第35話 真性少女契約の意味
俺の心配とは裏腹に、一週間もするとセトは自然と襲撃以前の様子に戻っていた。
子供達の世話をしながら対人恐怖症のリハビリをすることになった
ともかく、この村に残った四人の少女化魔物。
アルラウネの少女化魔物のランさん。
アラクネの少女化魔物のトリンさん。複合発露は空間に粘着性の糸を配置して束縛する〈
亜人(エルフ)の少女化魔物のインシェさん。複合発露は風を操る〈
オーガの少女化魔物のヴィオレさん。全身の筋肉を膨張させる〈
勝手なことを言わせて貰うと、正直今一強くはない。
襲撃時には軽度の狂化状態にあったと言うが、それは狂化していなければ戦闘で使うには不十分な力しかないと判断されたことも一つの理由だったのだろう。
そんな半端な能力も、フェリトと同じ力を持つ姉、セレスさんの複合発露〈
「……もうちょっと鍛えないと護衛なんて無理だよなあ」
今、彼女達は子供達とボール遊びをしているが、第三位階の祈念魔法で身体強化しているセト達に翻弄されている。
元々切った張ったの世界にいた訳ではない彼女達。
野良少女化魔物として自然の中で過ごしていたところを捕らえられたということもあって、戦いに必要な技術や心構えなどはほとんどない。
それこそ、人間に捕まって隷属させられていなければ、物騒な世界とは無縁に生きていたに違いない。
「まあ、それはフェリトも同じですけどね」
弟分達の様子を、離れたところから祈念魔法による視覚強化で見ながら口にした俺の呟きにイリュファが続く。
「わ、悪かったわね」
それに対し、今は周りに人がいないので影から出てきているフェリトが、ばつが悪そうに唇を尖らせる。
彼女もまた同様に、戦いの場に連れていけるレベルではなかった。
勿論、俺も人のことを言える程大した男ではないが、彼女らよりは遥かにマシだ。
「私より弱い、です!」
全く悪意なく事実として言うリクルに、フェリトは「ぐぬぬ」と押し黙ってしまった。
まあ、五年もの間イリュファの扱きに耐えたリクルだ。
野良少女化魔物上がりの彼女に負けるはずがない。
負けたら、イリュファからお仕置きされかねないぐらいだ。
「最低限の祈念魔法も使えないし、複合発露も今一パッとしないしなあ」
敵が味方になると弱体化するとはよく言われることだ。
その例に漏れず、と言うのは余りにも酷な話なのだが……。
「し、仕方ないでしょ。あの時は暴走して第六位階になってたんだから」
フェリトの複合発露〈不協調律〉。暴走していた時は周囲の複合発露の位階を一つ低下させ、祈念魔法を完全に封じるものだった。
しかし、通常状態(第五位階)でのそれは周囲の複合発露の同一位階内での弱体化。祈念魔法の位階を一つ低下させる。という程々な感じのデバフに成り下がっていた。
いや、勿論。十分使える能力だが、なまじ第六位階の時の強さを知っているだけに比較して微妙な気分になってしまう。
「けど、フェリトのお姉さんは暴走したままな訳だし。もし奪い返すとなると、そのお姉さんの暴走・複合発露を乗り越えないといけない訳で……」
「うぅ、分かってるわよ」
弱ったように言うフェリト。
当初は自分一人で姉を救出することも考えていたはずだが、これでは余りにも無謀だったとしか言いようがない。
それどころか、このままでは俺達がサポートしたところで救出は不可能と見た方がいい。
ただ倒すだけならともかく、暴走状態を鎮静化しなければならないのだから。
「やっぱり、せめて第六位階の複合発露がないとな……」
どう足掻いても位階の壁を超えることはできない。
暴走・複合発露という脅威があるのなら、尚のこと第六位階の力が不可欠だ。
「フェリト。真性
だから当然の帰結として第六位階の力を得る術の一つを口にしたのだが――。
「え? な……あ、貴方、いきなり何言ってるのよ!!」
いきなりフェリトは顔を真っ赤にして怒り出してしまった。
