第34話 できること、やりたいこと
「あんちゃん! 体、大丈夫!?」
トバルの家。もとい何度も訓練用の武器を修復して貰ったエノスさんの雑貨屋。
その扉を開いて中に入ると、ダンが俺の姿を認めて心配そうに駆け寄ってきた。
彼の両親であるアベルさんとその奥さんのルムンさんは、まだ偽りの依頼の背後関係を調べるために都市に残っている。
だから、と言う訳ではなく、いつも彼らが仕事を行う時は二人一緒が基本なので、村を出る際には大体ダンをどこかの家に預けている。
普段は親戚であるウチだが、今回の騒動では母さんまで駆り出されていたため、トバルもいるエノスさん夫婦にお願いしていったようだ。
「あんちゃん?」
少し遅れて、そのトバルも傍に来て同じく体調を心配するように見上げてくる。
「ああ、もう大丈夫。絶好調だ」
そんな二人に力瘤を作ってアピールしてから、俺は二人の頭を撫でた。
弟分の前ならたとえ辛くても我慢するだろうが、今日のところは間違いなく本当だ。
「それより、ダンとトバルこそ大丈夫か? 怪我とかなかったか?」
「うん。大丈夫!」
元気そうに言うダン。彼は問題なさそうだ。
トバルの方は何だか少し元気がない気がするが……。
「あんちゃんが守ってくれたって。お父さんとお母さんが」
と、彼はそんな調子のまま呟いた。
殊更自分の功績を主張するのは日本人的に恥ずかしくて、黙って微笑むに留める。
異世界だけども地理的に日本だからか、一応この国でも謙虚は美徳だ。
「ジャスターとファイムの息子に相応しい姿だったぞ」
いつものようにカウンターに立っていたエノスさんも褒めてくれる。
何ともむず痒い。
「あんちゃん! あんちゃん! あの竜みたいになる奴、もう一回見せて!」
軽く照れていると、ダンが興奮したようにせがんできた。
この世界でもドラゴンは強さの象徴であり、転じて一定の格好よさをも併せ持つ存在と見なされているようだ。勿論、想像の産物としてのそれの根底には、絶大な悪というネガティブな概念が横たわっているのだろうが……。
魔物としてのそれは位階の影響で
いずれにしても減るものでもなし、見せるぐらいなら構わない。
「やるなら店の外でやってくれよ」
そこへ、奥から出てきたクレーフさんが手をひらひらさせながら言う。
「あ、はい」
気合いを入れると体から炎が噴き出る複合発露〈
屋内で使うのは中々に危険だ。
この前は緊急事態だったから会堂で使ったが、あそこぐらい広い場所でもすぐに外に出ていなければ建物が焼けていたかもしれない。
「んじゃあ、行くぞ」
クレーフさんに言われた通り、二人を連れて外に出てから複合発露を発動させる。
瞬間、真紅の鱗が体を覆っていき、竜の如き特徴が俺の全身に生じた。
「か、かっけーっ!! あんちゃん、かっこいい!!」
それを見て、テンションが上がったように叫ぶダン。
まるでヒーローショーを見に来た子供のようだ。
「あんちゃん、あんちゃん! 俺、あんちゃんみたいに強くなれるかな!?」
興奮冷めやらぬまま、ダンはキラキラした目と共に言う。
最初に感じた通り、彼に関しては精神的なショックよりも、あの襲撃において自分達を守って戦ってくれた兄貴分への憧れの気持ちの方が強いようだ。
自分で言うのも何だけど。
「まあ、それはダン次第だな。ダンが望むなら、あんちゃんが鍛えてやる」
「本当!?」
「ああ。まずは複合発露を使えるようになるところからだ。確かルムンさん、ダンのお母さんはヨルムンガンドの少女化魔物で複合発露は〈
俺が言うとダンは、ワクワクしたように更に目を輝かせる。
一種の固有能力。興奮する気持ちは分かる。
とは言え、毒を相手に叩き込む感じの能力だ。ちょっと説明が難しい。
こればかりはダンの理解力次第だろう。
「ダンのお母さんに実演して貰えれば手っ取り早いんだけど……」
都市で調査中の彼女はいつ帰ってくるか分からない。
まあ、言っても年単位ではないだろうけども。
やるなら早いに越したことはない。
「後で似たような複合発露の人がいないか探してみるか」
小さく呟いてからダンの頭に手を置く。
「多分、今までみたいに楽しくって訳にはいかなくなるぞ? その覚悟はあるか?」
「もちろん!」
やる気に満ち溢れているダンの様子に一つ頷く。
本気で来るなら俺も本気で応えないといけないな。
そう思っていると、ふと視界の端で俯くトバルの姿に気づく。
「どうした? トバル」
「……血筋的に複製師になった方がいいって、お父さんとお母さんが」
俺の問いに落ち込んだように呟くトバル。
元気がないようだったのは、それが理由か。
確かにあの二人の子供なら、トバルが持つ複合発露も複製師寄りのものだろう。
とは言え、結局のところは
嫌な想定だが、契約した少女化魔物が全滅してもまだ最低限戦えることは、まあ、一つの大きなアドバンテージではある。
とは言え、エノスさんとクレーフさんがそう言ったのは、そもそも親として危険な仕事はして欲しくない気持ちが大きいからに違いない。
俺やダンの両親は、そもそも危険な少女化魔物を鎮圧する仕事についていることもあって、その道に進ませることへの抵抗は比較的少ないのだろうが。
いや、父さんも母さんも本音では避けて欲しいと思っているのかもしれない。自分自身がその仕事をしているから強く言えないだけで。
村の掟にしても、伴侶を見つけることが目的であって、戦闘職につくことを目的としている訳ではない。
掟の裏の目的まで考えると、戦闘系の複合発露を持つ少女化魔物と真性少女契約するのが望ましいが、そうしたからと言って必ず戦わなければならない訳でもない。
この世界にだって色々な仕事があるのだから。
とは言え、一番大事なのはトバル自身の気持ちだろう。
「トバルは、どうしたいんだ?」
「僕も、強くなりたい。戦えるようになりたい」
「…………そっか」
勿論、ダン共々今の気持ちがそのまま続くとは限らない。
子供の頃の夢と大人になってからの夢が異なる人は珍しくないのだから。
それでも――。
「分かった。まずは、やれる限りやってみよう。トバルにはまだまだ時間があるし、頑張ったことは絶対に無駄にはならないから」
「本当?」
「勿論」
経験は、自分が活かせるか活かせないかだ。
両親の希望通りに複製師になって
そうした気持ちを込めて力強く頷いてやる。
「じゃあ、明日からは厳しく行くぞ。いいな?」
「うん!」「はい!」
元々やる気に満ち溢れていたダン。
元気を取り戻した様子のトバル。
何にせよ、一先ず二人には襲撃の後遺症がないようだ。
そのことに俺は安堵しつつ……。
「……セトは、大丈夫かな」
二日しか経っていないとは言え、二人とは対照的に父さんと母さんから離れなくなっているセトに一抹の不安を覚えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます