AR04 全てを凍らせる
「これは君こそが元凶だったと言ってもいい。君がああしなければ、そうなることはなかったのだからね。けれど……君がああしなければ――」
***
わたしは探している。
何よりも大切な思い出と、それをくれた人がいる場所を。
わたしは探している。
あの日以来、何年もの間。
時間としては、もうあの日々よりも長い。
けれど、記憶にハッキリと残っているのがどちらかは言うまでもない。
わたしは冬と共に移動している。かつてそういう存在だった名残で。
それでも冬にあの子と出会ったのだから、きっといつか会えるはず。
そう信じていたけれど、冬というものは広いらしい。
それも、わたしが思っているよりも遥かに。
時に海の上。時に山の上。
人間と会うことすら稀で、これまで運よく会うことができた数人は誰もあの子の名前を知らなかった。当然かもしれないけれど。
名前。優しい性格。当時の容姿。
わたしが知っていることは少ない。
もう、あれが一体いつどこでの出来事だったのかも分からない。
探し出せる可能性はゼロに等しいだろう。
それでも会いたい。
会いたい。
…………会いたい。
あの子はわたしの全て。
今、わたしがわたしでいられるのはあの子を強く想っているから。
そして少なからず、あの子がわたしを覚えていてくれるから。
そう確信している。
だから、わたしは今日も探し続けていた。
そして、久し振りに人間の影を見つけ、あの子のことを聞こうと駆け寄る。
どうやらまた別の国に来てしまったらしく、以前に尋ねた人間とは雰囲気が違う。
あの子がいた村の人間達とも人種が違う感じがする。
その人間は、近づくわたしの銀色の髪を見ているようだ。
期待はできなさそうだけど、聞いてみなければ始まらない。
「あの――」
意を決し、声をかけようとした正にその瞬間。
「え?」
彼は突然剣のような武器を構えると、明らかな敵意と共に切りかかってきた。
それまで油断を誘おうと抑えつけていたのか、まるで鬼のような形相と共に。
「ひっ」
わたしは小さく短い悲鳴を上げながら、咄嗟に、迫り来る切っ先と地面とを繋げて固定するように空間を凍りつかせ、すぐさま踵を返して逃げ出した。
一瞬遅れて足音が追いかけてくる。
それだけならまだしも、どうしてか音の数が少しずつ増えていく。
恐る恐る振り返ると、どこからともなく別の人間が何人も現れ、各々鋭い刃を持つ武器を手にわたしに迫ってきていた。
一様にわたしへの敵意と殺意を湛えながら。
「な、なん、で」
思わず疑問の言葉を口にしつつも、答えが得られることもないまま走る。
ただ走る。
けれど、わたしの体は彼らより小さく、手足も短い。
そのせいで、徐々に距離が縮まってしまう。
体力が続かず、息が切れる。
走る速度も遅くなって追いつかれそうになる。
怖い。怖い。
理由が全く分からないから尚のこと恐ろしい。
「どうし、て」
わたしはただ、あの子に会いたいだけなのに。
こんな目に遭わなければいけないのか。
何年もの間、手がかり一つ得られず、ずっと独りで彷徨ってきた。
その果てに何故、意味も分からないまま命を奪われそうにならなければいけないのか。
混乱と共に恐れがますます肥大化し、無意識に涙が溢れてくる。
次の瞬間、背中に焼けるような痛みが走り――
「うぐ、う、ああああっ!?」
わたしは泣き叫び、足をもつれさせて転んでしまった。
その勢いで視界がグルグル回り、その途中で剣を振りかぶって更に切りつけてこようとする人間の姿が一瞬だけ目に映った。
「い、嫌あああっ!!」
わたしは無我夢中で力を発動させて、今度はその人間そのものを凍りつかせた。
痛む背中の傷跡も凍結させて応急手当てをし、再び遮二無二駆け出そうとする。
が、そのことで逆上した人間達が殺到してきて、一つ二つと切り傷をつけられる。
「あ、う、うう」
増える痛みに雪の積もった地面へとまたもや突っ込んでしまう。
それでも何とか逃げようと必死に体を起こす。
「あ、ああ……」
しかし、その体勢で振り返ったわたしの視界に、今正に心臓を目がけて剣を突き立てようとしている人間の姿が映った。
それも複数人。
「う、あああああっ!!」
迫る刃。防ごうにも間に合わない。
この一瞬で全員を凍らせることは、わたしの力では不可能。
間違いなく体を貫かれてしまう。
そうなれば、わたしの命なんて呆気なく終わりを迎えるだろう。
「あ――」
それでも何もできるはずもなく、死が近づく。
恐慌をきたす。
恐怖心が弾ける。
理不尽に怒りが満ちる。
あの子と再会することもできないまま、こんなところでわたしは死ぬ?
そんなのは絶対に嫌だ。
わたしは絶対に、もう一度あの子と会うんだ。
会って今も大好きだと伝えるんだ。
そんな思いを抱こうと刃が止まるはずもなく、走馬灯だけが脳裏を駆け巡っていく。
イサク。
イサク。イサク。
その果てにあの子の名前だけが思考を埋め尽くし――。
「イサク!」
そう口にした瞬間、視界に映る全てが凍結した。
同時に、わたしのあの子への想いを永遠に保とうとするかのように、千々に乱れていた思考もまた一つに収束して凍りつく。
それは間違いなくわたしの本心からの望みでもあったから、理性は僅かたりともそれに抗うことなく受け入れて。
そうして、わたしは……いつかイサクにサユキという名を貰った
***
「これは君こそが元凶だったと言ってもいい。君がああしなければ、そうなることはなかったのだからね。けれど……君がああしなければ、どんな形であれ彼女と再会することは叶わなかっただろうね」
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