「出会ってまだ一週間そこそこなのよ! それなのに、軽々しく真性少女契約なんて結べる訳がないじゃない! いくら貴方が救――――だからって!」
そんな状態でも救世の転生者である旨は口に出さない辺り、本当に律義な子だと思う。
だが、それだけに何故そんな反応なのか分からない。
イリュファに疑問の視線を送ると……。
「すみません。まだ先のことと失念しておりました。フェリトも、ごめんなさいね。イサク様はご存知ではないのです」
彼女は俺には呆れ気味に言いながら、フェリトにはしっかり頭を下げた。
「そ、そう。知らなかったの。な、なら、この場は許してあげるわ」
頬を染めたまま腕を組み、ソッポを向きながら応じるフェリト。
「どういうことです?」
「何? リクルも知らないの? 駄目よ。貴方も少女化魔物なんだから、それぐらいちゃんと知っておかないと」
首を傾げるリクルに、まるで年上が子供を諭すようにフェリトが言う。
もっとも、その後「私も姉さんに教わっただけだけど」と小さくつけ加え、最後までお姉さん風を吹かせ続けることはできなかったが。
「いい? 私達少女化魔物は基本が人間の想念の集積体である以上、人類が滅びでもしない限り、老いて死ぬことはないわ。殺されたら話は別だけどね」
続くフェリトの言葉に俺は驚き、目を見開いた。
少女化魔物は不老。ただし、殺される以外にもネガティブになっただけで死んでしまうこともあるから不老不死ではないと。
いずれにせよ、イリュファは自分で言っていた通り百年以上生きているのか。
「だけど、真性少女契約を結ぶと自分自身を観測する主体が契約者になるらしくて、契約者が死んでしまうと真性少女契約した少女化魔物も同時に死んでしまうの」
「えっと……少女化魔物が死んだ場合はどうなるんです?」
「その場合は単に契約が解除されるだけ。所詮、少女化魔物は観測者として人間よりも遥かに低位の存在なのよ」
未だ知識に乏しいリクルの問いに、微妙に納得がいかない風に答えるフェリト。
まあ、そういう反応になるのも理解できる。
一蓮托生な訳ではなく、片方の存在に依存した関係なのだから。それだけに――。
「真性少女契約は少女化魔物にとって相手と死すら共にする誓い。一度契約したら解除もできない、結婚よりも遥かに強固な約束なの!」
フェリトの言う通り、少女化魔物にとっては極めて重い話だ。
勿論、双方の合意が必要な訳で、ある意味最終的な決定権は少女化魔物側にあるとも考えることができるが……。
何にせよ、力を求める勢いで軽々と要求していいものではないのは確かだ。
「ごめん。デリカシーに欠けてたな」
「べ、別に。まだ早いってだけで、可能性がない訳じゃないし」
と、再び顔を赤くしながら不機嫌そうに言うフェリト。
自分と死すらも共有してくれと言うような契約。
可能性があると言ってくれるだけありがたく思うべきだろう。
「真性少女契約はともかくとしても、まだまだ力が足りないことは事実です。フェリトも祈念魔法ぐらいは使えるようになって貰わなければ困ります」
「……姉さんを助けに行くにもまずはそれからってことよね。分かってるわ」
イリュファの結論にフェリトは冷静に同意する。
情報も何もない状況だが、その時が来たとして力が不足しているでは話にならない。
今は、少しでも救出の成功率を上げるために日々備えるしかない。
ただ、リクルも割とそうだったようだが、少女化魔物は飲み込みが今一よくないらしく、フェリトも簡単な祈念魔法を覚えることにすら苦労しながら時間は過ぎていった。
気づくと一年以上経過し、俺も十二歳となる年に入る。
即ち、四月になれば掟に従って村を出て、都市へと行かなければならない年。
その二月のこと。
フェリトの件とは別の、今となっては遠い過去となった縁が一つの事件を引き起こした。
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