目ですよ。せめて身体強化ぐらいはまともに使えないと一緒に戦えません」


 と、イリュファが、リクルとは別方向から、フェリトに追い討ちをかけるように苦言を呈する。


「う、うぐ。分かってるわよ」


 どうも少女化魔物ロリータになってからの時間が長く、その間に祈念魔法を学ぶ機会がないと、それに関して少々覚えが悪くなってしまうらしい。

 少女化魔物になってすぐに俺と契約したリクルは一般知識がほぼない代わりに、比較的祈念魔法を覚えるのは(あれでも)早かったらしいが。

 まあ、人間も子供の頃と大人になってからとでは新しいことを始めた時の習熟スピードは全然違うし、それと似たようなものだろう。


「こんなんじゃ駄目よね……」

「大丈夫です! 文句ばかりだった私より真面目に頑張ってるフェリトさんができないままのはずがありませんです! 焦りは禁物ですよ!」

「……うん。ありがと、リクル」


 そんな仲間二人の仲よさげな会話をほっこりしつつ聞いていると、自室の扉がノックされる。


「イサク、入るぞ」

「父さん? いいよ」


 父さんは俺の返事を待ってから部屋に入ってきた。


「どうしたの?」

「ああ、実はな。また厄介な少女化魔物の鎮圧依頼が来たんだ」

「え? ……セトのことがあるから、しばらく依頼は受けないんじゃなかったの? と言うか、また嘘の依頼じゃないの?」


 何となくデジャブを感じて、訝しむように問う。


「いやいや、今回はちゃんとしたところからの依頼だし、実際にもう何十人も少女征服者ロリコンと少女化魔物に被害が出てるんだよ」


 対して父さんは微かに苦笑しながらも真剣な声で否定した。

 さすがに立て続けにってことはないか。

 と言うか、一般人じゃなく少女征服者と少女化魔物が何十人もやられたって。

 ガチでヤバい奴じゃないか?


「一体、どんな少女化魔物なの?」

「雪女の少女化魔物らしい。本来の脅威度はBぐらいなんだが……」


 少女化魔物に設定された脅威度。

 火竜レッドドラゴンの少女化魔物たる母さんはSだったはず。

 Bというのも低くはないが、さすがにそんな被害が出るようなレベルではない。


「もしかして暴走してるの?」

「そうだ。そして改めて設定された脅威度はEXだ」

「EX!? えっと、それってSより上なの?」

「いや、強さとしてはSと同等だ。けど、EXはその特性上、人類社会を滅ぼすことが可能な複合発露エクスコンプレックスを持つ少女化魔物に与えられる脅威度だ」

「でも、少女化魔物に人類は滅ぼせないってイリュファが……」


 人間の思念の集積体たる魔物。それが進化した存在である少女化魔物。

 人類の総数が減少すれば力も弱まり、人類を滅ぼすことはできない。

 加えて、万が一にでも人類が滅べば少女化魔物もまた滅ぶ。

 少女化魔物自身もそれを本能で知っているため、人類を滅ぼそうとはしない。

 それでも尚、滅ぼそうとするのは人形化魔物ピグマリオンのみ。

 そのはずだが……。


「生きたまま行動不能にする。その類の複合発露を有するということでしょう」


 俺の疑問に、イリュファがこれまでの説明に補足するように答える。

 生きたまま行動不能にする?

 そうか。つまり――。


「その少女化魔物の複合発露は周囲の人間を生きたまま氷漬けにするものだ。それも内部の状態は時が止まったように維持される」

「こうした状態は死ではありません。しかし、全人類が同じ状態になれば社会は停止します。新たに人間が生まれることもなく、文明が発展することもありません」


 即ち、観測者の存在は維持されつつも、人類社会は終焉を迎えてしまうという訳だ。

 成程。これもまた一つの滅びだ。


「例えば、全人類を永続的な睡眠状態にする、石化状態にするなどの複合発露を持つ少女化魔物も脅威度EXに当たりますね」


 対照的に母さんは強大な力を持っていても、そんな真似はできないからSという訳か。

 そこまで説明してくれたイリュファは、しかし、どこか疑問を持ったのか首を傾げた。


「しかし、そのような力を持つ少女化魔物。暴走以前から一定の力を有していて目立つはずですが……突然発生したのですか?」

「いや、ウインテート連邦の北部で何度か目撃されていたらしい。その時は力を使う気配もなく無害だったそうだが、今年になってアクエリアル帝国に入り、そこで人間に襲われて――」


 暴走してしまったと言う訳か。

 ウインテート連邦共和国は元の世界で言うアメリカ全土に広がる国家で、比較的少女化魔物にも友好的な国だったはず。アクエリアル帝国の方は……。


「あの国は少女化魔物を完全に道具と見なしていますからね。まあ、人間の扱いも皇帝の下さして変わりありませんが。有用な複合発露を持つ少女化魔物ならともかく、氷属性の少女化魔物は害獣も同然の扱いです」


 ロシア一帯を支配するかの国。

 極寒の地であるためか、氷属性の少女化魔物が掃いて捨てる程生まれると言う。

 元々のスタンスを差し引いても害獣扱いは酷い扱いだと思うが、それだけ長年多くの被害を受け続けているということなのかもしれない。

 まあ、国の主義主張をここで考えても仕方がない。意識を話に戻す。


「ってことは、アクエリアル帝国に行くの?」

「いや、どうやら襲われて逃げ惑い、この国に入ってきてしまったらしい。まあ、アクエリアル帝国がわざと追い込んだのかもしれないが……そのまま南下してきているようだ」


 そして、既に他の少女征服者達は駆り出され、多くの被害を受けてしまっていると。

 勇者とも謳われた父さんを頼らなければならない程に。


「そういう訳で俺は行かなきゃならない。勿論その間に何かあっても、お前達のことは母さんが守る。……しかし、母さん一人じゃ手が回らないこともあるだろう」

「……セトやダン、トバルのことは俺が守るよ」


 父さんの言いたいことを察し、先回りして言う。

 すると、父さんは誇らしそうに笑顔で「ああ」と頷き、俺の頭を軽く撫でた。


「じゃあ、行ってくるからな」

「うん。行ってらっしゃい」


 そうして父さんは一人、雪女の少女化魔物の暴走を止めるために村を離れたのだった。

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